第4話 英雄竜との接し方
ワイドランド南に位置するワイドランド城から約十キロにも及ぶ地下通路を通ると『フツー』と呼ばれるバリケードで囲まれた山林地域に抜け出る。
面積は約10平方キロメートル。
それを六分割し、竜の居住区としている。
現在、黒龍騎士団で介護している竜は、
・銀剣竜ジークフリード
・陽蛇竜ケツァルコアトル
・氷狼竜フェンリル
・地石竜メデューサ
・紫爪竜アクベンス
・雷霆竜タケミカヅチ
以上、六体。
皆、表向きには謎の失踪を遂げていた竜たちだ。
それを介護する人間のスタッフは十五人前後で構成される。
内、半分がアルフレッドのように何らかの罪を犯した囚人であり、残りの半分がグレイのように問題行動、失敗や不正を犯して団を追われた者である。
まともな人間は誰一人としていない。
☆☆
「グレイさんはジークフリード様の担当をお願いします」
アルフレッドが医務室のベッドから起きてすぐさまグレイに言った。
ちなみに裸に包帯スタイルというこの機会の内に女性特有の胸のふくらみが無いのを確認する。
アルフレッドが実は女の子だったというヒロイン路線はこれで完全に消えた。
「いやいや。」とグレイが横に首を振る。
そんな事は全身に巻かれた包帯に比べれば些細な事だ。
千切れた右腕こそ元どおりに繋がっているが、そこから僅かに血が滲んでいて痛々しい。
最低限の回復魔法と輸血しか施されていないのだ。
痛みや失血によるダメージは残っているだろうが、時間が勿体無いとアルフレッドは言う。
狂っているとグレイは思った。
自分が死にかけてまで他の者を気遣う、これ程までの激しい自己犠牲を目にしたのは初めてだ。
物語などであればとても美しいものなのだろうが、実際に見せつけられると常軌を逸脱しすぎて気持ち悪い。
そもそも魔装してしまえば大技であってもここまでの大ダメージは受けずに済んでいるはずだ。
ボブにしてもそうだが、頭をホールドした際に魔装して絞め落としてしまえばそれで片付いていた。
「魔装は無しって言いましたよね。その理由がこれです」
グレイの疑問を知ってか、アルフレッドがジークフリードの居住区まで行き、その左腕に巻かれた包帯を見せつける。
「骨折しているのか?」
「ええ、竜は老いても筋肉の衰えは然程無いのですが、それを支える骨は極端に弱くなっているのです」
魔装は筋力強化だけでなく身体の硬質化も兼ねる。
例えば全力で鉄を殴るとその拳はどうなるか?
想像は容易だ。
あと竜には回復魔法が効かない。
自然治癒力は人間の比では無いが、瞬間的な回復は不可能だという事だ。
「魔装は竜を傷つけますので以後は厳禁でお願いしますね」
「魔装しなかったら俺がヤバかったんだが。」と出かかった言葉を飲み込む。
アルフレッドがジークフリードの包帯を撫でながら時折向けてくる細く鋭い目付きがマジでヤバイ。
「貴方のせいでこうなったんですよ」と責め立てているようだ。
前述の事を口にしていたら「人間なんてどうなろうが竜さえ無事ならそれで良いですよ」と返ってくるに違いない。
実際、魔装せずサンドバッグになれば竜は骨折せずに済むが、いくら万能の回復魔法が控えているとはいえボコボコにされるのは痛いし嫌だ……と、目の前の狂人はそれを理解してくれないだろう。
「怪我をさせない事に加えて注意点は二つあります。包帯を外させない事。機嫌を損ねない事」
「俺の役目はそれらの監視か?」
「いいえ、あくまで介護ですよ。ジークフリード様の自由赴くままの行動をサポートするのが介護ですからね」
「じゃあ、彼が自由意志に基づいて包帯を外そうとしたら?」
「後で巻いてくれるならいいですよ」
それは御免こうむりたい。
触れれば身が切れるほど鋭い刃の鱗が腕を守っている中、よく包帯など巻けたものである。
おそらく眠らせてから当て木をしてゆっくり巻いたのだろうが、回復魔法と同じく眠らせる魔法も竜には効かない。
何らかの薬を投与したと考えられるが、薬となれば色々と手続きが面倒くさそうだ。
「あと、最後に」
アルフレッドが目に力を入れる。
空気が引き締まるのをグレイは感じた。
「彼らは英雄です。この国を僕たちが生まれるずっと前から守り続けてくれていました」
ワイドランドの竜達は例外なく命を懸けて外からやってきた侵略者達と戦ってきた。
中には当然、戦死した竜もいる。
この国の人々は全ての竜を『英雄竜』と称え、偉大な存在として今も敬っている。
「くれぐれも敬意を持って接してくださいね」
グレイもそれは理解できる。
戦う姿こそ見たことないが、物語になって伝えられてきた強くてかっこいい竜たち。
それは男子にとっては憧れのヒーローなのだ。
「それではよろしくお願いします」
そう言い残し、アルフレッドは東側にある雷霆竜タケミカヅチの居住区へと向かっていった。
トッシュが担当しているらしく時折ギターをかき鳴らす音が風に乗って流れてくる。
「これからどうするか?」
ジークフリードに話しかけるように言ってみた。
憧れの英雄はボーッとあさっての方向の空を見続けている。
日向ぼっこを楽しむ老いた猫のようだ。
「ッ!」
それが突然背筋を伸ばしギラついた目でグレイを睨んだ直後、四肢をついて北へ向かって走り始めた。
「どこへ行くんだ!」
そもそも竜は普段は竜舎と呼ばれる寝床の付いた檻で暮らす。
よく訓練された竜であれば放牧も出来るが、それでも夜は竜舎に鍵を掛けるのが普通だ。
野生じゃあるまいし竜の放し飼いなど聞いたこともない、アルフレッドに言わせれば「これこそ本来の意味での竜の自由ですよ。」との事。
しかし、これは困る。
北のそう離れていない所に陽蛇竜ケツァルコアトルの居住区があるのだ。
昨日、突然殴ってきたジークフリード。
つい先程、大暴れをしたケツァルコアトル。
二頭の竜がまともじゃない精神状態で遭遇すると殺し合いが始まっても不思議じゃない。
こんな失態を就任後二分でかますとは!
グレイは歯噛みしながらジークフリードを追った。
☆☆
「なんでここにジークフリード様が!?」
ケツァルコアトルが暴れて手に負えない報告をしてきた青年が不思議そうにジークフリードを見て言った。
当のジークフリードは森の少し開けた場所、陽の当たる位置で腹を上にしていびきをかいて眠っている。
それを30メートルほど離れた木に逆さの状態で巻きついているケツァルコアトルが警戒音を出して威嚇していた。
ようやく追いついたグレイが最初に目にした光景である。
「ジークフリード様の新しい担当者ですよね? 早くなんとかしてくださいよ!」
なんとかしろと言われてもこういう時にどうすればいいのかグレイにも分からない。
訓練された竜であればまるで人間の言葉を介したかのように動いてくれるが、今のジークフリードにそれが通じるか?
起こした時点で逆上して襲いかかってきそうな気がする。
かと言って放っておくのも難しい。
警戒音を鳴らし続けているケツァルコアトルの我慢も限界も間近だ。
-もう帰りたいー
また先程と同じ老婆の悲痛な声。
グレイは青年を見やるが、青年の困り顔に変化ない。
彼には聞こえていない自分にだけ聞こえるサインとグレイは認識し、そして、考える。
帰る場所は自分の寝床か?
それなら誰も邪魔しないからさっさと帰ればいい。
「シャアアアアアアア!!」
ケツァルコアトルが力を込めたのか、木がヘシ折れる。
逆さで宙に浮いた姿勢を保ったまま蛇の全身が膨れた。
ウインドブレスの予備動作だ。
「くそおお!」
口から風を吐き出される前に青年が叫びながらポケットから指輪の箱のようなものを取り出して開く。
中から飛び出したひも状のものが数十本、巨大化しながらケツァルコアトルに絡み付いた。
見るとそれは無数のベルト。
ケツァルコアトルを締め上げて地面に落とす。
「こんな凄い道具があるなら最初から使えばよかったじゃねーか!」
拘束されているケツァルコアトルを見て言うグレイを恨めしそうに睨んで青年は返した。
「あんたのせいですからね!」
青年の怒りの理由を知ったのはそれからすぐ後のことだった。