第1話 竜騎士の転落
「主文、グレイ=バリントンを無罪とする」
裁判長を見上げていた銀髪の青年はそのまま目を閉じた。
無事に終わった事への安堵を噛み締めた後、何故こうなってしまったのかを考え始める。
グレイ=バリントン。
ワイドランド銀竜騎士団 第二部隊 副隊長。
かけられた嫌疑は、国家反逆罪。
北の国境における治安維持という名のパトロール中、突如として彼の騎乗していた竜が暴れたのである。
奇跡的に死人こそ出なかったものの、同僚の騎士を始め一般人を含む27人が負傷した。
「これは不幸な事故だった」
「暴走した竜を隔離せねば」
で、終わらないのが竜を隣人として丁重に扱うワイドランドのお国柄。
グレイが故意に暴れさせたとして何故か国家反逆罪に繋がってしまったのである。
当然、暴れさせた事が故意でなければ、まさか国家に逆らうつもりなんて微塵もないグレイは有り金叩き最高の弁護士を立てて反論した。
その際、少しだけ弁護士と揉める。
銀竜騎士団の第二部隊副隊長にして竜に乗って戦う竜騎士でもあるグレイは間違いなくエリートであり、エースであった。
当然、妬み嫉みの類は事を欠かない。
加えて事件の前日には上司である第二部隊隊長と激しい言い合いをしている。
嵌められた線が強く弁護士もそう主張した。
ただ、グレイには別のものが引っかかる。
『彼』が暴れた際に聞こえた声。
ー「もっと暴れてぇんだよ!!」ー
まさか「竜が自分で暴れたんです。」と言っても信じてもらえないだろうし、実際に弁護士に冗談めかして言ってみたが「こんな状況なので混乱するのも無理ないですけど。」と思いっきり可哀想な人を見る目で返された。
とりあえず真相は横に置いて自分の嫌疑を晴らす事のみを考え、何とか無罪を勝ち取って今に至る。
結局、事件は『何者か』が竜の食事に興奮剤を混入させたのではないか、という結論でろくに調べられず灰色のまま消し去られる事となった。
グレイ自身はこのままで終わらせる気は無く、詳しく調べようと思ったが、そんな矢先に辞令が下りる。
グレイ=バリントン
汝を黒竜騎士団、副団長に任命する
左遷は予感していた。
役職こそ一部隊の副隊長から一団の副団長に上がっているが、黒竜騎士団なんて聞いたこともない。
黒竜などと厨二が喜ぶレベルで聞こえは良いが、この国では色の後ろに竜騎士団と付けるのが一般的な部隊の名付け方なだけ。
左遷されるのであれば『地獄開拓』の通称で有名な未知探索部門の赤竜騎士団か、騎士団とは名ばかりの情報処理部門である緑竜騎士団のどちらかだと思っていたが、黒竜なんてどこの窓際か。
「俺の勝ち組ライフもここまでか」
銀竜騎士団はワイドランドが誇る精鋭部隊だった。
戦争が終結したワイドランドでの主な役割は治安維持や調査だが、竜に騎乗する必要のある唯一の騎士団であり花形職業でもある。
27歳にして五百人部隊の副隊長。
銀色の髪を全て後ろに流し、鋭く精悍な顔つきはインテリとワイルドを融合させたような容貌だ。
剣も魔法も平均の水準を超えた起用万能とくれば女の子からも抜群にモテていたが、それもこの間まで。
裁判で無罪を勝ち取ったとはいえ『竜を暴走させた』というマイナスイメージまでは拭えず、これからグレイの転落人生が始まっていくのは誰の目からも明らかだった。
付き合っていたスレンダーボディの彼女からも即日縁切りを告げられている。
☆☆
「ここから先は私が案内しますね」
「ああ、よろしく頼ぐ!む!」
地獄の案内役として待っていたのは、満面の笑みを浮かべたザ・優男……と、ツラの詳しい感想の前に割り込んできた花系の芳香剤の香りがキツくて顔を背ける。
「すみません。人前に出る時はこの服装なのですよ」
気付いた彼が整った白いローブを少女のようにヒラヒラさせた。
160代半ばの身長と中性的な顔立ちや声も相まって女性にも見える。
「俺にそんな趣味はない」
「何のことですか?」
「……独り言だ」
思わず口に出た。
気を取り直してローブを見る。
キツイ匂いはこのローブからのようだ。
が、それよりも襟や袖の間から黒い布の破れが……ハードでブラックな気配が見え隠れしているのが気になった。
「あ、申し遅れました。私は黒竜騎士団団長兼管理者のアルフレッド=ルーツと申します」
「副隊長に任命され……ましたグレイ=バリントンです」
この優男、もしかしてお偉いさんか?
それに団長兼管理者?
と、思いながらも差し出された手をグレイはとっさに握り返した。
柔らかい手にザラザラとした感触は戦士のゴツゴツとは別物のそれ。
よく見ると無数の傷が大小縦横無尽に走っていて中には治りかけの比較的新しいものまである。
上背も筋肉もなく強い魔力も感じないどう見ても優男の彼が、戦争が有名無実と化して30年経った現在で歴戦の騎士顔負けの傷を負っているのだ。
違和感があると同時に自分の境遇を痛感する。
「やっぱ、左遷ですよね」
ぼやくように言ったグレイにアルフレッドが笑顔で返す。
「とてもやりがいのあるお仕事ですよ」
☆☆
「この扉の先が私達の職場です」
「やっとか!」
そう言いたくなるのも無理はない。
10キロに及ぶ長い長い地下通路を自転車で疾走してたどり着いたのは、大砲の一撃でも受け止められそうな鉄づくりの分厚い扉。
それと不釣り合いの朽ちかけた木の板に墨で黒竜騎士団と記されたものが右上にぶら下がっている。
ちなみに長話をしている間、アルフレッドが年下という事もあり許可のもと敬語は取り払われた。
グレイ自身も前の職場で年上の部下の扱いには困っていたが、俺もこうすればよかったのか、と感心する。
「ここが職場か?」
「そうですよ」
「一体、こんな所に何があるんだ?」
城の中にこんな長い通路があったこともそうだが、それを最新鋭で一般的に普及していない自転車を利用して移動した事に疑問を覚える。
左遷先なのに最新鋭と黒竜騎士団の実態がまるで掴めない。
「開ければ分かりますよ」
アルフレッドがポケットから鍵を取り出し、上下左右と四つの鍵穴に差し込んでいく。
重たそうな外見に反して彼の細腕で軽々と押し開けられた先には、一面の緑……何処かの森に出たらしい。
グレイが一歩踏み出してすぐに気付く。
「誰だ!」
強烈なまでの獣の気配。
高速で迫ってくるのは象の倍はあろう銀色の巨体。
目前で威嚇するように翼を広げて二本の足で立ち止まったそれは、まさに竜だった。
「お前は、まさか!」
二十年前、子供の頃に一度だけ背に乗った事がある。
当時、最強の英竜だった……
「銀剣竜ジークフリード!」
騎士を夢見る少年全ての憧れであり、その背に乗って剣を振るう事が最大の栄誉とされていた。
当然、グレイも憧れた一人。
異名通り刃の鱗がヤマアラシのように生えている全身凶器の鋭いフォルムは他の骨太な竜とは違って強さと美しさを兼ね備えていた。
「何で、こんなところに?」
ジークフリードは十五年前に何の前触れもなく姿を消した。
誘拐、暗殺、病死、憶測が憶測を呼び当時の一大ニュースにもなったのでグレイもよく覚えている。
しかし、間違いない。
あのジークフリードだ!
「危ない!」
渦巻く疑問と湧き上がる興奮にハマり込んだグレイにまわりなど全く見えていなかった。
誘われるかのように一歩踏み出して手を伸ばそうとした刹那、横薙ぎの巨腕が右から襲いかかる。
左ラリアット!
気付いて両腕を重ねてガードするも威力に負けて弾き飛ばされたグレイは大の字に回転しながら木に叩きつけられた。
「な、ぜ……」
薄れゆく意識の中、銀剣竜が自分を冷たく見下ろしている。
グレイは昔の上官に言われた事を思い出した。
ー「竜は決して人の隣人になれない」ー
最初に断っておく。
この物語はどん底まで転落した者がそこで新しい才能に気付き無双するものではない。
どうしようもない地獄に何とか向き合おうとする救いようの見出せない物語である。
この物語の解決方法を良かったら皆にも考えて貰いたい。
何故なら似たような地獄は貴方の身近にも存在しているのだから。