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英雄竜の介護士  作者: 来輝生息
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第3話 嘘つきアルフ

 陽蛇竜ケツァルコアトルは主に五十年前の東国『ギーガトウ』との戦争で活躍した英雄竜である。

 当時の赤竜騎士団第三大隊所属し、鉄神イゾウことイゾウ=キヌガサ隊長を背に乗せ文字通りの切り込み隊長として戦場を駆け抜けた。

 容姿は一般的な竜とは違い蛇に近い。

 50メートルを超えた細長の身体に、手足の代わりの翼が四つ生えている。

 タテガミがあり顔立ちも獅子に似ているが大きなギョロ目が可愛いと若い女性に人気だった。

 そんなケツァルコアトルもまたいつの間にか姿を消した竜である。


「まるで裏組織だな」


 グレイが走りながらぼやく。

 消えた竜と処分された人間が一堂に集まっていて自分もその一人なのだ。

 物語ならば格好がつくが、現実となると何とも言えない不思議な感じがする。

 あと、竜の介護というのもよくわからない。

 介護というと老人の世話といった感じが強いが、竜の介護と言われると想像が出来ないのだ。

 そもそも竜は歳をとるのか?

 大体の場合、竜の最後は戦死だ。

 天寿を全うするイメージが無い。

 ただ、年老いて衰えたとしても竜が暴れている事に対する危機感はある。

 騎士団の二千人大隊に匹敵する本来の戦闘力から老いを逆算して想定しても放っておけば町の一つくらいなら簡単に滅ぶだろう。


「あんまり表沙汰には出来ないのですよね」


 アルフレッドの言葉には納得できる。

 隣人で如何なる時も人間の味方であるとされている竜が我を失い大暴れなんて国の竜への信仰が一気にひっくり返るに違いない。

 その所為でグレイも裁判までもつれ込んだ。

 ワイドランドは良くも悪くも竜中心の国なのである。

 あの時もそうだった。

 グレイはこのタイミングでアルフレッド=ルーツを思い出す。

 彼もまた囚人だったはずだ。


 -嘘つきアルフ-


 十五年前、当時7歳。

『竜と会話が出来る奇跡の少年』という触れ込みで銀竜騎士団に大隊副隊長待遇で入団している。

 良き隣人である竜と会話ができる……この国では夢のような能力の恩恵は計り知れず、彼によって様々な生態が解明された。

 下記はほんの一部である。


 ・グルメである事(草と肉を同時に食す、自分で吐いた火を使って料理する等)

 ・子の容姿や属性は親にあまり影響されずランダムである事

 ・基本的に人間が好きで、特に歌や踊りが好きな事


 しかし、わずか7ヶ月後、騎士団は『アルフレッド=ルーツは竜と会話する事は出来ない』との公式発表を出し、彼も虚偽の罪に問われ終身刑に処された。

 少年である事を加味した上でこの重すぎる刑罰はワイドランドの竜に対する想いの強さ故だろう。

 ただ、不思議な事に彼が聞き出した竜の生態は正しいとされたまま残されているのだ。

 そこがグレイには引っかかる。


「なあ、管理者さんよ」


 走りながらアルフレッドに問いかける。

 息を一つ切らさず走るグレイに対し、アルフレッドは呼吸を弾ませながら目だけ向けた。


「竜と話せるって本当か?」

「僕の事を知ってるのですね」

「時の人、だったんでな」


 そこまで言うとアルフレッドの顔が曇った。

 世間の評価は重罪人だからなのか、何か思うところがあるのかもしれない。


「話せませんよ」

「嘘だったのか?」


 否定に対し、ただ静かに返すグレイ。

 自分に聞こえた竜の声、もしかして彼も聞けるのではと思ったのだが、本当はどうだろうか?

 あれが本当に竜の声なら……。

 と、思考に嵌る中、アルフレッドはどこか悲しそうに続けた。


「でも、彼らの気持ちはわかりますから」


 喉を鳴らしたり(不快)、尻尾を立てたり(好意)、一般的な生態で表現される気持ちなら竜の知識を持っている人間になら解るが……そういう事ではないのだろう。

 ここまで思ったところでグレイは思考を止めた。

 森の中に突如現れた直径50メートルほど、まるでこじ開けて作ったかのような乱暴な広場。

 鋭い刃のようなもので切り倒された木々は間違いなくケツァルコアトルが暴れた跡だ。


「ぬどわあああああああ!」


 奥側の茂みから先行していたはずのボブが地面を転がりながら吹っ飛んでくる。

 反応したグレイが前に出て受け止めるが、もろとも弾き飛ばされ二人並んで三回転したところで止まった。

「すまんの」とボブ。

 身体には擦り傷、両腕には鋭い切り傷が縦横斜めとある。

 その両腕を振って血を払い、腕を上げ構えをとった。

 追いかけるように現れたのは、巨大な蛇のような体躯に獅子のような顔……あのケツァルコアトルに間違いない。

 手足に相当する四枚の翼が逆立っているのは苛立ちである事がグレイの目にもありありと伝わった。


「ウォーイ! ボッさん! しっかりしろイエヤー!」


 ケツァルコアトルを追いかけるように茂みから飛び出してきたトッシュが天に手をかざすと何処からともなく現れたエレキギターがすっぽり収まる。

 すぐさまそれを滅茶苦茶にかき鳴らすとケツァルコアトルの注意がトッシュに向いた。


「援護する!」

「待ってください! 魔装はいけません!」


 出ようとするグレイの前にアルフレッドが腕を伸ばして止める。

 魔装とは魔力を身にまとって身体強化する基本中の基本で脆弱種である人間がモンスターと互角にやり合うための必須技能と言ってもいい。


「じゃあ、どうやって竜を止める!」

「こうすんじゃい!」


 トッシュの前に躍り出たボブが突っ込んできたケツァルコアトルの顔を両手で受け止めた。

 突進の威力にボブの両足が地面を削りながら滑る。ボブはそれに負けまいと強く上に飛び跳ねて身体を右に半回転させながら鼻先を受け流すと右腕と右膝で挟み込むように口をホールドする。


「嘘だろ!? 筋肉!!」


 いくら筋肉が凄かろうが魔装なしで竜の一撃を受け止めるなど物理的に不可能だ。

 しかし、ボブの身体を魔力が覆っている様子はない。

 普段よりも五割り増しに肥大した筋肉のみで渡り合っている。


「いいぜぇボッさん、一曲地獄まで堕ちるぜ」

「おうよ!」


 トッシュのギターに合わせるようにボブがケツァルコアトル顔を抱えたまま何度も飛び跳ねる。

 釣られてケツァルコアトルの身体が鞭のようしなりながら踊った。


「どーうどうどう」


 飛びながらも暴れ馬を鎮めるように頬を撫でるボブ。

 その足の運びにグレイは感心した。

 激しいロックなアップテンポの中で跳躍と着地はふわりと優しく、更に両腕でケツァルコアトルの身体が地面に叩きつけられないようにコントロールしている。


「あぁぁぁくのりゅうがあああぁぁ!」


 トッシュの方は、よくわからない。

 ってか、この歌詞……例のアレか。

 竜を鎮めるよりはボブを強化する為の曲なのかもしれない。


「じごぉぉぉぉくに! おおおちぃろぉぉ!」


 ワンコーラス歌い切り恍惚の表情でフィニッシュ。

 トッシュの汗がなぜか輝きながら飛び散る。

 ボブの方も足を止めるとケツァルコアトルもぺたりと地面に身体を着けた。

 逆立っていた翼も元通りの落ち着きを取り戻している。


「二人ともお疲れ様でした」


 アルフレッドがケツァルコアトルに向かって歩き始めたその時だった。


 -帰りたいー


 グレイの脳に澄み渡る慟哭は老婆の声色。

 ふと風の流れが変わった。

 ケツァルコアトルの口に集まっていき、その細長い身体を倍ほどに膨張させる。

 これが音に聞こえた伝説の必殺技【ウインドブレス】か!


「避けろおお!」


 グレイの言葉より早く危険を察したボブとトッシュが左右に散って身を低くした。

 しかし、アルフレッドだけは構わずケツァルコアトルに近づいていく。

「ガァッ!」と低い声で唸るように開けた大口から吹き付けられる強い風を伴った見えない刃。

 アルフレッドを吹き飛ばしながらその全身を容赦無く切り刻んだ。

 血を撒き散らしながら錐揉み回転し、最後は顔面から着地、すぐに地面が流れた血で染まる。

 右腕が肩先から千切れて側に転がっていた。

「あ、死んだな」とグレイが思わず口にするのも無理はない。


「だ、大丈夫ですよ」


 そう言って身体を小刻みに震わせながら起き上がろうとするアルフレッド。

 無い右腕を地に着こうとするが、空を切って肩から崩れるように地面に伏した。

 それでも右頬を地に着けたまま視線だけ上げてケツァルコアトルを見つめる。


「ここには貴方を傷付ける人、苦しめる人はいませんから」


 アルフレッドの眼差しは慈愛に満ちていた。

 自分を痛めつけた者への怒りや憎しみなど無い。

 本当に優しいもの。

 それを受けてなのか、ケツァルコアトルは身体を翻し、ゆっくり飛び去っていく。

 まるで先程の大暴れや血まみれで倒れているアルフレッドなど無かったかのように。

 その後ろ姿を見送ってアルフレッドの視線が落ちた。

 意識を失ったようだ。


「寝床まで帰ったか見てくるぜヤー!」

「じゃあ、ワシャ、管理者を背負って帰るかの」


 二人とも慌てる様子もなく平然と。

 トッシュが駆け出し、ボブは血まみれのアルフレッドを背負い、落ちている右腕も拾う。

 そんな様子を呆然と見ているグレイにボブが言った。


「こんなん日常茶飯じゃしの」


 グレイは言葉を返せないまま、ただ立ち尽くしていた。

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