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レイ・アライス 居残り





 ――本日、おおむね晴天


 放課後、先日出ていなかったため、することが不可能だったレポートの代わりのレポートを教師に提出しに行った。

 それから調合室に向かう。

 この前の授業内で作った薬のやり直しだ。結局、酷く焦がしてしまったのだ。他にも調合失敗した生徒が三名おり、同じようにやり直しの課題が出ている。

 ただ、調合によってはこの前のようにとんでもないことが起こる可能性があるので、調合の居残りは教師がつく。

 自分でやり直し課題を出しておきながら、放課後に監督しなければいけない教師も中々大変だ。やり直しの一人のくせして、レイは思った。


「レイが失敗するなんて、やっぱりあのとき何か、影響出てたんじゃないの?」

「何かって?」

「えぇーっと、怪我はなかったから……驚いてたとか」

「じゃあ驚いてたから、焦がしちゃったっていうことで」

「ということでって、僕は本気だよ」


 隣を歩いているアルフレッドは、この間の授業での失敗について言っている。彼が声をかけたにも関わらず、レイが焦がしたからだ。

 レイの隣で鍋爆発事故があったため、レイに怪我はなかったとはいえ、何か影響があったに違いない、と。


「私が失敗したのは初めてじゃないでしょ」

「あー、一年生のときの最初のこと? それだけじゃん。――あ」


 アルフレッドが突然声を上げて、前方を見たので、レイも廊下の先の方を見る。あ。


「フレム先生だ。……そういえばレイ、一昨日くらいだっけ、引っ張られて連れて行かれてたね」

「見てたの?」

「うん。窓の方見てたら、向こう側の廊下に見えた」


 アルフレッドとは所属属性クラスは異なることから、属性別魔法実技のときは別々の教室だった。

 どうも図書館から連れていかれる過程を見られていたらしい。

 そのときレイを連れて行った教師が、前から歩いてくる。かの教師は、養父を思い出すような厳めしい顔つきと口調をしている。

 しかし髪色はグレーと異なり、中身も見たところ厳しさ一色なので、そこは異なる。

 つまり全体的に厳めしい印象しか受けない教師であるが、今逃げる理由はないのでレイは歩き続ける。近づく。


「アライス」


 呼ばれた。足を止める。


「良いところに会った」


 良いところに? レイは内心首をかしげる。


「先週、私の授業を休んだな」

「そう、ですね」


 そうだった。さすがに休んだ授業の教師が目の前におり、それを直球で言われると決まり悪くなる。

 この教師は、属性別魔法実技のレイの所属しているクラスの担当でもあるが、魔法を使った別の授業の教師でもあるのだ。その授業を休んだ。


「休んだ分の補習を行うぞ」


 それで良いところに会った、か。

 しかしレイには教師を見た時点でさりげなく回避しなかった理由がある。


「あー……先生」

「何だ」

「私、今から調合の授業の補習なんです」


 居残りだが、つられて補習と言ってしまった。まあ大して変わらないだろう。

 今からの予定を口にすると、教師は元々寄っている眉をより寄せて、渋い顔をした。


「……アライス、どれだけ補習を抱えているのだ」

「補習はそれほど……」


 結構失礼なことを言うではないか。

 今日の補習のようなものは、友人にも珍しい言われる失敗をしてしまったがゆえで、授業に出席して補習になることは他はない。

 それに他に補習を宣言されている覚えもない。

 しかし教師が言う。


「アライスの補習は他の授業の先生方も考えている途中だ」

「……え」

「こうなれば先生方との間で情報を共有し、後日時間割を渡す。今日は補習の予告のみにしよう」

「……」

「授業には出ろ。今からの補習もきちんとこなすように」


 それからネクタイをつけるようにと、言い残し、教師は去っていった。

 レイは、言われたことを頭の中で反芻しており、後ろ姿を見ることはなかった。補習……?


「うわぁレイ、一年の総決算だよ。補習の日程すごいことになりそう」


 隣にいて話を聞いていたアルフレッドが、おぞましいことでも聞いたような声を出した。


「でも補習を受ければ大丈夫だってことだよね、たぶん。普段の行い……は、今はちょっと悪いけど、成績と過去の行いって大事だね。レイ、補習受けなよ」

「…………うん」

「あ、それより今は調合早く行かなきゃ!」


 明確に決められた開始時間は無いのに急かされて向かった調合室には、すでに独特なにおいが漂っていた。

 無防備に入ったレイはおお……となる。鼻を塞いでこれば良かった。

 そうか、別の場所に行くからそこまで一緒にいたアルフレッドがさっと離れていったわけだ。このにおいがあるかもしれない、と分かっていて、よほど嫌だったのだろう。

 見ると、同じくやり直しのクラスメイトの三人がいる。もう始めていたらしい。


「アライス、遅いぞ」

「すみません先生、ちょっとレポートを提出しに……」

「お前はレポートまで溜めるようになったのか」

「いえ、レポートは溜めていないんですけど……」


 別に課され、提出期限は短く、それまでに授業がなかった。それで放課後に出しに行っただけだ。


「レポートと言えば、先生、この調合のレポート出来たんですけど今出しておいてもいいですか?」


 今からする調合のレポートを、教科書に挟んでいたので可能かどうかと聞くだけ聞いてみると、「失敗していたはずだが?」と言われた。

 失敗したのは、最後に焦がしたからで、レポート自体にさして影響はなかった。


「受け取っておこう。調合を早く始めるように」

「はい」


 レポートを出し、がらがらの机の方に歩いていく。そこで、気がつく。レイのクラスの居残りはレイを含めて四人だが、教室の後方にさらに一人いる。

 教師が別に受け持つクラスの生徒だろう、と判断してそれほど気に留めず、早速調合に入るべく隣の部屋に材料を取りにいった。

 レイのクラスの他の三人は一足先に終わって、帰っていった。

 焦がす心配さえなければ、失敗しない。レイは無事に調合を成功させ、出来上がったどろどころの液体を瓶に詰めた。


「先生、できました」


 瓶を提出して、教師の目が一瞥。合格が出た。


「アライス」

「はい」

「少し頼みたいことがある」


 先生が? と言いそうになった。

 代わりに「何ですか?」と口に出すと、教師の視線がレイの後ろにずれる。視線で示されていると分かり、言われなくても振り向く。

 その先には、まだ調合室から出ていない一人の生徒がいた。

 調合している途中、静かなもので、その方向から失敗していると分かる雰囲気の声が上げられていた。それどころか、小爆発が起こっていた。


「一年生だ」

「一年生だったんですか」


 無意識に同学年だろうと流していた。

 しかし一年生で、二年生のレイより長く時間のかかる調合などなかったはずだ。


「少し、手を貸してやってくれ」

「え?」


 思わず教師に目を戻す。今何と?


「手を……?」

「教えてやってくれ、ということだ。どうも一人では終わる見込みがない」

「小さな爆発起こしてましたね」

「ああ、まただ」


 まただ、という言葉で今居残りをしている一年生が失敗が珍しくない生徒だと分かる。

 髭を蓄え込んだ教師の顔が、呆れたようになる。


「先生、教えるのは先生の役割だと思うんですけど……」

「今から一度出なければならない」

「居残りの日を別にするのは……」

「これで何日にも渡っているんだ」

「おぉ……」

「いや、教えろとは言わん。私が戻ってくるまで、酷い失敗が起こらないように見ておいてくれ」

「……分かりました」


 そこまで言われては、仕方ない。教師に借りとは出来るのだろうか。

 断るのも面倒になってきて、レイは承った。この教師がそういうことを言うのも稀だ。

 教師は、レイにこの場を任せて部屋を出ていった。

 レイはひとまず自分が使った鍋やら容器やらを洗い、片付けることにした。

 ぼんっと中くらいの爆発の音を聞いたのは、水の冷たさから解放された頃だった。もちろん、爆発の源は残っている一年生だ。

 鍋を片付けながら、ちょっと見てみると、一年生の女子生徒は泣きそうな顔をしていた。


「……あれ……?」


 あの女子生徒、見覚えがある。一年生に知り合いなどいないのに。でも見たことがあるような……。

 一年生と関わる機会は属性別魔法実技の授業くらい。いや、そういえば最近……ああ、と記憶がやって来たのは突然。

 一年生の魔物に対する授業の監督を行った。そのとき、ミスの数がおびただしかった生徒だ。

 一ヶ月も経っていれば忘れていたかもしれないが、今は覚えていた。

 名前は何と言ったかは思い出せなかったが、クリーム色の髪をした小柄な後ろ姿の生徒の様子を思い出したレイは調合の授業もか、とそちらに近づいていった。


「ちょっといいかな」

「は、はいッ」


 前もこんな風に返事された気がする、と些細な記憶が出てきた。

 レイを見た女子生徒は、泣きそうな顔をしていた。自分に怯えた、とは思いたくないのでこの状況を思うに度重なる失敗からと考えるべきだろう。


「す、すみません、うるさかったですよね! 本当にすみません!」

「いやそれはいいんだけど、私、先生にあなたの調合を手伝うように頼まれたの」

「…………え」


 ぽかん、と女子生徒は呆けた。

 実際には教師は最終的には酷い失敗が起こらないように見ておいてくれと言って行ったが、その前には教えてやってくれと言っていたからいいだろう。

 本音は何度も失敗の音を聞いて、今泣きそうな顔を見て、これは見ていられないというより放っておけないと思った次第で。

 ここで終われば女子生徒もハッピーで、教師もハッピーのはずと結論つける。


「ほ、本当ですか?」

「本当。一応、私はレイ・アライス、早くやろう」

「――あ、もしかして、前の、魔物の授業のときの……」


 ぽかんとしていた女子生徒は、さっきまで完全にびくびくしていた様子も落ち着き、そんなことを言った。

 今か。どうやら、レイと同じ授業のことを思い出したらしい。しかし、覚えているとは。


「覚えられているとは……」


 意外だったので、声にも出していた。


「ま、魔物のレプリカをあんな風に消して、すごかったので」

「あんな風に……?」


 女子生徒に関する失敗を思い出していただけのレイは、記憶を探る。

 魔物レプリカを消した――腕を刺して燃やしたことを思い出し、顔をしかめる。


「わたし、アリシア・キャンベルです」

「……そっか、じゃあキャンベルさん、先生が戻ってくるまでにしよう」


 アリシア・キャンベル、そうか、そんな名前だった。ネクタイの色は赤、属性別魔法実で会った記憶はない。同じクラスではないのだろう。

 レイが何の調合をするかをまず知るために教科書を見せてくれるように頼むと、アリシアは急いで机から持ってきた教科書を差し出してきた。

 差し出された教科書を見て、レイは驚いた。

 尋常ではない量の、書き込みだった。調合の材料、手順が書いてある横などの空いたスペースが全て、びっしりと手書きのメモで埋まっている。

 細かいメモを見ると、教師が述べたであろうコツや注意だ。これはノートにまとめたほうが見やすくないかと思うが、メモの量に圧倒された結果の話だ。

 前のページを見てみても、同様だ。

 だが――これほどのメモをしてなお失敗するのは少し気の毒に思えた。いや、失敗をするからこのように必死さが伝わってくるほどのメモをするのだと、アリシアの顔を見て、分かった。


 ――「すごいメモしてるね」

 ――「う、わ、ルーク、見ないでよ」

 ――「次の授業の予習かい? メモが細かいね」

 ――「……前、失敗したから次は失敗しないように……」

 ――「なるほどね」

 ――「……馬鹿にしてる?」

 ――「するはずがないだろう? そういう努力を馬鹿にする者はもっと馬鹿だから」


 それはいい笑顔で「馬鹿」だと言っていた。

 こんなことにまで、重なるのか。メモの仕方は似ていない、同じ調合でもない。

 レイは教科書を閉じて、アリシアを見る。


「まず鍋を変えて材料を揃えよう」

「はい」


 ほぼ手を貸してしまって、調合は成功し、居残りは完全に終わった。









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