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レイ・アライス 属性





 一年前の事件のことを話し終えて学園長が口を閉ざし、部屋の中に暫しの沈黙が落ちた。

 視線がこちらに向いたような気がしたが、レイは目を伏せていた。友人に全てを知られるのは、怖かった。知られてしまった。


「去年の流行り病にそんなことが隠されてたなんて、知らなかった……。全員が流行り病が原因っていうわけじゃ、なかったんだ……」


 無理もないだろう。一年前、贄にされようとしたクラスメイトは全員流行り病にかかり、隔離されていた生徒のみだった。

 そして実際に、去年流行った病の中には死に至る病があり、事件に関係なく死人が出ていた。疑いようがなかったはずだ。


「レイは、一年、ずっとそれを知って」


 知っていた。あんなことさえなければ今年も学園にいたかもしれないクラスメイト、悪魔召喚をしようとしていたクラスメイトがいたこと。そして、自分が悪魔を喚び出してしまったことを隠していた。


「ごめん、レイ」

「…………え」


 謝る言葉が聞こえて、思わず顔を上げた。

 向こう側のソファーにいるアルフレッドとテオルドがこちらを見ていた。


「僕、色々知らずに話してて」

「どうしてアルが、謝るの」

「だって僕、クロイゼル先輩のこと」

「それは私が、ルークを差し出してしまったから」


 だから彼はいない。ルークは、重度の流行り病で療養中のため休学していることになっている。

 もう一年。流行り病が来るこの季節になり、レイがルークと関わりがあると知るアルフレッドたちは気を使ってくれていた。

 本当は違うから、謝らなければならないのは自分の方だ。


「流行り病が話題になる度に、気にしてくれていてありがとう。それからごめん」

「それはレイのせいじゃないじゃん! 悪魔のせいだから――でも、」


 身を乗り出していたアルフレッドが、恐る恐ると学園長の方を見た。


「悪魔召喚なんてやって大丈夫なんですか? 何か、レイ自身も影響受けたり……そもそも悪魔信仰自体、やっちゃいけないものに聞こえるのは気のせいじゃないですよね……」

「そうですね、まず悪魔信仰の知識自体が無いでしょう」

「……そもそも、悪魔、なんて本当にいるんですか」

「います。悪魔召喚は、悪魔信仰者の長年の努力の結晶といったところでしょうね」

「……ウィリアムは、それに失敗して、阻んだレイが召喚してしまった」

「そうです。そしてその悪魔召喚とは『禁忌』です」


 禁忌、という言葉に息を飲む音が聞こえた。


「正確に言うと悪魔との取引及び契約が禁忌です。悪魔の存在自体が広くは知られていませんが、これは悪魔が非常に危険であり、知られることで悪魔信仰や悪魔に興味を持つ者が増えることを懸念されているためです。そこまで予防線が張られている事項を行えば、当然厳しい罰を受けることが決まっています。例えば死刑」

「死け――」

「今回の問題の女子生徒ですが」


 ウィリアムの妹で今回事件を起こした、アリシアの件だ。どうやら兄により悪魔召喚の手だてを知っていたらしい彼女の処分は、今の流れで言えば決まっている。


「去年の件ではウィリアム君は亡くなっています。今回、アリシア・キャンベルは……どうなるでしょうかねえ? とりあえず余計なことを喋らないようにはされているでしょう。少なくとも退学は決定事項です。あとはそれを決める役職というものがあります」

「あ、の。それってレイは、大丈夫なんですか?」


 罰の重さを聞き、アルフレッドは顔を青ざめさせていた。彼の固い声に、レイは驚いた。死刑という罰を受けるほどのことだと知り、軽蔑されるかもしれないと思っていた。

 しかしここまでで変わらなかったように、アルフレッドは変わっていなかった。テオルド共々、心配する顔つきをしていた。


「レイ君が準備して行ったことではなく、彼女が居合わせたのは偶然です。そしてそのお陰で助かった命もあることは僕が知っています。レイ君も被害者ですね。まあしかし、経緯はどうあれ召喚してしてしまったことは事実。でも、彼女はここにいる。それはなぜでしょう?」

「? なぜですか?」

「僕が隠しているからですかねえ?」


 学園長からはにこやかな笑顔が少しも崩れることがなかった。堂々と、不可抗力とはいえ禁忌を行った事実を隠していると言った。


「……でもそれは、ばれたら……」

「そうですねえ。ですがそのときが来たとしても、君たちは心配しなくてもいいですよ?」


 それ以上の追求を許さない笑みであり、同時に、口調は自信をも感じさせるものでもあった。


「それなら、いいんですけど……」

「大丈夫、アル。ばれてもそれは、私がしてしまったことだから」

「レイ!」


 突然大きな声を出し、アルフレッドが向かい側から横にやって来た。何か、怒った顔をしている。何事だ。


「なに、どうしたの、アル」

「どうしたのじゃないよ! もう少しこう……危機感持ってよ! じゃないとレイ、罪に問われちゃうかもしれないのに!」

「……アル、落ち着いて」

「落ち着けないよ!」


 掴みかからんばかりのアルフレッドと、止めようとしてくれているテオルドを前に呆気にとられていた。

 なぜ、なぜこんなに怒ってくれるのか。短い付き合いではない。一ヶ月や二ヶ月といった付き合いではなく、中等部からの付き合いだ。だけれど、だからこそ知られたくなかった。


「レイ君」


 瞠目していると、呼ばれて、アルフレッドのその向こうからこの騒ぎを見ているのは微笑む学園長だ。


「良い友達ですね」

「……え」

「君のことを心配しているんです、それに報いる努力は多少は必要ですよ?」

「……はい」


 なぜそんな風に出来るのかなんて考えなくても、心配してくれていることに変わりはなかった。

 レイは、泣きそうになりながら怒っているアルフレッドを見た。


「アル、アル」

「何!」

「ごめんね、心配してくれて、ありがとう。もう言わない」


 ごめん、ともう一度心の中で呟いて。

 受け入れてくれたことだけで、十分だったのに。

 アルフレッドは「分かってくれたなら、いいけど……」と普段にない様子を収めて、ソファーに落ち着いた。


「……それで、悪魔召喚が禁忌で、悪魔が危険であるのなら、悪魔と契約して、何も影響はないんですか?」

「影響で言うと、まず悪魔召喚をする目的の一つで人間が得るものがあります。簡単に言うと『力』ですね」

「……『力』?」

「そう、普通ならば人間が手に入れることの出来ないほどの力です。魔力が格段に上がることが一つに上げられます」

「人間が手に入れることができないくらい……?」


 アルフレッドが想像できなさそうな顔をして、質問したテオルドの方は続ける。


「……レイの魔力も、上がっている、ということですか?」

「そのはずです。そこで、レイ君」


 学園長の視線がレイに向けられ、アルフレッドとテオルドの視線もそれを追うように移った。


「何ですか」

「この際に聞いておきたいことがいくつかあるんですよ。例えば、君はどのくらいその悪魔の影響を受けているのかな?」


 契約し力を得たはずだと問われ、レイはすぐには答えなかった。

 しかし、沈黙を続けていても何にもならない。


「このくらいには」


 視線を、学園長の前の机の上にある花瓶に向ける。冬にも関わらず美しい紫の花々に視線を定めると、花瓶と花全てが一瞬で凍りつく。

 これが答えだった。


「……なるほど。反射的に手が出てもそちらが出るほどですね?」

「そうなりますね」


 凍った花は、もう見なかった。


「氷……? レイの属性って、『火』のはずじゃ……」

「……それに、水も一滴も出せなかったのに。……『水』に近い属性も強くは使えないのに、『火』と正反対の属性をそれだけ使えるもの、ですか? ……氷なら、『水』に限りなく近いはずです、よね」


 後半は学園長に向けられた疑問だった。

 普通、属性を複数持っているものも珍しいが、複数のものを実戦級に使える者はもっと珍しい。

 そして『火』と『水』のように正反対の組み合わせでこの二つだけの属性が使えるというのは、それに近い属性や全ては属性が使えるのなら別だが、実戦級というレベルに関わらず、稀だ。


「……これが、悪魔の影響によるものということ、ですか」


 レイの属性は元々『火』なのにも関わらず、悪魔の影響聞かれて今使ったのは『氷』。これは『水』から派生していると考えられる。


「今や元々の属性の正反対の属性が使えるどころか、おそらく元の属性を凌駕している可能性さえあるでしょうね」

「そんなこと」

「それを可能にするのが悪魔です」


 それほどの力があり、人間に影響を、力を与える。

 そこで、アルフレッドが何かに気がついた顔をして、レイを見た。


「もしかして、レイ、だから魔法使うとき手で操作するようになってたの?」

「……それに、魔法実技の授業ばかり休んでいたのは……」


 反射的に魔法を使おうと思って出るのは、以前のように自分の属性『火』ではなくなっていた。日に日にそれを感じ、あり得ない現象を授業で起こしたくなかったのだ。

 無言は、肯定と受け止められただろう。


「もしかしてレイ君」


 学園長までが、もしかして、と言い出した。


「君がネクタイをつけていないのは、そういうわけですか?」


 図星を突かれ、レイは黙り込んだ。

 元々支給されていたネクタイは、属性に合わせて赤だった。しかし自分の中には違う強い属性が植えつけられており、無性に気になって仕方がなかった。

 だからと言って、ネクタイを外してどうなるわけでもない。子どものような理由だとは分かっていたから、「悪いですか」と小さく答えた。

 すると、答えを受けて呼吸を乱した者がいた。


「…………っ」

「何笑ってるんですか……」


 窓際で肩を震わせている学園長に気がついて、思わず冷たい視線をやってしまう。何がおかしい。


「い、えいえ。それなら水色のネクタイでもあげましょうか? 冗談ですよ。変なところを気にしますねえ、君は。レイ君、君の属性は『火』ですよ。君も分かっているでしょう。本当に君に元からあるものはそれしかないのですから」


 やれやれというように肩をすくめられて、元の通りの微笑みを浮かべた学園長は首を傾ける。


「紫色にしますか?」


 『地』の属性。それは他の属性に当てはまらない属性で、複数の属性を使える生徒の中にはその色のネクタイをつけている者もいる。

 提案をした学園長を見て、レイは元からあるものは変わらない、という言葉を頭の中で考える。


「……持ってます」

「え、紫?」


 ぽつりと呟いた返事に、アルフレッドにびっくりな声を出された。


「どうして私が紫を持ってるの。……赤」


 制服の内ポケットに手を入れて、いつもそこに入れてはいた赤色の細い布……ネクタイを取り出す。

 しばらくじっと見てから、約一年ぶりにそのネクタイをつけた。


「それでいいんですよ。――さて、こんな機会もあったことですから、他の二人にはぜひ、レイ君のサポートをお願いしたいですね。実技授業では何かと気にすることがあるようですから」

「任せておいてください! レイを卒業させてみせます!」

「えぇ……」


 勝手に頼みはじめた学園長と、やる気みなぎるアルフレッドを見ていると、そっと側でもテオルドに「……サポートする」と言われた。いや、ありがたいが……。

 しかし、本当に恵まれたことなのだ、とこちらの方が現実を受け入れられないような心地になった。

 軽蔑されることのなかった反面、悪魔召喚自体ではなく、それに付随してしてしまったことは色濃く残る。それはこれからも、変わりようがなく、本来は責められるべきことなのだ。

 そう思って、視線を下げた。


 黒猫が、そこにいた。









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