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レイ・アライス 胸騒ぎ




 ――本日、曇天


 雪が、朝から降っていた。登校するときにはすでにうっすらと積もっていた。

 放課後のある教室、中は贅沢なことに教師の魔法が暖炉の火のように燃え盛り、室内を温かくされている。


「今日の補習は終わりだ」

「ありがとうございました」

「そう言うのなら、授業に出ろ」

「……はい」


 教科書を閉じ、鞄にしまって持つと、教師がこちらを見ていることに気がついた。


「補習は出なさい」


 何かと思っていると、そう言い、教師は教室を出てしまう。レイも続けて出ると、出ることを待っていた教師が鍵をかける。

 レイは鍵が抜かれるところを見ながら、「先生」と呼びかける。


「病気の方、大丈夫なんですか?」

「知っての通り念のため隔離を行っているが、今年は去年に見られた重度の病にかかっている生徒はいない。直に収まるだろう」


 毎年流行の広さに差はあるが自然と収まっていく病だけということ。そうですか、とレイは聞きたいことは聞けたので帰ることにする。


「アライス」


 一番近い出口の方に足を向け、一歩もしないうちに呼び止められた。


「先生、補習は出ますよ」

「補習のことではない。――エセルバートが案じている」


 養父の名前が出てきた。

 この教師と養父が、どうもこの学園でのかつての同級生らしいとは知っていた。しかしレイ自身は知識として学園に来てから知っただけで、学園外で会ったことはないし、教師は教師、生徒は生徒の関係で、私的な会話をしたことはない。


「父からの手紙を、直通させているのは先生なんですか?」

「学園長だ」


 それだけだと教師は言い、去っていった。


「あ、レイ終わった?」


 今度は後ろからかけられた声に振り向くと、アルフレッドとテオルドが隣の教室から顔を覗かせていた。

 そしてレイが鞄を持っていて補習が終わったと見るや、出てくる。


「そろそろかなって覗いてみたんだけど、ちょうどだったね」

「アルもテオルドも帰ってなかったの?」


 放課後ということもあり、当然授業はとっくに終わっている。生徒の姿は流行り病によっていつもより減っていたが、余程のことがなければ早く帰れと言われることもあって、すっかり人の気配はないのだ。


「レイを待ってよっかなって」

「それは……ありがとう」


 そのまま三人で揃って外に出ると、元々足跡がついていた雪の上に足跡が重ねられる。


「暗! さむっ」

「雪降ってないね」


 アルフレッドが言った通り、寒いは寒いが、見えにくい中で目を凝らすと、朝から降っていたはずの雪が止んでいる。喋ると、口から声と共に白い息を吐き出した。


「ほんとだ、いつ止んだんだろ」

「……最後の授業が終わるまでは、止んでいた」


 気がつかなかったな、と空を見上げると曇っているのだろう、星は見えない。そもそも雲がなかったとしても、今の時間で星は出ていただろうか。


「……星、見えない」

「うん、見えない」


 空を見上げていると、そっと声が聞こえて横を見るとテオルドも物静かに空を見上げていた。

 日が暮れるのが早くなり、この時間はもう暗い。外に出ると暗いもので、雪が降っているのかどうかも注意して見なければ、昼間ほどは分かりにくい。


「さすがもう冬。さっむい! 早く帰ろ!」


 ひんやりとした空気と、少しの風にさらされたアルフレッドは身を震わせたかと思うと、「あったかいスープが飲みたいなー」などと言いながらスキップし始めた。マフラーの端をぴょんぴょんと跳ねる。


「……待って、アル。転ぶ。レイ、行こう」

「うん」


 遠ざかるアルフレッドをレイとテオルドも追う。スキップはもちろんしないが、アルフレッドのスキップが早いので、寮へ帰る道をちょっと走ることになる。


「ああ、走るのやめる」

「……レイ、頑張って」

「アルのスキップ早すぎ、と言うか疲れる。それより、空き教室で待っててくれてる間何してたの?」

「……数学の課題。レイ、やった?」

「やってない」

「……レポートは?」

「レポート? 提出期限のものは全部出したけど」

「……そっか」

「何?」


 レイが会話に巻き込んだのだが、テオルドも走るのは止めて、じっと見てくるので首を傾げる。


「……レイは、レポートは出す」

「出来なかったものもあるけど」

「……それは、魔法実技関係」


 うん、とレイは頷いた。


「……レイは、どうして魔法実技関係だけ――」

「うわあ!」


 何だ何だ。

 突然の叫び声に、前方を見ると、なぜかアルフレッドが地に伏していた。何をしているのだ。


「アル、何してるの?」

「転んだぁ」


 駆け寄ってみると、なるほど、アルフレッドの足元にきらりと少しだけ反射したそれは水ではなく凍って氷になっていたのだ。

 滑って、転んだ。


「大丈夫?」

「うん」

「……怪我は?」

「ないみたい」

「スキップなんてするから」

「あははっ、そうかも」


 はい、と手を伸ばすと手が取られ、引っ張るが、アルフレッドは「あれ?」と言い、どこか見ている。


「何?」

「誰だろう、こんな時間に」


 アルフレッドが怪訝そうに見ている方向に視線を辿る。アルフレッドが指した方に目を凝らすと辛うじて捉えられたのは、何か、動くもの。動いたと分かったのは、暗い中目立つ灯りが浮いていたからだ。

 しかし、遠く、ますます遠ざかっていく。


「……本当、誰、だろう」

「森の管理人さんかな?」

「この時間に?」

「確かにね。あ、そういえば先生が最近、森で何かしてるっぽいからそれかな」

「森で?」

「うん、まあそれは東の森なんだけど」


 東の森と言えば、この前本物の魔物が予定外のように出た森だ。


「……実技試験の、準備とか?」

「あーなるほど、どうりで先生に聞いても教えてくれないはずだよ。えーまたあの森行くのかぁ」


 そんな試験あるのかな、とレイは内心首を捻りつつ、関心は無くなっていた。


「それより転んで止まってもっと寒いから帰ろ! で、試験勉強しなきゃ!」

「スキップしない方がいいよ」

「もうしないよ」


 今度は大人しく歩きながら、安全に温かい寮へ帰る道を行く。


「あー、着いた!」


 寮の建物につくとアルフレッドが「なーかーは暖かいかなー」と靴についた雪を軽く振り落としながら何やら歌い始める。おそらく自作……というより思ったことをメロディに乗せているだけ。


「何、その歌」


 レイは笑ってしまいながら階段に足をかける。

 かけた、そのとき、だった。

 突如、脳裏に先ほどのアルフレッドの不思議そうな声と、遠ざかっていった灯りが甦った。

 感じるのは奇妙な感覚。既視感か。

 前にも、寮への道の途中――――。

 レイの足が止まる。

 灯りが向かっていった先にあるのは森だ。そしてあの森は。


「――北」


 胸騒ぎが、顔をのぞかせた。ざわざわと、騒ぐ。騒ぎはじめて、止まらない。


「……レイ? ……どうしたの」

「何でもない」


 まさか、考えすぎだ。

 アルフレッドが、他の森に教師が出入りしていたと目撃していた。そうでなくとも、森には管理する人がいる。

 こんな時間でも、生徒が知らない何らかの事情があって行くこともあるだろう。気にすることではない。

 そうそう起こるはずがない。同じことが起こって堪るものか。


「何でもないわけないじゃん、その顔。どうしたの?」


 ぎこちなく顔を上げると、階段上でアルフレッドが怪訝そうな顔をしている。横では、テオルドが。


「本当に何でもない。とりあえず入ろう」


 振り払うように頭を軽く振り、レイは自分を見て足を止めている二人を促す。

 強張る表情を、無視して、階段を昇る。後ろは見ない。

 ――嫌な予感が、する。


「レイ!」

「……レイ」


 さっさと階段を上がっていたら、名前を呼ばれた。

 その声に足が止まり、しかしレイはまた同じ言葉を返すために振り向く。

 振り向いて、寮へ戻ってきた道が目に入った。

 あの先に、道があり、森がある。

 嫌な予感がする。胸騒ぎが止まらない。鼓動は早くなるばかり。

 たぶん、きっと、おそらく。集めた要素を重ねてしまっているだけの思い込みのはずなのに。

 仮にそうであったとして、自分には関係――


「……ああ、もう」


 目を、瞑った。

 杞憂だと思うなら、この胸騒ぎを抑えるために行けばいい。そしてこの時期の思い込みだと、いよいよ重症だと思えばいい。


「中入ってて。学校に忘れ物した」


 階段から飛び下りるやいなや、レイは走り出した。止まっていた二人の横を駆け抜ける。


「え、ええ!? ここで走る!?」


 後ろから驚きに満ちた声が聞こえたけれど、構わず走り続けるレイは来た道を、学園への道をたどり出す。一直線に。


 大して息を切らさずに戻ってきたのは、先ほどアルフレッドが転んだ場所だ。


「ここ、だったよね」


 そして見ていた方へ歩いていくと、地面に不自然な雪の退けられた一筋の道があった。


「――!」


 息が、一瞬止まった。

 いや、落ち着け。これだって森の管理人か教師が何かを運んでいった跡かもしれない。何か。


「はぁっ、疲れたー」

「……これは、疲れる」


 後ろから声がして、息を切らしたその声は、寮に置いてきたはずの友人たちの声に聞こえた。


「……なんで?」


 レイが振り向くと、そこには膝に手をついて息を切らしたアルフレッドとテオルドがいる。相当全力で走ってきたらしく、その額に汗までじわりと滲んでいる。


「あー、レイ足早すぎ」

「……さすが、先生に追いかけられ慣れてるだけ、ある」


 振り向いたレイの視線の先で、姿勢を正し、二人は息は整えている。


「誰が」

「レイが。まったく、あんなに見え透いた嘘ついてよく走って行ったね」

「……その通り」

「そこ、なんか引きずっていったみたいな跡があるね。で、この跡がどうしたの?」


 もはや帰る様子もなく、アルフレッドがレイの前の雪道に歩み寄る。

 通学路と異なり生徒たちの無数の足跡がついていない道、近くで見ると、太く一筋、何かを引きずっていったような跡があった。

 跡はずっと先へ、暗くて見えなくなる範囲の先に、森の中へ続いている。

 ますます騒ぐ予感を胸に、レイは顔を歪める。この先に行くしかない。森の奥へ走り出す。


「え、れ、レイ!? また走るの!?」


 学園の北に位置する森の中、跡はどんどん先へ続いていく。

 雪で消えていないということは、テオルドが雪は最後の授業が終わるまでには止んでいたと言っていたことを考えると……。

 だが放課後も随分と時間が経ち、この時間帯。いつこの跡がつけられたかなど、分かるはずもない。

 レイは跡を見て、走る。途中で止まるなどすればいい、と。

 もう随分と森の中に入り、道以外は周りは木ばかりだ。


「ねー、レイ! だいぶ、走ったけど、どこ行くの!」


 途切れ途切れの問いが、後ろから投げられてきた。声の大きさからして、少し離れているようだ。


「この跡に聞いて」

「ええ……!?」

「……どこ、より何で、が先」


 テオルドの声音はいつもと変わらないが、少し息は苦しそうだ。


「え? あ、そう? そうか! うわあ?」


 足を止めたレイの背中に衝撃が加わったが、レイは気にしなかった。


「は、鼻が」

「ごめん」


 投げやりに謝りながら、先の方から目は離せない。雪につけられた跡は止まっていない。まだ途中。

 前を見ても、暗く、灯りもつけていないので見通せない。

 しかし、ふっと冷たい風にのってきたものが鼻腔を抜けた、気がした。


「レイ、どうかしたの?」

「……跡、まだ続いてる」

「におい」

「……におい?」

「何の?」

「血」


 そう、血だ。今鼻で息を吸い込もうと分からないが、さっき風が一瞬運んできたのは血。嗅覚の、錯覚か。

 空を見上げる。空は雲で覆われていることと、日が落ちるのが早い時期、走っている間にとっくに真っ暗でもある。

 雲の向こうの空には星が出ているのだろうか。太陽は、月は、暗さは。今、何時だ。


「夜って、いつからだと思う?」

「夜? いきなり何?」

「一人の魔法使いによれば、闇が空を覆ったら、とある。じゃあ、曇りのときは?」

「……時間」


 時間。だから、今は何時だと言うのか。

 胸騒ぎは酷くなる一方で、もうただの胸騒ぎや予感とは言い難くなっていた。それでもまさか起こるはずはないと思うのに。


 また足を進め、走り、先に進み、進んだ先に――、灯りが、見えた。

 雪に作られていた何かを引きずったような道はまだ少し繋がるが、広がっていたのは木のないぽっかりと空いた空間だった。


 ――あり得ないものを見た、いや、もう見るはずもなかったものだ


 暗くなることを想定し、地面を十分に照らすための灯りが、周りに大きな円を描くようにして置かれている。

 そして、その内側に描かれたものは。


「やっと完成した」


 声が聞こえて、瞬きをすることを忘れた目をさ迷わせると、その場にいる誰かを見つけた。

 灯りの内側、実際に描かれている円の内側、地面に屈んでいた者は立ち上がり、振り返る。


「あれ? ……あ、アライス、先輩、でしたっけ」


 制服のスカートが揺れ、クリーム色の髪も揺れ、灯りにぼんやりと姿が明らかになる。

 名前を呼ばれたことに誰だと反応するよりも前に、レイの手は震え、拳を握る。

 これは、夢ではない。あのときの光景との違いが分かる。だからといって、為されようとしていることはその女子生徒の足元にある模様で一目瞭然だ。

 冬の空気は寒く、息を吸い込むと冷たいことも、現実だと知らしめてくる。


「あなた、何してるのか分かってるの……!?」


 人生においてこれほどの怒鳴り声を出すのは初めてだ。

 何に怒りが生じたのか、細かいところは自分でも分からない。だが、怒りが芽生えた。

 しかしその女子生徒は動じた様子もなく、普通のことをしているように、当たり前に毒気のない顔で笑って言う。


「分かってますよ、自分のしていることくらい。悪魔召喚です、先輩」



 ――忘れようがない、忘れないだろう








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