彼女の名はミノタランテ 二
吾輩は、このミノタウロスに向かってゆっくりと慎重に近づいて行った。これを胆の小ささ故と思われては誠に遺憾である。君子危うきに近寄らずというように、賢き者は例え勇気が在ろうとも、徒に危険を冒しはしないのである。ただ危険と見るや突き進むのは、蛮勇と言うべきものであり、決して褒められたものではない。
このミノタウロスには数多くの種族がいるが、それを大まかに分けると、蛮牛人と飼牛人の二つで在る。その中の蛮牛人はまさに蛮族と言った種族である。その体躯こそ、吾輩は疎かオークとすら比較にならぬ立派なものであるが、その頭はその身と相反するようにお粗末である。これがただ無知無能であるだけであれば、吾輩もこの綺羅星が如き智でもって采配するのもやぶさかでない。しかし彼の者達は、ただ力のみを信奉し、その蛮勇を崇め奉るといった、ある意味天晴な蛮族振りで知られる。そのような者とはいかに吾輩といえども交渉などできない。
故に、戦略的に撤退を視野に入れつつ近寄ると、幸いにもこのミノタウロスは飼牛人の方であった。この時ばかりは、吾輩も我が手を同じ魔物の血で染めずに済んだことに心をなで下ろし、一息吐いたものである。
さて飼牛人である。彼の者達は、蛮牛人程の体躯こそ持たぬものの、その知は人間と比べても遜色ない程であり、流石に吾輩とは比べ物にならないが、元があの蛮牛人であるとすれば驚きの進歩である。この程度の知恵があれば、流石に一方的に搾取したことにはならぬであろう。彼のミノタウロスは兎を三羽腰に括っているので、その内の一羽を頂くとしよう。
吾輩は意気揚々と交渉に望んだ。基本的に最近のキノコと兎の相場は、ゴブレートによるとキノコ十対兎一が基本である。これをキノコ一兎一で交換するのは、常人には一生に一度の幸運に恵まれてなお不可能であるが、吾輩にとっては赤ゴブの手を捻るが如き易問である。むしろその戦果を抑えることに一苦労するくらいである。その交渉の内容については対外秘ゆえ勘弁願うが、二羽の兎を手に入れた結果がすべてを物語るであろう。
そして吾輩は木漏れ日の中、念願の動物性蛋白質を食したのであった。
吾輩はゴブリンである。名前はまだない。
ゴブレート・・・独断と偏見でのみ構成された物と物の交換レート