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クリスマスケーキ

作者: 海猫真大

今日はクリスマス・イブ。

町はイルミネーションで彩られ、クリスマスソングが流れ、キラキラとどこか浮かれた雰囲気だ。

目が疲れて、視点がボーっとしてくると、イルミネーションの光がより一層幻想的になり綺麗に見えてくる。

俺はもはや売れ残りとなったコンビニのケーキを外で売っている。サンタの恰好をして。

声なんて出さない。出さなくても何も言われない。

「売れてるかな?」

店長が店から出てきて申し訳なさそうに声をかけてくる。

「寒いかな?」

お人よしのおじさんで、穏やかそうなそれでいてダンディな感じがする。

「寒いし売れないからもういいんじゃないっすか?」

夜も20時を回り小雨が降ったりやんだりしていて寒かった。

「う~ん。ほら、仕事帰りに買う人もいるじゃない?だからもう少しがんばろうよ」

「はあ」

モノレールの駅から吐き出された、コートを着込んだ人々が寒そうに白い息を吐きながらいそいそと通りすぎて行く。

こうして立っていると時間が過ぎるのがたまらなく遅い。

この時間が永遠に続くのではないか?

前世に犯した罪を償うため、俺は罰を受けているのではないか?わけの分からない考えが頭をめぐりだす。

俺は不幸だ。そうだ、おれは不幸なのだ。

25歳にもなって彼女もいないし、正社員じゃないし、こうしてコンビニでアルバイトをして生活している。月の収入なんて13万円ぐらいだ。時代がそうさせたのだ。世代間格差だ。

だいたい一日何時間立たされていると思っているのだ。客に時々舌打ちされながら。ストレスのたまったため息を吐きかけられながら。

マッチ売りの少女みたく絵本の主人公として描かれても別にいいのではないだろうか?

俺みたいな奴はごくありふれてるけど、そのありふれた弱者を描くためにマッチ売りの少女とかいるんじゃないのか?

不幸を主張する立派な立場なのではないだろうか?

それなのに・・・・

ジャーナリズムを発揮してガタガタ考えていると、目の前に少年が立っていることに気づく。小学校高学年ぐらいだろうか?

子どもかあ。苦手なんだよなあ。

「ケーキいかがでしょうか?」

明らかにケーキを買う意思で接近している少年に向かって『いかかでしょうか?』と敬語で話しかける。

少年は目線をそらし、おまえには関心ありませんよって顔をしている。

「どんなケーキがあるの?」

少年が言う。

「ショートケーキとチョコレートケーキとチーズケーキがあります」

俺は答える。

「チョコレートケーキ」

「はい。ありがとうございます」

袋を取り出し、ケーキの入った箱を慎重に入れる。

「3024円になります」

いきなり少年が紙切れを俺に渡してくる。

見ると、『お母さんたんじょうびおめでとう』と書いてある。

もう俺は汗ダラダラである。クリスマスではなく誕生日ケーキだったのか。

てか、メッセージとか書けねぇし。

「あ、ちょっと待ってくださいね」

ケーキそのままに店に店長を呼びに行く。

「店長、子どもがケーキ買いたいらしいんですけど、誕生日のメッセージ書いてほしいらしいです」

「えー。子ども一人で来てるの?」

「はい」

「まあ、書いてあげたら?」

店長が店の奥からチョコレートのチューブを持ってくる。食パンに付ける用にジャムとかの横に置いているようなやつだ。

「ちょっと!店長がやってくださいよ」

「いやいや、君がやりなさいよ。ん~でもまあ断ってもいいよ」

強引にチョコチューブを俺に突きつけ、店長はまた奥に引っ込んでいく。

仕方なくまた売り場に向かう。

少年は先ほどと同じ顔して立っている。

俺は何も言わず、袋から箱を取り出し、テープを慎重にはがし、ケーキを取り出す。

「このメッセージを書いたらいいのかな?」

不器用ながら、子どもに敬語を使うのはおかしいと感じた俺は、普通に話しかける。

少年は無言でうなずく。

ものすごく緊張しながらケーキにチョコレートでできたメッセージを書いていく。

少年がじっと見ている。

ケーキじゃなく、俺の顔を。

「できた!!」

俺は思わず大きな声で宣言した。

少年はうれしそうな顔でケーキを見ている。

ケーキを箱に戻し、再び袋に入れる。

「3024円になります」

少年はおもむろに3500円渡してくる。

俺はケーキとおつりを渡す。

少年は小さな体で大事そうに誇らしげにケーキを抱え、去っていった。

チョコチューブを返そうと思い店長を呼ぶ。

ちょっと馬鹿にしたような顔をした店長が出てきて言う。

「良かったじゃん。クリスマスプレゼント渡せて」

「はあ?」

「プレゼント渡せることが最高のクリスマスプレゼントだよ」

店長はどや顔しながら言う。

「私は帰るから。もう外のケーキは片づけといて。ちょっと寝てからまた深夜に来るよ」

店長はいつもの顔に戻りため息まじりに言う。さっきのどや顔は数秒で終わり。社会を生き抜いてきた大人の姿に俺は驚きを隠せない。

「分かりました」

「片づけて時間来たら帰っていいから。よろしくね」

勤務終了まで1時間ほどある。

俺は少し浮ついた気持ちで外に出て売れ残ったクリスマスケーキを片づけていく。

いやいやいや、これではいかん、やりがいを得やすいサービス業の罠である。とか言いながら。

俺はクリスマスを楽しんでいた。うん、間違いなくね。


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