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全てを失った日(前)

昔から病弱で体が弱かった僕は、栄誉あるラルライト家の二男としては良く思われていなかった。


魔術学校も普通クラスで授業を受け、時には体の病弱さから病気にかかることも良くあった。なにより、体だけでなく僕は心も弱かった。


魔術学校のクラスメイトから暴言を吐かれても言い返せず、ただ俯いているだけ。何も言い返すことはなかった。


「おい、俺の弟のローリアをいじめんじゃねぇよ!」


しかし唯一、僕には光があった。


学校の通路で僕をいじめるクラスメイト達に向かって怒鳴ったのは、僕の兄であるロイスだった。


ロイス兄は友達を連れてクラスメイトに喧嘩を挑む。もちろん、いじめられていた僕のためにだ。その後、どうなるかは決まっていた。


体が強く、頭も良かった兄はいとも簡単にクラスメイトをなぎ倒したのだ。そして、怯えていた僕に対してこう言ってくれた。


「大丈夫か、兄弟」



ーーああ、あの頃が懐かしい。


僕はラルライト家にある自分の部屋のベランダで星を眺めながらそう呟いた。


あの頃は僕は12歳で、ロイス兄は14歳だった。今ではすっかり大きくなり、僕は17歳、ロイス兄は19歳だ。いや、もうすぐロイス兄は誕生日を迎え20歳になる。


つまりはラルライト家を継承する歳になるということだ。


そう思うと何か切なくなり、同時に理解できない感情が込み上げてくる。


ガチャ


「ローリア様、夕食の時間でございますよ!」


元気よく扉を開け、僕の部屋に入ってきたのはメイド長であるリリィだ。毎回扉をノックしてから入れと注意をするのだが、何度言っても治らないのだ。


それどころか、許可もなく部屋にズカズカと入ってきて、僕の目の前まで来るとバッと一枚の紙を取り出した。


また何か他の家が同盟を結べとか言ってきたのかと思い、少し顔に緊張感が走りその紙に書かれた文字を読んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


今日のメニュー

・グリアルのステーキ

・ブレッド

・ラリュスープ

・ラングラーのサラダ

ローリア様の好きなもの尽くしですので早く下に来てください! 


あなたの愛しのリリィより

ーーーーーーーーーーーーーーーー


紙にはそう書かれていた。


「リリィ…これはなんだ?」


僕が引きつった笑顔でリリィにそう尋ねると、彼女は満面の笑みでこう答えた。


「今夜のメニュー表です!今夜はローリア様の大好物尽くしでーー」


ブチッ


「そんなことのために許可なく部屋に入るなああ!!」

「ひぇぇぇ!!ごめんなさいぃぃ」


当然ながら、僕はキレた。


このラルライト家では厳しい規則みたいなのが設けてあり、各個人の部屋には所有者の許可がない限り、勝手に踏み入ってはいけない。


他にも食事の時間は決まっており、メイドや執事達は別の時間に。ラルライト一家は特定の時間に全員揃って食べるのだ。


正直ここまでの規則を設ける必要があるのかと、いつも思っているのだがラルライト家は僕たちのいるダイン国でもかなり力のある家であって、その規律の正しさと国への貢献が僕らの家の発言力を高めている。


故に、家の情報を漏らさないためにもこのような規則を設けているのだ。




僕はリリィに連れられ、食堂の扉の前に立つ執事に扉を開けるように指示した。この時はもう既にリリィも僕も真面目な雰囲気であり、リリィは僕を先導するように、僕の前にいた。


ガチャ


「遅いぞ、ローリア」


低い声で僕にそう言ったのは、実の兄であるロイスだ。まるで獲物を狩る蛇のように鋭い瞳でこちらを見ていた。


僕はロイスと、ラルライト家の当主であるルーザス・ラルライト様に深くお辞儀をしてこう言った。


「遅れて申し訳ありません。少しばかり、夜風に当たっていました」


ロイスは不機嫌そうに舌打ちをしたが、ルーザス様の方は軽くフッ、と笑って、僕に席に座るよう命じた。


僕が席に着くなり、メイド長であるリリィが小さな食堂の扉の前に立ち、いつもの言葉を言う。先程のふざけた調子は全く感じられず、完璧なメイドになっていた。


「命の恵みを与えてくださるリム神様に感謝の意を込め、頂きましょう。リクトリア」


リム神様とは、この世界の創造神みたいなもので、それを崇める時『リクトリア』という言葉を使うのだ。


ロイスもルーザス様もリクトリアと言うのに対し、僕もとりあえず続いてそれを言う。もちろん感情が篭っていないのは、創造神など信じていなかったからだ。


とりあえず儀式みたいなものなので、一応言うしかないのだ。




食事の最中は誰も喋ろうとはしない。もちろん会話などはないが、ごくたまにルーザス様が話しかけてくださる時だけ会話が飛び交う。


僕がスープを口にしていた時、ルーザス様から思わぬような言葉が飛び出した。


「ロイスよ。時にお前は、黒い傭兵に絡まれたりしなかったか?」

「……何を仰られるのですか?」


それは兄のロイスに向けての言葉だった。


黒い傭兵、ダイン国で最近広がっている良からぬ噂だ。黒色のローブを纏った傭兵で、現れては突然消え、それを見た者には必ず不幸が訪れると言われている。いわゆる、心霊話みたいなものだ。


そんなものに、しかも絡まれたとなると、もう既に恐ろしいことが起きているに違いなかった。


故にロイスは「何を仰られるのか」と言ったのだ。しかし、ルーザス様は口調も表情の変えずに言葉を続ける。


「この屋敷の者が数名、お前が黒いローブ姿の者と屋敷の外で話をしていたと目撃情報が上がっている。屋敷の者以外に目撃されればラルライト家に黒い噂が流れかねない。…お前は悪い噂が多いのだから、気をつけよ」

「……はい」


ロイスは否定するでもなく、ただ静かに返事をした。たしかに彼には悪い噂がたくさんあった。喧嘩沙汰やら闇取引など、数え出したら止まらなくなる。


ロイスは何も言い返せず、ただ黙っていたが、彼の握りしめたその拳は僅かながら震えていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



夕食が終わり、風呂に入った後自分の部屋で日記をつけていると、部屋をノックする音が聞こえた。もうすぐ就寝するタイミングで誰かと思い、少し警戒しながら部屋の扉を開けた。


「ローリア、話がある」


扉の向こう側にいたのは、当主であるルーザス様だった。



僕はお茶を注ぎ、ルーザス様の席に置いた。こんな夜中に訪ねてくるとは、何かが起きたのかと少し不安になる。しかしルーザス様は、そのお茶を飲むなりこう言った。


「ふむ、良いお茶だ。適量だな」

「ありがとうございます」


特に何が起きたわけでもなく、ルーザス様はお茶を飲むなりゆっくりと僕の部屋を回っていた。


普段はこんなことは絶対なく、違う意味で僕に不安が走る。しかし、それは良い意味で一瞬で裏切られた。


ルーザス様は、ラルライト家の初代当主であるルーザス様のお父様の肖像画の前で立ち止まった。ラルライト家の栄誉を作り上げた張本人。名はリーアム・ラルライトだった。


「一つ問おう。真の強さとは何だと思う?」


肖像画を見ながらそう問うルーザス様の瞳は、いつもとは何か違うものを感じた。


唐突な質問に、僕は必死に考えた。


真の強さ。それは考えさせられるものであって、簡単に答えが出ないものである。故に必死に考えた末にこう導き出す。


それは昔の兄のように、誰かを思いやれる強さ。悪と正義を分けられ、敵わないものでも必死になって立ち向かうことができる強さだと。


「真の強さとは、恐れずに立ち向かえることだと僕は思います」


それを聞くなり、ルーザス様はいつものように軽くフッ、と笑い僕に告げた。


「それを聞いて安心した。お前がラルライト家の3代目当主だ、ローリア」

「……っ!?」


最初は何かの冗談かと思った。それを告げられた僕の表情は、側から見れば驚愕で満ちていたと思う。しかしルーザス様の表情を見れば、それが冗談などではないことは一瞬で分かった。


「なに、恐れることはない」


それはルーザス様の一度も見たこともない本心からの笑顔。国王陛下と対話をする時など、見事な作り笑いをすることはあったが、これが本当の笑顔だと言うことが、僕には直ぐに分かった。


もちろん僕はすぐに決意の言葉を返そうとした。


だがーー



「ーー少し…考えさせてください」

「ふむ、よかろう。ゆっくり考えるがいいさ」



ルーザス様は怒る様子もなく、優しい眼差しでこちらにそう言って部屋を出て行った。本来ならば兄のロイスに当主の座を取られるところを、ルーザス様が変えてくれるのだ。


だが、すぐには答えを出せなかった。


本当は今すぐにでもルーザス様の期待に応えたかった。だが、それでも僕には約束がある。どんなに酷いことを言われようと、それだけは忘れることはなかった。


満天の星々を見ると、あの時の情景が蘇る。


ラルライト家の屋敷の上でロイス兄と2人で約束した。彼は決意に満ちた声でこう言っていた。


『俺が当主になって、絶対にお前や国のことを守るからな』


あの時はまだ幼く、現実を知った兄はもうそんなことなど頭にないのかもしれない。だが、それでも信じていた。きっとまたいつか、あの頃の仲が良かった兄弟に戻れると。


故に僕は、あの時から当主になるのを拒むことを決めたのだ。


もう既に夜も遅く、幼い頃の日記を少し読み返して、あの頃に想いを馳せて眠りに就くことにしたのだった。





しかし次の日の朝、いとも簡単に事件は起こった。

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