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レイ・アライス 授業監督





 ――本日、晴天


 冷たい印象、事実季節によりひんやりした空気をもたらす石の通路。

 ぞろぞろと一クラス分の生徒が歩くため、ばらばらに靴音が鳴る。その小集団の一番後ろを、レイは歩いている。

 今日は、昨日のアルフレッドの宣言通り、朝の授業からここまで、逃がさないように連れて来られた結果だ。そこまでされると抵抗はしなかった。

 これから行くのは、魔法実技の授業の一つ。ただし、レイたち自身の魔法実技の授業ではない。


「レイ、ネクタイは?」

「ネクタイ?」


 実技のための部屋が連なる棟に来て、そろそろ目的の部屋に着こうかというときに、アルフレッドがレイの制服に目をとめた。

 学園の生徒の制服の一部、ネクタイをレイがつけていないことに気がついたのだ。


「忘れた」

「忘れたって……今日はつけてきてよー。テオルド予備ある? 予備?」


 いつもつけていないがために発見が遅れたが、今日はせめてとアルフレッドは立ち止まってとっさに近くにいたテオルドに助けを求めた。

 しかし尋ねられた側のテオルドはというと少し首を傾げて宙に視線をやって、一言。


「……ない」

「だよね。そもそも僕らネクタイの色違うしね」


 どうしようかなと、悩むアルフレッドに、ネクタイをつけていない本人であるレイはそこまで悩まなくともと言おうとする。


「どうしたんだ? アルフレッド」


 三人で立ち止まってしまっていることで、一番前を歩いていたはずのクラス委員長がやって来た。


「レイがネクタイつけてなくて……」

「ネクタイ? 今に始まったことでもないだろう?」

「違うよ、今日は今から一年生の前に出るのに、二年生がつけてないのはどう!?」


 今日これから、一年生の実技の授業に行くのだ。さすがに下級生を前にネクタイが無いのは示しがつかないという考えらしい。

 存外あっさりした答えをした委員長を前に、アルフレッドが主張した。


「気にされたら忘れたって言えばいい。そこまで誰も気にしないんじゃないか?」

「そうかなぁ」

「誰も予備持ってないし、時間もないことだ。一年生の授業の時間を無駄にするよりはいいだろう?」


 委員長は案外あっさりしていて、アルフレッドとは別の観点からの正論を述べた。


「アル、ごめん。今度から気をつける」

「レイのその約束は信用出来ないんだけど。普段の行動自覚してる……?」

「次、一年生の授業に出るときがあればつけるから」


 見つめてくる水色の目を見つめて返せば、やがては頷きが返ってくる。

 まあ、あればだが。ネクタイ問題は解決し、再び進み始めて、授業の鐘が鳴ると同時に一つの実習室に着くことができた。


「一年生の皆さん、お待たせしてしまって申し訳ない」


 今の今までざわざわとしていたであろう一年生全員が、上級生の姿と声によって収まっていく。


「では、聞いているとは思いますが、今日は二年生が監督についての実習を始めます」


 一年生が完全に静まることを待って、今日の授業の説明をしはじめたのは先程の委員長である。

 広い部屋には制服を身につけた生徒のみで、教師の姿がない。


「先生は?」


 出入口の近くでレイはこそこそとアルフレッドに尋ねた。こういうとき、背丈がほぼ同じの彼は話しかけやすい。


「『魔物のレプリカ』を持って後から来るんだって。前半は魔法陣書いたりに費やされるだろうしね」

「そうなんだ」


 前半が費やされるであろう作業を聞くと、教師が出てくるような事態にはならないだろう。

 代表して委員長が行っている説明が終わると、この授業での基本で組まれる三人一組を基本として、一年生二組の人数に対して二年生一組が担当する。

 レイ、アルフレッド、テオルドが担当とされた場所に行くと、すでに一年生は集まっており、どんな上級生が来るのかという目で周りを窺っているようだった。

 こういうのは苦手だ。

 アルフレッドの後ろからついていくと、二組合計六名の一年生がこちらを見つける。内約としては男子三名、女子三名とバランスがいい。


「はじめまして、二年生のアルフレッド・ラトクリフです」

「……同じく二年、テオルド・アダムス」

「レイ・アライスです」


 こればかりは苦手と言っても後ろに下がっているわけにもいかず、自己紹介で二人に続いてぺこりと頭を下げた。

 こうやって前に立って視線を向けられるのはそれほど好きではない。が、隠れたいほどではない。

 一年生の自己紹介を聞いていると、個人個人緊張気味だと感じた。


「よろしくお願いします」


 あちこちに別れたところで早速動きがあり、授業が始まる。


 ――魔物、という存在がいる。

 どこから生み出されたものか、人を襲う異形の存在だ。

 昔から各地からは魔物による被害が報告され、魔物はただの剣などではどうにかすることはできず、魔法でしか退治できないため、各地に出没する魔物退治は魔法使いの仕事なのだ。

 ゆえに、魔法使いを育てる学園でもそのための授業が行われる。


 魔物に対するための授業は高等部から。

 一年生はこの時期から順に行うようになり、このクラスは今日が初めてだという。初めてでは何かとトラブルが予想され、教師の目が足りなくなる。

 三年生はこの時期他の学年に構わせられないので、二年生がサポートの役割を果たす。

 世の中に出る魔物は当然自由にうろうろしているが、授業でそうすると危険が伴うため、そうはしない。

 また、本物の魔物は使わず、『レプリカ』を使用する。本物の魔物は危険であるから、本物を模して作られた偽物。脅威も劣るそうだが、授業となればそんなものだろう。

 授業ではその『魔物のレプリカ』を魔法陣を描き、閉じ込める。


 魔法陣とは、魔力がある者が描けば、描いた意味のある模様によって効力を発揮するものだ。『属性』によって扱える魔法陣が異なる場合もあるが、ここで扱う魔法陣は『魔物のレプリカ』を閉じ込める魔法陣だ。

 この『魔物のレプリカ』も『魔物のレプリカ専用の魔法陣』も国の研究機関によって教育用に開発されたのだそうだ。


 今から行おうとしているのは、生徒の手で魔法陣を描き、その中のに魔物のレプリカを放ち、魔法で消滅させるという授業だ。

 最初にしてもらうのは、魔法陣を描くこと。

 魔法陣はチョークで描く。一年生はそれぞれ別々の魔法陣を描くため、近すぎず離れすぎずの位置で床に膝をついてチョークを床に滑らせている。

 時間がかかる理由は初めて描くから慣れていないこと。一年生は教科書にある見本を見ながら、見て確認して書いてを繰り返している。


 この作業においての二年生の役割は、もちろん間違えていないか見て回ることになる。最終確認して、間違っていればそこから直さなければならないと面倒なことになる。

 と、三人で合計六つの魔法陣の制作過程を確認しながらゆったり歩いている。

 レイは、開始五分で違和感に遭う。


「……ん?」


 一度通りすぎた生徒の近くに後ろ歩きで戻る。

 小柄な女子生徒、上からでは明るいクリーム色の頭が見えるのみ。その頭が一生懸命動いているのは、前方に置いた教科書と手元をしきりに確認しているからだ。

 しかし……とレイはちょっと離れ斜めから彼女の手元全体を見る。

 大きな魔法陣はまだまだ完成にはほど遠い。徐々に、といった序盤でその女子生徒は明らかに間違えていた。

 レイ自身は何度も見て、描いたもの。暗記してしまっているので、気がついた。そのための見回りだ。


「ちょっといい?」

「は、はいッ」


 声をかけると、弾かれたように顔が上がった。あまりの勢いの良さと、声の大きさにしゃがみこんだレイはちょっとびっくりした。

 気を取り直して、早めに間違いを指摘する。


「ここの文字、一列間違ってる」

「え、あ、すみません!」

「いや謝らなくてもいいよ」


 魔法陣を構成するものの中には文字がある。普段読み書きで使っているものではなく、一見すると模様に見えるし読もうとしても難しいので暗記する他ない代物。そう言ってしまえばもう模様と認識してもいいかもしれない。

 形として覚えていたレイは、一筋丸っと間違えている部分を指摘して、見回りに戻った。

 この授業、ずっとこのままだったら楽だ。

 ぐるぐると、ゆっくり生徒の周りを歩いて、眺めて。時々指摘して、戻って。


「あなたが今実際に描いてるのは、この位置。だけど描いてしまってるのは、この部分。あと、ここの文字が違う」

「は、はい! すみませんッ!」


 そんなに怖いだろうか。全力で謝られて、どうすることも出来ないので立ち上がって離れる。

 立ち上がって少し歩いてから、気がついた。

 あれ? さっきからここで立ち止まっている。同じ子のところに。

 魔法陣のみを見て間違いに気がつけば言っていくことだけをしているから、気がつくのが遅れたが、さっきから何度も何かしら言うはめになっている生徒がいる。

 クリーム色の髪、薄い茶色の髪をした、おどおどとした小柄な女子生徒。


「ちょっと不器用なのと要領が悪いのとであれが通常なんです」


 話しかけられた方を見ると、一年生の内の一人であるはずの男子生徒が立ち上がるところだった。


「……あの子のこと?」

「はい。たぶんこのままだとかなり時間かかったりすると思うので、手伝って来てもいいですか?」


 示されているのは、他の生徒の倍、間違いを指摘する足を止めさせている女子生徒だ。

 ほとんどが慎重に、時間をかけながらもミス少なく完成へと順調に近づいていっている一方で、彼女は慎重にしていないとは言わないが、同じ時間をかけて進度が遅く、精度にも欠ける。

 レイはその男子生徒の側の魔法陣を見て、間違いないと判断して、「いいよ」と許可をした。

 何から何まで手伝わせることが良いとは思わないが、その男子生徒の言うとおりだと判断でき、たぶん口振りから大抵のことで同じようなことになっていると踏んだのだ。

 最後に魔法陣を完成させたのは、アリシアという生徒だった。








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