今度の死因はなんだ?
「そうなのかよー! サキュバスに生まれた意味がないだろー!」
「なによー。自分のこと棚に上げて! あなたもお助けに生まれてきた意味がないじゃない! 魔王スキルなんてあげてないでお助けスキルをあげなさい。そんなんじゃ世界一のお助けにはなれませんよ?」
「お助けに生まれた意味ってなんだよ? 別に生まれてねーよお助けに! それに、なんだよ世界一のお助けって? というより俺以外にもお助けなんているのか? ひょっとしたら俺はもうすでに世界一のお助けなんじゃないのか?」
「そうよ! お助けなんて不名誉なスキル持っているのは世界中どこを探しても貴方だけ! 胸を張りなさい」
「お前言っていることがめちゃくちゃだぞ。というかお助けを職業みたいに言うな」
「れっきとした職業でしょ? 貴方お助けをここでやめたら無職に逆戻りよ?」
「なんだよ逆戻りって? 無職だった時なんてねーよ。生まれた時から魔王だよ!」
「いーや貴方はお助けよ! それ以上でも以下でもない。お助けなのよ!」
「あー話が進まねー。いいか! 俺は魔王スキルと剣をあげる。アタッカーになって勇者のパーティーにダメージを与える役割だ。そしてカーラはエロスキルとサキュバススキルを上げて敵を行動不能にするサポート役だ! はい! 決定。異議は認めません」
俺は無理やり話を進めることにした。
「異議あり! 話を元に戻すわ! 貴方は魔王の息子であると言う事実を忘れて永遠にお助けになるの。そして、末長く幸せに暮らすの! 貴方は生まれた時から死ぬまでお助けよ 決定!」
「ちょ、おい。話をややこしくするなよ。どこに異議を唱えているんだよ? もう俺の人生の話はいいんだよ。パーティーの役割分担をするんだよ。ってかなんでサキュバススキルとか上げないんだ?」
急に黙りこくるカーラ。
「…………」
「おやおやー。黙りこくってどうしたんですか? カーラちゃーん? もしかしてサキュバススキルを上げないのは、恥ずかしいからかな〜?」
「…………」
「ひょっとしたらサキュバススキルを上げてもエロい女になれるか自信がないのかな〜?」
「…………」
またもや黙り込むカーラ。どうやら核心をついたらしい。
「そうかそうか〜サキュバスのカーラちゃんは自分のおっぱいに自信がないから剣士になりたいと言う言い訳をしてエロから逃げているわけか〜」
「きぃ〜〜〜〜〜うるさいわねー! 貴方だって真のお助けになれないから魔王スキルなんてあげて魔王に逃げているのよ。現実を見なさい」
「きぃ〜〜〜〜〜って……お前は昭和の少女漫画のヒロインか? 全くセリフまでエロくないな」
「…………」
黙り込んでこっちを見てくるカーラ。頬がプルプルしている。よほど怒っているらしい。
「お前はエロくない! 全くエロくないんだ! お前は男だ!」
「…………」
「お前は男と同じだ! この男っ!」
「…………」
何も言い返さないカーラ。下を見て怒りを貯めている。
「ほーら。どうした〜? 何か言い返してみせろよ? ほらほら〜。このっ男! 貧乳!」
貧乳と言った瞬間、あたりの空気が変わった。チリチリと焼け付くように熱い。まるで大気が怯えているみたいだ。怯え上がる空気をよそにその中心にカーラはいる。大気中の成分は窒素が七十八パーセント、酸素が二十パーセント、アルゴンが一パーセント、二酸化炭素が零・零三パーセント。その全ての元素が一斉に震え始めた。空気を形成する小さな粒が恐怖に慄き体を強張らせているのがわかる。
「今なんて?」
燃え盛る空気と対照的に、シンプルに一言だけ……冷静に放ったその一言は空気の震えを止めた。燃え盛る見えない粒を引き裂いてその一言は俺の耳に届いた。外耳で音波を拾い、中耳でそれを機械的な圧力波に変え、リンパ液に伝える。最後に内耳でその圧力波を音声信号に変え俺の脳に作用した。俺はその瞬間が永遠に感じた。カーラの一言は殺意がこもっていた。これほど明確な殺意を込められたのは初めてだった。
「お……おいおい。そんな怒るなよ。冗談だって……そろそろ、勇者討伐の作戦を練ろうぜ?」
俺はカーラの地雷を踏んだことを確信した。誰しも一つや二つは言って欲しく無いことがあるはずだ。言った本人からしたら可愛い冗談のつもりでも言われた側はひどく傷ついている。尊厳を傷つけられ人間性を踏みにじられたカーラは俺の目をまっすぐ見つめてくる。獲物を殺すために狙いを定めているに違いない。
「貧乳って言った……」
ぼそりと呟くカーラ。彼女の殺意は生きた蛇のようにねっとりと言葉にまとわりついている。殺意の蛇が俺の首筋を舐める。その瞬間俺の体から生気は失せた。
「いやいや、言ってない。言ってない。巨乳って言った」
あたりの空気はさっきと打って変わって静まり返っている。何か一つでも物音を立てたら気取られて殺されてしまう。俺は弱い両生類で今目の前の蛇から逃れようとしている。蛇に睨まれたカエルは動けない。身をもってその言葉の真意を確かめた。
「言った。私の一番気にしていることを、言った。はっきりこの耳で聞いた」
「……ごめん。ごめん。傷つける気はなかったんだけど……ほんとごめん……」
俺は必死で誤った。もう前言撤回は効かない。謝ることしかできない。
「貧乳……」
俺の話はもうその耳には聞こえていないのだろう。カーラはぼそりと呟いただけだった。
「カーラさん! ごめんなさい。全部僕が悪いです。だから……ね! 許して」
「ダメ……ろす」
何か言ったようだがうまく聞き取れない。
「え……なんて?」
「殺す……」
今度ははっきりと聞こえた。
「いや、いや。面白い冗談だな〜。さ! 冗談はこのくらいにしておいてそろそろ作戦を練ろう! そうしよう」
カーラは無視して両手剣を取り出した。剣は俺の身長よりもでかいのではないかと思うほどの身の丈だった。牽制するようでも攻撃を受け流すようでもない。その凶器は何かの命を奪うためのものだ
「我、悪を断絶することを誓いし者」
え? 何この呪文みたいなの? カーラは俺に向かって両手剣を構えた。カーラの頭上に構えられた巨剣がニヤリと笑ったような気がした。
「ちょ、ちょっと! カーラさん?」
「この世の全ての悪を断つ」
嫌な予感がする。つーかこいつ魔族だよな? 悪だよね? なんで正義の勇者みたいなセリフ吐いているの?
「我、迷わず。我、退かず。我こそ正義。この両手は悪を滅ぼすためにある」
「おい! 何選らばれし勇者みたいなセリフ言っているの? 俺たちパーティー組んだばっかりだよね? もう仲間割れ?」
カーラは止まらない。これ死ぬんじゃね? つーか、こいつめちゃくちゃ強いんじゃね?
「一刀両断にしてやるっ!! 【斬鉄剣レベル五 悪魔聖剣グロテスクエクスキューショナー】発動!」
その瞬間、カーラの両手剣は黒く輝き出した。剣の表面を暗黒の黒雲が走る。黒雲の中に青い稲妻が輝く。黒雲の間から見せる青い光はまるで芸術作品のようだった。美しく、そして儚い。この光景を見ながら思った俺は死ぬと……俺の頬を一筋の涙が滑った。
「死ねーーーーーー悪魔めーーーーーー!」
いや、悪魔はお前だろ……そんなことを思ったがどうでもよくなった。そして大きく振りかぶった特大剣は黒雲と稲妻を纏いながら俺の頭めがけて勢いよく振り下ろされた。
「お助けーーーーーーーーー!」
それが俺の最後の言葉だった。
[魔王の玉座]
「死んでしまうとは何事か……マオよ……今度の死因はなんだ?」
「はい、女の子のおっぱいを馬鹿にしたことです」
「…………」
父上は目を覆っていかにもがっかりしていますというポーズをとっている。