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英雄竜の介護士  作者: 来輝生息
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第5話 認知症の英雄竜

 介護の世界において拘束は原則禁止されている。

 それでも止むを得ず拘束する際には三つの条件を満たす事が必要だ。


 ・切迫性

 ・非代替性

 ・一時性


 その条件を満たして拘束した際であっても細かい報告書を書いて提出する義務が生じる。

 憔悴しきった目で報告を書く青年にグレイは頭を下げるが「仕方がない事ですから。」と諦めの入った言葉が返ってきては堪らない。

 責任を感じたグレイは青年の報告書が上がるのを待って管理者であるアルフレッドのところへ共に向かった。



☆☆



「明らかに無駄な拘束でしたね」


 報告書を読んだアルフレッドの第一声だった。

 驚いたのはグレイである。

 止めなければ間違いなくジークフリードが無防備な状態でウインドブレスを食らっていたはずだ。


「ジークフリード様は自分のナワバリに近いあの場所でお休みになられるという事例は何度か報告に上がっていたはずですよ。対応策としてケツァルコアトル様をなるべく北側で過ごしていただくようにとも伝えましたよね」

「さ、最初は北側にいたのですが、どうも、落ち着きがなくて勝手に……」

「では、何とかして落ち着かせてあげてくださいね。何か方法があるはずですよ」


 何とか、何か。

 具体的な対策がない時に出る言葉なんだよな、とグレイは心の中で反発する。

 それが子供に言い聞かせるように丁寧な口調である事がなお嫌味ったらしい。

 説教を受けて歯切れ悪く口を動かしたのは拘束した青年で名前はビリー=ボール。

 元緑竜騎士団の騎士……と、いうよりは事務員で戦闘力はほぼ皆無。

 横領か失敗か判断のつかないような微妙な事件を引き起こしてこのブラックにやってきている。


「献身さが足りていれば竜はもっと心を開いてくれるはずですよ。もっと竜に敬意を持って接してくれないと悲しいです」


 確かに竜は丁寧に接すれば接するほど人間によく懐く。

 極端な言い方をすればペットにだってなるし、曲芸を仕込むことも不可能ではない。

 ただし、それは竜が正常な状態であってのことだ。

『もっと心を、もっと敬意を』が今の竜に本当に通じるのか。


「グレイさんもどうしてジークフリード様を行かせたりしたのですか?」

「開始2分で脱走されたんだよ」


 事実、グレイが何かする前にジークフリードはその場から離れるように走り去った。

 時速100キロの速さで森の木々の間を上手く縫いながら走られるとグレイも簡単には追いつけない。

 慣れない森を探し、爆睡しているジークフリードの元に着いたのは1時間が過ぎた後だった。


「そもそも自由赴くままをサポートするのが介護だろ? じゃあ、少々走ろうが他人のナワバリで腹出して寝てても仕方がないんじゃねーか?」

「それ以前の問題ですね。危険という自由を選ばせないように他の自由という選択肢を用意するのが介護ですよ。」

「他って何だ? 具体例を言ってくれ」

「竜の好きなものは人間の芸能全般ですよね。その中からグレイさんとジークフリード様のベストを見出してくれませんか?」

「出会って2分で何を見出せと?」

「その2分でその場から逃げ出したくなるような不快があったんでしょう」


 ああ言えばこう言う。

 多分、この年下上司とのやりとりは笑顔のまま堂々巡りを繰り返すに違いない。

 ラチがあかないのでこの話題から離れる事にした。

 丁度、ひとつ聞きたい事がある。


「じゃあ、竜の帰る場所って心当たりないか?」


 ケツァルコアトルの「帰りたい」という言葉がずっと引っかかっていた。

 あれは自分の寝床に帰るという意味ではなく、間違いなく他の意思を持った何かだ。

 竜を管理する人間であれば、その望む答えを知っているのではないだろうか?

 だが、


「ここがそうなるように頑張りましょう」


 にこやかな笑顔で、それでも明らかに誤魔化した。

 どこか本当に帰るべき場所があるにはありそうだ。

 ただ、そこには行けない……のだろう。

 可笑しな話だ。

 散々自由を謳っておきながら、竜が本当に求める物は与えられないというのは。


「貴方には期待していますよ」


 笑顔を崩さないアルフレッドからグレイは重たい水銀のような薄気味悪さを感じ取った。



☆☆



「こってり絞られたかのぉ!」


 管理者の部屋から出てきたグレイの肩を叩きながらボブが話しかける。

 グレイは呆れた感じでその手を払った。


「絞られてはいない」


 事実、説教よりは啓発の刷り込みに近く、延々と1時間ほど「竜には敬意を持って接してくださいね」などが続いた。

 具体案でも示してくれれば少しは実りはあったのだが、最後の結論は、


「介護に正解はありません。竜を敬いながら接していく中で各々が見出していくものなのですよ」


 これではまるで宗教だ。

 すっかり憔悴しきったビリーは即「失礼します」と言い残して重い足取りで持ち場に戻っていった。

 その後ろ姿に「すまん」と思いながらグレイは待っていたであろうボブに向き直る。


「何の用だ?」

「なーに、色々と助言でもいるんじゃないかと思ってのぉ」


 思えばジークフリードに吹っ飛ばされた時もグレイが起きるのを待っていた。

 なんだかんだで面倒見がいいらしい。


「じゃあ聞くが、奴とどう接すればいい?」


 あの後、ジークフリードは何事も無かったかのように目を覚まし、今は他のスタッフの指示をよく聞いて自分のナワバリで食事を取っているとアルフレッドから聞かされた。


「これ、どういう事よ?」


 グレイは自分の何が原因かわからない。

 これまで竜に好かれる事に関しては自信があった。

 自分専用の竜こそ無かったが、銀竜騎士団所属の竜のうち半分には騎乗経験があり、いざという時は団長専用竜を含めた全ての竜で現場に出る事も許されていた。

 自分が竜に嫌われるなどあり得ない、と心の中で思っている。


「あれじゃのぅ。認知症のモンは慣れない人間嫌うんじゃわ。まあ、しゃーないと思うぞ」

「なんだそれ?」

「認知症の基本じゃが」


 認知症? と、グレイが顎に手を当てる。

 竜の知識は豊富でも認知症に関しては素人同然で、重い老人ボケくらいの認識しかない。


「新しい人間は嫌うし、ナワバリが変わっても荒れるしのぉ。とにかく環境の変化を酷う嫌うんじゃい」

「じゃあ、逃げられたのも、前に殴られたのもそのせいか?」

「うーん、そうじゃのぉ。不可解な行動の裏には必ず『理由がある』んじゃが、それは竜それぞれじゃしのぅ」


 ひとつひとつがグレイにとって全く知らなかった新しい知識だった。

 それを脳ミソまで筋肉っぽいボブから教わるとは意外だったが、はっきり言ってドラゴン教の教祖様よりまともに見えてくる。


「すまん」

「急にどーしたんじゃい?」

「いや……」


 竜殺し野郎と言われているが、この男が好奇心や腕試しで竜を殺した訳ではないのだろうと今更ながら思った。

 ケツァルコアトルと対峙した時もそうだが、あの足運びからは決して傷付けまいとする意志と優しさがある。

 見直さねば。

 よくよく考えれば自身も『竜を暴走させたクソ野郎』という評価をされているではないか。

 ボブも何か事情があったに違いない、とグレイは確信した。


「まあ、気をつけるんじゃのぅ。奴は問題児じゃけん今まで誰が担当しても最後は半殺しで精神病んでアウトじゃしの!」


 色々な問題ワードから無意識に『半殺し』の一言を掬い取っていた。

 記憶の奥底に封印していた声がゆっくり蘇る。


 ーそこの群がる雑魚を半殺しにしながら無双でもしてぇわ。のぅボウズー


 くたびれた中年のような。

 それでも荒々しいまでの暴力と身震いするほどの恐ろしさが含まれていた。

 聞き間違いかもしれない。

 その言葉が本当に彼の口から出たものかどうかも定かではない。

 記憶違いだ。

 脳に響く声は何度か聞いたケツァルコアトルと同種のものだが、アレは、どうにも……嫌だ。

 認めたくない。

 そうだ。

 竜が喋る訳がない。

 あんな暴言を喋るわけがないのだ。


「竜は英雄、竜は英雄、竜は英雄……」


 グレイは念じるように呟く。

 身体はあの時ほど震えていない。


「自分で暗示か、いいのう!」


 ボブがグレイの肩をバシンと叩く。

 普段は鬱陶しいそれも今回ばかりは少しありがたかった。

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