敗北
プロローグ
[ある勇者視点]
俺は、逃げ惑うサキュバスを地面に引きずり倒した。
「両手を上げて地面に伏せな! 命だけは助けてやるよ」
と、俺が言った。
もちろん嘘だ。あとで殺す。魔物をいたぶるのは最高だ。
やめられない。経験値やアイテムはいわばおまけ。この暴力こそが俺を楽しませてくれるのだ。
剣で切りつけて、屈服させて、服従させる。いいだろ?
だって魔物なんだから。魔物の仕事は勇者に殺されることだ。それ以外に役目なんてないんだ。
「もうやめてください。お金でも食料でもなんでも持っていっていいからこれ以上乱暴しないでください」
と、雑魚サキュバスが命乞いをしてくる。
「お金も食料ももちろん全部奪っていくよ。
その上で乱暴させてもらう。
経験値は魔物を倒さないと手に入らないんだ。わかるだろ?」
と、俺が笑顔で言った。
「なら私一人を殺して! 他のみんなには手を出さないで。
この村のサキュバスは人を襲ったりしません。みんな気のいい魔物なんです。
どうか私一人の命で満足してください!」
と、雑魚サキュバスが言った。
「ダメだ。お前みたいな雑魚一匹の経験値で満足できるはずがないだろう。
女も子供も皆殺しだ。全員殺したら蘇生魔法を使って蘇生させる。
みんな蘇生したらもう一度皆殺しだ。それを延々と続ける……俺たちのレベルが上限に達するまでな」
と、俺は悪態をついた。
両手剣を空に掲げた。親子共々一刀両断にしてやる。
醜い化け物は醜い肉塊になれ。お前たちがもう殺してくれと泣いてせがむまで蘇生させて楽しんでやる。
俺の暴力欲求のはけ口どもめ! 死ねっ!
その時だった--
[主人公視点 現在]
「さあ! 我が息子、マオ=ウリア=イーヴィル=サターンよ! 今こそ立ち上がるのだ。そなたこそ真の魔王。必ずや悪しき勇者を打ち滅ぼし、この世界に平穏をもたらすであろう」
「はっ! お父上! このマオ、必ずや勇者を倒し、次の魔王になることを誓います」
「大いに期待している。マオよ。わしはお前のことをとても大事に思っている。
そして、心の底から愛しているぞ。お前なら必ず悪しき勇者を討ち滅ぼすことができるだろう」
「では、行って参ります。必ずや、父上のご期待に添えるように力を尽くします」
——そして、悪しき勇者を討ち亡ぼすための旅は始まった。
[最初の街ダリ]
王都から初めて外の世界に踏み出した俺は最初の街に着くと、今までどれだけぬくぬくと暮らしていたかわかった。
街は死んでいた。そう言っても差し支えないくらいボロボロなのだ。
きっと勇者の一団に悪逆の限りを尽くされたのだろう。殺され、奪われ、壊されて、街はもう息をしていなかった。
建物の大半は壊され、半壊した瓦礫が辛うじて立っているだけだ。
建物の中のタンスや壺は一つ残らず破壊され荒らされていた。
辺りには魔族のストリートチルドレンが必死で物乞いをしていた。
きっと親を勇者に殺されたのだろう。経験値のためとはいえひどすぎる……
「あの……あなた様はもしや魔王様ではないですか? どうか魔王様。この村を勇者の手から救ってください」
瓦礫の影から声が聞こえる。
「いや、俺は魔王じゃ……」
目に布を巻いている魔族の女性が瓦礫の影から出てきた。
おそらく目が見えないのであろう。そして、その女性は俺に近寄ってきて俺の手を握った。
「この魔力の質。間違いございませんわ。あなたは魔王様。あなたが我々の最後の希望です」
きっと俺を父上だと勘違いしているのだろう。だけど俺は本当のことを言わなかった。
「ああ。任せてくれ。必ずこの国を救ってみせるよ」
俺はいずれ魔王になるのだから、あながち嘘でもないか……そんなことを考えていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「ところで、この街で情報収拾ができるような場所がないかな? 例えば酒場とか?」
「隣の地区の酒場にならたくさんの冒険者がいるはずです」
「わかった。必ずやこの俺がこの国に平和をもたらす。それまで待っていてくれ」
——そういうと俺はその場を後にした。
俺は、まだ勇者に壊されていない地区に歩を進めた。
先ほどと打って変わってここは繁盛しているようだ。
酒場についた俺は辺りを見渡した。辺りには屈強そうな魔族の冒険者がたくさんいる。
リーパー、アンデット、トロール、そして上級魔族のヴァンパイア。
「ふう……とりあえず街の酒場に来たけど勝手がわからないな……」
それもそのはず、先ほども言った通り生まれてこのかたほとんど家から出たことがないのだ。
俺は魔王の息子。言ってしまえば、いいとこのボンボンなのだ。
どうしたらいいものかと戸惑っていると声をかけられた。
「初めて見る顔ね! 私はカーラ。サキュバス一族のカーラよ」
サキュバス一族は黒い髪を腰まで伸ばし妖艶で艶かしい雰囲気を持っている。
だがカーラと名乗る女は違った。女というよりお嬢ちゃんの方が正しいか?
カーラは髪こそ長くて美しいがぱっと見十代後半くらいに見える。美しいというよりは、可愛らしいと言ったほうがしっくりくる。
「初めまして! 俺は魔王一族のマオ」
「あら。驚いた。なら魔王様のご子息ってこと?」
「そう! 俺は父上の十人の子供のうち一人! マオ=ウリア=イーヴィル=サターン!」
「そうは見えないわね……」
「そういうそっちこそサキュバス一族には見えないよ! なんていうかエロくないっていうか……」
俺は負けじと言い返した。
「私が子供っぽいってこと? 人が気にしていることを〜! あったまきたわ!」
——そういうと勢いよく立ち上がってカーラは酒場を後にした。
酒場に一人残された俺はみんなの視線を浴びていることに気づいた。
俺は、いたたまれなくなって酒場を後にした。そうこうしているうちにもう夜遅くなってしまった。
「今日はもう遅いから宿屋に行こう」
俺は、そう言うと、街の宿屋に向かった。
「宿屋 カウンター」
街の中でもかなり見窄らしい宿屋を見つけるとその中に入った。
「あの! 予約してないんですけど一部屋借りられますか?」
「ごめんなさい。生憎本日は満室でして……」
——満室なら仕方がないな。そう思い、気を取り直して別の宿屋に向かう。
「宿屋二軒目 カウンター」
「あのー! 予約してないんですけど、一部屋借りられたりしますか?」
「うちはもう満室だよ。よそへ行きなよ」
——二軒目もダメか……。だんだん嫌な予感がしてきた。
「宿屋三軒目 カウンター」
「あのっ! 予約してないん——」
「満室ですっ!」
俺が言い終わらないうちに食い気味で断られた。
「お兄さん、この街初めて? 宿屋は予約なしで入れないよ? 今日は街はずれで野宿でもしな」
——俺は宿屋を後にすると街はずれへ向かった。
[町外れの森の中]
「ふぅ〜。今日はここで野宿か……寒いな……」
そこは、町からちょっと離れたところにある森の中。
今日は木陰で凍えて休むとしよう。そのとき木陰に誰かいることに気がついた。
こんな時間にこんなところで何をしているのだろうか?
もしかしたら勇者のパーティーに遭遇するかもしれないのに……俺は挨拶をしようと近寄っていった。
「こんばんは。おたくも野宿ですか?」
——しかし、男は何も答えない。……なんだよ。無視かよ。
「もしかしてここもう満員ですか? なら別の場所に行きますけど?」
再び問いかける。——しかし、男は返事の代わりに武器を抜いた。
「へっ? お、俺何かしましたか? そんなにこの場所が気に入っているならやっぱり余所に移りますね。
お邪魔しました〜」
俺は、びっくりして男に背を向けてその場から離れようとした。後ろを振り向くと、もう一人木陰から男が飛び出てきた。この男も手に武器を持っている。
「え? どうしたんですか? 喧嘩はやめましょうよ? 僕たち仲間じゃないですか?
迷惑おかけしたなら謝ります。では、これで〜」
俺は、右の方へ走ろうとした。これもう死ぬんじゃないか? 嫌な予感が胸をよぎった。え? 俺魔王の息子だよ?
——そして、進もうとした方向からもフードの人物が飛び出てきた。
俺は恐る恐る後ろを振り向いた。今、三方向を囲まれている。逃げるとしたらその方向しかない。
——案の定その方向からも、フードの人物が飛び出てきた。
これで前後と左右全ての方向を囲まれて逃げ場がなくなった。
これもう死ぬんじゃないか? つーか、こいつら本当に魔族か?
「あの……僕何かしました?」
恐る恐る聞いてみた。いやもうこれ死ぬだろ……
「……何かしたか?……いや、お前は何もしてない」
フードの集団のうち一人が喋った。
「だったらなんで通してくれないんですか?」
「決まっているだろ? 太古の昔から魔族と勇者は戦う。
そこに理由なんてない。本能のまま殺し合う……だからだ」
俺は気がついた、さっきから死亡フラグをバンバンたてていたことに……
「あの……ご職業を伺っても?」
俺が尋ねると先ほど喋っていた男が、フードを脱いで答えた。
「勇者だ」
中から金髪のトゲトゲした髪の男が出てきた。
ものすごく勇者っぽい。きっと攻撃と防御と回復なんでもこなせるリーダータイプだ。
——そして、次に右手の人物がフードをとった。
「同じく勇者だ」
そこには背の高い、屈強そうな男がいた。間違いなく勇者だ。
筋肉がパンパンに膨らんでいて胸筋はCカップくらいあるんじゃないか、と思うほどだ。
パーティーの中では敵を引きつけて攻撃を一手に受ける。
そして隙を生み出し畳み掛ける。そんな役割だろう。
——次に、俺の左手の人物が答えた。
「私も勇者です」
フードを取ると赤い髪の綺麗な大人のお姉さんがいた。
全身黒い服に包まれていかにも黒魔道士って感じだ。
うん! いい感じに勇者だ。この人の役割は、物理攻撃をはじき返すような硬いモンスターに対して魔法攻撃をするんだろうな。
モンスターが集団の時には、敵のパーティー全体に混乱呪文や、失明呪文をかけてサポートするのだろう。
普段はおとなしいがいざという時役に立つそんな感じだろう。
——最後の一人。俺の後ろ側にいる人物がフードをとった。
「わ、私も勇者です……リサって言います。よろしくお願いします」
丁寧に自己紹介してくれた。普通、敵に自己紹介しないだろ……うん! 清々しいくらいの勇者!
その女の子はパーティーの中で一番若い。まだ勇者になったばかりなのだろう。俺と同じで駆け出しだ。
金髪をポニーテールにしていて目は青い。可愛らしい外見と少しおどおどした態度。
勇者でないなら友達になりたい! 服は全身白で大きな杖を持っている。金髪青目と白い服がすごく似合う。
パーティーの中では回復役なのだろう。怪我を治療して全滅を防ぐ。地味だがパーティーには必須だ。
なんていいパーティーなんだろう。攻撃と防御と魔法に回復。
攻防一体取れていてバランスがいい。きっと魔王軍なんてひとたまりもないのだろうな。
いやー本当にいいパーティーだ。
——そして、自己紹介は俺の番になった。
「僕も勇者です。マオって言います。皆さんとお友達になれたらいいなって思います」
「「「「——もうおせーよ!!」」」」
次の瞬間全員が飛びかかってきてバトルが始まった。