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レイ・アライス 目覚め






 朝、寒気がして目が覚めた。

 季節は冬に向かう頃で、くるまっていた毛布がほどけかけていたから、冷えてきている空気が隙間を縫ってきたこともあるだろう。

 だがレイが感じたのは、単なる肌寒い感覚を塗り替える、悪寒の類いだった。

 最悪の目覚めに肘をついて軽く身を起こして視線を巡らせると、毛布の上に丸い黒い塊を発見する。黒い塊の正体は、見事なまでに真っ黒な、光を反射させない黒い毛の猫だ。


「毎朝毎朝……」


 自覚なしに、呟いた。

 小さな猫だ。つまみ上げてすぐそこにある窓から放り出してやろうかと思うが、一見するとただの黒猫で暴力という言葉が浮かぶ。

 こんな『猫』――そう思うのに、外見のせいで実行には至らない。大体どうせ放り出しても怪我も何もせず、なに食わぬ顔でほぼ毎朝いるのだから無駄だ。

 ここまで考えてその姿をとっているのかと思ってしまう。


 結局無視することに決めて、起きると、クローゼットから出してかけている制服一式をとり、身につけていく。

 白いシャツ、スカートと順番に。今日の天気はと窓の外を見る。明るく、曇っているときの暗さは見られない。


 ――本日、晴天


 しかしどんなに太陽が出ていて明るく見えても、どうせ寒くなっていく季節だからセーターを着て、上着を。靴下をはいて、最後に靴を履く。

 鞄は朝食を食べてから取りに来るので置いて、ベッドの上の黒猫を一瞥してのち、レイは部屋を出た。


「お……あったかい」


 魔法学園、学生寮。

 一階の食堂に行くと、暖炉に火が入れられており、適度な暖かさの空気に包まれる。ここにずっといたいくらいだ。個人の部屋にも部屋を暖める術があるが、普通朝には消えるものだ。

 食堂はすでに起きていた生徒たちによって、それなりの席が埋まっており、今来たばかりのレイは同じような時間に起床した生徒の列に並ぶ。


「あ、おはよう、レイ」


 列に従って歩きはじめたときに声をかけてきたのは、一人の男子生徒だ。

 耳が見え隠れするくらいの長さの明るい茶色の髪は、ゆるりとウェーブしており、にこにこと笑顔を浮かべた青年。


「おはよう、アル」


 同級生に挨拶を返したレイは、自然に彼が手にしているトレイの上を見る。大きなサンドイッチが五つ。ホットミルクが湯気を立てている。熱そう。

 サンドイッチを選ぶとして、ホットミルクは単に牛乳で……いや冷たいのも嫌かもしれない。喉を滑り落ち、冷たさが体に染み渡る感覚はあまり好きではないのだ。


「僕席取ってるから後から来なよ」

「ありがとう」


 朝食を受け取る列は進むので、同級生であり友人は、先にテーブルが並ぶ方へ歩いていった。


 通常サイズのサンドイッチを三つと結局ホットミルクを乗せたトレイを手に、場所を知らせてくれた手の元に辿り着いた。

 テーブルに朝食を置いて、長椅子に落ち着く。


「あったまるー」


 友人――アルフレッドはホットミルクを飲んで暖かな息を吐いた。暖まってるなぁという感じが端からでも分かる。

 アルフレッドは五つの内三つのサンドイッチを平らげていた。彼は卵のサンドイッチがお気に入りなので、全部それだったのか残った二つはどちらも卵サンドだ。

 そういうレイも、選んできたサンドイッチの一つは卵のサンドイッチだ。元々アルフレッドに勧められて、感化されたのである。美味しいのだ。


「レイ、寝癖ついてるよ」

「寝癖? あぁ、鏡見て来ずにそのまま出てきたから気づかなかった」


 そもそも髪を解かさずに来ていた。

 まあ中等部高等部と、ずっと他の生徒と生活を共にする寮の中だ。朝の起き抜け、夜の就寝の格好で部屋の外を歩くときもある。今さらだ。

 そのタイミングで髪が前に流れてきたので、後ろにやる。


「後から解かさなきゃ駄目だよ」

「うん」


 登校するときにはさすがにと思うので、大人しく返事した。

 手元では、向かいの彼を見てつられたわけではないが、食事の初めには飲み物から口をつけたい派なので飲もうとカップを持ち上げている。


「あ、またネクタイつけてない」


 どうやら彼は、身だしなみチェックをし始めたようだった。言われて、カップを両手で持った状態で前を隠す。


「今さら隠しても見た後だよ。もう……ずっとつけてないけどさ、無くしたってことはないよね?」

「……」

「え、無くしたの?」


 でも一本だけじゃないはずだし、とか言っているアルフレッドを前に、レイはミルクに唇をつけるかつけないかくらいを繰り返して、ホットミルクの温度を計ろうとしていた。


「あっつ」

「湯気出てるじゃん」

「そうだけど……」


 とうとう唇を浸すと、勢い余って予想以上の量が口内に流れ込んできた。食堂の人の気遣いで熱々のミルクを、舌は受け付けられそうになかった。

 今飲むのは断念せざるを得ない。じんじんとする舌を口の中でどうすることもできず、しばらくこの感覚を抱えることを覚悟する。地味に嫌だ。


「ネクタイは言えばもらえるから良いとして、それより」


 それより?

 カップを置いて、野菜がはみ出たハムとチーズのサンドイッチを取りながら、先を窺う。いや、何となく先が分かった気がする。


「今日は授業出なきゃ駄目だよ」

「うん」

「って言って出ないじゃん」

「美味しい」

「美味しいじゃないよレイー」


 もはや慣れ親しんだ味のサンドイッチは、いつ食べても美味しい。寮と言えど、この学園の寮だからこその味なのだろうとも思う。

 噛むたびシャキシャキと野菜が音を立てる。

 それはさておき、話は聞いていた証拠を示さねばとサンドイッチを飲み込んで、レイは一言発する。


「出てるのもあるでしょ」

「あるけど」


 毎日、毎授業出るのが当然だ。と言いたいのだろう。

 レイも()()分かっている。分かっている上で、サンドイッチにかぶりついて、それ以上のことを言おうとはしなかった。

 アルフレッドはアルフレッドで今に始まったことではないので、まだ少し引き下がろうとためらった様子も見えたが、口を開いたときには話題の方向をわずかに変えた。


「今日実習あるから、下手するとクィンシー先生に追いかけられちゃうよ」

「下手しないから大丈夫」


 と、のらりくらり答えているときだった。

 暖かい空間、熱いホットミルク、周りは朝から会話が満ちて賑やか。

 ぞわ、と寒気を感じて持ち上げようとしていた手が止まるばかりか、全身が硬直した。

 直後、とっさに視線を向けたのは隣だ。木で作られた濃い茶色の長椅子の上に、いつの間にか、黒猫がちょこんと座っていた。

 大層愛らしい外見をした、毛並みの良い猫。

 ――この猫が寝ていたはずがなかったのだ


「レイ、聞いてる?」


 何やらまた話しはじめていたアルフレッドの声かけは、それほどの時間隣を見ていたことを示すものか。

 黒猫の目が笑うように弧を描き、その場で消えた。


「……聞いてる」


 強く握っていたサンドイッチにまたかぶりつき、噛み締めた。



 レイ・アライス、十七歳。

 魔法学園、高等部二年生。

 あの日から『黒猫』が側にいる。

 夢を、見る。見続ける。








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