ギルド長
サリーシャを風呂へ連れていったヘリナが戻ってきた。
「さて、ヘリナ。なぜ儂とお前が二人っきりになったかわかるな?」
「はい。私があのエルフの首を飛ばしたからです」
「そうだ。だが、意図はわかっている。儂の正体をわからせるため、そうだろう?」
「さすがガユード様。その通りです」
「とはいえ、他にも方法はあったはずだ。にもかかわらず、お前は一番最悪な方法をとった。違うか?」
「全くもってその通りです。申し訳ございませんでした」
こう淡々と返されると本当に反省してるのかわからないな。
それに、こっちの怒る気が薄れてくる。
まぁ、本気で起こってる訳じゃないから、反省さえしててくれれば俺はいいんだけど、サリーシャはたぶん気にしてるだろうから、仲直りさせないととは思う。
「本当に反省しているか?」
「はい。しています」
「だったら、サリーシャと仲良くできるな?」
「もちろんです」
本当に大丈夫だろうか。
心配なので、具体的にどうするのか聞いてみた。
「普通に謝ります」
……えっ、それだけ?
「他には、無いのか?」
「はい。謝るだけです」
それ以外にすることがあるのかと言われている気がするくらい無垢な瞳で俺を見詰めてくるヘリナ。
マジか……。
これは、本当に反省してるのかわからなくなってきたぞ?
「いいか、ヘリナ。あれだけのことをしたんだ。本当に謝るだけでいいと思っているのか?」
「それは……確かに、ガユード様の言う通りです……。ですが、どうすればよいのでしょうか?」
そこからかよ……。
「いつも通りの口調で話してもいいよとか、名前で呼んでもいいよとか、色々あるだろう?」
「なるほど、それでやってみます」
「えっ?」
気づけばヘリナがいなくなっていた。
自由か……!
まだ話終わってなかったのに……。
◆
数十分後、自室にいるのも億劫になってきた俺が居間で寛いでいると、妙に話が合った雰囲気のヘリナとサリーシャがやってきた。
何かを楽しそうに話している。
心なしか、俺以外と話すときはあまり表情が出ないヘリナの顔に、笑顔が見てとれた。
相当仲良くなった模様だ。
俺の話、最後まで聞いてなかったけど。
まぁ、仲良くなったみたいだし良しとしよう。
「ですからガユード様は、現在人間の姿になっているのです」
「そうなのね。納得したわ」
「なんの話をしてるんだ?」
「ヘリナから始祖竜様のことを色々と聞いていたの」
「はい。サリーシャさんがガユード様と一緒に住みたいと言いましたので、今後のために色々と」
なんだその含みのある言い方は。
色々の部分がかなり気になるんだけど……。
そこへ――
―――ドンドンドンッ!
玄関のドアのノック音が響いた。
「今日は誰の訪問も無かったはずですが……」
そう言いつつ玄関へ転移していったヘリナ。
あぁ、確か今日はもう一人この屋敷にやってくるって設定してたな。
設定通りなら、ガユードの昔馴染みのはずだ。
昔馴染みと言っても相手は人間なので、何十年か前からという意味での昔馴染みだけど。
そして、玄関へ向かってから数秒するとヘリナが転移してきた。
「ガユード様、冒険者ギルドのギルド長ベリアルが訪ねてきました。急用だそうです」
やっぱりか。
「連れてきてくれ」
「畏まりました」
再び玄関へ転移していくヘリナ。
「息をするように転移の魔法が使えるなんて、さすがは吸血鬼ね……」
見送りながらそう呟くサリーシャ。
確かに、この世界での転移の魔法は使う人自身の記憶に依存していて、きちんと行きたい場所の風景を思い浮かべないと、失敗してランダムにどこか知らない場所へ転移してしまうので難しい。
ヘリナが転移魔法を簡単に使っているのは、吸血鬼の中でも特殊個体だからなんだけど、それはまた別の機会にしよう。
因みにガユードは〝竜眼〟があるので、それで行きたい場所を見ながら転移するだけでいい。
この〝竜眼〟、見ようと思えば世界一周して自分の後ろ姿が見えたりするから、ものすごいチートだ。
まぁ、俺が設定したんだけど。
それはさておき、ヘリナが戻ってきた。
もちろん転移で。
隣には、年寄りにしては腰がしっかりとしたお婆さんがローブを身に纏い杖をつきながら立っている。
この如何にも魔法使いな格好をしたお婆さんこそ、ガユードが趣味で冒険者をしていた数十年前に一緒に冒険をしていた〝氷結の魔女〟こと今年で82歳のベリアル・ヴェンリーだ。
2つ名があるということは、それほどの実力を持っているということで、氷系の魔法ならベリアルの右に出る者はいない。
俺を除いた全種族の中でだ。
因みに、ガユードが始祖竜だということを知っている人間のうちの一人だ。
「押し掛けて悪いね。本当に急用だったものだから」
ベリアルの馴れ馴れしい口調に、サリーシャが何かを言いかけたので手で制す。
「構わない、儂と君の仲だ。それにしても、また老けたか? ベリアル」
「外見が変わらないガユードとヘリナが羨ましいものだよ。本題にも繋がるんだけどね。最近魔王が復活して、そのことで毎日毎日会議したり相談を受けたりで寝る間もないのさ」
俺の問いに俺が座るソファーの対面にあるソファーに座りながら疲れ気味に答えるベリアル。
俺の設定通りなら、ベリアルは国王の命によって異世界から召喚された勇者のパーティーに入るはずだ。
「その話をするということは、もしや、国王に勇者パーティーに入れとでも言われたのか?」
「さすがだね。その通りだよ。こんな老いぼれを駆り出すんだから、よほど今の若いのにできる奴がいないんだろうね」
嫌みったらしい言い方だけど、残念ながらその通りだ。
そういう設定にしたからな。
じゃないとベリアルが勇者パーティーに選ばれてその理由でこの屋敷に来る展開にならない。
「ま、そういうわけで、今生の別れになるかもしれないから最後に挨拶しておこうと思ってね」
ベリアルのこの行動は正しい。
設定ではベリアルは魔王との戦いで死ぬからだ。
ガユードはそれをわかっていながら見送ることになっている。
この5700年で仲良くなった人達との別れは何度も経験しているからだ。
けど、ここはもう小説の中ではない。現実だ。
そして俺は今、始祖竜であるガユードだ。
ガユード本人ではないけど、昔馴染みが死ぬのを黙って見ていることはできない。
死ぬなら戦いの中ではなく平和な暮らしの中で死んでほしい。
なら、俺の答えは一つ―――
「なら、儂も行こう」
それを聞いた3人が一斉に唖然とした顔で「えっ?」と溢した。
「国王に儂の正体を明かせば同行を許すはずだ」
「それはそうかもしれないけど、本当にいいのかい?」
「あぁ」
それが一番、ベリアルを死なせずに済む方法だからな。
「私は、ガユード様の意見を尊重します」
「えっ、ちょっと、魔王なのよ!? 理不尽の塊みたいな奴なのよ!? ほんとに行くの!?」
「そういえば、さっきから気になってたんだけどね。そのエルフの女の子は誰なんだい? この前来たときはいなかったろう」
「あぁ、紹介が遅れたな。この子はエルフ族の長の娘でサリーシャと言う。今朝、ジャイアントベアに追われてたところを保護したんだ」
色々と端折ったけど間違ってはないから、問題ないよな?
「昔からお人好しなのは変わらずだね。ガユードからしたら、私らなんてとるに足らない存在だろうに……」
「それはつまり、儂に誰とも関わらずどこかに籠っていろと言いたいのか?」
「そこまで言ってないだろう……いや、失言だったね。すまなかった」
謝ってくれたので、許して話をもとに戻す。
「とにかく、国王と話をするとしよう」
「わかった。話を通しておくよ」
「いや、今からだ」
そう言いつつ、ベリアルに《気力回復/リフレッシュ》と《完全なる回復/パーフェクトヒール》をかける。
先程〝竜眼〟で診たところ、結構身体にガタがきていたからだ。
「儂の友人をこんなになるまで働かせた国王に、一言文句をつけてやる」