でも、お高いんでしょう?
白雪姫先生がコンコンコンとリズムよくノックする。すると「どうぞ」と短い答えが入ってきた。低くて聞き取りにくい、決して聞いていて心地よいとは言えないような声。
ドアを開け三人でニッコっと営業スマイル。何気なく徒然君の笑顔を初めて見た気がします。白雪姫先生のは身慣れ過ぎていていらっとしますが、初対面の人から見ればただイケメンがほほ笑んでいるという光景に見えるのでしょう。馬鹿め、そいつは性格ブスだぞ。
「清掃業者、マジカルクリーンの者です。清掃をしにまいりました」
おい、社名もうちょっと捻れなかったのか。
「ああ、宜しく」
社長は椅子に深く腰をかけたままパソコンをいじった状態で顔もあげずにそっけなく対応してくる。小太りで、禿げかかった頭、脂のせいでテカった顔。いかにもな感じだ。社長室無いも綺麗と言える状態ではなく、ほこりや、コードがゴチャゴチャとしていた。わりと想像道理でちょっと笑いそうになったのですがここは我慢しました。
しかし、社長がパソコンをいじったままではデータを取ることはできませんね。掃除を始めるふりをしながら白雪姫先生に目配せをする。
「わかってって。俺に任せな」
ポンと私の頭を叩いて社長の方に近づいていく白雪姫先生。ちょ、さっきまで雑巾絞っていた手袋付けたまんまで叩きやがった。
「社長、机の周辺を掃除いたします」
雑巾を持って更に近づいていく。なるほど、確かにこれならパソコンから離れるかも知れませんね。社長が顔を上げて白雪姫先生の顔を見た。
白雪姫先生は、人のよい笑顔で社長に話しかける。たまには前に出てちゃんとするんですね!
「失礼しまっ、うわぁ!」
と、ちょっと感心したその瞬間。絡まりに絡まったコードに足を取られた白雪姫先生はバランスを前の方に崩す。
あまりにとっさの事に反応できなかった白雪姫先生は珍しく青い顔をして体制を立て直す事も出来ず倒れていく。これだけでも十分悲惨なのだが、まだ悲劇は終わらなかった。
何かを掴もうと伸ばしていた手が社長の顔に当たったのだ。しかも、雑巾を持った右手が。顔色は青から白に変わった。
「えっ」
時が数秒止まった気がした。
白雪姫先生も人間なんだなぁ。と思うもまずい状況になっていると気づいて私の顔からも血の気が引きて行く。追い出されるかも知れない。
社長の顔は雑巾で見えない。でも、あれをやられて怒らない人はいるのでしょうか。少なくとも私は怒る気がします。
白雪姫先生は放心状態なので取り合えず隣の徒然君を見てみる。彼は私達とは違い顔色一つ変えていなかった。彼は私を見て一度頷いた。これは「白雪姫先生を信じよう」ということだろうか。確かに白雪姫先生は頭の回転が速い方だ。打開策を考えつくかもしれない。
白雪姫先生はやっと意識が戻って来たらしく、何か言おうと口をパクパクさせている。頑張ってください! 貴方にかかっているんです! 震える声で社長に話しかけた。
「あ、あの。お、オイルの塗り過ぎは良くないか、と」
それでフォローになると思ってんのかぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!あれはどう見てもオイルじゃねーよ! 皮脂だよ! 年取ったおっさんは多分何の対策もしないとああなるんだよ! おい馬鹿、その雑巾で顔を拭き始めるんじゃない。だんだん社長怒りのボルテージ上がって来ているから! 顔は見えないけど耳が真っ赤になっていく様子が見えるんだよ!
白雪姫先生の頭をぶったたきたくて仕方なかったが、徒然君に腕を掴まれ止められる。徒然君は社長のパソコンを指差す。
「雑巾で周りが見えない、チャンス」
いや、そんなことしている場合じゃないでしょう。あの馬鹿とんでもない方向に向かって行ってるんですが。そう、表情で徒然君に反対するが彼はスルーし、机に向かっていく。
「おい、君」
その時、社長の声が最初の時より低く重く部屋に響いた。思わず白雪姫先生の手も、徒然君の足も止まった。
声にビビった白雪姫先生は自分のしでかしたことをようやく理解したようで涙目だ。自業自得だよ、馬鹿!
「は、はいぃ」
白雪姫先生はそっと社長の顔から雑巾をどける。社長の顔は案の定真っ赤。ですよねぇー、怒ってますよねぇー。
「いやぁ、お恥ずかしい。健康に良いから取りあえず塗っておけという単純な考えしかできなかった。本当はどのくらい塗るべきなのですかな?」
本日二回目、時が止まった気がした。さっきよりも長く。
ほ、本当にオイルだったんかいぃぃぃいいいいいい! マジか、めっちゃディスっちゃったよ。え、御免なさい。
と心の中で混乱しながらも、謝っておく。
開いた口がふさがらない。顎関節症になったらどうしてくれるんですか。
「はっ、ははっ」
白雪姫先生は緊張が溶けたように俯き笑う。そして顔を上げ、いつも通りのあの笑顔で社長に向き直った。
「実は僕、美容には詳しいんです。良ければ僕が教えますよ。あそこのソファで」
机から少し離れた来客用であろうソファを指差す。
これで、社長はパソコンからは離れるからデータを取る隙が生まれる!徒然君とこっそりハイタッチ。どうなるかと思ったけど、どうにかなりましたね!
ソファに座った二人は早速話を始めた。ちなみに社長にはちゃっかりパソコンに背をむかて座ってもらっている。先に白雪姫先生が反対のソファを取ったからだ。
私と徒然君は見つからないようにこっそりパソコンに近づいていく。
徒然君がハッキングをするのを二人に注意しながら見守る。徒然君は二人の会話をBGMに物凄い勢いでハッキングを済ませていく。しかし、ここはセキュリティ会社。そう簡単には開いてくれない。
「さて、社長。こちらをご覧ください」
「これは……化粧水かね」
「その通りで御座います。何とこちらの化粧水、『マジカルウォーター』と言うんですが、メイドインルカジマなんです」
「ルカジマ? 聞いたことないな」
「無理も御座いません。ルカジマは伝説とされる美容の地。知名度は高くありません」
「そうなのか! 美容の地……それは興味深い」
「この化粧水はですね、現地でしかとれない非常に珍しい果実を使っています。この世で最も効果があるハズのものなんです」
「でも……お高いんでしょう?」
「お値段なんですが、十万円」
「や、やっぱり」
「の所を本日は特別価格、半額の五万円!」
「な、なんだと!? 良いのか、そんなに安くて!」
「はい! 更に、セットでパック、ポーチ、クリーム、布団収納袋をお付けして、お値段変わらず五万円!」
「凄いじゃないか!」
「これであなたもビューティフェイスをゲットできます」
「買った!」
明らかにぼったくりだし、布団収納袋関係ありませんよね? というツッコミをぐっとこらえる。ちなみに徒然君はこの長くくだらないやり取りの間にハッキングを終わらせファイルを漁っています。まだめぼしいものはあまり見当たらないらしくカーソルをうろうろ。
「そうだ、お試しで付けて見ますか?」
「いいのかね? ぜひ試してみたい」
「はい少々お待ち下さい」
まだくだらないやり取りを続けていたらしく白雪姫先生はソファを立って掃除用具を漁り始める。もちろん私達の方に視線が行かないように注意しながら。
適当に水の入ったバケツを持って、社長の方に近づいていく。案外この方法は時間を稼げるのかもしれませんね。納得いきませんが。今はパソコンの方に集中ですね。
「さて、こちらをかぶってみて下さ、うわぁっ!?」
なんかデジャブ。そう思って白雪姫先生の方を見る。ああ、またか。
水が大量に入ったバケツがこっちに飛んで来ていた。中に水はパソコンと私達に思い切りかかった。白雪姫先生を睨もうと思ったのですが丁度私の頭にバケツが被ったもので、叶いませんでした。
マジで、覚えてろよ。
ルカジマ→マジカル




