彼の名はオークフリート
その後、痛みを訴える身体に鞭を打ってギィー、ギィーと泣いた。大した考えでもないが泣いていれば母兄弟に遭えるのではと思ったのである。しかしながらしばらく泣いても誰も来ない。陽は段々と沈んでいく。身体は空腹を訴え泣く気力もない。
倒れそうになるのを我慢し、しばらく歩いてていると何処からか肉の焼ける匂いがしてきた。本能のままに匂いに向かい、焼けた肉を喰らった。さてもう一本頂こうかと思っていると草を踏みつけながらこちらに向かってくるのを感じた。 吾輩は焼けている肉に名前が書いてないか確認した。最初の一本こそ確認していないものの、ほかの肉に名前は書いてないようである。
さて、向こうから向かって来るのは十中八九この肉の主であろう。確かに人の肉を食べるのはよろしくない。それは吾輩は愚か他者の食物を喰らい過ごすネズミとて分かっているであろう。だが、そもそも肉に主など居るのであろうか。確かに肉に名前が書いてあるのならば、吾輩もその肉の主であることを認めるのもやぶさかでない。しかし、肉を狩った者が肉の主であるというのであらば、吾輩は何某が狩った肉を狩ったまでであり。なんの憤激をもこの身に受ける筋合いはない。
よってこの吾輩に肉を狩られた間抜けの顔を見てやろうと思っていると、木陰からから何某かがのっそりと出てきた。それは吾輩の三倍程の大きさのオークであった。納得である。オークであれば己が狩った肉を放置して散歩していてもなんら疑問に思うことはない。
なぜならば、このオークというのは実に愚かだ。顔を見れば分かる。まず、その鼻と口が突き出ている。さらに下顎の牙が口に収まりきらず飛び出ている。それだけであれば吾輩もそれほど気にしないのであるが、極めつけがその上の牙である。それはオーク自身の上唇を突き破り、己の脳に突き刺さらんとばかりに発達している。
自分で自分の首を絞めるというのは愚者の行いであるが、オークというのは種族単位で自分の牙で脳を突き刺そうとしているのである。まさに愚者である。これならばいくらでも言い包められようと思っていると、このオーク何某はいきなり吾輩の首を掴み放り投げたのである。
仕方ないので寝床を探す旅に出た。しかし、これをオークに屈したと思われては困る。確かに吾輩は投げられ、寝床を探しにいく。これを、ただ吾輩の惰弱ゆえと見たままで満足するのは極めて軽忽でありまさしく愚者の行いである。見たことで満足せずに、その更に裏を読もうとするのが知者となるための第一歩である。
かのゴブリテスも満足なオークより不満足なゴブリンと言っている。吾輩は確かにオークに投げられるままに投げられ、見方によっては逃げるようにその場を後にした。しかしながらこれにはオークは言うに及ばず、一般のゴブリンでは想像だにしない深慮遠謀があったのである。それを語ってもよいのだが、さきにいったように満足なオークより不満足なゴブリンである。よくよく考えて欲しい。
この後、吾輩は四半時ほど歩き回り、素晴らしい木のうろを見つけ、吾輩の独り立ちを祝すように光っている月を見ながら眠りに就いたのだった。
吾輩はゴブリンである。名前はまだない。
この世界のオークの別称は自分の死を見つめる魔物です