逆転
「俺のリーサルラヴァーは異性に対して発動できる。自分が魅力的だと思う異性を洗脳する。同性のものに対して発動してもすり抜けて魔力は貫通してしまう……」
な、なんだと〜〜それじゃ、俺が盾になんかなっても逆効果だぞ。背中を洗脳されたミラに預けることになってしまう。俺は慌てて、ミラの方を振り返った。
——ミラは俺の目をじっと見つめている。その目を見つめていると不安になってくる……どうしてだ? いつもの彼女じゃない……ような気がする。
「ま……さか……」
「そう! そのまさかさ。もうとっくに洗脳は始まっているんだよ」
「え? 私洗脳なんてされていないわよ! ザック信じて!」
そんな……いつから……これじゃ魔王のガキの思う壺じゃないか……
「うるさい! 俺に近寄るな!」
「おいおい。ミラは俺の命令に従っただけだぜ……俺の『洗脳されていないフリをしろ』っていう命令にな!」
クッソ〜〜〜! してやられた。
「その証拠にほら、そこのゴリアテを起こしてやるよ。ミラとゴリアテとカーラと俺……この四人を相手にしてもまだ勝てるつもりか……?」
なんだと〜〜? 二対二だと思っていたが、四対一だったのか? 二対二ならともかくそこまで戦力差が広がるとこちらに勝ち目なんてない……まずい。本当にまずい。
「ミラ……俺のいうことを聞いてくれるな? スリーピングライオンを解除してゴリアテを起こすんだ。だけど洗脳されていないフリはまだやめるなよ……?」
魔王のガキがそういうとゴリアテが眠りから目覚めて起き上がった。
「うう……俺は一体……」
辺りを見渡すゴリアテ。
「ちょっと、私は何もしてないわ! 信じてザック!」
ミラが此の期に及んでまだ洗脳されているフリをしている。白々しい演技はもう終わりだ。ゴリアテ共々気絶させてやる!
——俺はまずゴリアテの頭部を思いっきり渾身の力を込めて殴った。起きたばかりのゴリアテは再び地面に吸い込まれるように倒れた。今度はそう簡単には起きてこないだろう。
「や、やめて! こないで!」
——続いて、泣き叫ぶミラに向かっていく。すまない、だが洗脳を食らってしまったお前にも落ち度はある。必死で杖を振り回すミラの後ろに回り羽交い締めにした。
「ぐぅ〜〜。苦しい。ザック。私は本当に洗脳なんかされていない……」
——そして、黒魔道士ミラは、電源の切れたおもちゃのロボットのように動かなくなった。
「容赦ないんだな?」
「白々しい! 貴様のせいだ! お前のせいで俺の仲間たちがこんな目に……許せない」
「俺のせい……? いや、違うな……お前の油断が招いたことだ」
「上手くいったわね! マオ!」
サキュバスの小娘が嬉しそうにしている。
「お前ら二人とも殺してやる!」
完全に頭に血が上った俺は真の力を解放した。許さない。よくも俺の仲間を!
——あたりに突風が吹き荒み、風が揺れている。空気の層が踊っているのを肌で感じる。俺は選ばれし者だ。勇者は最後の一人になっても諦めない。悪には屈しないのだ。
「勇者スキルエクスカリバー発動! お前ら欠片も残らないと思え!」
——次の瞬間、俺の体を光の衣が包み出す。俺の修行の成果を見せてやる。俺が魔王に屈するなんてことあってはならないのだ。魔王が勇者に負けるとうことは大昔から決まっている真理なのだ。さあ! 死ねっ!
——光の鎧と光の盾、そして光の片手剣を手にした俺は剣を高く掲げた。
「エクストラスキルエクスカリバー!」
「なんだこれは? 一体なんだ? こんな力見たことも聞いたこともない。強すぎる……規格外だ!」
慌てている魔王のガキが言った。
「なにこれっ? これが勇者の真の力なの? こんなんじゃ勝ち目なんてまるっきりないじゃない!」
サキュバスの小娘が怯えた表情で言った。
すごく愉快だ。気分がいい。このスキルを見せて負けたことなんて今までで一度だってない。今度もそうだ……俺の勝ちだ……消え去れ魔物ども!
「カーラ! 俺が引きつける! お前は逃げろ!」
「でもっ、でもっ。そしたらあんたが……」
くー涙ぐましいね。だけどダメだ! 一人も逃さない。この世から消してやる。
「大丈夫だ……悪魔の口笛を使う。これであいつの視界を奪うんだ。だからお前だけでも逃げろ……これで俺たちのパーティーは解散だな。短い間だったけど楽しかったよ……じゃあな」
くはー! これだからこの力はやめられねー。逃げ惑う魔族を見るのが何よりの楽しみだ。サキュバスの小娘は逃してしまうかもしれんがいいだろう。だが、魔王のガキ! お前だけは逃がさない! 絶対に殺す!
「そんな……それって……もうあなたは蘇生できないんじゃ……でも……」
「いいから行くんだ!」
サキュバスの小娘はとうとう観念したのか後ろを向いて走り出した。
「もう別れの挨拶は済んだか?」
「ああ……これで心置きなく逝ける……悪魔の口笛発動!」
勝った! 俺の勝ちだ!——そして、音の刃が辺りを包み込む……凄まじい轟音と暴風……魔王のガキの姿を確認するのでやっとだ。ん? だけどなんだ? どこからか誰かの声が聞こえてくるような気がする……だが、まあいい。俺の技が決まればどんな技を使おうが関係ない。力で押しつぶしてやる。
「さよなら……カーラ……それとお父さん……俺は魔王にはなれなかったよ……もう……悪魔の口笛を維持出来ない……」
魔王のガキが最後のセリフを言うと……力尽きたのか悪魔の口笛は次第に薄く弱くなっていき……消えた。
「これで終わりだ! 死ねっ!」
——その時だった。魔王のガキが突然立ち上がった。先ほどは苦しそうにしていたがケロリとしている。回復でもしたのか?
「なんだ? まだそんな元気があったのか? だがもう遅い!」
「ああ。もう遅い……お前がな……!」
そう言うと魔王のガキがダッシュで俺から離れて行った。そして逃げた先を見ると——
「なんだ……あれは?」
そこには、サキュバスの小娘がいた。夜空に巨大な剣を掲げて……なんだあれは? 全部演技だったのか? それになんだあの禍々しい巨大剣は? 空を突き刺さんばかりに掲げられた剣は黒雲を纏って夜の闇に溶けている。黒雲の間から稲妻が溢れる。
「この世の全ての悪を断つ」
サキュバスの小娘が叫んだ。さっきから聞こえていたセリフはこの小娘の能力発動のための条件だったのか! まずい俺のスキルでもあれに勝てるかわからない。良くても相打ちか……!?
「我、迷わず。我、退かず。我こそ正義。この両手は悪を滅ぼすためにある」
まずい詠唱が終わる……! 俺も早く力を極限まで貯めなければ!
「一刀両断にしてやるっ!! 【斬鉄剣レベル五 悪魔聖剣グロテスクエクスキューショナー】発動!」
よしっ! 大体溜まった! これならいける! 俺は勢いよく光の剣を振り抜いた。
——次の瞬間、巨大な光と闇の塊が世界を揺らした。惑星の自転が止まったのではないかと思うほどの衝撃が辺りに走り、大地が割れた。空が裂けた。木々はなぎ倒され、湖は干上がった。
——だけど俺はまだ生きていた。よく見るとサキュバスの小娘も生きているようだ。どうやら力尽きて気を失っているようだがな……まあいい、起き上がってトドメだ。それくらいの体力はある。魔王のガキは……消し飛んだようだな。あっけない最後だ。もう一回最後に聞きたかったな『お助けー』って。
——とその時だった。
「お助けー」
俺のすぐ後ろから魔王のガキの声が聞こえた。俺が振り返ると——思いっきり右ストレートでぶん殴られた。
「死なずに生き残ったみたいだな。ザック=テイラー」
「くそっ! お前も生き残っていたのか? それになんで俺のフルネームを知っているんだ? お前の能力か?」
「いーや……俺にそんな能力はない……」
「くそっ。ならレベル差補正で負けたのか……ぬかったよ。お前たちがそんなにレベルを上げていたなんてな……」
「それも違うな……俺のレベルは最初にお前たちに会った時と変わっていない……」
「は? 何を言っている? そんなわけがあるか?」
「信じられないか? ならその証拠にほら」
魔王のガキがステータスウィンドウを開いてレベルを見せてきた。
「なん……だと? レベル七だと? それになんだ、このお助けスキル(笑)ってのは?」
「そこは突っ込まなくていいんだよ。これからカッコつけるのに水を差すな!」
何が何だかわからない。
「不思議に思っているだろ? お前はレベルが四十四もあるのに……なんで負けたんだってね」
「どうして俺のレベルを知っている? 答えろ!」
「どうしてお前のレベルを俺が知っているか? その答えはもう既に言ったぜ。お前ら油断しすぎなんだよ」