(第七章) 三
三
「光姫様。またご活躍なさったそうですね」
萩月十七日の昼前、軍議が終わったので、光姫達が守国軍の本陣の幔幕を出て、近くで待機している護衛の武者達のところへ戻ろうとすると、背中に声がかかった。
「あら、英綱さん。皆さんもご一緒ですね」
光姫は振り返って笑顔になった。家老を二人連れた蓮山英綱も好意的な笑みを浮かべている。巍山が守国軍の全封主家の武将を集めたので彼も当然出席していて、出ていく光姫を見かけて追ってきたらしい。英綱の後ろでは、十四人の封主家の若様達が光姫の笑みをまぶしそうに見つめていた。一人を除いて見合いの相手だった者達で、何人かはその視線を光姫の隣にいる恒誠に向け、深い溜め息を吐いた。
「また恵国軍の輸送隊を襲って兵糧を奪ったと聞きましたよ。豊梨公も出陣なさったとか」
「ああ、そのことですか。一昨日の話ですね」
英綱と親しい実鏡が理解した顔で頬をゆるめ、光姫が答えた。
「後明国で民に紛れている侠兵会の人達からいつもの方法で連絡があったんです。それで行ってきました」
恵国軍の輸送隊が独岩城を出発する準備を始めると、城下町の外れにある小さな家が赤い女物の着物を干し、他の洗濯物の種類と色で出発日と護衛兵の規模を知らせる。すると、それを見た近くの村の大きな家が、普段閉め切っている倉の二階の窓を開けて座布団や客用の布団を日に当て、そのまた隣村では大神様のお社に供えられる牛肉や丸餅の数と色が変わる。それが順々につながって海岸沿いの漁村へ知らせが届くと、時化でない限り船が沖に出て漁をするのだが、その船の幟旗の本数や模様を雲居国の西の端の岬で待ち構えている者達が見て、合図の旗を森の高い木の天辺に上げる。
また、西国街道沿いの村々にも協力者がいて、最新情報が軒端につるした干し柿や店先に並べた玩具で伝えられ、隣村に行く農夫達によって運ばれる。出陣してきた光姫達はそれを受け取り、恒誠が作戦を考えて襲撃を実行するのだ。手に入れた兵糧の半分は影岡軍が持ち帰るが、残りは協力の報酬としてかかわった村に渡していた。
「いつも通り簡単に勝てました。こちらは必ず敵より多いですから」
敵部隊の兵数を把握してそれを上回る武者を連れて行くので、光姫達は負けたことがない。それに、光姫は有名なので、姿を見せると敵は怯えた様子になる。わざと銀炎丸と共に派手に暴れて敵を引き付けて、その間に兵糧だけを奪ったこともあった。
「光姫様達を倒すために、時々爆鉄弾を箱に入れた偽物の輸送隊も現れると聞きましたが」
英綱の言葉に若様達がうんうんと頷いたので、実鏡が説明した。
「それも前もって分かっていますので対処はできるんです。危ないと思ったら襲いません。民を傷付けては意味がないですから」
護衛するのは恵国兵だが、運ぶのは民だ。独岩などの町民や近くの村の農夫を金で雇っているのだ。
当然吼狼国人なので、休憩した村で情報を漏らしてくれる。食事を買ったり水をもらったりした時に短い世間話をするのは当たり前で、吼狼国語を話せない恵国兵はそのやり取りの中身は分からない。最近は村人が近寄ると兵士が怒るそうだが、言葉を交わすのを完全に遮断するのは無理で、符丁や身振りで伝えられたら防ぎようがない。だから結局、光姫達に策を見破られてしまうのだ。
「それでもやはり、備えの厳重な敵に連勝しているのはすごいと思いますよ」
そういう事情は英綱達も知っているのだが、尊敬の口調は変わらなかった。最近は民を盾にして抵抗する護衛隊もいるが、前もって襲撃地点を教えて逃げるように伝えてあるので、光姫達が現れるとすぐに民はいなくなってしまう。
「作戦を考えているのは恒誠さんです。私はそれに従っているだけです」
光姫が隣の軍師を見上げると、恒誠はかすかに微笑んだ。最近こういう柔らかな表情が増えた気がする。
結構やさしそうな笑顔なのよね。
思わずまじまじと眺めると、恒誠が見つめ返してきたので、慌てて目を逸らした。若様達が何やらうらやましそうな寂しそうな顔をし、英綱が笑みを大きくして言った。
「織藤公は毎回違う場所で襲撃して、作戦も異なるとか。感服致します」
「そうですね。私もいつも感心しています。安心して戦えますもの」
「でも、光姫様はやはりすごいと思いますよ。今回も先頭に立って銀炎丸と一緒に突撃なさったそうではありませんか」
英綱が狼の頭上に手を伸ばした。三日に一度は会っているので、銀炎丸もすっかり彼に馴れていて、大人しく撫でられている。
「我々も織藤公の作戦で戦ってみたいですね。名軍師が味方にいれば、当家の武者達も勇気百倍するでしょう」
若様達が全く同感だという顔で、恒誠にあこがれのまなざしを向けている。
「では、次の襲撃には皆様も参加なさいますか」
光姫が言うと、英綱は困った顔で首を振った。
「それは難しいですね。巍山公の機嫌を損ねるようなことはできません。お三方のように武名が天下に轟いていれば巍山公も文句が言えないでしょうが、我々は皆初陣ですので」
「そんなことはありません。皆様はとても勇気ある方々で、私達の命の恩人です。心から感謝しています」
「本当にその通りです。城のみんなもそう言っていますよ」
「全くだ。いくら礼を述べても足りないといつも思っている」
光姫の言葉に実鏡と恒誠が頷き、三人は深く頭を下げた。英綱や若様達が誇らしそうな顔になったので、光姫もうれしくなり、皆で笑顔になった。そこへ陣幕から出てきた他の諸侯が通りかかって、うらやましそうに、あるいは不愉快そうに通り過ぎていった。
この十五人の若様が光姫達影岡軍の命の恩人だというのは掛け値のない事実だ。話は一ヶ月前、華姫と禎傑が影岡に到着した時にさかのぼる。
蓮月十八日の夜、楢間惟鎮と餅分具総は城を離れ、川を渡って都へ向かった。月明かりを頼りに暗い夜道を走り通した二人は、翌日の夕刻都へ到着した。
豊梨家と梅枝家は玉都屋敷を閉じているので、二人は庶民向けの飯屋で腹ごしらえをすると、湯屋へ行って身支度を整え、鷲松邸へ向かった。門番に名乗ると驚いて取り次いでくれて、筆頭家老の千坂規嘉が対応に出てきた。
ところが、敵が八万に増えたことを二人が説明し、「すぐに影岡城へ援軍をお送り頂きたく、伏してお願い申し上げます。本隊の都出発もお急ぎ頂けませぬか」と頼むと、規嘉はつまらなそうな顔で「まだ諸侯の準備が整っておりませぬ。あと半月はかかりますな」と言い放った。二人は驚き、何とか早められないかと食い下がったが、規嘉は「無理なものは無理ですな。お気の毒ですが、単独で対処なさって頂くしかありませぬ。武名高い影岡城の方々ならば可能なのではありませぬか」と言って引っ込んでしまった。
鷲松邸を追い出された二人は呆然としたが、もう夜遅かったので宿屋に入り、明日は味方してくれそうな諸侯を当たって、援軍の早期派遣を巍山に願ってもらおうと決めて床に付いた。
翌朝、起きて食事をとると、二人は豊梨家や梅枝家と親しい諸侯の屋敷を次々に訪問し、助力を請うた。だが、色よい返事をくれたところは一つもなく、恒誠の弟の蕨里恒寛でさえ、「家老達に話してみるが、恐らく反対されるだろう。私自身は一人でも今すぐに駆け付けたいが、養子の身で発言権は強くないのだ。申し訳ない」と頭を下げた。結局、縁戚や譜代の名門を中心に二十四家を回って全てに断られ、終わりの方の数家では「鷲松家から相手にするなと通達が来ている。悪く思わんでくれ」と門前払いされてしまった。
既に夕暮れが近かった。惟鎮と具総は困り果て、道端の小さな茶屋に入って遅い昼飯に茶漬けを食べながら、暗い顔で相談した。
「餅分様、これからどう致しましょうか。巍山公の命令が出ているのでは説得に応じる家はなさそうです」
「最後の方は名乗ると露骨に嫌そうな顔をされましたな。ですが、姫様や城の者達は皆必死で戦っておるのですぞ。わしらがへこたれてどうします。作戦を練り直して明日もう一度訪ねてみるしかありますまい」
「国母様におすがりするのは駄目でしょうか。妹君のためにお力を貸して下さいませんか」
「芳姫様はおやさしいお方で姫様を大変可愛がっていらっしゃるが、新しい三柱老や広芽の方ににらまれて、何もおできにならないとうかがっております。ですが、当たってみるのは無駄ではありませぬ。お会いできるかは分かりませぬが、明日お城へ行ってみましょうか」
狭い長椅子に並んで座り、空になったどんぶりを手に持ったまま小声で話し合っていると、横から声がかかった。
「お二方は、もしかして影岡城からいらっしゃったのですか」
二人が振り向くと、緑色の小袖に茶色の前掛けをした小柄な娘が立っていた。
「その通りですが、あなたはこの茶店の店員ですかな」
具総が首を傾げると、娘はぺこりとお辞儀をして名乗った。
「ここの主人の娘でお町と申します。十八になります」
すぐに上げた顔は丸っこいが笑い方に愛嬌があり、きびきびした動作がいかにも町育ちらしい。都一番とはいかないが、この界隈では有名な器量良しの看板娘といったところだった。
「失礼ながら、お話が聞こえてしまいました。お困りのようですが、封主家のお屋敷を回って、援軍を頼んでいらっしゃるのですか」
お町の表情にはまぎれもない好意と真剣さが感じられた。惟鎮と具総は顔を見合せ、駄目でもともとと尋ねてみた。
「それが上手くいかなくて困っていたところです。もしや、封主家の方に知り合いでもいらっしゃいますか」
娘は頷いたので、具総は居住まいを正して頼んだ。
「紹介して頂けると大変ありがたく存じます。ですが、下級の家臣では駄目なのでございます。家老かそれ以上の方でないと」
「大丈夫です。私の知り合いはご当主様の弟君です。都にいる軍勢の指揮を任されているそうですよ」
娘は笑った。その人物のことを語れるのがうれしいらしい。
「その方は光姫様とお会いしたことがあるんです。とっても騎射がお上手で、お元気で正直でおきれいだったとおっしゃっていました。その時のことを何度もすごく楽しそうに聞かされたので、ちょっと妬けちゃいます」
この娘がその人物に好意を寄せていることは明白だったので惟鎮は微笑んだが、具総ははっとして、勢い込んで尋ねた。
「あなたはもしやあのお方の……」
娘が首を縦に振ると、具総はその場にばっと土下座した。
「私はあの最後の見合いの時に隣室におりました。姫様からもお話をうかがっております。どうか、どうかあのお方にお取次ぎ下され!」
惟鎮は驚いたが、最後の見合いという言葉で気が付き、その横に同じく平伏した。
「私はあの時、あのお方と槍の試合を致しました。あのお方でしたらきっとお力になって下さると信じます。是非とも我々をお引き合わせ下さい!」
「ちょ、ちょっと、お顔をお上げ下さい!」
娘は慌てて小声で言って周囲を見回した。夕食の時間が近付き店は混み始めている。町娘の足元で地面に額を付ける上級武家二人に、人々は目を見張っていた。
「あの方はいつも夕暮れ時にお茶を一杯飲みにいらっしゃるんです。もうそろそろですから、汚いところですが、奥へお上がり下さい」
二人は娘の迷惑になると悟ってすぐに立ち上がり、後に付いて歩きながら尋ねた。
「お町殿はどうして我々を助けて下さるのですか」
娘は微笑んで答えた。
「だって、都を守って下さっているのは影岡城の方々ですもの。都の者は全員それを知っています。それに、梅枝光子様は私と同い年の女の子でしょう。武者達の先頭に立って戦場を駆け回っているなんてすごく尊敬します。都ではみんな、敬意と感謝を込めて、白狼の光姫様ってお呼びしているんですよ。私の一家も、毎朝神雲山に手を合わせる時に、光姫様や織藤公、豊梨公のご無事とご活躍をお祈りしているんです。それに……」
とお町は声を少し落とした。
「武家の方で私とのことを応援して下さったのは、光姫様だけだそうですから。そのお方が今命を懸けて戦っていらっしゃるとお聞きして、私もこれを渡す決心が付きました」
そう言って茶色の前掛けの隠しから、蓮花の家紋の縫い取りのある青い鉢巻きを取り出して見せた。
「お町殿……」
そこへ、店の表で「いらっしゃいまし」と声がかかった。若い男性が別な給仕娘と親しげに話す声が聞こえてくる。
「ほら、いらっしゃいました。ここでお待ち下さい」
鉢巻きを隠しに仕舞って店に戻っていく小柄な背中に、具総と惟鎮は深々と頭を下げた。
すぐにお町は蓮山英綱を連れてきた。英綱は二人を見て驚いていたが、話を聞くと考え込んだ。
「つまり、このままでは影岡城は危ないのですね」
確認されて、二人は頷いた。
「恒誠様は数日後には攻撃が始まり、持たせられるのはよくて二、三日だろうとおっしゃいました」
「敵には華姫様がいらっしゃいます。それが恐ろしいと」
二人の出発前、恒誠はこう言ったのだ。
「田美国へ恵国軍を引き込んだのはあの女傑だろう。出発地から遥か遠く退却もままならない場所への上陸は一見無謀だが、周囲の諸侯の配置や奇襲の利点をよく考えてあり、天下最強の封主家の一つである梅枝家をあっさりと下してしまった。また、苫浜城を落としたやり方は鮮やかで、西高稲三国の攻略戦でも策を立てている。そこから見て取れるのは、彼女が策略を正統派の軍学や戦陣の常識からではなく、自分の知識と経験から自由に発想しているということだ。つまり、打ってくる手が読めない。しかも、そこに涼霊という経験豊富な軍師が助言を与えている。二人のすぐれた軍師が協力して立てた作戦となると、さすがに俺一人では対処し切れる自信がない」
英綱は二人の深刻な表情に意外そうな顔をした。
「織藤公がそこまでおっしゃったのですか」
「はい。これまでの戦いは常にこちらが先手を取っておりました。敵の策を恒誠様が予想なさって対抗策を用意してありましたので、余裕を持って対応し、はね返すことができました。ですが、今後は受け手の側に立たされます。少数が七倍近い大軍相手に後手に回っては、到底城を守り切れないでしょう」
「では、援軍は急ぐのですね」
「はい」
惟鎮と具総は畳に手を付いて平伏した。
「どうか、ご助力をお願い致します。諸侯を動かして、すぐに都を出発するよう巍山公を説得して頂きたいのです」
「なるほど……」
英綱は事態が切迫していることは理解したらしいが、実現する方法に頭を悩ませているようだった。
「お話は分かりました。そういうことなら私も是非ご協力申し上げたい。しかし、どうやって巍山公を動かせばよいのやら」
「蓮山家は鷲松家と縁戚でいらっしゃいます。何とかなりませぬか」
「確かに兄の妻は巍山公の娘ですが、私が願ったところで鷲松家は動かないでしょう。恐らく影岡城の人々を見殺しになさるおつもりなのでしょうね」
「やはり、そうなのですか……」
予想していたこととはいえ、他家の者の口から聞くと衝撃が大きかったらしい。二人は肩を落としたが、そこへ横で話を聞いていたお町が言った。
「でも、都の人々は影岡城の方々を見捨てませんよ」
茶屋娘は丸い顔を怒りに染めていた。
「影岡軍の奮闘がなければとっくに都が戦場になっていたに違いないってみんな言っています。これまで守ってもらったのですもの、私達で力になれることがありましたら何でも言って下さい! 私、弱いですけど、光姫様のため都のためなら戦います!」
と、細い腕に力を入れて拳を握った。武家の娘ではあり得ない仕草だが、そういえばこんなお転婆がいたと三人は同時に思い、微笑んだ。
「なるほど。そういう発想で行けばよいのですね」
英綱がお町を見て頷いた。
「巍山公を説得しようという考え方では駄目です。動かす相手が違います」
「と、申されますと」
具総が尋ねると、英綱は笑みを大きくした。
「光姫様をお慕いし、殺したくないと思っている人は、あなた方が思うよりずっと多いということです」
そう言うと、英綱は立ち上がった。
「お町。ありがとう。あなたのおかげで光姫様をお救いできるかも知れません。上手く行くかは分かりませんが、光姫様のおっしゃった運命というものを信じてみましょう。この店の名物の茶菓子と上等の茶葉を三百人分、すぐに屋敷に届けて下さい。それと、影岡城が危機だが巍山公は見捨てようとしているという噂を都中に広めて下さい。お二人は私と一緒に来て下さい」
茶屋娘は英綱の思い付きの中身は分からなかったらしいが、信頼し切った顔で頷き、店に飛び出していった。
「さあ、光姫様の運命探しの結果を確かめましょう」
すぐに蓮山家の屋敷に戻った英綱は、若い家臣を集め、諸侯の子弟に向けてたくさんの手紙をしたためて届けさせた。そして、何事かと様子を見にきた家老達の反対を押し切って大広間に座布団を並べさせ、大量の湯を沸かして届いた茶菓子と上等の茶葉でもてなす用意をした。
惟鎮と具総はどうなることかと広間の片隅に正座したまま成り行きを見守っていたが、やがて次々に来客を取り次ぐ声が聞こえて諸家の若様達が部屋に入ってきた。そうして、夕暮れの一刻後には、大広間は五十人余りの若様と、そのお付きで来た五倍以上の家老や若い家臣達であふれかえった。
「影岡城の現状を報告するとはどういうことか」
「光姫様は今どんな戦いをなさっているのか」
「豊梨公や織藤公と恋仲という噂は本当なのか」
集まった若様達の顔ぶれを見て具総は納得したらしく、感激に目を潤ませていた。光姫の見合いの相手ばかりだったのだ。
「まあまあ、お静まり下さい」
前に出た英綱は人々を黙らせると言った。
「我々は皆、梅枝光子様と見合いをしました。そして、あの方に魅了されました。本当に惚れこんでしまった方、そうでない方、それは様々でしょうが、皆様はあの方を好ましく思われたはずです。戦っていらっしゃると聞き、お気になさっておいでだったでしょう。だから、急にお声をおかけしたにもかかわらず、こうして来て下さったのだと存じます」
惟鎮と具総は深々と頭を下げた。それを見て、英綱は言葉を続けた。
「光姫様や影岡城の方々はこれまで善戦され、勝ち続けてこられました。ですが、現在敵は八万を超え、その大軍の総攻撃にさらされようとしているそうです。これまでの戦いの詳細も含めて、影岡城からいらっしゃったお二人に語って頂きたいと思います」
そうして英綱に紹介された二人は、前に進み出ると平伏し、これまでの戦いを語り始めた。主に語ったのは光姫のそばにいることが多かった具総で、惟鎮が時々それを補足したが、これは英綱がその方がよいだろうと助言したからだった。一区切りごとに質問の時間を取りながら話を進めていき、具総は狐ヶ原までさかのぼって、尋ねられた全てに丁寧に答えた。
二人の語りは二刻に及んだが、若様や家老達は茶菓子に手を付けるのも忘れて聞き入っていた。噂で知ってはいても、実際に戦場に立っていた二人の言葉は迫力が違い、その時々の光姫の活躍や恒誠の知恵、実鏡の勇気にしばしば感嘆の溜め息が聞こえた。
やがて、涼霊との戦いを語り終え、最後の問いに返答すると、二人はそろって頭を下げた。
「このままでは影岡城は落ちます。どうか、ご助力を、援軍を賜りたく……!」
二人が涙声で言って平伏すると、危機感が伝わったらしく、若様達は興奮冷めやらぬ様子で顔を見合わせた。
やがて、一人の若様が口を開いた。
「実によいお話を聞かせて頂いた。この会に来てよかったと思う」
そう言って彼が頭を下げると、あちらこちらで同意の声が上がった。その若様は返礼した二人に尋ねた。
「つまり、お二方は守国軍にすぐに雲居国へ向かって欲しいのだな? そのお気持ちはよく分かる。俺もできることなら光姫様を助けに行きたい。だが、巍山公を動かすのは難しいのではないか。ここにいる者達は皆当主ではなく、子弟に過ぎん。望天城の大評定には出られぬし、家を動かす権限は持たないのだから」
この言葉に英綱が答えた。
「巍山公を説得するのは難しいと私も思います。ですので、動かざるを得ない状況にしてしまいましょう」
「どういうことだ」
ざわめき始めた広間を見渡して、英綱は大声で言った。
「我々だけで都を出発し、影岡城へ向かいましょう!」
「なんと……」
若様や家老達は一斉に青ざめた。
「無茶だ!」
「無謀過ぎる!」
同じ叫び声が多数上がったが、英綱は言った。
「今、都中に影岡城の危機と巍山公が見殺しにしようとしているという噂を流しています。それを聞いていても立ってもいられなくなった我々は、巍山殿に使者を送って告げるのです。『白狼の光姫様や影岡城の勇者たちを死なせたくありません。勝手ながら、先に雲居国へ参ります』と」
「しかし!」
「分かっています」
我慢できなくなって声を上げた若君に英綱は頷いた。
「そんなことをすれば巍山公のご不興を買います。少数ならそれこそ見殺しにされるだけでしょう。しかし、ここにいる五十三家が一斉に動いたらどうでしょうか。数家なら無視できても、これだけの数となると、巍山公も不問に付すしかなくなります。急流は一人で渡れば危険だが、大勢で渡れば怖くないと申します」
「話は分からないでもないが、当家はそんな危ない橋は渡れないぞ」
「巍山公に反抗せよとおっしゃるのか!」
「我々は武家なのです」
英綱は言葉に力を入れた。
「この国を守るため、都を守るために戦うのが仕事です。命を懸けて戦っている女の子を見捨ててよいのですか。あなた方はそんな自分を許せるのですか。私は行きます。家老達が反対すれば、付いてくる者達だけで影岡に向かいます。もし、あなた方の誰も来てくれなければ私は死ぬことになります。しかし、あなた方の半分が家の武者の半数を率いてきて下されば、数万の軍勢になります。それだけいれば、恐らく影岡城を攻撃しようとする敵への牽制には十分でしょう。そうして多数の諸侯が影岡へ向かったことが都に広まれば、巍山公は臆病者と言われぬために出陣せざるを得なくなります」
大広間は沈黙に沈んだ。やがて一人の若様が尋ねた。
「英綱殿は、光姫様に惚れていらっしゃるのか」
その声を聞けば彼こそが光姫に恋していることは明らかだった。英綱は微笑み、大きく首を振った。
「いいえ、私には好きな女人がいます。この茶菓子を届けてくれた茶屋の娘です」
「英綱様!」
蓮山家の家老達は青くなり、大広間は驚きに包まれたが、それを一人の大声が破った。
「はっはっは。町娘が好きなのか。英綱もやるなあ」
鷹名敏方だった。背の国の鳴上国で十万貫を領する封主家の次男で、英綱の友人だ。
「噂は本当だったんだな。急な会にこれだけの茶菓子を間に合わせるなんて、上手く行っているみたいじゃないか。もしかしてその子が焼いたのか」
「かも知れない。親父さん一人では無理そうだったからな」
「そうか。頂くぜ」
敏方は茶菓子にかぶり付くと口に押し込み、茶で飲み下した。
「上手い菓子だな。丁寧に作ってある」
湯呑を置くと、敏方は立ち上がった。彼には前もって事情を話し、最初に英綱に付いていくと言い出す役を頼んであった。
「話はよく分かった。俺も見合いをしたが、光姫様は今まで会った娘の中で一番きれいだと思ったよ。俺もあの人を助けたい。殺すには惜しい美人だ。吼狼国武家としても、同朋を見捨てたくない」
英綱は心の中で友に感謝したが、敏方は急に声を低くした。
「だがな、俺は行かない」
迷う顔で彼を見上げていた若様達が一斉に目を見張り、がっかりした顔になった。
「俺自身は行きたいんだ。だが、家老達にそろって反対された。親父にも絶対に行くなと釘を刺された」
敏方は深々と頭を下げた。
「すまん。真っ先に声をかけてくれたのに本当に申し訳ない。だが、鷹名家は動けない」
敏方が座ると大広間は静まり返り、重苦しい雰囲気に包まれた。
英綱に彼が真っ先に参加を表明すると聞かされていた惟鎮と具総は真っ青になり、英綱も硬い顔だった。蓮山家の家老達は勢いで多数に参加を決意させる作戦が失敗に終わったことに恐れおののき、英綱を非難した。
「英綱様、どうなさるおつもりですか! この会を主催したことを巍山公に知られたら、当家にどんな罰が下るか分かりませぬ。今すぐ鷲松邸に行って釈明なさるべきですぞ!」
主君の弟に怒りをぶつける姿は醜かったが、広間の誰も笑わなかった。皆心境は同じだったのだ。この会に参加しただけで巍山ににらまれはしないかと恐怖に駆られた何人かの家老が、若様に「すぐにここを出ましょう」とささやいた。
が、その時、甲高い声が響き渡った。
「ぼ、僕は行くよ! 英綱殿に付いていく!」
その人物を見て、皆意外そうな顔になった。新芹康竹という十六歳の若君だったのだ。驚いた理由は彼の家の身代がとても小さかったからだ。新芹家はわずか四万貫、中つ国の綾山国に戦狼時代から割拠していた外様の小封主家の一つだ。そんな家の若様がなぜ立ち上がったのかと皆思ったが、彼の表情を見れば一目瞭然だった。
「光姫様をお助けしたい! 光姫様は二つ年上で、僕は織藤公には全然及ばないけど、それでも助けに行きたいんだ! 父上や兄上が反対したら、自分一人でも行く!」
康竹は真っ赤で、恥ずかしさと恐怖で泣きそうになっている。きっと見合いで一目惚れし、戦っている光姫をずっと心配していたのだろう。彼は線が細くてとても武勇が得意とは思えないし、若い上に童顔で子供にしか見えない。それでも彼は勇気を振り絞ったのだ。若さゆえの無謀かも知れないが、それもまた行動力だった。
「若殿! お、お待ち下され!」
彼の後ろに座っていた田舎者丸出しの年老いた家老は、突然のことに仰天している。一方、近習らしい若い武家三人は若君の勇気に感動したらしく、興奮した声を上げた。
「俺もご一緒します!」
「もちろん、私も参りますとも!」
「若殿、それでこそ男でございますぞ!」
英綱はそれを見て、ここぞとばかりに大声を張り上げた。
「感謝致します。新芹康竹殿は真の吼狼国武者でいらっしゃいます。あなたのお力添え、まことに心強く思います」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「ご厚情に感謝の言葉もございませぬ!」
顔をくしゃくしゃにした惟鎮と具総の叫ぶような声が響き渡ると、口をつぐんで怯えるように周囲の様子をうかがっている若様達の間から、「やれやれ」という声が聞こえてきた。
「私も行こう」
「恒寛殿。決意して下さいましたか」
立ち上がって頷いたのは、恒誠の弟の恒寛だった。現在二十二歳で、縁戚の譜代封主蕨里家に婿養子に入ってもう七年になる。この場の若様達の中で唯一跡を継ぐことが確定していて、光姫の見合い相手ではなかった。
恒寛は英綱と康竹に深々と頭を下げると言った。
「兄達のためにここまでして頂いて、心より感謝申し上げます。私も参加致します」
「若殿!」
蕨里家の家老がとがめるような声を上げたが、恒寛は首を振った。
「これは行かずばなるまいよ。当家の今後のためにな。蕨里家が武公様から背の国の早雪国に十三万貫を頂くことができたのはなぜだ。先代と現在の当主が貞亮公五輔臣の一家として忠義を尽くし、武守家のために働いたからではないか。ここで逃げては申し訳が立たない。それに、私の兄が織藤公であることは都で噂になっている。おかげで当家は商店などで優遇されていると聞く。それなのに影岡城を見捨てたら、蕨里の名は地に落ちるぞ」
「しかし……」
「こうなっては腹をくくるほかない。きっと義父上もご承知下さるだろう。妻も頷くと信じている」
恒寛は英綱に向き直った。
「当家は全力を挙げて影岡城の救援に向かいます。蕨里家二千の武者は、大将英綱殿のお下知に従いましょう」
ここで気が付いて康竹も言った。
「当家の兵はたった五百ですが、全員で参ります。絶対に父上を説得してみせます」
若い近習三人も大きく頷いた。年老いた家老はまだ衝撃の余韻が残っている様子だったが、もはや引くことはできぬと開き直ったらしい。
「分かり申した。当家は小なりといえども戦狼の世を戦い抜いたお家柄。わたくしも昔はたびたび戦場に出たものでございます。若殿がそこまでのご覚悟ならば、わたくしも大殿の説得をお助けし、共に戦場へ参りましょうぞ」
「これで三家、我が蓮山家の武者を合わせると六千五百ですね」
英綱が言った時、「いや、四家だ」と言って立ち上がった若様がいた。
「当家も、いや、俺個人として参加しよう。光姫様は武勇にすぐれていらっしゃるとはいえ、年下のおなごだ。見捨てては男がすたる。近習達を誘ってみよう」
「俺も参加するぞ。恐らく全ての武者は無理だが、できるだけ連れて行く!」
「私も連れて行ってくれ。光姫様と共に戦いたい!」
康竹と恒寛の勇気に刺激されて、更に十四人の若様が立ち上がった。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
惟鎮と具総は感激で畳に染みが付くほど涙を流していた。英綱も予想以上の人数に感動したが、そろそろ夜も遅いので、会を閉じることにした。
「では、来て下さる方々は配下の武者を連れて、明日の朝、都の西の城門の外にお集まり下さい。それ以外の方々も、ここへ集まって下さったこと、大変感謝申し上げます。最後に厚かましいお願いですが、我々が出発するまで、この会のことは鷲松家には告げないでおいて下さい」
英綱と惟鎮と具総が深々と頭を下げると散会となった。興奮冷めやらぬ様子の若様や家老達は、自己嫌悪に満ちた表情で、あるいは冷笑を浮かべて蓮山家の屋敷を後にした。鷹名敏方は前へ来て惟鎮達二人に謝り、英綱にすまないと頭を下げて帰っていった。参加を表明した者達は英綱のそばに集まって簡単な打ち合わせをしてから、それぞれの屋敷へ引き上げた。
翌二十一日、朝早く都の西の城門を出て待っていた蓮山軍に、次々に軍勢が合流し、総勢十五家で一万五千を少し超えた。前日の晩に参加を表明したのは十七家だったが、行けなくなったと告げてきた家が三家あり、一方で当家も加わりたいと現れた若様が一人いたのだ。多くの家が都にいる武者の半数以下の参加で、少ない家はたった三十五人という連合軍だったが、武者達の士気は高かった。
関所を守る京師守護所の武者から連絡が行ったらしく、出発の直前に鷲松家から筆頭家老の千坂規嘉が詰問に来たが、英綱がわざと大声で相手の言葉を繰り返して拒絶すると、憎らしげな顔をしたものの引き下がった。周囲には噂を聞き付けて見送りに来た都の民が数千人もいたからで、彼等は露骨に英綱を応援し、規嘉を罵っていた。
速度を優先して小荷駄隊は後から来させることにし、武器以外に五日分の食料を持った武者達は、蓮山勢を先頭に都を離れ、惟鎮と具総の案内で西国街道を進んだ。
翌日の夕刻、宿営場所を探していた英綱は、馬に乗った旅人から影岡城が攻撃されているという情報を得た。英綱は若様達を集め、すぐに再び出発して今日は夜を徹して歩こうと提案した。
「それでは到着した時に武者が疲れていて戦にならぬのではないか」
数人が反対したが、英綱は説得した。
「大丈夫です。もし戦いになれば影岡軍が助けてくれるでしょう。影岡城に逃げ込むこともできますし、最悪、都方面へ後退して巍山公の軍勢の到着を待つこともできます。それに、恐らく戦いにはなりません。我々が到着すれば敵は影岡城の包囲を解いて下がり、守りを固めるでしょう。都人の支持を受け続けるためにも、影岡城を陥落させてはなりません」
「我等は少数だ。恵国軍は無視して攻撃を続けるのではないか」
「それはないでしょう。敵は我々を先遣隊と考えて、無理はせずに本隊の大軍を迎え撃つ準備をするはずです。攻囲が解ければ影岡軍は一息吐けますし、二日か三日後には巍山公の本隊が来ます。我々を見捨てて民と諸侯の信頼を失うような愚かなまねを、巍山公はなさらないと断言できます」
もう反論はないことを確認すると、英綱は言った。
「それでは、可能な限りの速さで影岡城へ向かいます。多少無理をしますが、頑張って付いてきて下さい」
「もうこれ以上ないってくらいの無理をしているんだ。今更だよな」
若様達は笑った。
「我々は都の多くの人々の期待を背負って出てきたのです。絶対に間に合わなければなりません」
茶屋の娘にもらった青い鉢巻きは兜の上から巻いてある。英綱はそれを指で撫でると、表情を引き締めた。
「では、出発しましょう!」
一万五千の軍勢はたいまつを用意し、夜道をひたすら歩いた。そうして、急ぎに急いだ彼等は二十三日の朝、影岡城に到着したのだった。
一方、巍山は英綱達の出発を聞くと、すぐに諸侯を望天城に集め、出陣を命じた。拡翼守国大将軍が当主ですらない若様達に後れを取っては天下の笑い者だし、統率力を疑われかねない。巍山が彼等は自分が命じた先鋒だったと苦しい言い訳をすると、国母芳姫も、妹達を助け、国を守って欲しいと諸将に頼んだ。そのまま真澄大社を武将全員で参拝し、天宮へ出発を告げる使者を送ると、守国軍は都を発った。そして、英綱達に後れること一日で影岡に現れたのだった。
「皆様にはいくら感謝しても足りません。私達のことをそこまでして助けに来て下さったという事実が、お城のみんなの力になっているのです」
光姫は惟鎮と具総にこの話を聞いた時の感激を思い出したらしく、目を潤ませた。二人は敵撤退の喜びに沸く影岡城へ駆け込んできて皆の前で経緯を詳しく語り、広間は一転感謝の涙であふれたのだ。すぐに彼等は城を出て英綱達の陣へ挨拶に行き、光姫は泣きながら若様一人一人の手を握って頭を下げた。あれから会うたびに光姫は礼を述べている。若様達もこうして高名な美女や憧れの軍師達に感謝されると、それが何度目のことであっても勇気を出してよかったとうれしく思うらしい。
「本当は、我々も兵糧輸送部隊の襲撃を手伝いたいのですが」
蕨里恒寛が言った。
「そうです。僕達は戦うために来たんです!」
新芹康竹が泣きたいのをこらえているような声で言った。光姫に再会して更に好きになったが、手が届かないことを実感してやりきれない気持ちでいるらしい。それを温かい目で見やって恒寛は続けた。
「ですが、千坂規嘉殿に呼び集められて釘を刺されましてね。『先走ったのは戦場での抜け駆けと見なせば勇気ある行動ともとれなくはないが、これ以上の勝手は許しませぬ』だそうですよ。ただでさえにらまれているので、さすがに難しいのです」
巍山に蓮山家と共に抜け駆けの首謀者と見なされて蕨里家は肩身が狭いらしく、家臣達から批判されているようだが、本人は大勢を救えたのだからと開き直っているらしかった。
「全く、巍山公は何を考えているのかしら。何もしないで守りを固めているだけなんて。今日も襲撃をもうやめるように言われました」
光姫が不満を述べると、若様達が慌てた顔で周囲を見回した。光姫は巍山など怖くなかったが、彼等に迷惑はかけられないので、声を落とした。
「冬が近付けば敵は必ず撤退する、ですか。今日の軍議でも言っていましたし、確かにそうかも知れません。けれど、兵糧を絶てばもっと早く撤退に追い込めると思いませんか」
と恒誠を見ると、実鏡が言った。
「巍山公は僕達にこれ以上手柄を立てさせたくないみたいですね」
「それはそうだろう。元狼公になるのに邪魔になるからな」
恒誠が答え、恒寛が言った。
「お三方は握っている兵力こそ巍山公より少ないですが、全国に武名が轟いていて、民や武家に大変人気があります。呼びかければ多数の封主家が味方に付くかも知れません。それをねらって戦ったわけではないでしょうが、強敵だと思われているのは間違いないですね」
英綱が頷いた。
「そうでしょうね。巍山公が諸侯の支持を得たのは、杏葉公に勝った恵国軍を打ち破るには経験豊富な名将が必要だと多くの者が思ったからです。でも、光姫様と豊梨公と織藤公が力を合わせれば、巍山公より強いかも知れないのですからね」
「ここでその発言はまずいですよ」
恒寛は苦笑しながら止めた。若様達は青くなっている。守国軍の本陣の敷地内なので、武者が多数行き交っているのだ。英綱は分かっているという顔で続けた。
「とにかく、影岡城の方々の活躍は皆知っています。内心では応援している者も多いと思いますよ。だから、続けても問題はないでしょう。巍山公の機嫌はどんどん悪くなるでしょうが、今お三方を処分するのは恵国軍を利するだけです。守国軍は十万四千、恵国軍は九万八千と兵力はほぼ互角。影岡城の一万一千は大きいのです」
落城寸前まで行ったことで兵力は当初の一万三千から一万まで減ったが、半月が経って比較的怪我の軽い者達が回復しつつある。影岡城は対峙する両軍からやや南に離れているため、恵国軍は守国軍と戦う時に背後や本陣を襲われる危険を無視できない。大分壊されたとはいえ堅固な城に拠っているのもやっかいだ。また、初陣の武者ばかりの守国軍にとって、歴戦の影岡勢が味方にいることは精神的な支えとしても大きなものがあった。光姫達三人はそれぞれの家の当主で家臣達の信頼が厚いから、逮捕して武者だけを奪うことは不可能で、影岡軍を利用しようと思えば目障りでも傘下に加えておくしかない。
「とにかく、我々は恵国軍を倒して国を守ろうとしているという点では違いがないのです。その先のことはどうなるかまだ分かりませんが、当面は協力し合い助け合っていくしかないでしょう」
「そうですね。今はそれがいいと思います」
英綱の言葉に実鏡が大きく頷いた。
「僕達が滅びずに済んだのは、皆様はもちろんですが、巍山公のおかげでもあります。恩人とはあまり敵対したくありません。僕達がいがみ合うのは恵国軍を喜ばせるだけでしょう」
全てを頼っていた祖父の死後、日々を戦って生き抜くことで精一杯の様子だったが、最近は純朴なだけでなく、いろいろ思慮を巡らすようになってきた。岸馬斉末を処刑しなかった件で改めて当主の責任の重さを感じ、援軍が到着して滅亡の可能性が少し遠ざかったことで、ようやく今後のことを真剣に考えるようになったらしい。素直過ぎて疑ったり不安になったりしなかっただけで本来は賢い少年なので、様々な可能性を想像して用心や備えができるようになれば、よい封主になれる素質は十分だと周囲は思っている。
「でも、兵糧隊襲撃を禁じるのはおかしいと思いますので、こちらから、一緒にやりましょうと声をかけてはどうでしょうか」
考えながらゆっくりと自分の意見を述べる少年が頼もしく見えて、光姫は自分もしっかりしなければと思った。ずっと子供だと思っていた実鏡が大人に変わっていこうとしている姿はどこかまぶしかった。周囲の家老や年上の若様達も目を細めている。
「そうだな。そうできたら一番いい。その提案は実鏡殿自身がするとよいだろう。次の軍議で我等を代表して進言してくれ」
恒誠の返事にうれしそうに頷く実鏡を見て、光姫は今日の軍議で気になっていたことを思い出した。
「そういえば、先程の軍議に直利様がいらっしゃいませんでしたけれど、どうしてですか」
誰か知っていますか、と人々を見回すと、若様達は急に気まずそうな顔になった。
「何かあったのですか」
あまりよい話ではなさそうだと思ったものの、他の人々は知っているらしいので尋ねると、英綱が言った。
「影岡に行っているようですよ」
「影岡に?」
光姫は驚いた。恵国軍が西へ下がったので、現在はこの守国軍の陣地と敵陣のほぼ中間にあって中立地帯のようになっている。華姫の意向なのか恵国軍は影岡で戦闘行為をするつもりはないようだが、恵国兵とばったり出くわすかも知れず、とても安全とは言えなかった。
「どうしてそんなところに?」
当然の疑問を口にしたが、若様達は答えようとしない。師隆達も困っている。と、恒誠が言った。
「遊女が目当てらしい」
「ゆうっ! ……って、まさか、そういう場所へ?」
光姫は大声で叫びかけて慌てて言葉を呑み込み、小声で確認すると、英綱が頷いた。
「そのようです。町に女を置く店があると聞いて我慢できなくなったとか」
「まあ、呆れた!」
光姫が信じられないという顔をすると、男達は苦笑し、実鏡は顔を赤らめた。
「お若いですから。鞍島で謹慎中に覚えたそうです」
姫君の光姫にこういう話をしたくなかったらしいが、渋る家老達にかわって英綱が勇敢にも説明してくれた。
昨年秋に巍山や広芽の方と共に逮捕された後、直利は背の海に浮かぶ御料地の島に送られた。鞍島は島一つで一国をなすだけの広さがあり、たった四万貫とはいえ小さな城と狭い町もあるのだが、何しろ田舎だ。監視を命じられた国主代は、武守家の直系の血を引くたった二人の男児の片方ということで鄭重に扱い、手厚くもてなしたが、山海の珍味も五日続けば飽きる。望天城で母に甘やかされて育った直利は暇を持て余し、「つまらない! つまらない!」と叫んで転げ回って周囲を困らせた。
十三歳の腕白な少年をすることもなく屋敷に閉じ込めればそうなるのは当たり前だ。かといって、武器を持たせることは禁じられているので武術の修練はさせられないし、逃亡されると困るので馬にも乗せられない。国主代は何か発散できるものはないかと悩んだ末、鞍島に住む御廻組の中に十六の器量よしの娘を持つ者がいたのを思い出し、言い含めて侍女として仕えさせた。その結果、初めて女を知った直利は彼女にのめり込み、常にそばから離さぬほど溺れた。国主代は安心し、そのまま腑抜けていてくれればありがたいと考え、体を壊さぬ程度に加減させよと周囲に命じて放っておいた。
直利は三ヶ月ほど彼女一筋だったが、やがて他の侍女にも興味を持ち、手を付けた。そうして、五人の妾に囲まれてだらけた生活を送っていると、翌年の紫陽花月の半ばに都から巍山の使者が迎えにきた。
直利は喜び、五人を同伴して都へ戻った。そうして望天城の奥向きで更に侍女達に手を付け、周囲からさすがは杏葉公のご兄弟だと陰口を叩かれているのも知らずに贅沢と荒淫の日々を送ったが、巍山は直利を用済みになったら殺すつもりだったので、この若君の評判が下がるのはかえって好都合と好きにさせていた。
やがて、英綱達が雲居国へ向かい、巍山は大将の直利に出陣を知らせた。直利は行きたくないと言ったが、巍山に「そんなことをおっしゃると侍女達を殺しますぞ」と脅されて渋々従った。
そうして、本陣の奥で飾り物として過ごしていたが、軍議で発言は許されず、ただ黙って退屈な話し合いに耐え、巍山の言葉に頷くだけ。初めて着た甲冑は重くて動きにくく、武器は危ないからと持たせてもらえず、大人達に交じって戦うのは到底無理だと分かった。その上、大将として軍勢を指揮するのを楽しみにしていたのに、合戦は一向に起こらない。
直利はすっかり退屈してしまった。巍山に都から侍女達を呼びたいと言ったが、「ここは戦陣ですぞ。諸侯の手前もあります。我慢なされ」と叱られた。不満が爆発寸前のところへ、武者達がこっそり影岡で遊んできたと話しているのを偶然聞いてしまい、問い質して町に遊女がいると知った。
そうした店が存在するという知識はあったが、行ったことはない。そういうところの女は男の扱いに慣れていると聞いて我慢できなくなり、夜に近習だけを連れてこっそりと影岡へ行き、侍女達とは違うがこれもまた面白いとしばしば通うようになった。
先日それが巍山の耳に入り、大目玉を食らった。だが、それで反省するどころか、今日はその腹いせに軍議をすっぽかして昼間から出かけてしまったらしい。
「十万の武者の大将の役目を分かっていないのね」
話を聞いた光姫は、あまりのことに全身から力が抜けた。もう怒る気にもならない。
男の人ってそういうものなのかしら。
周囲の人々を見回すと、若様達は皆目を逸らした。身に覚えがあるかどうかは分からないが、直利の気持ちも理解できなくはないらしい。康竹だけは「僕は光姫様一筋です!」という顔だったが、それはそれでほめるべきか迷うところだ。つい呆れが顔に出そうになったが、この人達は仲間で恩人なのよと自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。
「でも、大丈夫なのですか。恵国軍に捕まらないかしら」
「危険だな。敵に知られたらまずい」
恒誠は光姫の「まさか、あなたもなの?」という視線を平然と受け止めて言った。
「早く連れ戻した方がいい。そうして、どこかに監禁しておくしかないな」
恒誠は容赦のない口調だった。
「女好きかどうかと大将としての資質は別だが、これは個人の趣味の問題ではない。自分の置かれた立場をわきまえられない馬鹿者を戦場で自由にさせるなど、死ねと言っているようなものだ。その子供のためにもさっさと捕まえてやった方がいい」
「そうですね。それがよいと私も思います。もし直利様の身に何かあれば守国軍は動揺し、戦いにも影響が出るでしょう」
英綱が賛成し、恒寛も同意見のようだった。
「鷲松家の千坂規嘉殿が兵を一千ほど連れて探しに向かっているそうですが、それではかえって恵国軍に何かあったと気付かれるかも知れません。追いかけた方がいいですね」
「分かりました。では、帰りに影岡に寄りましょう」
光姫は恒誠や実鏡や家老達の顔を見回して反対する者がいないことを確認すると、若様達に別れを告げて本陣を後にした。
光姫達三人には二千人が従っている。護衛にしては少し多いが、恵国軍に途中で襲われた時に無事に逃げ切るにはこれくらいは必要なのだ。
全員騎馬なので速い。あっという間に本陣は遠ざかった。
西国街道を進んでいくと、田畑で働く領民達が頭を下げる。白い狼を連れた女武将は一人しかいないし目立つのだ。
領民達は守国軍が到着すると合戦に巻き込まれることを恐れて逃げ出したが、しばらく戦は起こらないらしいと分かると村に戻ってきた。それでも、自国に大軍が居座ってしまったことを嘆き、気が立っている武者達に怯え、無事に稲の収穫ができるか心配して、戦が長引くことを恐れていた。守国軍の武者の中には村人に乱暴を働いたり田畑を荒らしたりする者もいたので、訴えを受けた光姫達は手分けして見回りをしている。領民達のお辞儀はそれに対する感謝の表れなのだ。
やがて街道は御涙川のほとりに出て、影岡城が見えてきた。仮設の橋の向こうから、木槌の音や大勢の元気な声が聞こえてくる。城を修理しているのだ。
既に大手門は付け直してあり、今は燃やされた二階建て櫓を戦闘に耐えるように直している。また、郭をいくつかに仕切っている城内各所の門に厚い板の扉を付ける作業も、数日中には終わる予定だ。
影岡城は戦時を第一に考えて作られた城なので、門が壊された時の備えもある。城内の倉や建物の入口の扉を二枚か三枚組み合わせると、門の扉と同じ大きさになるのだ。だから随分重くて大きく、普段は不便だが、こういう時はすぐに外して付け替えられる。門の骨組みは鉄で、燃え落ちにくくなっている。今回は下郭全体を占領されてしまったので、壊された門が多く直すのに時間がかかったが、大手門だけは英綱達が到着した日にとりあえず仮でくっつけて見た目だけ直ったようにして、その後で細部を修理してきちんとはめ込んだ。
光姫達に気付いて手を振る人々に手を振り返し、影岡へ向かうと伝令を送ると、そのまま先を急いだ。
先頭は師隆で、光姫達三人は部隊の中程にいる。光姫は馬を進めながら、少し先にいる恒誠に目を向けた。
恒誠は馬を早足で歩かせながら、腰にいつも付けている瓢箪からどぶろくを飲んでいた。戦闘中はさすがに飲まないし、戦況が厳しい時も控えていたようだが、最近はしょっちゅう飲んでいる。厨房の女衆が仕込んでいて、瓢箪に入れてくれるらしい。
初めて会った時も思ったが、この男は山猫に似ている。もう見慣れたが、顎にぽつりぽつりと残った髭は猫を連想させるし、顔の筋肉は動かないのに目の中に浮かぶ感情だけが時々変わるところも猫っぽい。
でも、銀炎丸には嫌われていないのよね。
銀炎丸は狼であって犬ではないが、恒誠も猫ではなくて豹なのかも知れない。
そんな埒もないことを考えていると、恒誠が急に振り返った。
「いけない!」
光姫は慌てて横を向いた。明らかに避けているように見えただろうが、体が勝手に動いてしまった。恒誠がこちらをじっと見ているのを感じて顔が熱くなる。なぜだか自分でも分からないが、恒誠に見つめられるとひどく恥ずかしいのだ。
やがて、恒誠は目を前方に向けた。光姫も首を戻し、その背中を眺めて溜め息を吐いた。
「何をやっているのかしら」
と、横手に視線を感じて振り向くと、お牧が呆れた顔をしていた。
お牧は事情を知っている。英綱達が到着した日の夜、光姫は侍女に恒誠様と何かあったのですかと聞かれて、前日の夜のことを話したのだ。
命を懸けた最後の戦いを覚悟したり、援軍が来て感激したりでそれどころではなかったので頭の片隅に押しやっていた事件だったが、改めて思い出すといろいろ恥ずかしい。光姫は語りながら耳まで赤くなり、声が上ずるのを抑えられなかったが、お牧はそれを指摘せずに黙って耳を傾けた。忠実な侍女は宗明の言い草に腹を立てたようだったし、恒誠の言葉には明らかに驚いていたが感想は述べず、光姫が話し終えると尋ねた。
「それで、姫様はどうお答えになるおつもりですか」
「答えるって何に?」
光姫は首を傾げた。
「恒誠様に求婚されたのですから、お返事をしなくてはなりませんね」
「求婚? 結婚という言葉は出なかったわよ」
思い返してもそういうやり取りはなかったが、お牧は言った。
「それでも、はっきりと好きだと言われたのですから、姫様からも何らかの意思表示は必要でしょう。もし愛を受け入れるのでしたら、それは結婚するということです。これは梅枝家にとって重大な問題です」
「そういえばそうだわ。……どうしよう!」
光姫は事態を理解して慌てた。あの時、恒誠は勢いで想いを口に出しただけで返事は期待していない様子だった。だから、なかったことにして知らんぷりすればそれまでだ。だが、そういう態度は不誠実だし、恒誠は悲しむだろう。光姫自身も、初めてされた告白をうやむやにはしたくなかった。となれば、受け入れるか断るかだが、光姫が愛に応えることにすれば、それは梅枝家の跡取り娘との結婚という話になる。はっきり言われたわけではないが、恒誠は婿に名乗りを上げたに等しいのだ。
「どう答えたらよいかしら……」
一日遅れでおろおろしている光姫をややおかしそうな表情で眺めながら、お牧は尋ねた。
「姫様は、恒誠様をお嫌いなのですか」
「えっ、そんなことはないわ! あの人に好かれているなんて思っていなかったからびっくりしたけれど、嫌ではなかったわ」
光姫は意外なことを聞かれたと思い、強く否定した。恒誠のすぐれた頭脳と武略を尊敬している。同じ城で戦う仲間として信じ、頼りにしているのだ。
そう答えると、お牧は予想通りという顔で頷き、続けて尋ねた。
「では、お好きなのですか」
「まあ、そうね。友人、……いえ、戦友かしら」
「一人の男性としてはどうですか」
「どうなのかしら。よく分からないわ」
光姫は正直に答えた。
「以前は頭は良いけれど変な人だと思っていて、囮にされて腹を立てたこともあったわ。でも、今は悪い人ではないと分かっているわよ。話していて楽しいし、一緒に戦う時、あの人の存在はとても心強いわ。でも、どきどきはあまりしないわね」
「少しはするのですか」
「どうかしら……。恒誠さんと話していると予想外の言葉が飛び出してきて、驚かされたり考えさせられたりするから、そういう雰囲気にならないのよね。面白い人なのは間違いないけれど、どきどきの方向が違うのよ」
見合いの時条件の一つと考えていた「対等な話し相手」としては充分なのだが、恋し合う男女の語らいとは少々違う気がする。
「梅枝家の当主としてはどうですか」
「問題なく務まると思うわ」
光姫は即答した。
「ただ、その場合、織藤家はどうなるのかしら。それも考えなければいけないわね」
いろいろな方面に影響が及ぶでしょうね、とまた溜め息を吐く光姫を、お牧はじっと見つめていたが、更に尋ねた。
「では、運命を感じますか」
「運命?」
思わず聞き返すと、お牧は真面目な顔で言った。
「お見合いの時、姫様はいつも運命の人を探しているとおっしゃっていました。ですから、恒誠様に運命をお感じになれば、探していらしたお相手ということになります」
「恒誠さんに運命……? 殻相国で出会ったのは運命と言えなくもないし、一緒に戦うことになったのも、今考えると運命だったのかも知れないわ。でも、結婚する運命なのかは分からないわね……」
頭がこんがらがってきた。単純な問題だと思っていたのに、答えを出すのは案外難しい気がしてきたのだ。
「とにかく、脈はあるのですね」
「どうかしら。それも分からないわ」
光姫が自信なさそうに答えると、意外なことにお牧は大きく頷いた。
「今はそれで構わないと思います。戦いはまだ続きます。時間はありますから、じっくり考えて、納得できるお答えをお出しになればよろしいでしょう。恒誠様も急かすつもりはないと思いますよ」
「そうかしら」
「はい。私達家臣も結論を急ぎません。恒誠様を婿にお迎えになることについては、少なくともこのお城の当家の者達は反対しないと思います。ご当主様でいらっしゃる姫様がご判断なさればよろしいでしょう」
華姫と同い年の侍女は妹を見守る姉のような微笑みを浮かべて言った。
「運命を難しく考えることはないと思います。突然降りかかってくるものと考えがちですが、それでは受け身に過ぎると私は感じます。結婚相手を選ぶことは自分の人生を選択することです。姫様の人生は姫様のものです。この人が運命だと姫様がご自分でお決めになればよろしいのです。偶然に任せると、後で悔やむことになるかも知れません。周囲を見回せば、運命は案外簡単に見付かるものですよ」
その微笑みは確信に満ちていたので、光姫はもしかしてと思い、「お牧は運命の人を見付けたの?」と尋ねたが、侍女は教えてくれなかった。
「姫様は他人の心配をなさっている場合ではありません。ご自分のことをお考え下さい。梅枝家の大勢の家臣達に影響することなのですから」
上手く誤魔化された気がしたが、光姫は追及を諦めた。侍女の笑みからすると、誰が相手だろうと順調な様子で心配はなさそうだったからだ。
その夜以来、光姫は恒誠をよく観察し、自分の気持ちを確かめようとしているのだが、確信が持てないでいた。彼を見ていると胸がどきどきする。目が合うと思わず逸らしてしまう。見つめられると逃げ出したくなる。だが、宗明に感じていたあのうれしさと恥ずかしさの入り交じった感情とは何かが違う気がした。だから、嫌いではないが、大好きとも言い切れないのだった。
馬上の恒誠は普段通りで、何も変わりはない。その背中をじっと見つめ、恥ずかしくなって目を逸らし、でもまた見つめてを数度繰り返した末、光姫は溜め息を漏らした。
「はあ……」
すると、お牧が馬を寄せてきて、小声で言った。
「姫様、お悩みのようですね」
「えっ?」
「挙動不審ですよ」
慌てて後ろを振り向くと、武者達は皆呆れた顔をしていた。光姫は真っ赤になった。
「ばればれなのね」
「姫様は隠し事のできないご気性ですから」
「そういえば恒誠さんにも同じようなことを言われたわね……」
思い出してつぶやいた光姫ははっとした。
「まさか恒誠さんも気が付いているの?」
侍女に顔を向けると、お牧はまた姉のような表情をしていた。
「あああ、恥ずかしい……」
光姫がうつむくと、従寿がお牧の向こうに並んで言った。
「大丈夫です。みんな、そんな姫様が大好きなんですから」
お牧が「あなたは黙っていなさい!」という顔でにらんだが、従寿は平気な様子で続けた。
「恒誠様もまんざらではないと思いますし」
どういうことかしらと首を傾げると、従寿は物知り顔で言った。
「恒誠様のことが気になるのは、心を決めかねているからでしょう。考え中なら可能性がありますから、恒誠様はお嫌でないと思いますよ。告白がなかったことにされてしまったり、距離を取って憐みのまなざしを向けられたりする方がよっぽど悲しいです。それに、自分のことで悩んで挙動不審になっている女の子というのは、結構可愛いものですよ」
「従寿さん!」
お牧がたしなめた。
「ですが、俺は光姫様が今月中に承知の返事をなさる方に賭けているんで、結論はお早くお願いします」
「いい加減になさい!」
とうとうお牧が雷を落とした。従寿は舌を出して馬を下げ、光姫達の後ろに付いた。
「みんな知っていて、賭けの対象なのね。それもどう答えるかではなくて、いつ決断するかだなんて……」
「まったく、姫様は真剣に悩んでおいでですのに!」
光姫は笑うしかなかったが、従寿や家臣達が恒誠との仲を応援していて、温かく見守ってくれていることは分かった。それに、言われるまでもなく、結論をあまり引き延ばすことはできない。いずれ、恵国軍とは決着を付けなければならないし、もしかすると巍山とも戦うことになるかも知れない。その際に心が揺らいでいては戦いに差し支える可能性がある。受け入れるにしろ、断るにしろ、決戦には態度をはっきりさせて臨みたかった。
「そろそろ影岡が見えてきました」
前方の武者の声で、光姫は気持ちを切り替えた。
「恒誠さん、作戦の指示をお願いします」
大きな声で呼びかけると、若い軍師は振り向いて答えた。
「直利公のいる場所は大体見当が付いている。半数は町の外に残り、一千で町に入って捜索しよう。捜索は俺と光姫殿で行う。実鏡殿は町の外で緊急時に備えてくれ」
「分かりました」
実鏡も恒誠の向こうで頷いている。
直利は武守家の一族だ。彼に意見するには少なくとも封主以上の身分が必要になる。となれば光姫達三人の誰かだが、恒誠は二十四で軍師として高名とはいっても所詮は浪人だ。また、実鏡は十四歳と直利と一つしか違わず、元服はしているが大人とは言えない。となれば大封主家の当主で十八歳であり、義理の姉に当たる光姫が叱るしかなかった。
「では、さっさと放蕩者を連れ戻そうか」
恒誠はどぶろくの瓢箪を腰に戻した。既に臨戦態勢なのだ。
「捕まえたら、私が厳しくお小言を言ってやります」
光姫は笑った。いつもは言われる方だが、たまには逆になってみたい。父や姉達との日々が懐かしかった。
「分かった。それは光姫殿に任せよう。たっぷり絞ってやれ!」
恒誠も笑って言った。光姫とのこういうやり取りが楽しいらしい。
「任せて下さい!」
元気に答えながら、光姫はこの関係をいつまでも続けられたらいいなと思う自分を勝手だと感じていた。
町に入ると、恒誠は真っ直ぐ遊興施設の集まる北側へ向かった。光姫はこの辺りへ来たのは初めてだが、恒誠は迷わず進んでいく。光姫が怪しんでいるのを察して、撫倉安漣が「影岡での戦闘を想定して、戦が始まる前に町を念入りに見て回ったのです」と説明した。別にそんな言い訳はいらないのにと思いつつも、恒誠らしい話だと正直ほっとした。
女遊びが大好きな殿方を婿には迎えたくない。そういう男性は有名な美女を口説いて結婚しても、すぐに他の女に気が移ると聞く。恒誠はそんな人物には見えないが、光姫の理想はお互いを人生の伴侶として大切にし合う関係なのだ。
戦いの中で築いてきた絆は固いし、軍師として深く信頼している一方で、恋愛や結婚の対象となる一人の殿方としての恒誠のことは、考えてみるとよく知らない。そのことに今更ながらに気が付いて、ますます結論が遠のいていく気がするのだった。
武装して馬に乗った武者の集団に町の人々は驚いていたが、光姫と銀炎丸を見て頭を下げ、道を空けた。恒誠は遊郭の入口で馬を止め、光姫を残して数人の武者と中に入っていったが、すぐに出てきた。
「北だ」
それだけ言って、馬を返し、武者達に出発を告げて先頭を進んでいく。町の外の置いてきた実鏡達にも合流を求める伝令を走らせた。
「どういうこと?」
安漣に馬を寄せて尋ねると困った顔をした。「黙っていても行けば分かるのよ」と言うと、やむを得ないという様子で答えた。
「遊女を二十人連れて水浴びに行ったそうです」
「水浴び?」
「町の北には谷間の狭い河原に温泉が湧いている場所があります。温泉で火照った体を川の水で冷やしてまた湯につかるのがその温泉宿の名物です。直利様は、まだ萩月の半ばで暑いので部屋に籠もるのは嫌だとおっしゃって、川遊びをなさりにその宿へ向かったそうです」
「つまり、十三歳の少年が着物を脱ぎ捨てて、丸裸の二十人の遊女と河原で戯れているのですね。水をかけ合ったり、一緒に泳いだりとか、まあ、そんなことをしているのでしょう」
従寿が分かりやすく解説してくれた。お牧は怒っている。
「そんなところへ姫様を行かせられません! まったく、高貴なお方とはいえ、子供のすることではありませんね」
「頭が痛くなってきたわ……」
光姫はその光景を想像しそうになって慌てて頭から追い出した。知らずにその場へ行ったら唖然としただろうから事前に聞いておいてよかったとはいえ、耳が腐りそうな話だ。苦労を知らずに育った裕福でわがままな子供の見本のような少年だと思った。
「しかし、それは危険ですね」
輝隆が言った。
「身を守る物を持たない状態で河原に出るのです。しかも、男の家臣は宿の中で待っているでしょう。さすがに周囲を武者に取り囲ませてそんな遊びはできないでしょうからね。となると、今直利様のそばには遊女しかいないことになります。もし、恵国軍に襲われたら……」
「姫様、これはかなりまずいですな」
具総に光姫は頷いた。
「そうね。急ぎましょう。そして、そのやんちゃ坊主の顔を思い切りひっぱたいて、目を覚まさせてやるわ」
光姫は先頭の恒誠に追い付こうと速度を上げた。
着いてみると、なかなか立派な宿だった。相当裕福な者しか利用できないと思われる格式の高そうな門構えで、裏手から川のせせらぎが聞こえてくる。
恒誠と安漣が馬を下りて門をくぐり声をかけると、中から数名の若い武家が現れた。光姫達を見て驚いている。その様子では、先に探しに出たという鷲松家の家老千坂規嘉の配下ではなく、直利のお付きの者達らしい。
主君に無断で中に入れることはできないと言う彼等と押し問答になっている様子なので、光姫が馬上で私が行って一喝しようかしらと思っていると、裏手の川の方から複数の女の悲鳴と、多数の男の叫び声が聞こえてきた。男達の声は明らかに吼狼国語ではなかった。
「姫様!」
具総と輝隆と頷き合うと、光姫は振り返って叫んだ。
「半数はここに残って周囲を警戒して! 残りは私に付いてきて! 行くわよ、銀炎丸!」
叫ぶと馬を躍らせ、身を伏せて門をくぐった。
「恒誠さん、先に行くわ!」
建物から顔を出した若い軍師に声をかけて、裏手へ向かった。五百騎がそれに続く。
川はすぐそこだった。背の高さの三倍ほど下ったところに狭い河原があり、楕円形の大きな温泉が掘られている。川は幅が狭いが、馬で飛び越えるのは無理だろう。つかって体の熱を冷ますというくらいだから、腰辺りまでの深さはあるらしい。
対岸の河原に、茶色い鎧が三十ほど見えた。森を出て川に入ってこようとしている。体に入れ墨が施されていた。彼等を見付けて仰天した裸の女達が温泉を飛び出してこちらへ逃げてくるが、河原の石や草で足を滑らせて数名がひっくり返っていた。
直利を探すと、体を冷やすためか、ただ一人全裸で川の中にいた。びっくりして思考が止まっているらしく、流れの中央に立ち尽くして呆けている。遊び場から戦場へ状況が変わったことに反応できていないらしい。
「直利殿、何をしているの! 早く逃げなさい!」
光姫は叫んだ。
その声に驚いて振り向いた直利は、光姫と騎馬武者の群れを見てようやく事態を理解したらしい。迫ってくる敵へ怯えた目を向けると、慌てて身を翻して走り出した。
「前くらい隠して欲しいわね」
つぶやいた光姫は、武者達に命じて馬を下りさせ、河原へ向かわせた。河原までは崖で狭い階段しかないので、馬では無理なのだ。
だが、「はっ!」と答えて階段を下りていった武者達は、途中で困っていた。全裸の遊女二十人が駆け上がってきて鉢合わせになったのだ。お互い何とも気まずいし、階段は狭い。何とか通ろうと押し合いになって動けず、その間に敵兵はぐんぐん直利との距離を詰めていた。
しかも、対岸から武者達に矢や石が飛んでくる。直利との合流を阻止しようとしているのだ。直利は全身に入れ墨のある茶色い兵士達にすっかり怯えていて、近くの水面に石が落ちると慌てて向きを変えようとして、水底の苔で足を滑らせてひっくり返っていた。
「まったく。あなたに当てるわけがないでしょうに。無視して逃げればいいのに」
隣で従寿がぶつぶつ言っている。彼の武器は槍なので出番がないのだ。お牧は川の中の暴波路兵に弓を次々に放っている。
「まずいわね。このままでは先に直利様に到達するのは敵の方だわ」
遊女達が一旦河原に戻ってくれれば武者達が通れるのだが、すっかり気が動転していて、甲高い悲鳴を上げながら唯一の逃げ道である階段に集まって無理に上ろうとする。矢や石に怯えて男達にしがみ付いている者もいる。立ち往生した武者達は矢や石を避けられず、傷付いた数人が座り込んで更に階段を狭くした。
暴波路兵は向こう岸に二百名ほどが弓や投石紐を構え、光姫隊も崖の上で五百名が馬上からもしくは下馬して矢を放っている。直利はひっくり返った時に足の裏を切ったらしく、足を引きずるようによろけながら走り、三十名ほどの黒い鎧の兵士はどんどん距離を縮めていく。
「このままでは捕まる。みんな、敵を直利様に近付けるな!」
輝隆が叫んだ。すぐに多数の矢が飛んでいったが、裸の少年に当たらぬようにすると、あまり近くには射られない。暴波路兵はそれを分かっていて、直利さえ捕まえてしまえば安心だと思っているらしく、速度をゆるめなかった。
どちらも相手を足止めしようと必死だったが、そんな中で、光姫は他のことに気を取られていた。
「あれは、暴波路国人の兵士だわ。ということは、お姉様がどこかにいるのね」
光姫は華姫を探して対岸の崖の上に目を走らせ、森の奥をよくよく眺めて、白い人影を見付けた。
「お姉様!」
思わず叫ぶと、真っ白な着物の人物がこちらへ顔を向けた。間違いなく華姫だった。
「光子……!」
耳には聞こえなかったが、華姫がそうつぶやいたのが分かった。
光姫は姉に言いたいことがたくさんあった。田美国以来の戦いのこと。預けた殻相国や月下の町の民のこと。影岡城の攻防戦で、お互いに本気で戦ったこと。それなのに、華姫は自分を逃がそうとしてくれたこと。
川を隔てて見つめ合った姉妹の間には一瞬に無数の思いが流れたが、二人は口から出たのは相手に関係のない言葉だった。
「早く、直利を確保しなさい!」
「直利様の後ろをねらって矢を射って!」
叫んで、光姫は弓を引き絞り、姉に向けた。だが、放とうとして光姫はためらった。ここから届くかは分からない。それでも、姉をねらうのは抵抗があった。華姫の目が私を射るつもりなのかと問いかけていた。
光姫はためらった後、ねらいを直利に迫る暴波路兵に向けた。当たる可能性の低い敵の大将より、もっと急いで射るべき相手がいると言い訳しながら。
ところが、放とうとした瞬間、辺りに轟音が響き渡った。
「鉄砲? 恵国軍の新手? まさか伏兵?」
光姫はびっくりした。暴波路兵に鉄砲を持った者はいなかったからだ。反射的に姉を見ると、華姫も驚いたように辺りを見回していた。では、暴波路兵ではないらしい。
どういうことかしら、と疑問に思った時、華姫が一点を見つめて固まった。美貌が驚愕に染まっている。その視線を追った光姫は、川の中ほどを見やって仰天した。直利がぐらりと揺らいで背中から水の中へ倒れるところだったのだ。左肩から出血していた。狙撃されたのだ。更にもう一発銃声が轟いた。今度は直利の右腕の下をかすめて、川面に小さな水柱を上げた。
「姫様! 直利様が!」
輝隆が叫んだ。
「すぐに救助を!」
光姫は我に返って叫び、周辺の森を素早く見回した。直利は斜め前方から撃たれていた。左胸をねらったが、直利が足を滑らせてよろけたため、ねらいが逸れたのだ。つまり、狙撃したのは恵国軍ではなかった。華姫は驚いていたし、殺すつもりなら兵士に川を渡らせる必要はない。対岸から撃てばよかったのだ。
「角度からすると、右手の崖の上!」
この川は温泉の周辺だけ谷の幅が広がっていて河原があり、少し先でまたすぐに狭まっている。その最も奥、温泉を見渡せる崖の上の森の中で、光るものが動くのが見えた。突き出していた鉄砲を何者かが下げて隠れようとしている。光姫は思い切り弓を引き絞ってそちらへ射たが、矢は崖の下の方に当たって落ちた。曲者は一瞬振り返り、すぐに森の奥に消えた。光姫に見えたのは、その年配の男の顔がごま塩の髭に覆われていたことだけだった。
そこへ、新たな爆発音が起こった。今度は下の河原だ。対岸の暴波路兵が爆鉄弾を十個ほど、川を越えて投げ込んできたのだ。
「これは、煙の出るもの?」
白煙に覆われた河原を見下ろしてつぶやいた光姫は姉のねらいを悟った。
「しまった! 早く直利様を確保して!」
だが、既に遅かった。ようやく階段を抜けて河原へ下りた武者達は、爆鉄弾の煙にむせこんでいる。薬草のような匂いがするので、恐らく蚊や蚤をいぶす時に使う草が混ぜてあるのだろう。体に害はなさそうだが、のどが痛いし吸い込むと激しい咳が出る。目も痛かった。
そこへ一斉に矢や石が浴びせられた。そうして足を止めている間に、数人の暴波路兵が直利に駆け寄り、ぐったりしている少年を抱き上げて、対岸に走っていく。
「まずい。急いで追いかけて!」
光姫は叫ぶと、馬を飛び下りて階段に突っ込んだ。すぐに忠実な狼が続く。慌てて付いてきた輝隆や従寿と共に武者や遊女達をかき分けて河原へ駆け下り、水際へ走った。目が痛く涙がぼろぼろ出たが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
暴波路兵は河原に上がると四人がかりで少年を担ぎ上げ、崖を登って森に入っていく。
「待ちなさい!」
光姫がためらわずに川へ飛び込むと、白い着物の華姫が振り返った。華姫は一瞬妹を見つめて、近くの兵士達に頷いた。
すると、十数人が火の付いたたいまつを放り投げた。たちまち周囲の木々が燃え上がった。どうやら油を撒いてあったらしい。
それでも光姫は腰まで水につかりながら川を渡り、走って追いかけようとしたが、輝隆に肩を引き戻された。
「姫様、足元をよくご覧下さい」
河原に無数の三角菱が撒かれていた。影岡軍のものとは形が違うので、恵国軍が作らせたものだろう。
「こんなものまで用意していたなんて!」
さすがはお姉様だと思いつつも、水の中を移動して三角菱のないところを探して岸に上がろうとすると、崖の上から牽制の石が飛んでくる。慌てて飛び下がったところへ、背後の河原から恒誠の声がかかった。
「光姫殿、追っても無駄だ。戻ってきてくれ」
「直利様が連れ去られてしまうわ!」
振り返って叫ぶと、いつの間にか水際まで来ていた若い軍師は言った。
「もう遅い。三角菱や森を燃やしたことからも分かるが、敵はこちらの追撃を振り切る用意をしていた。さすがは華姫殿だ。恐らく、少し先に数千の軍勢が隠れているのだと思う。見えていた敵が全てとは思えない」
「でも!」
光姫は不満だったが、恒誠は首を振った。
「無理をして追いかければ、光姫殿の身が危ない。あなたを失うわけにはいかないのだ。直利様よりも光姫殿の方が我々にはずっと大切だ」
「恒誠さん……」
光姫はその言葉にどきりとしたが、恒誠は平然としていた。
「それに、直利様が生きているかどうかも分からない。肩に銃弾が命中したのだ。今頃息絶えている可能性もある。危険を冒して追っても無駄になるかも知れない」
「……そうね」
悔しげに拳を下ろした光姫に、輝隆が言った。
「念のため、対岸に馬で物見を出しましょう。追撃できそうならして、無理なら引き返して守国軍の本陣へ知らせましょう」
「分かったわ」
光姫は頷いたが、もう直利を取り戻すのは無理だろうと思っていた。あの姉のことだ。当然、追っ手に対する備えもしてあるはずだ。
「これはややこしいことになりそうね。それに、あの狙撃手、誰が送り込んだのかしら」
この事件の影響は案外と大きなものになるのではないか。嫌な予感に襲われつつ、光姫は姉が消えていった森が火に覆われていく様子をしばらく眺めていたが、狼と輝隆達を連れて川の中を恒誠の方へ戻っていった。




