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レイ・アライス 先輩






 国王が統治する国々の中の一つの国。ここはその王の住む城があり、かつ政治の中心地であり国の中でも一番栄える首都にして、王都。

 その地にあるのが、広大な土地を有する一つの学園――魔法学園だ。


 その名の通り、この学園に通う生徒にはある特徴がある。

 魔法を使えること。正確に言えばその素質があること、だろうか。この国に複数ある魔法学園に入学するための条件が魔法の素質があることなのである。

 地方にも多く散らばる小学から受験する学園は中等部・高等部に分かれており、学園を卒業後、生徒はこれまた国に複数ある魔法大学に進むことになっている。

 そうして魔法教育を受けた者は、将来ほとんどが魔法使いとなる。


 学園の制服を身につけているからには、レイも魔法使いの卵と呼ぶべき存在だ。いくら授業を怠けようと、れっきとした学園の生徒である。


 時は夕方。昼は青かった空はほぼ橙色に染められ、太陽は濃い橙に変わり、沈んでいく準備をしているところ。

 中庭のベンチに座るレイには、建物によって太陽の光は直接は届かない。影が落ち、空を見上げれば薄い青と橙に別れた風景に、ああ夕暮れかと分かるくらい。

 見上げていた視界に、被さる顔があった。


「不真面目見っけ」

「……シリウスさん。今、放課後ですよ」


 不真面目も何もあったものではない時間だ。

 白い髪に深い青い目という色を持つ、突然現れた顔は、逆さから見ても端正なものだ。

 学園の男子生徒の制服を身につけ、その上着のボタンは留められていないこともあって、緩く結ばれたネクタイが顔に触れそうになった。

 軽く指で退けると、同時にあちらが離れていく。


「じゃあこんなところで何してるんだ」

「こんなところって中庭なんですけど」

「こんな季節の中庭、だ。――何だそれ」


 空いている横に座ってきたのは、高等部三年、一つ年上の先輩だ。シリウスが自身とレイの間に視線を落としたので、レイも視線を追う。


「あぁ……」


 空に橙がかかる前からここにいて、空を見上げていたから忘れかけていたらしい。思い出したかのようになった。

 包み紙を開いた状態の真ん中に乗る、四角の箱。中身は一度見た後だ。


「お菓子です。養父(ちち)から送られてきまして。直接送られて来たので、今持ってるみたいなことになってます」

「直接? 力に物言わせるなんて、珍しい方法だな」


 普通、生徒宛の荷物や手紙は寮で受け取られ、それから個別に生徒へ届けられる。

 これは風魔法で作られた鳥で、小さな包みを落としたかと思うと、養父の声まで届けてきた。確かに、らしくない。普通なら決められた規則を遵守する人なのだ。

 そのらしくないことをさせているのは自分で、けれど、包み紙を開いたところに挟まれていた手紙はまだ開いていない。

 シリウスはレイの養父を知り、その普段の人柄も知っている。レイはそれがゆえの視線に気がつかないふりをして、箱の蓋を開けた。

 中にはチョコレートが入っていた。可愛らしい形は、送り主(養父)受取人(自分)も連想されないだろう。


「食べますか?」


 一粒手に取って言えば、手が伸びてきた。食べるのか、意外だ。

 渡すと、チョコレートを摘まんで持っていった手とは別の手が、頭の後ろに宛がわれ――


「お前が食ってろ」

「う」


 チョコレートが唇の間から押し込まれてきた。びっくりして後ろに引こうとした頭は阻まれて……そのための手か!

 口の中に入ったチョコレートは熱で早くも溶け始める。舌が蕩けるような、甘さ。


「うまいだろ」

「……送ってきたのは養父(ちち)です」

「だから保証されてるんだろ?」


 そう言ってベンチの背にもたれかかったシリウスは、「遠慮なく」と自分もチョコレートを摘まんで口の中に落とした。


「甘いな」

「チョコレートですから。……う」


 また一つ、口を開いたところにチョコレートを放り込まれた。


「今食べさせないと食べない気がするから、責任もって食べさせといてやる」

「何の、責任ですか。ちょっ」


 そんなに入れなくても。

 容赦なく次々と突っ込んで来ようとするシリウスにより、レイの口の中はあっという間にチョコレートで埋め尽くされ、ストップと滑り込ませた手で自分の口を塞いでようやく止められた。


「意外と入ったな」


 残ったチョコレートはごくわずか。送られてきたチョコレートをこのように消費してしまった。

 養父に申し訳なく思いながらも、口の中の甘さだけでなく広がる香りにちょっとむせそうだ。

 チョコレートが入っている箱に蓋をして手元での厳重保管体勢に入ると、シリウスがちょっと残念そうな顔をした。

 後輩の口の中にチョコレートを詰め込めなくなったからか、意外と甘党だから食べられなくなかったからか。どちらにしろ、もう手に取らせまい。

 シリウスは両腕をベンチの背に投げ出して、視線を前にやる傍ら、レイは先輩の暴挙により、チョコレートの咀嚼に集中する。

 甘い、美味しい、甘い。

 可憐な形をとっていたチョコレートがどろどろに溶けて、原型を留めず他の一緒になっていくことを感じる。美味しい、甘い。

 中庭でも目立たない場所にあるベンチなので、少し遠巻きに周りから、中庭にいる生徒たちの話し声が聞こえてくる。

 会話の中身は混ざりあったりして不明瞭で、単なる音として、ざわざわと。


「授業休んでほっつき歩いてるってそれなりに有名だぞ」


 黙っているが、去ろうともしていなかったシリウスがぽつりと言った。


「休むなよ。お前真面目にやってれば優等生なんだから、授業は受けろよ。――あいつがいなくても、関係ないだろ?」

「私は、」


 口の中いっぱいのチョコレートで、それ以上物理的にも口が開けなかった。

 ――私は、

 ここで学ぶ資格なんてない。口が自由であれば、言ってしまっていたかもしれない。

 ここで学ぶ資格はない。そう思いながら出ていくこともなく、中途半端に動けなくなるだけで、ここに居続け待ち続けるしかないのだ。

 中途半端に授業に出て、周りに迷惑をかけながらの。酷く、中途半端な状態。

 膝の上のチョコレートの箱も。養父からの手紙も。


「……もう一年、シリウスさんもそろそろ構ってくださらなくてもいいんですよ」

「あいつがいない間、俺がお前のこと見といてやるんだよ」


 間髪入れずに返された。


「って言ってもあいつなら『誰も君に頼んでいないんだけれど』とか言いそうだけどな」


 そうだろうな、と思った。思って、心が重く、水の底に沈んだようになる。

 この人は、あの人がなぜいないかの本当の理由を知らない。そのことが、後ろめたいなどという生ぬるい感覚を塗りつぶすほどの、苦しいような感覚を生まれさせる。

 彼と自分との『前提』は違う。

 前を向いているシリウスの横顔を見ていると、ふいにその顔がこちらに向いて、手が。

 手に、頬を引っ張られる。


「なんですか」

「笑えよ。恥ずかしいだろうが」

「なにが……」


 声真似のことだろうか。

 声音が妙に変えられたとは気づいてはいた。「あぁ……」と心当たりがあった声を出すと、ぎゅうぎゅうと強めに頬を引っ張られた。


「いたいです。引っ張るの止めてください」

「毎回湿気た顔してるから、伸ばしてやろうと思ってな」

「これは通常装備です」


 喋りにくくて仕方ない。「いたい……」ともう一度呟くと、手を離してくれた。いやそんなには痛くなかったが、離されるとじんじんして、頬を擦る。いきなり何をし出すのかこの人は。


「これだけは覚えとけよ。俺自身が関わりたくないならとっくに関わってない。しょうがなく構ってるんじゃない」


 頬を擦る手は止めず、声音がいやに真剣に聞こえて見上げると、シリウスの青い目はレイを映していた。


「キャンベル!」


 大きな声が響き渡った。ずっと聞こえていた生徒たちの声ではなく、鮮明なものはレイとシリウスの間に再び生まれた静けさを裂くには十分だった。

 何だ何だ。


「アリシア・キャンベル!!」


 誰かの名前を呼んでいる、通常ならざる声の方向を探して振り向くと、中庭の中央に一本ある巨木を挟んで一人の男性の姿が現れた。

 制服ではなく、また年齢も四十代半ばくらいかという辺りで、生徒という立場にないことが分かる。

 と言うより、教師だ。

 石の道を歩く荒々しい足音と声で怒りようが推し量れる。どんなことをすればあんなに怒るのか。


「何したんだろうな。窓でも割ったみたいな呼び方だ」

「割ったことあるんですか?」

「まさか。俺は優等生だぞ」


 会話の最中にもレイは教師から視線を外さないまま、そっと立ち上がった。


「シリウスさん、私失礼します」

「呼ばれてるの、お前じゃないだろ」

「です。でも私、アンダーソン先生の課題出してないんです」

「やっぱり不真面目してるな」


 この学園においては、故意に課題を出していなかったり例え一部だとしても授業に出席していなければ回数は二の次に不真面目の烙印が押される。

 つまり今のレイは文句なし、最上級の「不真面目」だ。

 授業にもろくに出ず、出ていなければ課題も出せるはずもない。


「じゃあ寮戻るぞ」

「私も戻ること確定なんですか」

「今からどこ行くつもりなんだよ」

「……」


 当てもなくさ迷っていただろう。ほら見ろとばかりに眉を上げられた。

 確かに寮に戻ればいいので、レイは包み紙やら何やらをさっとかき集めて中庭を後にした。








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