7.
でも本当のことを言うと、全く気にしなかったわけではなかった。自分自身でもそれが綺麗な食べ方ではないことは自覚していたし、それではない食べ方だって出来た。ただ、私は意地になっていたのだ。何か強い信念があるわけでもないのに、何が何でもこれを貫き通すんだ、と自分に無理矢理言い聞かせていた。
いただきますもごちそうさまも言わないまま母より先にそれを食べ終えると、流しにどんぶりと箸を持って行き、私はまた二階に上がった。
頬が熱い。ふぅふぅふぅ。あの音も耳に残ったままだ。
部屋に戻り、窓を開けてじっと外を見つめると、ちょっと私が居なかった間に随分とそれが積もってしまったような錯覚に陥った。
私はこの瞬間がいつもこわい。
私の居ない隙に、私がちょっと目を離した隙に手を緩めた隙に、何かがずっと先に進んでいってしまって私一人だけが置いて行かれてしまったような、そんな気持ちになる。
父がそうであったように私の心がそうであったように、その感覚は埋もれることはあっても消えることはないのだ。
世界がもう一度変わったのはその日の夜だった。
「無」。それは、たったの一文字でそう表すことができた。
ただ雪原が広がっているだけの、何もない、真っ白でまっさらな、世界。
ねぇ、空っぽだよ。何度頭がそう優しく呼び掛けても、何も姿を見せてはくれない。
そういうところになっていた。
それから太陽が現れて、日が照って、じわじわと辺りがあたたかくなりはじめ、積もりに積もった雪が解け始めた時にようやく、私はまだ自分が部屋にいることを知った。
ベッドで一人うずくまっている自分に気が付いたのだ。
眠っていたのかどうかもわからない。瞳はただうす汚れた白の壁だけを映し出していて、
「私は死んでいたんだ。」
ただぼんやりそう思った。
凄まじかったのは更に数日後だった。
仲間と結託した雪解け水が勢いよく流れ出したかと思うと、ただ埋もれていただけのものたちが次から次へと顔を出し、ごろごろごろごろと転がり、がんがんがんと暴れ始めたのだ。
あっけなくそれは砕かれた。
それでも底だけは残して止まることなく似たようなもの目新しいものを生み出し続けると、それらは騒ぎ立てながら私の体中を駆け巡っていた。
ごろごろごろごろがんがんがんがんどんどんどんどん。俺たちは居るんだぞ、そう訴えながら、それらはもうこれ以上壊すものがなくなっても私の中で暴れ続けた。
それは何日も続いた。
母におはようと挨拶したって、朝ご飯を食べたって、テレビを観たって、音楽を聴いたって、本を読んだって、外を走ったって、続いた。
泣いたって笑ったって、その不規則な振動は私を脅かし続けたのだ。
そして私は眠れなくなった。
でも、ある日布団の隙間から見つめた夜の空は相変わらずただ真っ暗でただ広くて、それからきらきらしていた。
意識が遠のくまでずっとそれを見続けると、落ちる間際、私の中に溢れていた音が、すっと消えていることに気が付く。
ほっとした。私はただ、ほっとした。
翌朝窓に目をやると、昨日の夜から降り続いた雪はもうやんでいた。
けれど太陽は、出ない。
もうやめようか。ふとそう思う。