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アリシア・キャンベル 憂鬱




「結局、レポートは終わったわけ?」

「あたしは終わったわよ」 


 一番右からはレヴィの問いかけ、すぐ右からはニコラの「完璧にね」という答え。

 対して、一番左にいるアリシアは。


「お、終わったよ?」

「なんで疑問系?」


 目を泳がせながら答えるものの、レヴィにすかさず言葉尻を捕らえられる。


「終わったといえば終わったわよね。アリシアも」


 一緒にそのレポート課題に手をつけたニコラは些か意味ありげではあるが、終わった事実を証言してくれた。

 レヴィが納得したような表情になる。


「とりあえず、終わったんだ?」

「そうです……」


 的を得た返しにアリシアは下を向く。提出期限ぎりぎり、終わったには終わった。中身はともかくとして、だ。

 アリシアは下を向いて髪で隠れた顔、唇を噛む。


「まあ遅れて怒らせて採点してくれない、なんてことになるよりはいいわよ」


 しかしレポートは最低点数で返されるか、もしくはやり直しを命じられるだろう。


 アリシア・キャンベルは落ちこぼれだ。自他共に認める落ちこぼれで、中等部までは何とか頑張っている姿勢によって教師が拾い上げてくれていた。

 しかし高等部では無理のようだ。

 筆記試験も駄目、調合も駄目、魔法の扱いも駄目。駄目なところしかなく、特化している点がない。


 王都、この魔法学園以外にも魔法を学ぶ学校はあるからと退学になる前にと転校を勧められている。

 高等部に入る前に一際強く勧められたが、アリシアはこの学園の高等部に入った。

 このままでは、進級できない。そう感じていた。今まで進級出来ていたことも、おかしかったのかもしれない。

 成績が伸び、成長する兆しのなさすぎる生徒を、この学園にいさせるわけにはいかない。このままでは落第、学園を辞めることになるだろう。

 だが、それでもここでなければ駄目なのだ。ここでなければ、認められない。家には帰れない。

 ここで、ここに、いなければならない。ここで学び、卒業し、大学へ。本当は成績も一番で、一番を取り続けなければならないのだ。

 それなのに。

 この学園には、優秀な生徒がたくさんいる。アリシアが唯一、まだ誇れると思っていた魔力量も軽く越し、さらに技術の優れた生徒が多くいる。


 そもそも、アリシアには十分な魔力はあっても決定的に才能がなかった。

 昔からそれは分かっており、期待されておらず親の期待は兄に向けられていたが、それで構わなかった。兄はアリシアを見下すでもなく、優しく憧れだったからだ。

 アリシアは期待もされず無名の学校に入り、卒業し、下位の魔法使いとしてずっと生きていくのかもしれなかった。


 しかし状況は変わった。

 アリシアには責任がのし掛かっている。家の名前を、たった一人背負う子どもとなってしまった。

 だから必死に勉強して、この魔法学園には入れ、ここまでしがみついてきた。

 だけれど、何もかもが上手くいったためしがなかった。

 筆記試験では毎回赤点を取る。

 調合では失敗をし、原因は分からない。教えられても失敗する。

 魔法実技では魔法が上手く操れず、少しでも気が緩むと意思とは関係のないことになる。

 何も上手くいかない。もう嫌だ。どうしてずっと崖っぷちなのだろう。


 魔物を倒せるようになるなんて、無理だ。

 この前の魔法実技で、魔物のレプリカを初めて前にしたときに、無理だと思った。

 将来親と同じように、魔物を退治する騎士団に入るなんて、とてもではないが出来ない。魔物は恐ろしく、体が硬直してしまうものだった。

 二年生の先輩が魔物に腕を刺して、燃やすという目を疑うようなことをした、あの光景が信じられなかった。

 炎が燃やし、魔物は崩れた。


 あんな風に出来る人がいるのに。兄もきっとそうだったはずなのに、自分は出来ない。

 せめて、あんな風な力があれば。自由自在に魔法を操り、他の生徒よりも抜きん出ていれば、魔法の力があれば認めてくれるかもしれないのに。


「あーあ、冬休みが待ち遠しいわ」


 ニコラの声が聞こえてら気がつけば。

 寮に帰って、夕食を前にしていた。ポトフにスプーンを突っ込んで、口の中にもポトフの味がした。

 前にはやはりニコラがいて、同じメニューを食べながらぼやいている。

 その姿にコートはなく、アリシアが自分を見下ろすと、鞄もコートもない。一度、部屋に戻ったらしい。


「その前に試験があるわよ」

「あー、それを言わないでよ! もう、アリシアも……アリシア?」

「……え? なに、ニコラ?」


 アリシアは一拍ほど遅れて声に反応して聞き返した。声は聞こえていたが、何の話をしていたのかは、捉えていなかった。


「もう! 冬休みよ冬休み。アリシアも楽しみでしょ? でもその前に試験があるのよね……」


 憂鬱そうに試験、と呟くニコラは勉強が出来ないわけではもちろんない。勉強すれば、普通に成績は保持されるだろう。普通に。


「そうだね……試験に冬休みかぁ……」


 アリシアはまたスプーンに目を落とした。


 嗚呼、もうたくさんだ。









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