6 区切られた境界は齎した
「ちょっと、話が脱線し過ぎちゃった。」
その声に、意識が戻される。
「まあそういう訳で、これは駄目だと思ったのか一回、改良されたんだよね。羽根がある者を、ハネツキ、尖っている者を、トンガリとか呼んでたんだよ。」
「安直ですね!?」
「で、やっぱりこれも駄目で。ごたごたしている中、人間様が勝手にグループ分けして、僕等のことを呼んでてね。それに気付いた僕等は、あ、これいいね、使っちゃおう! ってなったわけ。」
「軽過ぎやしませんか!?」
「実際、そんなもんよー。大体、鬼は鬼だけとか、グループごとに、住んでいる者が多いからね。鬼ですって言えば、あぁ、あそこに住んでるのかって大体分かるし。便利になったよねー。個人より集団で認識される時代になっちゃったけどー。」
驚いて聞いている青年に、少年は視線を戻す。
「……君、僕等のことを特別視している節があるよね。それこそ御角違いというものだよー。」
少年はやや鬱陶しそうだった。
「貴方が雑に扱っているだけですよ!いいんですか!? 曲がりなりにも貴方のお仲間でしょう!」
「酷いなー。そう扱っているけど、言い掛かりだよ。僕は等しく皆のことを見ているだけ。」
「……ん?」
真面目くさった顔で、至極最もそうに言っているが、言っていることは……。
「本音と建前混ぜないでください! せめてどっちかにしてくださいよ!」
「ありゃりゃー、不思議だねー?」
コテンと、首を傾げた。
「不思議も何もないでしょう! 貴方が言っていることなんですから!」
「まあまあ、そう角を立てないの。多くは、本音と建前なんて一致しないでしょ。」
ギクッ!
ぎこちない空気が漂う。但し、身に覚えのある者にとってはだが。
「おやまあ、似たような動きを揃いも揃ってして。」
少年は一人、のんびりと傍観していた。
「……。」
「……。」
少しでも変に動いたら壊れるような機械仕掛けの格好で、各々の時は表面上停止した。
「両方言った方が親切かもよ?」
見兼ねた少年は、口を開く。
「……本当に優しさがあるなら、片方にしてくださいよ。」
青年の強張った身体は、力が抜けたせいか縮み、猫背になっていた。
「良いと思ったんだけどなー、残念。」
言葉とは裏腹に、それほど落胆していないようである。
「さておき、」
パンッ。
少年は手を叩く。
空気が引き締まり、自ずと少年の方へ視線が集まる。
「はっきり言えるのは、僕は君等の言う“人間”ではなくて、“他”であること。」
少年のふざけた態度が、消えた。
少年の視線は合わせた手の指先を見ている。
それはここではない、遥かへ想いを馳せているよう。それが少年と青年を線引きする。
普段は消えていて感じない、否、上手く隠されて見失いかけているコト。
忘れた頃、目の前に突如提示されーー、
「ぁ……。」
否応でも気付いてしまうのだ。思い出せ、と脳が勝手に命令を下すのだ。
空っぽになって何も考えられないのに、どうしてか、ヒリヒリする。荒い隙間風が傷を舐める。それは傷口に塩を塗るように。
「で、合ってるよね?」
「……。え。」
いつの間にか金の双眸がこちらを向いていた。
「え、じゃないよ。君が一番人間について詳しいでしょ。」
「……いや、あの、すみません。話がよく見えないんですが。」
本当に分かってない青年を見て、少年は目をぱちくりさせた。
「僕は、人間じゃないよねってこと。」
「……、……。……はいぃっ!?」
仰天した青年は、声をひっくり返らせた。
「わぁー、すごい。今の君の音を図にしたら、綺麗な谷あり山ありの波形になるんじゃない?」
少年は宙に指で空書きした。
「ま、それはいいとして。答えはイエスってことでいいんだね。」
「いや、今のは答えたんじゃなくて驚きの叫びが思わず出てしまったというか……。」
青年は歯切れの悪い返事をする。
「じゃあ、僕は人間ー?」
「んなわけないでしょう!」
青年は即答した。
「合ってるじゃん。」
少年は呆れたように言う。
「私が驚いたのはですねっ、今更どうして貴方がそんな質問をするのかってことですよっ!」
青年は語気を強めて抗議する。
「僕もトンチンカンなこと聞いてるのは分かってるよー。」
「じゃあ何でっ」
鼻息荒く青年は尋ねる。
「この頃僕の立ち位置がねー、危うくない?」
同意を求めるかのように質問を質問で返した少年は、首を傾げながら聞く。
「……。」
青年は黙っていた。絶句しているようにも見える。
「……っ、元から貴方は危ない存在でしょう!」
どうにか硬直状態から脱した青年は言い返した。
「えー、僕、変態じゃないよ?」
腕を組み心外だと、言わんばかりに首を振る。
「ちっ、違っ、誰もそんなこと言ってません! そういう意味じゃなくてっ!」
真っ赤な顔になって否定する青年。
「そうなんだよねー。僕もそちらの意味じゃないんだよ。」
「?」
青年は少年の意向が分からず、困惑した。
「僕、切り捨て御免にならないかなーって話。」
少年は何てことのないように頬杖を付きながら言う。
「切り捨て!?」
青年は思わず胸を押さえた。
「そこじゃないよー。……クビ。」
少年は否定した後、自身の喉元に人差し指を当てながら、低い声を出す。
「クククク、クビ!?」
青年も首を押さえた。こちらは両手であるが。
「クックク? 笑うとこあったかな?」
「やっ、止めましょう!心臓、首のどちらも痛いですっ、痛すぎます、死にます!」
青年はぶるぶる震えながら、首と胸を押さえる。
「痛くないし、死なないよー。愉快なポーズをありがとう。あ、でも、君等の言うところの懐が寒くなったり、痛くなったりするかもね。僕は全然感じないけどー。」
「……懐が寒くなったり痛くなったり?」
青年はその愉快なポーズのまま、自分の懐を見て考える。
「そうそう。それを、人は金欠病っていうよねー。」
「……ん? それってただの解雇じゃないですか!?」
青年は顔を上げた。
「そうだよー。そんな訳だから早く解雇してくれる?」
「無理に決まっているでしょう!」
青年は叫んだ。
「えー、無理なの? 僕と似たような人がうようよ、ポンポン、いるのに?」
少年は不満そうである。
「うようよだか、ポンコポコだか知りませんが、貴方みたいな人は大量発生していません!していたとしても、困ります!」
「だって人なのに異常に魔力が強かったり、体力がずば抜けて秀でたりとかする、忙しい人が出現しているんでしょ。」
「忙しいって……。」
少年の解釈に青年は呆気に取られる。
「そういうの何だっけ? イセカイ人、とか言うんだっけ? そういう者に、任せればいいじゃない。」
少年は肩を竦め、足を組む。
「そういう人の話は、現時点で聞いていません。……それに、人は弱いですから頼めませんし、駄目です。」
青年は力なく首を振る。
「そっか。生存している確実な情報があれば、君達は既に調査へ行ってるはずだもんね。」
「……はい。」
青年は下を向き、髪が顔に掛かった。
「うーん、僕の情報が古いのか、それとも隠れて暮らしているのか。もし、隠れて暮らしているのなら賢明だね。この御時世だから見つかり次第、即、実験台にされるだろうし。」
「……そうですね。多分確実じゃなくても血眼になって探すと思います。……前にもそういうことがあったと聞いています。」
「……。」
少年は黙っている。
「……勇者の卵の可能性がある、イセカイ人が妖精だか、精霊になった話を噂程度に拾っただけなのに、当時目の色を変えて必死に探していたと。」
「……。」
少年は肘掛けをトントンと、小さく指で叩いてなぞり遊んでいた。
……少年の興味は薄れたようである。
青年は少年の指先を見ていた。青年よりも小さく、自然に愛されているかのような、整ったしなやかな手。自分の平均的な手とは何一つ違う。
自由という言葉が何より似合いそうなのに、掛け離れた位置にいる少年。
それは、我々が縛っているからだろうか──。
解き放れたら、水を得た魚のように泳ぎ、鳥が羽根を取り戻したように大空を飛べるのだろうか。
──でも、恐らくその答えが解き明かされることはないだろう。
青年は握り締めた拳にぐっと、再び力を入れた。