レイ・アライス 実習
――本日、晴天
王都にも関わらず、広大な敷地面積を有する魔法学園は、建物を囲むようにして森がある。
当然学園が管理しており、各方角に正規の入り口があり、それぞれ「北の森」「南の森」「西の森」「東の森」と呼ばれている。
「クィンシー先生、連れてきました!」
連れて来られました。
次の授業は、と前の授業が終わって短い休憩時間かつ移動時間に入ると、存在感を消して自然にどこかへ行こうとしていたら、アルフレッドに捕まった。
それはもう腕を捕まれ、連れて来られたのは西の森の入り口前だ。
「ラトクリフ君、よく連れてきてくれました。お久しぶりですね、アライスさん」
「お久しぶりです、クィンシー先生」
満足げなアルフレッドに前に押し出され、クラスメイトの前で教師と向き合うことになった。
長い髪をした教師ににっこりと笑顔を向けられ、レイは視線を外しつつ棒読みで答える。何日か前にまさに追いかけられたことによるものだ。
今は笑顔を浮かべている教師も分かった上で言っているのだろう。わざと普段より何割増しかにっこりしている風に見える。
「アライスさん」
「はい」
「前回授業を受けてのレポートが出ていますが、あなたは出ていないので別のレポートを課しますね」
「……はい」
「それから分かっているかもしれませんが、この授業の出席回数が中々のことになっています。――このままはよくありませんよ」
笑顔に混じる、生徒を案じる表情。レイはわずかに頷いて、クラスメイトの中に混ざっていった。
「では授業を始めます」
クラスメイトの最後列、教師が前から何かを配りはじめ、後ろにまで回ってくる。それを一緒に後ろに回ってきたアルフレッドから受け取り、ついでに疑問をぶつける。
「思ってたんだけど、どうして外?」
ちょっとさむい。
他の魔法実技より数の少なめの、この魔物に対する魔法の使い方を含めて方法を学ぶ授業。
先日の一年生の授業とは異なり、二年生ともなれば魔物の大きさと設定された力は倍だ。魔法陣の大きさも、世の中に跋扈する魔物に近づけているため、『魔物のレプリカ』の大きさに合わせてけっこうな大きさになる。
数人一組のチームを組み、魔法陣も数人で手分けして描き、魔物に対するのも数人で。……という授業のはずなのだが、なぜ外なのか。それも、森。
わざわざ野外授業をするには季節が合っていない気がする。
「前回お話ししたのですが」
意識の隅では無意識に聞いていた声が少し大きめに鮮明になり、前を見ると、教師と目が合う。にっこりと目を向けられて、無駄口を閉じる。
「今日は見ての通り森での実習です。現在この西の森には魔物のレプリカが何体も離されています」
背後に広がる森が示され、教師を見ていたレイは自然と視線を森にずらす。離されている、とは魔法陣無しでということか。
「予告していた通り魔法陣は無し、移動します。ただし動きはとても鈍いので安心し、対応してください。今日の授業は、各チーム西の森のエリア内を自由に歩いてもらい、ノルマは三体の魔物のレプリカを倒してもらいます。倒し終えた後には、埋め込まれている鈴が出てくるので回収するのを忘れないようにして下さい。三つ持ってきたチームから終了です」
三本、指が立てられる。一人でではなく、チームで。
「配布したものは居場所を把握するためのものです。外さないようにしてください」
言われて、手元を見下ろす。
何気なく受け取っていたものが腕輪の形状をしている物だったと知る。木っぽい材質という以外は腕輪に見えるが、何らかの魔法が使用されているのだろうか。
とりあえず言われた通りに手首に通しておく。
「最後に注意点です。時間内に終わることが出来なかった場合は減点です。何か大きな問題が起こった場合は何らかの方法で知らせるように」
では開始。と例のようににこりと笑顔で穏やかに実習は始まったのだ。
「……どの辺り、行く?」
三人一組。教師の合図から、他のチームが歩きながら走りながら森に入りつつ会話を交わしているのにも関わらず、立ち止まって話し合うのはレイとアルフレッドとテオルドだ。
「うーん、考えものだね。他のグループとかぶりすぎると遭遇率が減るよね」
「いないところにはいないからあんまり関係ないかもしれないよ」
この学園の教師が平等に散りばめるとかいう配慮をするとは考え難い。とか何とか、森に入ってどちらへ行くか話していると、いくらかも経たない内に、
「ほら、あなたたちも行きなさい。ここで話していても何にもなりませんよ」
とうとう教師に促された。
周りには他の生徒はいなくなっており、ここにいるのは自分たちだけだと気がつき、さすがに教師と自分たちだけではとレイたちは素直に森に入っていく。
結局森に入って右の道へ進む。
どうせああだこうだ言っても、魔物のレプリカがどこに離されているかなんて分からないのだ。早く終わったチームから授業も終了とはいえ、遭遇するのを待つしかない。
「実習日和だねー」
木々の生える間に作られた人工の道をのんびりと歩きながら、アルフレッドがのんきに空を見上げた。
「実習日和とかある?」
「曇りとか、雨とか、雪だったら嫌じゃん」
「まあ確かに」
太陽の光が届きつつも季節のせいで寒さがある中、どうでもいい話をしながらとにかく歩く。
「レイって授業出てないときってどこにいるの? 前みたいに森?」
「この前森にいたのは先生から逃げた先が森だっただけで……」
「……この時期に外に出ていたら、風邪を引く」
「じゃあさ、どこにいるの?」
「その時々」
歩く。
「今日お昼何食べようかな」
「お腹減ってるの?」
「減ってきたかも」
けっこう大食いなアルフレッドがそう言うので、レイはポケットから取り出した飴をあげた。嬉しそうにされた。テオルドにもあげて、三人で飴を舐めながら歩く。
「全然いないね」
ぽつり、と現実を呟くとアルフレッドが「うん」とちょっと沈んだ声を出した。
いくら昼食のことを考えようと、課題が済まなければ時間短縮をして昼食にありつけることはない。
レイたちは未だ一体も魔物のレプリカを倒すどころか、遭遇さえしていない。
「こっち、外れっぽいね」
ころ、と飴が転がる小さな音がした。
森のエリア内に放たれているはずのレプリカの魔物。
しかしそれらのばらつきは均等にわざわざ調整されてはおらず、いない場所にはいない。逆にいる場所にはかなりいる、ということが起こり得るが、今回その前者の方に当たったらしい。
本当は遭遇したくないものだが、実習でノルマがあるわけなのでそういうわけにはいかない。
「場所変える?」
あまりの出会わなささに、とうとうアルフレッドが提案する。
「アルの空腹のためにも、そうしようか」
「……うん」
テオルドを見上げて同意すれば、同じく同意が返ってくる。
「……結構歩いたから、一回戻る?」
「そうだね、途中まで戻って方向変えよっか」
意見の一致で三人揃ってすぐに方向を来た方向へと変える。
「これ時間内に終われるかなぁ」
「終われなくてもいいんじゃない?」
「レイ、のんきすぎるよ」
「……減点、される」
減点のことを忘れていた。レイ自身にはそれほど重要なことと捉えていなかったからだ。
しかし……二人もそのペースに巻き込み減点させるのは良くない。終われなくてもいいんじゃないかという発言は慎み、最善を尽くすべきか。
「減点は良くないね」
「最近のレイが言うと、すごく説得力がないんだけど」
「えー」
「今時間あるからさ、改めて言っておきたいんだけど。レイ、本当授業出なきゃ。そもそも出席足りてない授業もうあったりするんじゃ……レイ来年からいなくなったら嫌だよ……!?」
「う、お、お、あ」
突然肩を掴まれて揺さぶられる。前に後ろに。
「……アル、落ち着いて」
「落ち着いていられる? テオルド。とにかくレイ、試験の成績が良ければ先生たちだって落第にはしないかもしれないし、レイだったら――」
「アル、アルフレッドさん、ちょっと待――」
一度止まってくれと呼びかけるレイの言葉の途中。大きくしげみが揺れた音がした。
音に異変を感じ、三人はほとんどタイミングを同じくして振り向く。
「あ」
「あ」
「……来た」
進んでいる方向の道から外れた木の間に一体の魔物 (レプリカ)。
四つの、足に見えるもので全体を支えており、その足には鋭い爪がある。ずれた場所にそれぞれギョロリとした目らしきものもあって、その目は三人を捉えているように見える。
ようやく一体、待っていた魔物が思わぬタイミングでやって来た。
それ以上の反応をする前に、周りからさらに騒々しい音が続く。もっと大きな音がした背後を見ると、視線の先には二体の魔物がその姿を現していた。
「合わせて、」
「ちょうど三体だ!」
レイの肩を揺さぶっていたアルフレッドが目を輝かせた。いつもは魔物の見た目自体に拒否反応を起こしているのに、これである。ノルマの力は恐ろしい。
合計三体。レイとテオルドは後ろの二体。アルフレッドは前の一体に向き合う。
「これが終わったらお昼だね」
緊張感なく明るく笑ったアルフレッドがポケットから出した種を放ると、たちまち蔓が生え、魔物を拘束しにかかる。
隣ではテオルドが水を生み出し、魔物を取り囲んでいる。魔力の塊の水で包むと、時間と力が消費されるがそのうち破裂するのだ。
三体同時に出てきた時点で、一人一体という法則が出来上がった。
後ろと横を目にしたレイは、一つ息を吐く。前方にいるのは、教師の言った通り動きがかなり鈍い魔物のレプリカ。
また一つ、今度は息を吸ったレイは右腕を上げる。大丈夫。落ち着いていれば、問題ない。
レイが魔法を確実に操るために指で魔物をさし、魔法を使うと、魔物は炎に包まれる。
数分後。
軽やかな鈴の音が三つ鳴る。
魔物のレプリカが崩れ落ちると鈴が一体につき一個地面に落ちて、音を立てた。レイは自分が消したレプリカの残骸の元に行き、銀色の鈴を拾い上げる。
「うわあ、ちょっと触りたくないなー」
後ろを振り向くと、残骸の中心に落ちた鈴に手をのばすアルフレッドが嫌そうな顔をして、そーっと手を伸ばし、指を慎重に近づけていた。やっぱり触りたくはないらしい。
「触ってもすぐに落ちるって」
そのうち自然に消えていくのだから、と鈴を振って汚れを落とす。あっという間に綺麗になった。
「分かってるよーっと。うわあ、ついてる何かついてる」
ようやく親指と人指し指で鈴をつまみ上げたアルフレッドは、その感触に顔をしかめ、つまみ上げた鈴に何かがついていることを発見して騒ぐ。
おそらくレプリカの魔物の残りだろう。
「……大丈夫、本物じゃないから」
テオルドがもっともなことを言ってフォローするが、鈴を軽くふって所々についた魔物のレプリカの物質を取ろうとしているアルフレッドは呟く。
「気持ちの問題だよ」
「分かってたの?」
終いには落ちている葉っぱに擦り付けはじめたアルフレッドが嫌そうな顔をしていた。綺麗好きというわけではないが、受け付けないものは受け付けないのだなぁと見ていたレイは、目を丸くした。
「それは分かってるよ。冷静に考えれば研究所で作られたものが、魔物のレプリカであれ害ある物質で作られてるはずはないし、汚いものであるはずもないってね。だけど気持ちの問題だから、こそ、取れた!」
「おめでとう」
「よし、先生のところに戻ろ!」
綺麗にし終えたアルフレッドの元気が復活した促しで、改めて道を戻りはじめた。
授業のはじめに説明のあった場所にレイたちが戻ると、そこには教師の姿が一つあるだけだった。
「終わりましたか」
「終わりました!」
差し出された手にそれぞれ順に鈴を落としていく。周りには生徒がいないが、終わったチームもあるのだろうか。
三つの鈴を手のひらの上で転がした教師は、一度頷く。
「確かに預かりました。三人共終わってもいいですよ」
「はーい」
終了の言葉を待っていたアルフレッドは嬉しそうな声を上げる。
最初は全くレプリカの魔物に遭わなくて、予想出来なかったくらい早くに終われたからか、かなり嬉しそうだ。
腕輪を外してそれも教師に返す。
レイが腕輪を手渡すと、「アライスさん」と呼ばれた。
見上げると、何を言われるかさすがに予想がついた気がした。それが教師たる役目であり、言うべきことであろうから。
「授業は全て、しっかり出て欲しいですね」
はい、と答えるのは至難の技で、友人が加勢するように「そうだよレイ、しっかり出なきゃ!」と言ったことが反対に雰囲気がうやむやになってほっとした。




