神々の戦い 最弱魔王作戦始動!!(失策)
邪心は悩んでいた。
数百年ごとの女神との争いはここしばらく負けが込み、邪神の影響はどんどん世界から失われており、次の魔王を生もうと勝ち目が薄いことは今の時点でうすうす感じていた。
世界への影響力はそのまま邪神の扱える力に直結し、邪神が生み出せる次の魔王の脅威度は女神の生み出す勇者の力に比べ、おそらく半分と少しといったところであろう。
そこで邪神は一発逆転のための策を思いつき、次期魔王候補だった眷属に神託をあたえるのだった。
「次の魔王は君ではなくなった」
「えっ」
女神は悩んでいた。
そろそろ邪神が魔王を生み出すころだと勇者候補を選定し、神託で導きながら魔王を倒せる立派な勇者となれるだろう若者に、よっしゃそろそろ勇者としての加護をあたえて旅立つ準備でもさせるかと思っていた矢先に、邪神側の方でおかしなことになってることに気が付いたのだ
とりあえず女神は勇者候補の若者に神託で話しかけるのだった。
「邪神が魔王をうみだしました。」
朝のいつもの訓練を終え、王都の自室で休憩していた勇者候補の少年は突然の神託ながらその内容をきき、その身を震わせた。
「おお、ついにこの時がやって来たのか。あなたに勇者となるようにと神託を受けた時からこの日のために鍛錬してきたんだ。何時でも準備はできてるぜ。」
「……」
「? どうしたんですか女神さま、このタイミングで俺に神託があったってことは勇者は俺ってことになるんですよね?」
「あ、ええその通りです。あなたが今回の魔王を倒すための勇者として私が加護を与える者です……」
「なんだか歯切れの悪い感じがしますね、何か俺に問題がありましたか?」
「いえ、あなたには特に問題はないのですが……ところで私にはだいたいの危険なものなどの脅威度を数字化して知ることができます。」
「?……はぁ、そうなんですか。……あの?何が」
「今回の魔王の脅威度は2です」
「2? あの、基準がいまいちわからないので2というのがどれくらいのものなのか……」
「……そうですね、例えば子供が固い木の棒でも持てば1対1なら勝てるであろうゴブリンの脅威度は40程度ですね」
「はい?」
「チワワが10くらいですね」
「あの、だとするの2ならどれくらいなのでしょうか」
「……そうですね、[ガタついたイス]くらいでしょうか」
「えー」
場所は変わってここは王都からほど近い森の中、勇者は女神に導かれ森の中を歩いていた。
「あのー女神さま?俺はなぜここに来させられたのでしょうか」
「どうやら魔王はここに生み出されたようなのです」
「ちっか!ラスボスちっかいな。大丈夫なんでしょうか、王都すぐそこなんですけど」
「2ですからねぇ」
しばらく進むと勇者は獣の気配を感じ取った。
魔王が現れたことから魔のものが近くにいるのかと警戒しつつ、しかし邪悪な気配を感じないことに気が付いた。どうやら魔物でもないただの獣の気配のようだ。
放っておいてもいいのだが万一のことを考えてその気配の方向へと足を向けてみることにしてみる。
少し開けたところに出ると、そこには森に生息している普通の狼が数匹こちらには目もくれず一本の木に向かって吠えたり根元を引っかいたりしていた。
そしてその木の幹の真ん中あたりに小さな何かがセミのようにしがみついて叫んでいた
「おおおおおおおおおおぉぅおぅ」
「なんだありゃあ……って子供か!?やべぇ助けないと!!」
勇者が駆け出して狼を追い払おうとすると女神からの静止の声が聞こえた
「待ってください! あれが今回の魔王です。」
「ええ!?あの子供ですか?」
木にしがみついて精一杯の威嚇(?)をしている子供がこの世界を邪神のモノにするための存在だと言われて勇者は慄いた。
とりあえず観察してみる
どうやら狼に追われているらしい魔王(暫定)は、高いところに登れば安全だと考え木に登り途中で力尽きて中途半端な場所までしか登れず、かといって下には狼が待ち構えているために降りることもできなくなったようだ。
これが魔物だったなら魔王としての加護のおかげで襲われることなどなかったのだろうが、ここは邪神の影響の薄い王都の近く、魔に染まった魔物などは大したものは存在せず、いるのは魔の影響を受けていないただの狼だった。
まおうぜったいぜつめいのぴんち
「わあああぁぁぁ!」
「うえあぁぁぁぁ!」
「ぎゃああぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁん!」
精一杯の抵抗だったらしい大声での威嚇に泣きが混ざってきたあたりで哀れになりとりあえず救出してみることにした。
勇者は腰の剣を抜き、適当に振りながら狼たちをけん制しながら出ていくと、狼たちもあまり本気ではなかったのか勇者の実力を感じ取ったのかあっさりとどこかへ散っていった。
さてどうしようかと迷っていると、狼たちがいなくなったことに気が付いたのか泣き叫ぶのをやめた魔王が木から降りようとしていた。
大した高さではないのだが足を必死に下に伸ばして恐る恐る木を降りようとしている魔王を見て、勇者はいよいよ女神からの神託が何かの間違いなのではないのかと思わずにいられなかった。
というか先ほどから何事か考え込んでいるのか女神の声はきこえなくなっている。
少し途方に暮れていたら長い時間をかけてやっと降りることに成功した魔王がやれやれとでも言いたげに額の汗をぬぐっていた
そこで勇者は初めてじっくりと魔王を見た。
見た目的にはまだ親にべったりとくっついているような年齢の幼女で、一部遠くの地域でみられる着物と呼ばれる黒い服をきていた。よくもその動きづらそうな格好で木に登れたものだ。
そのかわいらしい顔つきは邪神が生み出したとは思えないほどととのっており、恐ろしい牙も、禍々しい角も生えておらず、申し訳程度に額に膨らむような丸っこい小さな角だけが辛うじて確認でき、彼女が人ではないということを表していた。
そこまで確認できたところでようやくこちらに気が付いたのか魔王がハッとこちらを向いた。
彼女は自分が何者かわからなかった。何か大きなものから産み落とされ、気が付いた時にはこの森にいて、いきなり恐ろしい獣に追われることになった。
やっと恐ろしい獣を追い払うことができ、(と、本人は思っている)木から降りることができたと思ったら目の前には抜身の剣を持った男。 しかもなんだかその男からは自分の存在を否定してくるような恐ろしい気配を感じた。
まおうぜったいぜつめいのぴんち(二回目)
どうにかしないととあたりを見渡せば武器にちょうどよさそうな木の枝を発見。とりあえずそれを拾って武器にする。
その間かなり無防備だったのだけど剣を持った男は何か虚空に呼びかけるようなことを続けており、こちらを向いてはいるが、武器をとることを邪魔するようなことはなかった。
自分の中にある力の使い方が何となく浮かび上がり、手に持った棒に力を注いでいく。
「女神さま~俺はどうすれば……おお?」
魔王はいつの間にか木の棒を握っておりその棒は少しずつ黒く染まっていっている。そしてその先端をこちらに向けて何時でもその力をふるえるように拙いながらも構えていた。
「ついに本性を現した……のかな?」
「うん?……あ!あれは魔王武器!」
「あぁ女神さま、やっとつながりましたか」
何やら考え込んでいたらしい女神も魔王との戦いの気配にようやく戻ってきたようだ。
「それで、あの木の棒が魔王武器とやらなんですか?」
「ええ、あれは魔王の使える力の一つでどんなものでも力を注ぐことで魔王専用の武器にすることができるようです。あれを持った途端魔王の脅威度が跳ね上がったのを感じました」
ごくり、とのどが鳴る どうも弱すぎると思っていた魔王だがどうやらここからが本番だったらしい。
「なんと脅威度が一度に3倍にもなっています!!」
「……」
「……」
まだチワワのほうがつよい
「6ですか」
「そうですね」
「ちなみに6だとどれくらいですか?」
「……そうですね、[飛び出したクギ]くらいでしょうか」
「……」
「い、いえ 本来ならばとんでもないことなんですよ。ただの木の棒を媒介にしただけなのに魔王の力を本来の3倍にする魔王武器が作り出せるだなんて。どうやら彼女にはそういった才能があるようですね」
「いや、元が弱すぎて何の意味もないじゃないですか。 あ、あの武器がほかの魔の者に渡ったら脅威になりますね」
「いえ、魔王武器は基本的に魔王専用でたとえ魔の者だとしても扱うことはできないはずです」
「あー」
あまりの残念さ加減に脱力していると、それを隙だと思ったのか魔王が木の棒で殴りかかってきた。
「うわぁぁぁ!」
「イテ」
完全に油断しきっていた勇者はろくに反応もせずに剣を持っていた手を打たれてしまう。
そもそも初めて武器をとった上に目まで閉じて振り回しただけなのによく当たったものである。
勇者がある意味感心していると魔王が顔を青く木の棒を取り落としていた。正当防衛(?)とはいえ自分が人を傷着けた事実に恐ろしくなったようで腰まで抜かしてへたりこんでいた。
こっちはろくに血すら出ていないというのに。
「倒せばいいんですか?このちっさいの」
「……」
「女神様~?」
「なるほど、なんとなくあちらの考えがわかってきました。」
「おお?」
「取り敢えずその子は保護してください。」
「おお!?」
この世界の……というか女神と邪神の争いにおいてさらに上位の神に決められたルールというものがある
そのうちの一つとして魔王か勇者のどちらかが負けたときにもう片方の加護も失われるというものだった。
そしてそれぞれの神が得られる力は世界の影響力によって決まるものの取得できるタイミングは同時なのであった。
基本的には力が補充されると、まず自分の勢力圏の整備を行い、その上で次の補充タイミングの直前に眷属に力を与えて勇者や魔王を作り出し、持っている力をうまいこと運営することがこれまでの流れとなっていた。
しかし今回の邪神はあえて最弱の魔王を産み出してすぐに倒させて勇者の力を失わせ、魔王に使わなかった分の力をすぐさま次の魔王に上乗せして生み出し、準備の整っていない女神側へ攻め混む一発逆転の手を考えていたのだった。
この手は一見有効だが、女神側がすぐに勇者を産み出して対抗してきたときのことを考えると、その勇者に勝たせるために補充されるであろう力のほとんどを前魔王の時に節約した力と合わせて加護として与えなければいけないので、もし失敗すると致命的なまでに力を失ってしまう、まさに最後の手段なのであった。
「くくく……そろそろ女神のやつは急に現れた魔王をなんの疑いもなく倒す頃だろう。つかの間の勝利に浸っているがいいさ」
「あの……邪神様」
「ん?なんだ、心配せずとも次こそは貴様が魔王だ。存分に働いてもらうぞ」
「いえ、果たしてそのようにうまくいくものなのかと」
「心配性なやつめ、そうせかせかせずとももうそろそろあちらの勇者に倒されておるだろうさ。……どれどれ」
「……」
「……ん?」
「え?」
「ヤバイかもしれん」
「え?」
邪神としては捨て駒とするのに配下を魔王とするのは忍びなかったために新しく適当な眷属を一から産み出したのだが、どうせすぐに死ぬものにこだわるつもりになれず、他の配下を生み出したときのように見た目を自分好みにする事も馬鹿らしかったために、ほぼ素対のような人の形のまま生み出した。
しかし素対として生み出したその見た目は手を加えやすいように妙な歪みなどがなく整っていたために……
「じゃあ次はこっちを着てみよっか~」
「フゥゥゥゥ!」
「暴れないの~ほらこれも~」
「んん!ううん~!」
「あらかわいい~」
「魔王が着せ替え人形になってる……」
勇者の目の前には泥だらけになっていた着物を可愛らしい服に着替えさながらも必死に抵抗している魔王の姿があった。
ちなみに着替えさせているのは彼の幼なじみである。
女児用の子供服など持っていないため、物持ちの良さそうな幼なじみにある程度事情をはなし任せることにしたのだった。
「そんなとはいえ魔王の相手をよく引き受けてくれたな」
「ええ~?でも女神様も脅威じゃないっていってたんでしょ~
?だったらこんなかわいいこのお世話なんて全然苦にならないわ~」
「うぎぎぎぃ」
必死に幼なじみの腕から逃れようとして暴れている魔王だが、幼なじみの腕には引っ掻き傷すら付かない。
「ところで~さっきからこの子唸ったりばっかりで全然喋ってくれないんだけど~」
「ああ、どうやらそいつは見た目以上に幼いらしくて、というか生まれたばかりらしくて、言葉も話せないみたいなんだ」
「は~子供どころか君赤ちゃんなんだねぇ~」
「ぐぅ……うう~?」
「女神様が言うにはそいつが生きてる限り次の魔王は生まれないし、魔の者たちもまとまれないらしいから俺が守ることになったんだ。」
「へぇ~なんだか魔王って言うより物語のヒロインみたいな子だねぇ」
「世界が平和なのはいいんだが、俺が目指した勇者ってこんなだったかなぁ。」
こうして魔王は勇者の庇護下に入り守られることになり、邪神の企みはあっけなく破られることになった。
邪神側も必死に魔王をどうにかして殺し、次の魔王を産み出したいので攻撃を仕掛けるのだが、女神の領地に攻め混むだけでも不利なうえ、守るのは歴代最高の加護を持つ勇者であって纏まることのできない魔の者たちでは歯が立たないためにじり貧。神々の長い戦いは邪神側失策での敗北が濃厚となっていくのであった。
時期魔王候補
「え?」