レイ・アライス 病
「最近流行りはじめてきたみたいだよ」
学園内の食堂で昼食を食べたあと、教室を移動してくだらない話をしていると、アルフレッドが思い出したかのように話題を変えた。
しかしながら少々具体性に欠けており、何のことか分からない。
「何が?」
「流行り病、また今年もきたみたい」
「……へぇ」
「あんまり流行らないといいね」
そうだね、とそのときは軽い話題となって流れていった。
寒くなってくると、風邪が流行する。風邪だけでなく、風邪が酷くなって重症化した病のようなものも流行る。
広がらなければいいというアルフレッドの言葉は、現実にはならなかった。むしろ逆になったと言える。
学園内でもあまり興味の対象とはならなかったくらいの規模だったそれは、徐々にその感染力を発揮していったのだ。
――本日、曇天
調合の授業で教師が、今日は講義のみのはずだったが予定を変更すると言った。
「今日は咳止めの薬を作ってもらう」
「咳止め?」
何人かの生徒が同じ事を言った。それもそのはず。
「全員が知っている通り、咳止めの調合は一年次の課題で出てくるものだ。しかし、これも全員が知っているだろうと思いたいが、今、この学園にある病気が広まっている。特に一年生に多い。その病気は人によれば咳が多く出るもので、咳が出るあまり息がしにくくなっている生徒が多く出ている。そこに、この授業が都合よくあった。つまりこの授業でその咳止めの薬を作る」
授業内容の変更があったばかりか、一年生のときの調合の授業で行う内容。
その理由に、教室内がああなるほど、と事情に納得する。
「失敗したものは当然使わないから安心するように。しかし今の段階でこの薬を失敗するということは考えられないので、失敗した場合減点する」
薬の調合の詳しい話はなく、すぐに作業に入ることを促される。
本日は材料はすでに揃えられ、教室の前の大きな机に、分けられている。人数分あるため、それぞれ薬草は山となり、粉末は箱の中すれすれだ。
「広まっちゃったね」
「……アル、丁寧に」
取っていく材料を、一応分けているものの、ぽいぽいと鍋の中に入れるアルフレッドの薬草の雑な扱いを見かねたテオルドがそっと声をかけた。
少し離れたところでレイもぽいぽい入れていたため、おっと、とつられてそこからは気持ち丁寧になる。見下ろすと、材料も重なって混ざりかけているがまあぎりぎり大丈夫だ。
「大丈夫だって、これでも分けてるから」
同じような状態になっているだろうアルフレッドが、レイが思ったことと同じことを言った。
「そこ早くしないと終わらないぞ。終わらなかった場合も当然減点だ」
混雑を避けるために後から行ったため、後ろから教師にそう言われてしまった。
「先生、そんな」
「当たり前だろう。減点が嫌なら早く取りかかるように」
不満を口にしたアルフレッドをよそに、レイは揃え終えた薬草を持って机に戻っていく。
「アライス、焦がすなよ」
「もう忘れてください、先生」
もう焦がすことはない。
*
――本日、曇天
風邪を重症化させたような病気の、広まりは収まりを見せていなかった。
毎年この手のものは規模はともかくとして、かかる生徒が出てくる。そして、暖かくなるにつれていつの間にか消えていく。
今年は例年と比べると、少し早いようだが、それでもそんなに心配するほどのことではない。いざとなれば隔離する建物があり、普段医務室にいる人手で足りなくとも人手はすぐに送り込まれて来る。治療の手だても十分。
「いつになったら収まるのかな」
だからアルフレッドがこれほどまでに弱らずともいい話ではあるはずなのだ。客観的に見れば。
自習で教師が席を外しているとき、会話がこそこそと交わされ始めた中だった。
後ろに座っているレイは違う授業のレポートの構成を立てるのを一旦中断して、横を見る。横の席に座るアルフレッドの顔は机につけられていた。
「あれって中等部は流行ってないんだってさ」
いつもより格段に沈んでいる声で表情もかなり暗いことが窺える。
「勉強する場所も、寮も離れてるから」
寮も高等部とは別だ。または、完全に全ての施設が別れ、接触が絶たれているわけではないから、単なる偶然だ。
「アル、そんなに不安にならなくていい」
「……去年みたいなことになっちゃうかもしれないじゃん」
学園は、色々なことを記録している。些細だと思われることから、重要なことまで。
その記録によると、去年この時期と同じくらいに今まさに流行っている病気と同時に、流行った病があった。
風邪を重症化したようなものでも、大抵は治るものとは別に、死に至るほどの病。学園では途中から隔離措置をとったが、全体で亡くなった生徒がおり、一番被害が酷かったのは今の高等部二年生だったとされている。
その病で亡くなったり、後遺症が残ってしまい帰省せざるを得ない生徒が出たからなのだという。
ゆえに、今の高等部二年生は他の学年に比べて数が少ない。
アルフレッドが必要以上に沈んだ様子なのは、それによる。少なくないクラスメイトがいなくなってしまったときと同じ時期であることも重なっているのだ。
クラスメイトがいなくなったことは、顔を合わせ、言葉を交わていた見知った人物がいなくなったことを示す。
「去年と同じようにならないように、先生が早めに対処するはずだから、去年と同じようにはならない」
去年のようなことは絶対に起こらない。そう言うと、アルフレッドが何かに気がついたように顔を上げ、レイを見た。目を伏せる。
「……ごめん、レイ」
何に対しての謝罪かは何となく分かって、レイは微かに首を振った。レポートに戻るが、何かを書こうとしたところで書けず、インクが紙に滲む。
自らの黒い髪が、横に流れてきたところで、影ができ、唇を引き結んだ。
アルフレッドが、謝る必要などない。確かにこの時期は嫌いだ、嫌いになった。
だけど、違う、アルフレッド。「彼」が今この学園に通えていないのは、表向きはそうであっても、他ならぬ自分のせいなのだ。




