変身は
白雪姫先生の言葉が聞こえた瞬間血の気が引いた。すっかり油断していた。一緒に行動する上で一番警戒すべき点だったのに。一緒に行動する上で薬を飲んでない事がばれない事が大前提なのに。初っ端から詰んでしまった。百合になんて言おう、いやその前にどうやって二人を言いくるめようか。…………。駄目だ。何にも思い浮かばない。
白雪姫先生があの言葉を唱えてから数秒はたった。もちろん眩し過ぎる光が溢れる事も突風が吹き荒れる事もない。ただ暗い空間を保っている。
白雪姫先生はとても不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ薬を飲ませたはずなのに変身していない。
続いて教室から徒然君も出てくる。ああ、これでここから逃げる事が出来なくなる。徒然君に変身されては勝てる気がしない。徒然君も私を見て不思議そうな顔をした。
私はと言うと頭の中に色んな考えが渦巻いました。こんなときまで冷静なのは幸運な事ですがいい案が一つも浮かばなければ意味が無い。
頭が痛い、足が動いてくれない、顔は困惑を隠す事が出来ないでいる。治れ、動け、早く元の表情に戻せ。さもないともっと不利な状況になるぞ。頭はいくらでも働くのに身体がついて行ってくれていない。
全く変身しない事を不思議に思ったのか二人は廊下に出て私に近づいてくる。
止めて、来ないで、ばれたくない。そう思っても二人には伝わる訳が無い。
「おい、天橋立、どうした。大丈夫か?」
白雪姫先生が私と目を合わせてきた。徒然君も白雪姫先生の後ろから私を見ている。逃げ場は無い。
「おーい、お~い」
白雪姫先生は私の目の前で手を振る。もうやめて、降参するから。
しかしそう思った次の瞬間白雪姫先生は衝撃発言をする。
「あ、もしかして変身しない事不思議に思ってる?」
「は」
え、なんですか。その変身しなくて当然だろ、みたいな顔。
徒然君そんな可哀そうなものを見る目で私を見ないで頂けますか。意味が分からないです。
「言っとくけどあの薬効くの一週間後だから」
「は、はぁぁぁぁぁあああああ!?」
「うるさっ! 案外オーバーリアクションなんだな、天橋立!」
なんですって! 先に言えよ! めっちゃ焦ったじゃん! ばれたとか思った! 詰んだと思ったぁぁぁああああ!
安心したはずなのに心臓がバクバクとうるさい。きっと顔はさっきと反対で真っ赤になっている事でしょう。でもよかった! 取りあえずここから持ち直さないと。
「止めてあげて。初めて変身する時ってかなり怖いんだから」
「そんなもん? ごめんなー天橋立。ちょっと練習しときたくって。そんな怖かったか?」
「………………さい」
「ん?」
「気持ち悪いので一生私の名前を呼ばないで下さい」
「まさかのそっちで固まってたの!?」
ショックを受けたような表情になる白雪姫先生。何とか誤魔化せたようです。徒然君は苦笑いで白雪姫先生の肩をぽんと叩いてから私の方を向いて、
「慣れるからさ、そう拒否しないであげて」
「それでフォローになってると思ってるなら表に出ろ、楽」
「落ち着いて、マスター。そして反省して」
「俺そんな悪い事したかよ」
案外受けた打撃は大きかった模様。いやぁ、ざまぁ見ろとしか思えませんね。
「じゃ、私帰りますので。さようなら」
二人に背を向けて廊下を再び歩き出します。ああ、何とかなって本当に良かった。
窓からはいつの間にか月の光が入って来ていて、暗い廊下を少しだけ明るく照らしていました。
これでかえり道も少しは明るくなっているでしょう。不審者には気を付けて帰らなければ。
「天橋立!」
「まだ、何か用ですか。先生」
「また明日、な!」
白雪姫先生には珍しく嫌みのない笑顔でした。
後ろで小さく徒然君が手を振っています。
私は軽く会釈をして再び足を動かしました。
後ろで小さく「明日はイメージ変えて貰うからな! 気持ち悪いとか撤回してもらう!」と聞こえてきました。
根に持つタイプなんですかね。私も人の事を言える気はしませんが。
少しは明日が楽しみになりました。