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5『半歩十歩破局』出演者;少年

「……あ、あの。……。」

「……。」


 少年は座席に戻り、黙って待っている。

 それを見て、逃げられないことを悟った青年。


「……。じゃあっ、本当に言いますからね!」

「うん。」

「……貴方が、精霊だと思ったんです。」

「……。……ん?」


 少年は目をぱちくりさせた。


「もしくは、妖精だと……。」


 この世界では、精霊と妖精は違う。精霊は人の姿をしている者もいれば、人の姿をしていない者もいる。基本的に人の姿をしていれば、力が強い。しかし、強いといってもその大きさは、掌サイズが限度である。


 それに対して妖精は、人間の大きさが前提だ。勿論それ以上、大きい者もいる。大きければ大きい程、強いのかといえば強い。だが、それは絶対ではない。多くは成人した人間の大きさ程度と、文献に書かれている。しかし、妖精は中々人前に姿を現さないため、妖精に関する文献が少ない。


 本当にいるかどうかさえ、疑問視されている。それ故、机上の空論だと言う者もいるのだ。

 因みに、妖精の方が精霊より、格が高いといわれている。



「……。」


 黙り続けている少年。何か、考えているようにも見える。


「なっ、なんか言ってくださいよ!」


 沈黙に耐え切れず、声を上げる。


「……ごめんね。」


 少年は俯いているため、表情が読めない。


「へ ?……ま、まさか!」


 何故彼は謝るのか。その答えが思い当たった青年は、衝撃を受ける。


「今まで黙っていたけど、実は……って言ったら、君はどうするー?」


 先程までの深刻な雰囲気はどこに行ったのやら、いつもの間延びした口調に戻る。


「どっちなんですか!?」

「僕自身もよく分からないけど、どっちもーっていうのが、多分答えなんだよ。」

「えっ、 そんなのアリですかっ!?」

「アリ、アリ。」


 驚いている青年とは裏腹に、少年は落ち着き払っている。と言えば聞こえは良いが、実際適当に話しているだけとも言える。


「僕が実在しているんだから、詰まる所、そういう訳だよー。んー? ちゃんと説明しろって?」


 またしても少年は、宙に向かって話している。


「だってめんど……、はははっ、待った、待った !く、擽るの禁止 ! 話すから!」


 笑いながら、降参と両手を挙げる。


「……ゴホッ。えっとね、先ずこの世界を僕なりに、大雑把に説明すると、人間と他で占められているでしょ。」


 咳払いして話された内容に、


「……随分思い切って、分けましたね。」


 青年は思わず呆れた。


「いいじゃん。実際そんなもんでしょ。君等の世界では、人間ありきの考え方なんだから。他は、君等が解釈している所の、精霊なり、妖精なり、魔物とかその他諸々ね。うん? 何か可笑しい所あった?」


 そわそわし出した青年を見て、少年は問い掛けた。


「貴方のそのざっくばらんな説明は、可笑しいと言えば可笑しいんでしょうけど……。実際そう言われるとその通りだなと思って、居たたまれなくて……。」


 青年は、目を逸らす。


「それは仕方無いよ。自分の生きている所が自ずと中心になるんだもん。でも僕は、分からないなりに取り敢えず名前を付けて、立ち向かおうとしているのは嫌いじゃないよ。お蔭で大分こちらも話す言葉が分かりやすくなったし。」

「……と言うと?」


 不可解な顔をして青年は、続きを促す。


「前はね、自分の所在地を言って、個人を認識していたんだよね。我、先日崖崩れが起きた所に居た者とか、左に歩いて10歩目の菫に住んでいるとか。」

「崖崩れがあった場所というのは分かりやすいですが、十歩目となると難しそうな気がしますね……。」


 青年は真剣に想像してみた。


「でも、すごいですね! そんな曖昧な情報でも、無事に辿り着けるんですね! 因みに、誰が誰のお宅を訪ねたのですか?」


 その後、顔を上げた青年の表情は明るかった。


「鬼が花の精霊をだよ。」

「……あれ?……あ、いや、もしかしてあれですね! 私が予想しなかっただけで、花の精霊と鬼の身長って大差はないんですね!」


 青年は変だと思ったが、不可思議なことは青年に見えてないだけで、日常的に起こっている。それも延長線上のことであろう。そう心に言い聞かせ、疑問を呑み込んだ。


「大丈夫。この場合、君の考えていることが合っているよ。それで、めでたく辿り着けずに破局。」


 さらっと言った少年の言葉に青年は仰天した。


「えっ、恋人だったんですか!? しかも、お宅訪問ってことは……。」

「そう。もうすぐ、婚約しそうだったのに。御愁傷様です。」


 なーむと、手と手を合わせた少年。


「そんなっ、悲劇です。」


 ショックを受ける青年。


「これを、半歩十歩破局といいます。」


 手を合わせたまま、目を閉じて言う。


「半歩十歩破局、……それは一体?」

「説明しちゃうよ !」


 人差し指を頬の前に立て、振った。すると、扇が出てきた。


「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!物語、悲恋、半歩十歩破局のはじまりー、はじまり!」


 扇をパラリと開けて顔を半分隠し、目だけ覗く。


 その目は吃驚している青年と合うと、にこっと笑みの形を作った。




「『うふふ。じゃあ、約束よ! 左に歩いて10歩目の菫よ!』」


 可憐な声が唐突に響いてきた。


「一体この声はどこから!?」


 きょろきょろする青年。


「……と、振り向いて彼の方へ言う。」


 少年の声が戻ってくる。


「まさか、貴方が出して」

「『ああ、10歩目な! 忘れない。』と、彼女に返した。……しかしここからが問題の始まりであった。」


 少年はパチンッと、扇を閉じた。


「本当にどこから出して!? あ、なんか風が!」


 ヒュオーっと、風が吹き青年の髪だけでなく、少年の編み込まれた髪が揺れる。


 少年の金の瞳は、妖しく細まった。


「『一体、どこなんだ。我が愛しのマイスイート !10歩歩いた筈なのに、君と君のお宅が見付からない! 』と、彼は菫畑を彷徨続ける。十歩とは何かを考えながら。」

「……なんかこう、格好いい声なのに言ってる内容が残念です。」


 青年は、憐憫を含んだ目を向ける。そんなのお構いなしに少年は続ける。


「『ダーリン、どうして来ないの!? まっ、まさか、アタシとは、お遊びだったわけ!?』」

「ああ、違いますよ! 彼女さん、今、貴方のダーリンさんが向かっていますよ、迷走しながら!」


 少年の切羽詰まった声も相まって、知らない内に青年は、少年の話にのめり込んでいた。


「『……もう、いいわ。それが答えなのね。アタシは、その程度だった……。それだけのこと。そう、それだけのことだった。……アタシは愛してたけど、伝わらなかったのね。ううっ、もう、知らない! ダーリンなんか、ダーリンのことなんか、……忘れてやる!!』」


 恨めしげに言い放つ声に、


「ああ、早まらないでください! ダーリンさんがその内、貴方のことを見付けますって! 」


 慌てて手を伸ばす。


「『……そうか。アイツは俺のこと愛してなかったんだな。嘘の情報を渡すぐらいなんだ。その程度だったって、ことか。指輪だなんてカッコ付けて用意したが、やっぱ、俺には似合わなかったな。……こんなの、思い出事捨ててやる!』」


 こちらは自棄になっていて、


「ああ、そっちも早まらないでください!たかが十歩じゃないですか! 」


 青年も叫び返す。


「そう!」


 ペチペチッと閉じたままの扇で肘掛けを叩く。


「たかが十歩、されど十歩。この違いが破局を生んでしまった。……そして」


 淡々と告げていく。


「彼にとっては十歩は半歩であり、彼の半歩は彼女の十歩。そして、永遠に分かり合う日は来なかった。」

「そんなっ ! ぐすっ。」


 青年は鼻を啜った。


「この物語は、……。」


 少年は目を伏せられたままだったが、


「……続かない!」


 カッと、突然目を見開いた。


「以上、花の精霊、鬼役、僕。ありがとうございましたー。」


 少年は立ち上がり、一礼した。


「続かないんですかぁ!? あんまりです!」

「だって、これで終わりなんだもの。」


 座り直した少年は、片方の掌を上に向け、肩を竦めた。


「あ、そうですよ! 花の精霊が鬼を連れてくれば解決したんじゃ……!」


 青年は良いことを思い付いたと閃いて、パッと顔が輝く。


「どうかねー? 僕としては、花の精霊の住み処が壊されなくて良かったと思うよー。」


 青年の言葉を軽く受け、腕組みをする。


「心配する所、そこですか!?」

「鬼さんズタズタ歩けば、家はガラガラ破壊するー、になってたんじゃない?」

「歌うように言わないでください!」


 リズミカルで楽しげに言った少年に、青褪める青年。


「本当に君はこういう話好きだねー。」


 呆れたように、青年を見た。


「夢ありロマンありの話は好きなんです!」

「夢とロマンは所詮、妄想の積み木だよー。」

「止めてください、聞きたくないです、そんな話! 私の夢とロマンの積み木を崩さないでください!」


 青年は両手で耳を塞いだ。


「はいはい、積み上げるのも君の自由。崩すのも僕の自由ー。」

「理不尽じゃないですか!」


 殆ど悲鳴のように叫ぶ。


「積み上げれば良いじゃない。君の積み木は僕の一息で、崩れるものじゃないでしょ。」


 青年は、ハッとする。


「君の理想を貫いてみせてよ。いつしかそれは積み木じゃなくて、根が生えて巨木になり、本物になるかもしれないよ?」

「また、貴方は……!」

「うん?」


 顔を上げて反論しようとした。どうせ、からかっているのだろうと。


「……いや、何でもないです。」



 優しく眩しいものを見るような目だった。暖かく見守っていて……。


 なんだか、こそばゆい。そんな目で見られても、……自分には何も出来ないのに。


 ……それなのに、どうにかしたいと思ってしまうのだ。


 だから、彼を嫌いになれない。




   ……ただ、今日も苦手……なだけ、である。

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