表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄竜の介護士  作者: 来輝生息
3/11

第2話 踊り虎と撲殺詩人

「おう、目が覚めたのぉ!」


 野太くうるさい声が耳に響く最低の目覚めだ。

 そう思いつつグレイはゆっくりと身体を起こす。

 白を基調としたわかりやすい医務室に声の主であろう中年の男。

 壁にかかっている時計は8時を示している。

 一晩ほど眠っていたらしい。


「おんし、頑丈じゃの!」


 男が笑顔で遠慮なく右肩を叩いてくる。

 軽くのつもりだろうが、強い。

 黒いツナギがはち切れんばかりの分厚い筋肉。

 角刈り頭にはまってる輪っかは、確か……ムエタイという格闘技の御守りだ。

 左頬からこめかみに向かって抉れたような痕は、どうみても医者には見えない。

 百戦錬磨の武芸者という言葉が似合う。


「銀竜に配属早々一撃食ろうて吹っ飛ばされた副団長と聞いてどんな奴かって思ったんじゃが」


 強烈な一撃を受け止めた右腕や木に叩きつけられた身体に痛みはない。

 ギリギリで魔力を身にまとっての防御が間に合った証拠だ。

 それでも吹っ飛ばされた際の衝撃で気絶したのは人生初である。

 景色が遠ざかりながら閉じていくんだと知った。


「ええ筋肉しとるのぉ!」

「だからといっていつまでもバシバシ叩くな」


 と、受け止める。

 すかさず反対の手が肩を叩きにくるがブロック。


「やるのぉ!」

「俺はやりたくない」


 どこの世界の目覚めにバシバシ叩かれ続けるのか。

 そんな事を思いながらも目の前の男に記憶を動員する方へシフトしていく。

 どこかで見覚えがあったのだが……


「確か……踊り虎ハーストか」

「よーしっちょるのぉ! 半年ぶりじゃわ、その呼び名!」


 上機嫌になって再び肩を叩き始めるのでブロック。

 こいつは人の肩を叩きながらじゃないと会話ができない人種なのだろうか。

 グレイは呆れながらも改めてハーストの全身を見やる。

 何をするにも魔力が第一の世界では大して意味を持たない筋肉だが、彼に限るなら例外だろう。

 ボブ=ハースト。

 歳は53。

 三年前に北の隣国『ノースドゥ』から流れて来た修行者で異世界発祥の立ち技系格闘技ムエタイの使い手だ。

 鍛え上げられた身体に魔力を乗せて繰り出す強力な打撃は巨獣をも薙ぎ倒すとも言われており、ワイドランドにおける興行ではあまりの強さに徒手はおろか武器を含む無差別戦ですら相手がいなかったという話も聞いている。

 実際、隊長クラスを興行の対戦相手として派遣する案もあったが、熱心な格闘技ファンの大隊隊長が「絶対無理」と拒否したことで立ち消えた。

『踊り虎ハースト』という異名が騎士団内で名付けられたのはこの時からである。

 が、正直このハーストに良い感情は無い。


「竜殺しのクソ野郎、だったか」


 昨年の夏にワイドランド東の山中での修行の際、そこに住んでいた地竜を屠って、禁固三十年の刑罰を食らっていた、はずだ。

 ワイドランドにおいて竜は国の守り神であり神聖なる生き物である……という概念が深く根付いている。

 高い知性を持ち、心優しい力持ちである彼らは、常にこの国の人間の隣人であり友。

 故に如何なる理由であっても竜殺しは重罪であり、それがこの国では当然だった。

 グレイのように反発するのも無理はない。


「まあ、そう言われちょるわな」


 肩を叩くのを止め、バツの悪そうな顔で頬の傷を親指でなぞる。

 反省なら牢屋ですればいいのだが、何故この男がここにいるのか?


「お邪魔しますね」


 ドアを二回ノックして入ってきたのはアルフレッドと、赤青緑でカラフルに染まった髪が四方八方に逆立っているパンク野郎だ。

 二人揃ってボブと同じ黒いツナギを着ているという事はこれがここの仕事着なのだろう。


「ヒャァー! お前がロックなルーキーか! ハァッ!」


 そしてグレイ自身も同じムジナである事を悟った。

 気を失っている間だろうが自分も同じ黒いツナギに着替えさせられている。

 思わず痛くなる頭を手で押さえながらパンク野郎を見やった。


「パンクな先輩は、アレだ。知ってるぞ。撲殺詩人ラドウィックだったな」


 トッシュ=ラドウィック。

 38歳。

 不敬罪、暴行罪、公務執行妨害などの罪で懲役四年。

 二年前にワイドランドでツアーと題して流れてきた吟遊詩人だ。

 海を渡った先にある国『チバリア』での評判は良く、この国でも初回の野外コンサートを三千人が埋め尽くすほどのファンで溢れていた。

 ただ、公演予定の新曲のタイトルがマズかった。


『竜殺し【ドラゴンバスター】』


 話を聞きつけた騎士団が公演開始10分前に中止を促すも強行開催。

 捕縛にかかってくる騎士達をギターやピアノ、ドラムなどで殴り飛ばしながら歌い切った『悪の竜が正義の騎士に倒され地獄に落ちる』という内容に観客の熱狂がブーイングに変わったのはこの国では当然、彼にとっては意外な結果と言えよう。


「言っとくが殺しちゃねーぜ、ハッハー! ボコボコに殴ったがなァ!」


 吟遊詩人ごときに四個小隊(小隊は一個10人編成)を投入しておきながらブーイングに気落ちしたショックで気絶するまで捕縛できずという結果は『平和ボケしたワイドランド騎士団』のタイトルを新聞の一面に踊らせるに十分の失態だった。


「いや、四人の小隊長が社会的に死んだぞ」


 と言いながら実物を前にして認識を改める。

 彼の腹の底から寒気がするほど深い魔力を感じた。

 寒い日吐いた白い息のように溢れた魔力が声に紛れて漂うのを初めて見る。

 多分、並み大抵の攻撃では彼には傷一つつけられない。

 小隊レベルでは何個投入しても無駄だっただろう。

 ボブが筋力ダルマならトッシュは魔力オバケといった表現がしっくりくる。

 この二人、戦闘力だけなら騎士団長クラスに違いない。


「管理者! 大変です!」


 突然、駆け込んできたのはやはり同じ黒いツナギを着た青年だった。


「ケツァルコアトル様が暴れて手に負えません!」


 彼の報告にアルフレッドが頷き、笑顔でグレイに向き直る。


「さっそく仕事ですね」

「仕事? なんの仕事だ?」



「竜の介護のお仕事ですよ」


 地獄の幕が開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ