表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

シリウス・リシェール 卒業




 高等部三年、シリウス・リシェールは今日魔法学園を卒業する。

 魔法大学への進学も勝ち取っているため、無事も無事の卒業だ。学園生活を通して結局ほぼ万年二番目だったが、全力を出した結果だからいいだろう。

 すでに卒業式は終え、クラスでのホームルームも終え、後は寮に戻って夕方からの卒業記念パーティーまでのんびりするくらいだ。

 さっさと寮の、それも男子寮に引っ込むかと腕の中の花を見下ろす。


「シリウス」

「ん?」


 後ろから声をかけてきたのは、クラスメイトかつ友人の王子様だった。

 一年ぶりに『療養』から帰って来たとは思えない彼は、太陽の光に金髪が輝かんばかりだ。顔色もすこぶるいい。

 彼の腕の中には、溢れんばかりの量の花が集まっている。花がこれだけ似合うのはさすが王子だと言いたい。

 ルークもまた、今日卒業していた。

 約一年、授業も試験も受けずに卒業出来たのは王族であるがゆえのコネとはではない。一重に彼の頭脳ゆえだ。


 学園には、留年制度がある。「成績優秀な生徒が何らかの理由で学年を上がるに相応しい知識を身につけられなかった場合」だ。

 ルークにもその「場合」が適用できるが、ここで重要なのは「学年を上がるに相応しい知識を身につけられなかった場合」で、別に知識を身につけられていたら、いいのである。

 だからと言って、そう簡単に身につけられる知識や実技量ではないのだが、とうに学年以上のものを習得していたということだ。ルークは見事卒業の資格を得た。

 どうりで敵わない、と思う。


「私がいなかった間のレイのことで」

「おお、見ておいてやったんだ感謝しろよ」

「え? 見ておいてなんて頼んでいないけれど」

「言うと思ったんだよな。……まあ別に、ルークのために見ておいたんじゃない」


 危なっかしなかったから見ていた。消えそうで、今にもどこかに行くんじゃないかと感じさせられた。

 それももう消えた。ルークが帰って来たからだろう。


「ありがとう、と言っておくよシリウス。妹が世話になったね」

「うわー俺ならこんな兄貴いらないな」

「こんな兄、誇らしいだろう?」


 主席卒業者だから、中々否定できないところが良い性格をしている。

 ただのきらきらした心優しすぎる王子なら未だしも、だから友人という関係になれたのだろう。

 ルークは言うだけ言って、去っていった。途中で女子生徒に呼び止められたらしく、立ち止まり、笑顔で応じている。花がまた一本増える。


「リシェール先輩」


 歩き出そうと思った瞬間に声をかけられ、横を見ると、女子生徒が二人立っている。いずれも見かけない顔で、たぶん下級生なのだろう。


「何か?」


 シリウスはにこりと微笑み、問いかけた。外面は良い方だと自負しているため、かなり感じが良い先輩に見えるだろう。

 女子生徒は二人、顔を合わせて躊躇を少し。


「あ、あのこれ、受け取って下さい!」

「わたしも! 卒業おめでとうございます!」


 顔を伏せ気味にしながら、勢いよくあるものを差し出した。

 両方の生徒の手にあったのは、一輪の花だ。周りを紙で包み、リボンで留めてある。


「ありがとう」


 微笑み、悪いが乗せてくれないかと言うと、二人は花を既存のものの上に加え、顔を真っ赤にしたまま去っていった。

 笑顔を作っていたシリウスは、その笑顔を張り付けたまま呟く。


「これはいよいよまずいな……」


 一本が積み重なると、両腕で抱えなければならないほどの量になる。一本、という決まりはこのようにして作られたのではないかと考えるほどだ。

 しかし包装により余計かさばっているような気がする。それぞれ包装とリボンが異なり、意匠を凝らしてくれているのだろうとは分かるが……。

 ルークは自分以上にもらっていたので、だからさっさと先に行ったのかと思い至る。前を見ると、もう影もない。

 それにしても、と色合いの問題か花の種類も微妙に違う花を見て、ぼんやりと思う。あの後輩からならもらいたいものだと、叶わないだろうことだから、軽く。

 これだけもらうことは嬉しくないとは言わないが、何と言うか。

 とか考えていると、花が滑り落ちた。一つ一つが一輪と軽くて、油断すると包装により滑り落ちてしまうところまで来ていたのだ。

 しゃがんで拾うには一苦労だ。魔法を使うかと、他の花は飛ばされないように小さな風を起こそうとする。

 その前に、落ちた花を拾った手があった。


「すごいいっぱいもらってますね、シリウスさん」

「レイ」


 花を拾ったのは知る後輩、レイは珍獣でも見るかのような目で花を見る。


「こんなにもらう心当たりはなかったんだけどな」


 そんなに下の学年と関わったつもりもなく、その記憶に応じて、花をもらった後輩らしき生徒達は見慣れない顔だった。

 拾った花を乗せたレイは、じっと花を見ている。そして、シリウスの顔も見る。何だ。


「シリウスさん」

「改まってどうした」

「そんなにもらってると、ちょっと邪魔になるかもしれないんですけど……」


 妙に改まった様子のレイが、花を拾っているときも後ろに回していた手を前に出した。

 手にされていたのは紫色の、一輪の花。


「……シリウスさんには、お世話になったので」


 さっきも、さっきから見慣れている光景だったはずが、反応が遅れる。


「――そうだな、世話してやった自負があるからもらっとく」


 そううそぶいて、シリウスは笑った。

 そうすると花はレイの手により、単に乗せられただけだったので、「落ちるから刺しとけ」と刺させておいた。これで落ちるまい。


「……なんで紫にしたんだ?」

「え? ああ、高等部の卒業式にこういうことがされているのは知ってたんですけど、したことがなかったので、他に花を渡そうとしているクラスメイトがたくさんいたので相談したんです。どういう花を渡すのか決まりはあるのかって。そうしたら、自分の目の色と同じ色の花を渡せばいいって教えてもらいました」

「なるほどな」


 この後輩は、その意味が分かってないのだろう。

 卒業式の日に渡す花は、もちろん祝いやお世話になった上級生がいれば感謝の意味が込められている。

 しかし学園という年頃の男女がいる場となると、別のイベントも同時に行われることが多い。所謂男女間の告白だ。

 相談して誤解されたんだろうと、想像は難くなく、シリウスは苦笑いしたくなった。

 心当たりはなかったが、一瞬浮わついた心を返せと。

 そんな胸中は表には出さずに、また訊ねる。


「ルークには?」

「ルーク?」

「ルークには渡さないのか?」

「……どうして渡すんですか?」

「いや、レイが一番世話になってるってなるとルークだろ? ――嫌そうな顔するな、お前は」


 世話に、の部分ですでに嫌そうな顔になっていたから、笑ってしまう。

 同時に、お前らの関係は一体何なのだとも思う。


「……なんでそんなに見るんですか」

「お前の顔ここで見るのも最後かと思ってな」

「シリウスさん卒業するんでしたね」

「花渡しに来ておいてそれか。大体、もう卒業した」


 まだ今日はギリギリ生徒、という感じだろうが直に完全にそうではなくなる。

 そうでしたね、と後輩は呟いた。



 歩きはじめて数歩、後ろを見ると黒髪は学舎の中に消えていくところだった。


「これだけで嬉しくなるのも、相当だよな」


 お世話になったと、渡された花一輪で。

 渡していった相手がいなくなり、微風に揺れる紫の花びらに目を落とす。


「レイ、お前さぁ」


 無意識に、小さな声がこぼれていた。


「結局、なんであの日泣きそうになってたんだよ」


 ただの病気でくたばりそうにはない友人がいる。その友人が約一年前に病気の療養で姿を消していた。

 病気に負けそうにない友人だが、さすがにレイがあれだけ沈んでいるのでは、そんなに悪いのかと思っていた。一方でただの病気の療養ではここまでにならないのではないか、と考えている自分がいた。

 戻ってきた友人も何も言わない。レイも暗い様子は消え、授業を怠けることはなくなったようだった。

 だが、確かに言葉をかける度、目が曇った日があった。

 なぜあんな風になっていたのか、引っかかり続けている。


「……とりあえず、ルークが帰って来たことだし、これで弱ってるところにつけこむ真似にはならないか」


 しかし、卒業だ。

 甘い学園生活を送ることは叶わなかったと、シリウスはただ一輪特別な花を手に学園生活の終わりを実感した。











これにて完結です。


実はこの話、当初は三章構成の構想でしたが、諸々の事情があり区切りがつく一章までとなりました。しかし色々解決していないこともありますので、活動報告に三章構成だったときの流れと結末までを簡単にですがまとめました。ご興味があれば、よろしければ。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/740104/blogkey/1988254/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ