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レイ・アライス 夢







 ――夢を見た


 レイは、子どもにしてはいささか物憂げなため息をついた。

 前方には行き来することもいつの間にやら慣れてしまった大きな門、馬車でくぐると、やがて止まって外に出ることになる。

 外に出ると、優美な外観そのままに、中まで優雅な建造物に入って……人前を歩くことは、どんよりとした気分をレイの中に充満させた。

 やっぱり嫌だ。帰りたい。あ、人とすれ違った。にこりと笑いかけられて、気分はますます低くなる。いや、笑いかけてくれた人に、罪はないのだ。

 それにいくら気分が急降下しても帰るわけにはいかず、隣を見上げる。その拍子に、自分の黒髪では存在を主張しすぎるピンクのリボンがちらついて、むしり取ってやりたいと思いながらも、無の表情で喋りかける。


「お父さん」

「何だ」

「この服動きにくい」


 もっと言えば「ふりふりしてるし、ピンクだし、嫌」だ。だけれども、そこまで言うとわがままの典型なので、単に動きにくいとだけ言った。帰りたいと口に出して言わないのも、同じ理由。

 すると養父たる男性は、血は繋がっていなくてもちろん顔立ちも似ていないのに、表情のみはおそろいな無表情で言う。


「よく似合っている。やはり作ってもらって良かった。レイは瞳が紫色だから――」


 論点が合わない。

 養父とは、この手の会話となるとなぜかいつも話が噛み合わないので、今回もそうだと分かったレイは途中で聞くことを止めた。

 無表情――もとい真面目な顔の養父は別に不機嫌なのではなく、怒ろうとしていたのでもなく、ただ単に表情があまり動かないのが標準なのだ。

 彼の兄曰く、「偏屈」で「頑固」で「わからず屋」の「小言屋」だそうだが、この意見は大して参考にはならない。

 レイにしてみればその兄というのが、「柔軟すぎ」て「自由すぎ」て「前例に捕らわれすぎなさすぎる」「自由人」だからだ。全部一緒か。

 結果、弟となる養父が反面教師で育ったに違いない。養父とて、雰囲気に機嫌がいいとか嬉しそうだとかは出ているとはもう分かっているので、今の状態は機嫌が良くてなぜか得意気だ。

 ――というところは良しとして、それにしても論点が噛み合わない。


 全く分かっていない。

 もしもここにくる前に家で率直に訴えたとしても、「レイに似合うと思うのだが……」と、そんなときは誰にでも分かる残念そうな顔と目をして、「折角作ってもらったのだが、無理強いは良くない……」と言うから、卑怯だと思う。

 時々改めて見てみると、確かに真面目で第一印象では厳しそうな顔なのだが、そんなの嘘だろうと言いたいくらいに、目と空気に感情が出ている。

 自分が悪いのだろうか。わざわざ作ってしまったのであれば、一度くらい着なければもったいない。とか、思ってしまうのだ。

 今回だって養父の義姉の招待により、彼女の好みがこうだと知っていたから、渋々着たわけであって――


「レイ」


 人前をこの格好で歩くのは一刻も早く止めたいと下を見ていたレイは、呼ばれて顔を上げた。

 養父の声ではない。養父の声は低く、軽いか重いかで言うと重めの声だ。

 それと比べると高めで、軽めの――いやこの声は、まさか。瞬時に弾き出された声の持ち主は。

 嫌な予感が駆け巡り、見た廊下の先に……いつの間にかひょっこり現れていた存在があった。一つ年上の少年の姿が笑顔で待ち構えていて、目にしたレイは、ほとんど無意識に養父に隠れる。何てことだ。


「うわぁ……、ルークだ」

「うわぁって傷つくんだけど。それにどうして隠れるんだい?」

「ルークこそ、どうして来るの」

「レイが来るって聞いて待っていたんだから、それは行くよ」


 レイとは違い、麗しく輝く色彩を持ったルークはそう言って近づき、養父の後ろにいるレイを覗こうとする。

 すかさずレイは位置をずれちょうど対角線上に来るようにして……そうするとルークもずれて、やがて養父の回りをくるくる回ることになる。

 大体なぜ彼がいるのか。


「お父さん!」

「何だ?」

「ルークと会うなんて聞いてない!」

「それは私も聞いていない」


 何だと。

 と、そんなことを養父に訴えてもこの状況は改善されず、いつまでもくるくると回り続け逃げられるはずはない。


「捕まえた」


 手を掴まれ、引き留められしまった。

 正面から向き合うことになる少年は、レイより少し背が高い。

 明るい金色の髪は陽に当たると透き通るようで、この世の色離れした美しい色味になる色だ。ぱっちりとした瞳の色は、エメラルドに例えられることもあるようだが、その場の明るさにより石とは濃淡が異なる色に変わる翠。

 その目が、レイを覗き込む。


「どうして逃げたの。前に会ったとき、何かしたかな?」

「そういうわけじゃないけど……」


 問いかけたルークは、レイの様子はさておき、その姿に目をとめたようだった。追いかけている途中に視界には捉えられていただろうが、こうなっては全貌が明らかになっている。

 レイの格好は、可愛らしいデザインのピンクのドレスに、頭には白いレースで縁取られたリボンを結んである状態だった。

 それを見て、ルークはふわりと笑う。


「レイ、可愛い格好してるね」


 一方のレイは絶望である。前に会ったとき何かされたわけではない。今、だ。これだから嫌だった。


「似合ってるよ、可愛いね」


 恥ずかしげもなく、笑顔で言われてレイの表情はまた無になる。


「似合ってない。可愛くない」


 そっぽを向いた。

 前から思っていたけれど、誰も彼も可愛いの基準がおかしい。それに似合っているはずもなくて、似合っていても嬉しくない。ピンクのふりふりは見ている分には見ていられるけれど、自分が着ろと言われると見ていられない。

 見る好みと、着る好みは違うと言うのに!

 そのとき、短い攻防を見守っていた養父が、頭上から得意気な声音が滲む様子で口を挟んだ。


「今日は特別可愛いだろう。何しろ私の娘を見せびらかし――自慢――いや、城に来るのだから当然女の子は特別おめかししなければいけない」

「叔父上、それでごまかせているとでも思っているのですか?」


 ルークと養父の会話を側に、レイは遠いところを見る目をしていた。

 どうでもいいから早く着替えたい。今の内に逃げようかな。


 自分は好まないことはさておき、きらきらしたドレス。艶やかな大きなリボン。

 華やかな色と顔立ちをした周りに囲まれるようになった世界は、それはもう初めはお伽噺のお姫様がいる世界そのもののようだった。現実になると、色々見えてくるものはあったが。


 ――夢を見る


 子どもが眠る前に聞かせるお伽噺は、男の子が怪物に立ち向かったり、女の子がお姫様になったり。様々な話がある。そんな風に色々ある話の中に、こんな話がある。

 とある国の可憐なお姫様が、悪い魔法使いによって眠りにつくことになる話だ。細かい筋は忘れたけれど、お姫様は眠り続けて、眠り続けて、両親である王様やお妃様、国民が嘆き悲しむ。しかし結局はどこぞの王子様によって助けられて、ハッピーエンドだったはずだ。


 なぜ、こんな話があるのか。子どもが憧れるきらきらした夢話か。違う。

 魔法使いが多くいるこの国において物語が示すところはただ一つ。悪い魔法使いにならないように、だ。子どもの頃からそうやって教えられていたのだ。


 この話をなぞるなら、自分は、王子様を眠らせた悪い魔法使いだ。そして、いつか誰かが王子様を目覚めさせてくれるハッピーエンドなんて、用意されていない。

 取り返しのつかない罪を犯した。誰も責めなくとも、大事で大切な人、恩人をいつ覚めるともしれない眠りにつかせたのは――私だ。


――夢を、見る


 走る。出来る限り、全力で走って、走って廊下を走ると魔法学園の制服のスカートがなびく。脚にまとわりつく。息が切れて、苦しくなっても走り続けて、ようやく見えた目的の扉があって。息を荒くして、飛び込んだ。

 彼がいたのは、身分にはおよそ似つかわしくない簡素な部屋だった。

 小さな部屋で、あるものと言えばベッド。それくらい。机も椅子も棚もない。寝るためだけにしつらえられたような部屋だ。そのベッドに、一人の青年が横たわっている。

 足を一歩、一歩と覚束ない足取りで中を行く。ベッドに近づくにつれ、明らかになる姿。金色の髪、白い肌。翠の目は見えない。固く、閉じられた瞼。眠っている。

 眠っているように見える人が横たわるベッドの側に来て、視線を彼に向けたまま、足を止めた。

 ただ立っていた。立ち止まって、固まり、呆然と見ることしか出来なかった。


「……ルーク……」


 起きて。そんなに無防備に寝るような性格じゃないでしょう。こんなに穏やかな寝顔を晒しているとしても、それは狸寝入りしているときだ。寝ていると信じていたら、起き上がって笑うのだ。寝ているとでも思った?と。


「ルーク」


 けれど、彼は起きない。動かない。

 眠っている。声をかけたって、揺すったって起きない眠り。

 彼をこんな状態にしたのは。


 ――私は、禁忌を犯し、罪を犯した。




 





☆おまじない☆

 まず必要なのは人目の無い場所。

 次に時は『夜』であること。

 しかし『月』が出ていないこと。

 そして相応の『贄』を。

 最後に己の赤い血を。

 例外的に運が良ければ『真っ赤な月』には特別な力が宿るでしょう。




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