サリーシャ
私は、サリーシャ。
誇り高きエルフ族の長が娘。
私は今、ヘッカヤーナ大森林の奥にある屋敷のお風呂に入っている。
そもそも、私がこの森へ来た理由は、どうしても魔物狩りがしたかったからで、部族のみんなの反対を押しきって魔物が棲み付くこのヘッカヤーナ大森林へやってきた。
けれど、私程度の実力では全く歯が立たなかった。
ジャイアントベアという魔物に背中をやられ、これは無理だと思って矢を放って牽制しつつ逃げることにした。
逃げているうちに激しい眩暈が起こり始めてそれでも必死で逃げた。
その先にあったのがこの屋敷で、エルフが畏怖する吸血鬼と、この世界にいる誰もが崇拝する始祖竜様が住んでいた。
そんなことを知らず、私は失礼な態度をとって一度死んでしまった。
始祖竜様は寛大にも生き返らせてくださり、しかも許してくださった上に謝罪まで……。
今回のことで、自分が如何に愚か者で未熟者かということがわかった。
見た目に惑わされるということがどういうことなのか、今回身をもって体感したのだから。
あれ? ということは、一度死んで始祖竜様によって甦った私は始祖竜様のもの同然、つまり、もうエルフ族の一員ではないのでは……?
し、始祖竜様の〝もの〟だなんて……!
ど、どうすればいいの!?
光栄すぎてどうしたらいいのかわからないわ……!
……そうだわ! 始祖竜様のものなんだから身も心も始祖竜様に捧げればいいのよ!
ママも100年前に始祖竜様に魔族の襲来から救ってもらったことがあって、パパと結婚してなければ始祖竜様に体を捧げたのにって言ってたし!
でもその時はドラゴンの姿だったって聞いてたけど、それで体を捧げようと思ったって……ママ、本気だったのね……。
でも、その気持ち、今ならわかるわ。
始祖竜様は、失礼な態度をとってしまった私を死んだまま放置する権利があったにもかかわらず、甦らせてくださった。
しかも謝罪まで。
そんな始祖竜様に、私は……。
思い出しただけで自分に腹が立つ。
これからは、人間だろうとなんだろうと見た目で判断しないように気を付けなきゃ。
「うん、それが一番だわ」
「何が一番なのですか?」
「―――ッ!?!?!?」
声にならないほど驚いた。
湯船の反対側へ水飛沫を上げながら行き声のした方を見れば、吸血鬼のメイドさんが首を傾げていた。
「そ、その、どんな種族だろうと見た目で判断しないようにすることを……なんだ、です……けど……」
「私に対してもいつも通りの口調で構いませんよ。名前もヘリナで構いません。仲直り……と言うには出会ってからの交流時間が些か短いですから、今回のお詫びということにしておいてください」
「……わかったわ。私のこともサリーシャでいいわ。これからよろしくね、ヘリナ」
そう言って私が手を差し出すと、ヘリナは「はい、こちらこそ。サリーシャさん」と言って私の手を握ってくれた。
さん付けなところにまだ距離を感じたけれど、会ってまだ間もないのだから仕方ないわよね。
これから仲良くなればいいのだし。
「ところで、サリーシャさん」
「なにかしら?」
「まさかとは思いますが、ガユード様に体を捧げようとか思ってたりしませんよね?」
ギクッ!? なんで、私の思っていたことを!? まさか聞いてたの!?
「やはりそうでしたか。でしたら諦めてください。ガユード様はそういった行為ができませんので」
「……えっ?」
「私も、700年前、とある理由で部族を追われた際、偶然出会ったガユード様に助けられ、最初の頃は貴女のように体を捧げようと思いました。ですが、ガユード様は人間の姿にはなれても、私達がするような交尾行為をすることはできないとわかり、ならばメイドとして誠心誠意ご奉仕することをガユード様への恩返しにしようと思ったのです」
「そう、なのね……」
だからヘリナはメイドを……。
だったら私は……どう恩返しすればいいのだろう。