4 玩具は
「ど、どどうしてくれんですかあっ!? これ!」
青年は相変わらず水晶の板にへばりついている。
「うーん、どうって言われてもね……。精霊達の行ったことだし、受け入れるしかないんじゃない?」
腕組みをしつつ、考える素振りをみせる少年。
「そ、そんなあっ! この後、会議なんですよ!」
縋り付くように少年の方を見る青年。泣きそうである。
「……ということは、今日の注目は君が独り占め、心の中では、議題が君ってことかー。」
何気なく呟いた少年。こちらはどうやら、完全に他人事のように扱い始めた。
「議題が私って、ど、どういうことですか!?」
「うーん、例えば『まあ! あそこにいらっしゃる、光輝いている君は誰なの?』『ま、まさか、あの人が!? な、なんて、眩しいのか! 目が潰れる!』みたいな?」
少年は、首を捻りつつ例を出した。
「わっ、私は!! そんな有害・有毒物質になりたくないですっ!!」
青年は焦りが混じった、情けない声を出す。
「え?今のは肯定的な意見だよ?」
少年は不思議そうな顔をしていた。
「目を潰すなんて、極悪非道がやることじゃないですかっ!!」
「僕は、褒め言葉だと思ってたんだけどなー。ほら、光りモノって喜ばれるじゃない? 烏とか。」
「カッ、カラスっ!? わわっ、私の目がっ危険に!! いっ、今すぐ、あちらの方と交渉して、光りモノ効果を消してくださいっ!」
青年は青褪める。
「烏=目潰し? そういう式は聞いたことないなー。」
「そんなことはいいですからっ!お願いしますよっ!」
青年は両手で自分の目を覆って頭を振る。
「自分で頼もうよー。」
「ですからっ!私は彼の方々の声が聞こえないと、……!」
「通訳してあげるからー。」
唇の前に人差し指を持ってきて、にんまり笑う。
「本当ですか?」
恐る恐る青年は、目を覆っていた手を外す。
「うん。さっ、御言い。」
腕を広げて、待つ。
「えっと、どこに向けて言えば……?」
青年はキョロキョロする。
「僕。」
「へっ?」
少年の告げられた一言に、青年は間抜けな声を上げた。
「だから、僕だよ。僕。」
右の手を腰に当てて、心なしか口元がへの字になっている。
「え、えっ──!?」
青年は両手で頭を押さえ、目を白黒させる。
少年は両手で耳を押さえた。
「ちょ、ちょ、え!? ちょ!? え?」
「ごめんねー。流石に僕でも、その異なる3音は、分からないや。言葉にしてもらっていい?」
少年はすまなそうに言う。
「もそっ、ば!?」
「新たに不可解な3文字加わったねー。いや、4かな? えーと、君が言った音は、ちょ、え、もそっ、ば。うーん、やっぱ、さっぱり分からない。」
一つ一つ指折りながら、正確に発音した少年。一頻り唸ると、首を捻った。
「うーん、まっ、いいよ。君の気が済むまで待ってるから。」
少年は手をひらっと軽く振り、席に戻る。
「……。……かして、いや、そんな馬鹿な。」
頭から手を下ろし、目だけ見開いて口を小さく動かす。
「……。」
ぶつぶつと音を出す機能に成り下がった青年を、何も言わず、少年は頬杖を付いて見守る。
「でも、そんなことだったら、私は!? どうすれば!?」
下を向き嘆いている姿は、見ていて飽きない。
が、少年は前髪を軽く引っ張られたので、そちらを見た。
よって少年の視線は、少し上の方に移動する。
「どうしたのさ? ……んー。止めるの?」
もし青年がこの様子を見ていたら、少年が自分の前髪を見て、何か喋っている、と受け取ったかもしれない。しかし青年は自分のことで忙しいため、少年の、そのような動作にさえ気付かない。
「……あぁ、悲しいけど時間切れ。床と熱心に成り立たない会話をする君、傍から見ていると、可哀相な人みたいで面白いんだけどねー。」
残念そうな声を出す少年。
「え? 既に可哀相な人だって? そんなことないよー。彼は可哀相だという予兆があり、救われないことが多いだけだって。」
フォローしているようだが、青年が聞いていたら確実に心が抉られるレベルであろう。聞いていないのが、不幸中の幸いというべきか。
「酷い? 人聞きが悪いなー。救われないから、彼は悩むんでしょ? 前進しようとしている。僕はそこを、評価しているんだよー。ん?」
少年は視線を感じて、前方に視線を戻す。青年の方へ。
ちらちらっと、青年は少年を見始めたのだった。
その様は──。
「ねえねえ、どうしてそんな、捨てられそうで、途方にくれたような子羊のような目をしているのさ。」
ギクッ!
青年の肩は、跳ねる。
「えーと、あのー、」
青年は落ち着きなく両人差し指をくっつけたり、離したりしている。
「僕に聞きたいことがあるなら聞いちゃいなよ。」
「……ですがっ。」
「お互いモヤモヤしちゃうでしょ?」
「では、失礼して……。」
すぅ──。
青年は大きく息を吸う。
「付かぬことを伺いますがっ!」
「はい、はい。」
「御準備は宜しいでしょうかっ!!」
ガクッと、少年の体は傾いた。
「……そこから? すぐに切り出すものだと思っていたよ。まさか、まだ手続きがあったとは。」
呆れたようにぼやいた。
「やっ、やっぱり、駄目ですかっ!?」
「駄目じゃありません。もー、どうしてそんな、泣きそうな顔するの。宜しいですから、早く仰い。」
はい、カモンカモン。少年は投げやりに、催促する。
「で、では。言いますっ!」
「どうぞー。」
「……やっぱり、」
「やっぱり、無しは無し!!」
「そんなっ! 撤回は、」
「受け付けない!さあ!」
少年は腕を組む。出鼻を挫かれた少年は、開き直って、この状況を楽しむことに決めた。
「うぅー。あ、あの。本当に怒らないでくださいね。」
「時と場合によるかな!」
「そっ、それだったら、言いたくありません!」
「冗談だよー、……半分。」
「あっ、今、目が泳ぎましたね!」
少年は溜め息を吐く。
「あのね。僕は、全てを許して全てに優しく出来る程、出来た者じゃない。況してや神でもないわけだし。」
少年は、青年に言い含めるように言う。
「えっ!? 神様じゃないんですか!? 周りからそのように、扱われているじゃないですかっ!?」
「ねぇー、可笑しいよねー。僕のこと全知全能であり、ある程度は頼めば、願いを叶えてくれる神だと思われているんだよー。都合の良い神様だよねー。笑っちゃうでしょ? ……って、どうしたのさ?そんなに、目と口を開けて。目は乾いちゃうし、顎外れちゃうよ。」
玉座から立ち、青年の目の前にやって来た少年は、おーいと、手を振ってみる。しかし、青年の反応はない。
「ありゃ。フリーズしちゃった。んー、こういうときって……、」
少年は何やら考えながら、青年を見る。
そして何を思い付いたか、背伸びして掌で青年の目を覆う。
「!?」
視界を遮られた青年は、驚き、戸惑う。
「はい、おやすみー。」
「子供扱いしないでくださいっ!」
青年は自分の目から少年の手を外す。
「僕から見たら、君なんて子供だよー?」
右手を腰に当てて、何言ってるのか、と言わんばかりだ。
「そうですけど、そうじゃなくて! 段々面倒になってきて、眠らせようとしましたね!!」
「君の理解できる範囲でやろうとしたのだから、まだマシでしょ?こういうの君、好きじゃないでしょ。」
少年は空いている左掌から、あるものを少年に見せた。
「ぎゃ、また変なもの見せ、……。」
青年は言葉を止め、少年の掌を注視した。
「僕だって、君にいつも、変なの見せているわけじゃないよー。君が変って、区別するだけで……」
「……これ。」
青年は呆気に取られて、少年の言葉を聞いていなかった。
「そうそう。これなら、当てられるよねー。」
「……非常に、親しみを覚えます。」
「でしょ、でしょ。だって──、」
少年は弾んだ声を出すが──。
「特にこの、プルプル震えている足!分かります!!怖いのを必死に耐えている、証です!」
青年は、感極まっていた。
……青年の瞳はそりゃあ、もう、キラッキラッに輝いていた。
「……、うーん。そういうことじゃないんだけどなあ。」
残念ながら、少年の期待した通りではなかった。
少年は困った声を出しながら、自身の掌を再度見る。
少年の掌の上にいるもの、それは──。
「私、お友達になりたいですっ!」
ミニチュアの、ピンクの羊だった。
羊は震えながら立ち、うるうるした目で青年を見上げている。
「……予想以上に気に入ってもらえたのは嬉しいんだけど、これ、僕が作った玩具だからね?」
少年は右掌で屋根みたいに羊の上に影を作り、右掌を手前から奥にスライドさせた。
すると──、
「ななっ、なんてことをするんですかっ!? 貴方は非情ですかっ!? こんなか弱い羊に、こんなことを仕向けるなんて!!」
なんと、羊の目の前にピンクのハードルが出現したのだった。
「いや、これを飛び越える所を君に見せて、眠らせようとしたんだけど。」
「ダメですっ!」
「そういう、カラクリなんだってば。あるでしょ。羊にハードル? ……いや柵だっけ? まぁ、とにかく飛び越えさせて、何回飛べたか永遠に数えていたら、寝てましたっていう、お話。」
「なんという無体を働かせるんですか!? くたくたにさせるまで、労働させるとは血も涙もありませんねっ!」
抗議する青年と、肩を竦める少年。
「お気に召さなかったのなら、どうにもならないかー。じゃあねー、モワちゃん。」
右手でパチンと、音を鳴らす。次の瞬間には、ミニチュア羊とハードルは消えていた。
「ああっ!!なんで、消しちゃうんですかっ!? 私の未来のお友達をっ!?」
「用法用途はちゃあんと、守りましょう。そうでなければ、使っちゃいけません、って習ったでしょ?」
「薬じゃないですかっ!?」
「一種の睡眠薬だよー。僕が改造しただけで。」
「……ああ、そんな。」
青年は打ち拉がれた。
「そんなにがっかりすることでもないでしょー? 人形の一種でもあるんだから。」
「……。」
すっかり落ち込んでしまった青年に、少年は溜め息を吐く。
「しょうがないなあ。また、いつか作って出してあげるよ。」
「本当ですかっ!?」
青年の瞳は再び輝き出す。
「うん、約束。まだまだ、改良の余地があるからねー。」
「今度は何させるつもりなんですかっ!?」
喜んだのも束の間、青年にとって物騒な言葉が聞こえ、仰天する。
「それはそうとー、」
「まだ、話は終わって……、!」
「僕に言いたいことがまだ、言い終えてないでしょ?」
「……うっ、それは。」
青年は口籠る。
「いつか、出してあげるって約束したじゃない。」
「それと、これは違いますっ!」
「じゃあ、なしでー。」
右人差し指と左人差し指でバツの形を作る。
「えっ!」
「交換条件だよー。」
少年はそう言いながら、くるりと回って玉座の方へ戻る。
「いっ、」
「い?」
少年は座らず、玉座の肘掛け部分に寄っ掛かる。
「言いますからっ!! 作ってください!! お願いします!!」
青年は頭を下げる。
「ふぅん? そんなに気に入ったんだ、あれ。優しいねー。いや、優しいというより、そうなのかなー。」
少年は何やら呟いている。
「何を言ってるんですか! 初めましての方にしては、私に似ていて、親近感がこんこんと湧き出て、」
「うん。そりゃ、似ているだろうねー。君の髪の毛から、作ったしー。」
よっこいしょっと、今度は玉座に座る。
「へっ?」
「うん?」
口を開けて固まる青年と、首を傾げる少年。サラリと、少年の髪が揺れた。
見詰め合うこと、数秒。
「いっいいいっ、いつですかあっ!?」
「ついさっき。」
「もっと具体的に!!」
問い詰める青年に、うーん、と考える少年。
「そうだなあ。型は予め作っていたから、後は君の髪の毛入れるだけだったんだよねー。因みに髪の毛は、泡玉を見て君が、うひゃあだの、うぎゃあだの、言っている間に、ひらりと落ちたから拝借したよ。返す気はないけどねー。」
「いっ、いつの間に!?」
「そうそう。だからね、親近感湧くのは当たり前だと思うのよー。だけどねー、君がそこまで執着するぐらい自分のこと、大好きだったとは思わなかったなー。」
しみじみと、少年は言う。
「いや、ちょ、待ってください!! どうしてそうなりますかっ!?」
「分かったから、何も言わなくて大丈夫だよー。」
慌てる青年に対し、一人で納得している少年。
「要するに、あれは君の分身なわけ。だから、君は己の分身、つまり自分に対して、ものすごーく気に掛けていたというわけだね!」
「……ぐっ、は。」
ドサッ!
青年は膝から崩れ落ち、床に手を付く。
青年は明るく言った少年の言葉に、精神的ダメージを受けた!!
「でぇっ、では、私がやっていたことって……。自分が映った鏡を弁護し、友達になろうとしてたってことに!?」
「……そう、考えると」
床を見ている青年を一先ず少年は置いとき、顎に手を当て、足を組む。
「君がやろうとしていたことは、例えば……。ハロー大好きボク、ハローありがとう、僕はキライ、いきるね僕、うん安らかだよボク、って自分に楽しく話し掛けている感じ? ……うわぁ、一人で完結している世界だねー。」
足を組むのを止め、自分の言ったことに引いている少年。
「うおおおっわわわわぁ!! へ、変な例で、解説するの止めてください!恥ずかしいですっ! 恥ずかし過ぎて死にます!!」
青年は顔を手で覆い、ごろごろと床に転がり始めた。
「おおー。これが名物、駄々っ子かぁー。何だっけ、好きなもの買って貰えないときに出す必殺技だっけ。恥ずかしいときも出るんだなぁー。」
少年は、どこかズレた感想を述べた。
「え? 止めてきなさいだって? 嫌だよ。面倒だし、見てる分には面白いじゃないの。」
頬杖を付き、すっかり傍観態勢を取る少年。
「そんなに、ぺちぺち叩かないでよー。床にマーキングされるのが嫌だ? はいはい、行きますよー。」
少年は、見えない誰かと喋り、よいしょと、立った。
青年の所まで歩く。といっても、三、四歩程度の距離だ。
少年は左掌で、何かを出す。どうやら、それは細長い物体のようで──。
「はーい、おいでー。」
少年はごろごろしている青年の顔、正確に言えば覆っている手だが、細長い物体の先端で突っつく。
「!?」
青年は指の隙間から覗き、取り敢えず本能的にそれを掴んだ──、
「ねっ、猫じゃらし!?」
青年は掴んだものを見て吃驚する。
「そうそう。あ、右手も必要?」
少年は右の掌を宙に向けた。
すると、猫じゃらしが一本、現れた。
「はーい」
少年が左手で持っている猫じゃらしは、掴まれているのでそのままに、右手で持った猫じゃらしを左右に振る。
「……。」
青年の目は猫じゃらしを追いかけるが、
「はっ!? 私は、何を!? そもそも私は、猫ではありません!!」
青年は猫じゃらしを離し、上体を起こす。
「うん、知ってるよー。精霊達がね、床にマーキングされるの、嫌だったんだって。」
のんびり言いながら少年は、左右それぞれの手に持っている、猫じゃらしを振った。
「へっ? ……あっ、その、どうもすみませんでしたっ!! そういうつもりじゃなくて!」
青年は理解すると顔が赤くなり、目を泳がし謝る。
「ま、僕は気にしないけどねー。君の匂い?気配が充満してても。」
少年は、青年周辺の空気を見回した。
「へっ!? そっそらっわ、私と夫婦に!?」
少年は猫じゃらしから手を離し、青年の手を引っ張って立たせる。猫じゃらしは床に落ちる前に、消えた。
「うーん、オモイ。」
「へ」
唖然としている青年をそのままに、少年は屈む。そして、人差し指で床を撫で、それを見た。
「……。ふー、」
少年は息を吹き掛けた。
「そんな、埃や塵を吹き飛ばすみたいに!?」
青年はショックを受けた!
「……よし。」
「全然よし、じゃないんですけど!?」
青年が目を剥いていると、
ピューーーンッ!
「な、何ですか!?小瓶が、宙に浮いて!?」
どこからか小瓶が飛んできた。
キュッポン!!
「そうそう、吸っちゃってー。」
小瓶の蓋が開く。
見えない何かを、小瓶は吸い込んで――、
ポンッ!
勝手に蓋が閉まった。
「じゃあ、お願いね。」
小瓶が上下に動く。それは、了承しているようにも見える。
「さあ、行ってらっしゃーい。」
少年は手を振る。
どこともなく少年が手を振った方向に、窓のようなものが現れた。窓を通して、薄唐紅色の空が見える。
小瓶は心得たように、そこに向かって飛んでいく。
小瓶を遮るものはなく、すり抜けて行った。
「……?」
青年の目に瑠璃色の羽がちらりと、見えた気がした。まるで、蝶の羽の断片のような。
「こらこら、あまり見ない。」
少年は窓に手を翳す。
──パタン。
窓の横から白い扉が出てきて、折り畳むように外界を閉ざした。
そうして、真っ白な空間が戻る。何事も無かったかのように。舞い降りた静寂だけが、何かあったことを語っていた。
風通しが良くなった。空気も軽く感じる。
一緒であっても、全てが元通りではないことを、確実にそれらが教えてくれた。
少年は青年を振り返った。目が合うと、彼は優美に微笑んだ。
彼の常人でない清らかな美しさと先程の光景が相伴って、白昼夢を見ているような心地である。
見る者を魅了するような笑みを口元に湛え、彼は口を開いた──。
「さて、じゃあ聞こうか。君が言い掛けていたことを。……逃げないでね?」
その言葉を聞いて、青年は現実に戻されたのだった。