表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

レイ・アライス 寝坊




 ――本日、晴天


 夢見が悪く、目覚めが悪いのは、今に始まったことではない。……のだが、寝坊は今に始まったことだ。


 朝起きると、ベッドの近くの床にいてこちらを見上げている黒猫と思いきり目が合って、睨むと消えていった。嫌な「猫」だ。

 こういう気分が最悪な朝は、今に始まったことではない。

 さっさと着替えて部屋を出たところで、違和感を覚えた。誰もいない。

 寮生活をしている生徒の起床時間というのは似たり寄ったり。起きて部屋の外に出れば誰かしらに会うはずだ。

 しかし、本日、歩けど歩けど誰にも会わず、静かだ。おかしい……と思ってはっとする。

 自分の起きた時間がおかしいのでは。

 思ってすぐに確認したのは手近な窓の外だった。朝日は登り、明るい限りだ。早く起きすぎたようではなかった。つまり、だ。


「……寝過ごした……」


 寝坊とは、初めてだ。何ということだ、と窓の外を見たまま思案する。

 時計は今ここにはないが、これだけ静かということは同じ階、近くの階にいる生徒は全員登校後ということだろう。

 さすがにまだ昼過ぎとはいかないはずだ。

 今日の一限目は何だったか。……ああ、と思い出して、それでも登校もしないなどどいうことをするつもりはなかったと言い訳めいたことを考えた。

 何はともあれ鞄を取りに戻って食堂に行き、お腹に何か入れてから行こう。

 レイはそう判断し、廊下を戻りはじめた。


 時計を見ると、予想した通り一限目が始まったくらいだった。いくら同じ敷地内とはいえ、広大な敷地がゆえに距離はある。ぎりぎりに寮を出る生徒などいない。

 しかし食堂に行くと、生徒がいた。

 広い食堂、朝の混雑が嘘のような空き具合の中にぽつぽつと朝食を食べている生徒たちがいる。

 首を傾げながらもミルクとビスケットという選択で、速く終わりそうな朝食を持って、端の方の席についた。これだけ空いているのは慣れない。

 広すぎて、あの中央に座っている人の心境はどんなものなのだろうかと思う。


 ミルクは熱かった。周りを見ながら早く登校するには登校しなければ、と口をつけると舌に熱々のミルクが当たってびっくりした。熱かった。

 この手の過ちを何度繰り返すのかと思う。


「お、シリウス」


 それなりの話し声と物音の中に、大きめの声が混ざった。続けて「おはよう」とか何とか、そこからは普通の話し声で元の、ただの音と化した。

 ビスケットを食べると、舌に違和感があった。火傷してしまったようだ。

 ビスケットを浸せばミルクの温度は下がるだろうか。でもビスケットは冷たいわけではないから無理か……。


「う」


 頭に重みが加わった瞬間、歯に挟んでいたビスケットがパキッと割れた。


「見たことある頭だと思った」

「……シリウスさん」


 さっき名前を呼ばれていたらしきシリウスが、同名ではなく知った色と容姿を持って立っていた。

 この先輩は同じ寮だ。そういえば、と先日寮に一緒に帰ったことで思い出したのだ。


 学園は全寮制のため、寮はいくつかある。

 学年ごとに固めるのではなく、高等部三学年が均等に人数配分されているはずだ。

 寮の名前は忘れた。皆一、二とか番号で呼んでいて、確かこの寮は第二寮だ。

 手に朝食を乗せているであろうトレイを持っているシリウスは、そのままレイの横に座り、トレイを置いた。


「寝坊か」

「そうみたいです。シリウスさんは」


 横に座って、頬杖をついてこちらを見るシリウスは半目で、目付きが悪く見える。起きたばかりだからだろうか。

 制服も上着はなく、セーター姿だ。ネクタイもまだない。


「俺? 俺のクラスは今日一限目無いんだ」

「なるほど、それで……」


 食堂にいたのは三年生か。ようやく納得した。

 目付きが悪く見えるシリウスは、ホットミルクでもなく、紅茶派らしく湯気が立った液体に持ってきたミルクと砂糖を投入している。

 砂糖? ミルクはいいとして、砂糖を……どれだけ入れるのだ。

 一つ二つ三つ……瞬間的に、養父を思い出した。


「シリウスさん、砂糖の摂りすぎは良くないです」

「いいんだよ」


 そう言って、お茶を飲んでいるのか砂糖を飲んでいるのか分からない代物を口に運ぶ。

 顔をしかめていた。熱かったらしい。

 そんなシリウスを見つめていると、見られていることに気がついた彼がレイを見る。心なしか、目付きがましになったような気がする。


「飲むか?」

「……紅茶の味はするんですか、それ」

「当たり前だろ、紅茶なんだから」


 そうじゃなく、甘すぎてということだ。ぎりぎり紅茶なのではなかろうか。

 行程を見ていると甘さが察せるそれを、普通の紅茶を飲むようにシリウスは飲んでいく。

 レイは思わず自分のホットミルクを飲み、気を取り直してビスケットを食べはじめた。

 すると今度は、レイが視線を感じる番で、見ると、カップを置いたシリウスが頬杖をついてぼんやりとしたようにしていた。

 この人、半分寝ているのだろうか。目は開いているのに、そう思ってしまった。

 と、シリウスがおもむろに口を開く。


「お前、ちゃんと食べろよ」

「? 食べてます」


 このビスケットが見えないのか。


「そういう意味じゃなくてな……」


 なぜかサンドイッチを食べさせられた。

 その後無事に登校し、二限目から授業に出た。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ