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7 ふれ、ない

「ねぇ、」

「はっ、はい!」


 考え込んでいた青年は急に呼び掛けられ、ビクッと肩が跳ねた。


「となると、やっぱり僕は人に仕事を押し付けて、オサラバ出来ないみたいだねー。」


 少年はうーん、と唸る。


「あ、当たり前です! 貴方みたいに、あちらとこちらを繋げられる人は、居ないのですから!」


 青年は思考を一時中断し、少年に分かって貰おうと説得する。


「僕だって、全部は押し付けようと思ってなかったよ? 適任がいれば、せめて手伝って欲しいなーと思っただけで。」


 少年が喋った後……、

 シーン。

 場が静まった。


「ありゃ? どうしたのさ。」


 思いがけない反応から、不思議そうに問い掛けた。


「……本音は如何ですか。」


 訝しむ目で、少年を見る。


「……。」


 少年は目を閉じ、思案している。

 ……そして、


「それは勿論、丸ごと押し付けたいね!」


 目が開かれると、きりりとした表情で少年は宣った。


「……やっぱり。」


 青年は嘆息する。


「でも、居ないのは分かってるから、手伝って欲しい止まりにしてみたってこと。」


 少年は、肩を竦めてみせた。


「あまり変わらないような気がしますけど……。……あの、一応聞きますが、居たら居たで仕事を押し付ける気ですよね?」


 おずおずと青年は尋ねる。


「うん。」


 それに対して躊躇いもなく頷く少年。


「あっさり認めますね!?」


 青年は目を剥く。


「隠してたって仕方無いでしょ? それにね、実際オーバーワークなの。」


 青年に言い含めるように言った。


「オーバーワーク?」

「そう。僕一人じゃ、全然釣り合わない仕事量。」

「……っ。」


 痛い所を突かれて、目を逸らす。

 ……知っていた。一人でやることではない。

  本来なら、機構を作って取り掛からねばならない。もしくは、こちらが正式な担当部署を作って、派遣しなければならない。

 だが彼は常人じゃないから、“人”じゃないから、大丈夫だと、言い聞かせて何もしなかった。

 何が大丈夫なのか。彼だって疲労は溜まるだろうに。

 彼を善神だの、悪神だのと決め付けて責任逃れしている者達と、これでは何ら変わらない。


「さあ、ここはどこ? 僕は社畜? ブラックなのかなー?」


 手で屋根を作るようにして、瞼の方に持っていく。それは、遠くを望む時の仕草のよう。


 そのように遊んでいる少年を、青年は見ていた。

(確かに私も、貴方を神の一種だと思っていることは、否定しません。)

 青年にとって見えない何かと、訳分からないことが出来るのは、全て神の一括りとしていた。

(……でも。)

 だからと言ってそれを理由に、彼一人に任せていいはずがない。


「僕の休暇はどこかなー?」


(私がもっと……!)

 少年は楽しげに言うと、青年をチラッと見た。

 しかし、その視線は別に移動される。


「そうだなー。僕が一つ仕事をこなしたら、千年間のお昼寝タイムで、後は起きなくていいとか。」

「はい、私が……ってええええ!?」


 青年が覚悟を決めたとき、既に話は可笑しな方へ流れていた。


「うん? はい、私が……何? あ、もしかしてお休み取ってきてくれるって? わぁー、ありがとう!」


 殊更嬉しそうな少年である。


「違いますっ、違いますっ!」


 青年は手をぶんぶん振って否定する。


「対価が釣り合っていませんよ!」

「え、そう!? じゃあ、一万年にしとく?」


 わくわくしながら、少年は言う。


「何故増えるんですか!?」


 青年はぎょっとする。


「僕は永眠でも構わないんだけどー、どう?」


 少年は買い物を楽しむかのように、のんびりと提案する。


「えっ、永眠!? し、死ぬつもりですか!? だ、駄目です、思い止まってください!」


 青年はあわあわとし、意味もなく両腕を前に出す。

 少年はそんな青年を見て、ふぅっと息を吐く。

 少年の伏せられた瞳に金の長い睫毛が下ろされる。それは、蝶が羽休めをしているよう。暗影が、少年の瞳の色を濃く、妖しくしていく。

 少年の雰囲気が変わったことに、青年は息を呑む。


「僕の理想の永眠は、お姫様も王子様が来ても起こされることなく、永遠に眠り続けること。」

「……。……え?」


 少年が醸し出す空気に圧倒されて、聞き流す所であったが、どうにか拾うことが出来た。


「春眠から冬眠までずーうっと寝れたらいいのに。」


 少年は頬杖を付く。


「え、え? 春眠から冬眠まで……?」


 青年は話の内容が理解出来ずに困惑する。


「そう、略して春夏秋冬眠。」


 少年の桜唇から物憂げな溜め息が吐かれる。


「ああ、何もしたくないー。」


 玉座の背凭れに寄り掛かった。

 少年の気怠げな視線は、横に逸れた。

 そちらに何があるのか。まるで、窓から覗く雨空を見て嘆いているかのように。

 それすら一枚の絵になる。

 ……言っていることはどうしようもないのだが。


 シトシトと雨音が青年の耳に入り込む。

 これは、青年の幻聴なのか。それとも少年の心を表しているのか。


「……。」


 青年は口を開こうか、迷っていた。今、口を開けば、この静かな時を壊しそうで、気が進まない。

 それに、何を言っていいのかも分からない。




 ピチョン──。


 水面に水滴が落ちたかのような音がどこからともなく響く。

 少年は顔を上に向ける。


「……雨だね。君等の世界に降ってきた。」


 右掌を上に向ける。

 そんなことをしても、水滴は受け取れないだろうに。



 少年は立つ。


「……?」


 戸惑う青年を気にせずに少年は歩く。

 少年が歩く度に、小波が起きる。

 床に当たる部分が水面と化していた。色は白いまま変わらない。

 少年がゆっくり青年の隣を過ぎると、それは起こった。


「うぇぇぇぇぇぇ!」


 青年は思わず叫び声を上げた。

 非現実な白い空間は、突如、現実界へと変貌した。

 白い床だったと思わしき所は、青々とした草原へと変わっていた。雨露で陰影を付けられた、草達が思い思いに伸びている。草の背丈は少年と青年の脹脛前後だろうか。

 少年と青年の左脇にはゴツゴツとした岩肌が壁となって聳え立っていた。

 青年が現状把握をしようとした矢先──、


「──!?」


 青年と少年は、草原から浮上した。いや、この空間自体の視点が移動しているというべきか。


「う、浮いてます!? お、お、落ちます!!」


 青年は下を見ながら、交互に片足を浮かしていた。

 先程まで、細長い葉の一枚、一枚を確認出来たが、宙へ浮いたことによって、草原は大きな緑塊となって映る。


「大丈夫。落ちないよ。」


 少年は静かに青年の方を見ずに言う。

 少年の歩みは、青年を一歩抜かした所で止まっていた。

 それに反して、空間の視点は上へ上へと進み──、岩肌の頂上が見えてきた。

 そこは、崖であった。

 崖の真上まで来るとゆっくり降下していく。どうやら到着地点はここらしい。


「や、やっと地に降りました!」


 青年は安心して、へなりと座り込む。

 視界一面に、広がる石灰色の雲。お世辞にも天気が良いとは言えない。

 青年はほっと一息吐いていた所、


「あ、危ないですよ!」


 少年の行動に気が付いて声を上げる。

 なんと、少年は崖っ縁まで歩いていたのだった。

 青年の声は少年に届いていなかった。

 そんな少年を見て青年は焦燥感を抱く。


「……あ、あの!」


 青年の呼び掛ける声に構わず、少年は──、


「……今なら。」


 呟くと、左掌を上に向けて掲げた。

 すると──。


「……。やっぱり、ダメだね。」


 石灰色だった空から一筋の白い光が差し込んだ。それは丁度少年の掌に届くと、透けて通る。


 青年の目には、それらが神々しく映った。引導を渡す導き手のように。一筋の光から枝分かれした微弱なそれは、少年の背中に白い羽が生えたかのよう。


「……。」


 青年は金縛りにあったように動けなかった。

 まるで少年だけ、別世界へ切り取られてしまったかのようで。


「……晴れちゃった、か。」


 少年は掌に受けた光を見た。片方の手で掌越しに透けている光を優しくなぞった。


「……ね、」


 少年はこちらを見て笑った。

 青年は無意識の内に、安堵の息を漏らす。

 少年がこちらに戻ってきた。

 しかし、あまりにも弱々しいその笑みは、却って青年に胸騒ぎをも、与えた。


(……この人をいつまで留めることが出来るのだろうか。)

 実は、羽根なんてもがれてなくて、 いつか本当に羽ばたいて、突然消えてしまうのではないか、と……。

 


通常より脱線の度合いが大きいですが、個人的に切りがいいので、取り敢えずここまでにします。

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