2.
そこに愛実も加わったのは、それから一年が過ぎた十月の半ばだった。
いつものように物理室へ足を運ぶと、昨日からずっとそこに居続けたのではないかというぐらい何も変わらない小野寺の隣に、彼女はちょこんと座っていた。
まさしく「ちょこん」という表現がぴったりの、小柄で可愛らしい、髪の短い女の子だった。
私が来たことに気が付くとぺこりと頭を下げ、私もそれに従うと、言葉は交わさな
いまま私達は同じ空間を共にすることとなった。
「彼女」だろうか。
そんな疑問が浮かんだけれど、あの小野寺に限ってそれはないとすぐさま否定し私は離れた机でいつものように本を広げた。
「俺穴開けてるから。お前新しいやつ作ってくれる。」
横目でちらりと二人の様子を窺うと、桐を手にする小野寺の横でその女の子は枠に紙を載せている。
枠というのは、牛乳パックで出来た「帽子」だ。牛乳パックを縦長に数枚切り取るとそれらが上で星印になるよう交差させ、また牛乳パックを太長く切って土台にした輪っかにそれらの端を固定させると、それはドーム状になって完成する。
そしてその枠に、丸みを帯びた二等辺三角形の紙を沿わせ糊で繋ぎとめてゆき、乾燥させた後枠から外すと、彼の言う「プラネタリウム」のもとが出来る。
それに彼が穴を開ければ完成だ。私にはどうしても「帽子」にしか見えないけれど、毎日ただペ
ージをめくるだけの私よりもずっと天文同好会らしいことを彼はしている。
小野寺に言われた通りに丁寧にその子は紙を沿わせてゆく。一枚一枚そっと。
羽のようにふわりと空気を受け、それはあるべき場所にぺたりと落ち着く。
「友人」だろうか。
もともと本の内容には興味のない私は暇つぶし程度にその子のことを考えてみる。
小さな手に小さな体。そして小さな顔。前髪を赤色のピンで留め、白の靴下には苺の刺繍が施されている。内履きの色を見たところ、どうやら彼女は一年生のようだ。
やはり幼い。
一年生ということは、小野寺とは二つ離れていることになる。それなら「妹」なのかもしれない。
顔をよく見たいけれど、同じ横の列にある私の机からは、髪の垂れた横顔しか見えない。
せめて眼鏡を取り出して見てみようか。私が一人で盛り上がり始め鞄に手をやろうとした時だった。
その女の子は突然こちらを振り向き、私とばっちり目が合ってしまったのだ。
観察していたことがばれてしまったのかと戸惑う私が何も言葉を出せずにいると、その子は申し訳なさそうに眉を寄せて唇を薄く開けると、入ってきた時と同じようにぺこりと頭を下げた。そしてまた「帽子」作りに戻ったのだ。
目は大きいわけではないけれどぱっちりと開く瞼に、筋は通っているのに高さがさほどないせいか嫌味のない小ぶりの鼻。桃色よりも赤色に近い唇に、華奢な顎。
どこが、というより、どこも、小野寺には似ていなかった。
けれど何か通ずるものがある気がして、それは何なのかと考えながら私はひたすら写真に映る星の数を数えることに専念した。
その日以来女の子は毎日そこに座っていた。
私が教室へ入るとぺこりと頭を下げ、「これ切ってくれる。」と小野寺が指示を与えると、こくりとそれに従う。自ら口を開くことはなかった。