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2 ブルジヨン村①

「て、天使様ぁ?」

 俺の素っ頓狂な声が石造りの部屋にこだました。

 霧のはれかけていた頭の中が、今度は渦巻のようにぐるぐる回りだす。

 何言ってんだこのおっさん。俺のどこが天使だ。そもそもお前は誰だ。ここはどこだ。どうして、俺はここにいるんだ。

 

 目を丸くして辺りをきょろきょろ見渡すばかりの俺に、おっさんは観光ガイドのように丁寧に解説してくれた。


「ここは、アルフール王国のブルジヨン村ででございます。王国の北の湖水地方にございまして、少々寒いですが風光明媚なよい土地です」

「あなたは、どちら様ですか」

「申し遅れました。私めは、ミシェルと申します。この村で道具屋を営んでおります」

「どうして、俺を天使と?」

「それは……」


 おっさんはまた、その目を人懐っこく細めて微笑んだ。


「あなた様が、私の目の前に突然光に包まれながら姿を現したからにございます」

「そう……なんですか」


 俺は頭を押さえながらよろよろと立ち上がった。特に体に異常はない。少々ふらつくが、頭も痛くはない。ベタだけれど、自分の頬をつねってみる。痛い。残念ながら夢でもないようだ。

 ゆっくりと部屋の中を歩き、石造りっぽい壁に手を触れる。ひんやりとしてザラザラとした感触。本物の石だ。棚に陳列してある瓶を一つ一つのぞいていく。それぞれに入っているよくわからない木の根っことか粉も偽物には見えない。振り返って改めておっさんの姿を観察する。日本語を流ちょうにしゃべっていたけど、金髪のおっさんの容姿はヨーロッパの田舎の農夫といった風情だ。着ている服も、日本で見慣れたものではない。茶色っぽいよれよれのシャツの上にマントを羽織っている。なんだか外国の歴史映画の中で観たことがあるような気がする衣装だ。

 頭を指で押さえながら、俺は必死に考えをめぐらす。これらの情報から推測できることは……。


 ある答えに行きつこうとして、俺は慌てて首を振る。そんなわけはない。そんなことがあるはずがない。


 俺は部屋から駆け出す。これはきっと何かの冗談だ。俺が寝ているうちに誰かが悪戯したんだ。この部屋は凝ったセットで、ここから出れば、そこには見慣れた日本の街の風景が広がっていて……。

 部屋から出ると、そこにはカウンターと、棚に囲まれた土間があった。棚には先ほど見たのと同じような瓶がたくさん置かれている。どうやら道具屋の店舗部分のようだ。今までいた部屋は倉庫だったのだろう。


 まだだ。まだ、信じない。


 俺は店舗を突っ切って、外に出る。光が、俺の目をさす。俺は立ち止まり、手をかざして目をすがめた。

 ゆっくりと目を開く。

 明るさになれた俺の目の前に広がっていたのは……。


 木組みの屋根をかぶった、石造りの家々。石畳の道。大きな噴水と広場。そこを行きかう、あのおっさんと同じような服装をした金髪の人々……。


 もう、認めないわけにはいかなかった。

 にわかには信じられないことだが、どうやら俺は俺の知らない世界に飛ばされてしまったようだ。


「ここは、どこだ」

 茫然としてつぶやく俺の背後で、ミシェルさんがにこやかに言った。

「ここは、アルフール王国のブルジヨン村です」

「それは、さっき聞きましたよ。だからアルフール王国ってどこです。俺は知らないんですよ。そんな国……」


 ……いや。知っている。


 俺は口をつぐむ。アルフール王国。それは、さっきまで俺がやっていたゲームの舞台になっている国だ。ブルジヨン村という村はわからないが、家の様式や人々の服装は、そう考えてみると、確かにゲームの様々な場面で見覚えがあった。


 俺は、ゲームの世界に入り込んでしまったんだ。あの『リヴァージュ伝』の世界に。


「どうすればいいんだ。俺は……」

「どうぞ。我が家にご滞在ください。天使様」

 途方に暮れる俺の肩を抱くようにミシェルさんが声をかけてくれる。何だかこの人の方が天使みたいだ。しかし俺はその呼びかけに対し、首を振って拒否しようとする。


 天使なんかじゃない。俺はただの腐れ大学生で、どういうわけか知らないがこの世界に飛ばされてきただけで、何の能力もなくて……。

 そう、言いかけてある切迫した事実に俺は気づく。そうだ。俺はただの大学生。ここで生きていく術も知らない。元の世界に戻る方法も、わからない。このままほおっておかれたら、野垂れ死にだ。ここはとりあえず、嘘でもいいから天使ということにして、このミシェルさんの世話になるべきではないか。そしてその間に元の世界に戻る方法を探すんだ。


 それに……。


 突然ある考えが朝日のように俺の頭の中に差し込む。ここがゲームの世界というなら、クラリスもどこかにいるはずだ。彼女に会えば何とかなるような気がする。

 もしかしたらこの村に。

 いや。ひょっとしたら、この家に……。


「ちょっときいてもいいですか。ミシェルさん」

 振り返った俺に、ミシェルさんはにこやかにうなずいてくれる。

「なんなりと」

「あなたの家に、娘さんはおりますか」


 ミシェルさんの目が細められる。

 その口がゆっくりと開く。しかし声が発せられる前に、店の奥から別の声が彼を呼んだ。


「どこ行ったの? お父さん」


 若い女の人の声だ。

 しかしその声は、明らかにクラリスのそれではなかった。

 陶器をはじいた、硬質の、どこか冷たい感じのする声。

 クラリスではないが、その声にはききおぼえがある。この声は、たしか……。


「お父さん。外にいるの?」


 やがて、その声の主が戸口から姿を現した。

 その女の姿を見た瞬間、俺は息が止まりそうになった。

 信じられなかった。しかし俺は反射的に、ひきつった声でその女の名を呼んでいた。


「ヴィオレーヌ!」

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