(第六章) 五 に
蓮月十四日、十五日の二日間は恵国軍の攻撃はなかった。恒誠によると、敵は投石機を焼かれてしまったので部品を作り直さなければならないし、橋を渡るのに随分と時間がかかって予想以上の死傷者を出したことを踏まえて、作戦の練り直しをしているのだろうということだった。
光姫達は物見を出して敵の動きを探らせつつ、この貴重な時間に城壁を修復したり、武具を磨いたり、甲冑を洗って干してへこんだところを直したりした。川の中の乱杭や河原の逆茂木もできる限り設置し直した。恒誠の指示で次の作戦の準備も進められたが、敵も同様に少人数の兵士が対岸から影岡城を見張っているので、意図を見抜かれないように気を付けた。
そうして、十六日の朝、恵国軍は再び御涙川の向こうに現れた。
黒い鎧の群れは夜が明けるとすぐに川岸までやってきて、河原に下りるぎりぎりのところで何かを作り始めた。材木で頑丈そうな土台を四つ組み、金属の大きなものを設置している。
「あれは何ですか」
朝日を浴びて光っているその物体を物見櫓の上で実鏡が指差すと、恒誠はやや険しい顔で答えた。
「大砲だ」
「大砲って、鉄砲の大きいものですよね?」
光姫の言葉に、恒誠は頷いた。
「基本的な仕組みは同じだ。ただし、威力はけた違いだ。大陸の戦では町を囲む城壁を崩すのに使っているらしい」
「では、あれで大手門をねらうのですか。大丈夫でしょうか」
実鏡は心配そうな顔になったが、恒誠は否定した。
「いや、それはないだろう。距離が遠過ぎる。射程は鉄砲より長いが、それでも対岸からではせいぜい左右のこぶの下の崖に当たるくらいだろう」
「では、何のために作っているのですか」
「俺達への牽制だな」
「牽制ですか?」
光姫は首を傾げた。
「崖に当たればこぶの中の人達はびっくりするでしょうけど……」
「実害はあまりなさそうですね」
実鏡も不思議そうな顔をしてはとこを見ると、若い軍師は言った。
「つまり、あれは城を攻撃するためのものではない。広場に出て迎え撃つ我々をねらうつもりだろう」
「あっ……!」
光姫は実鏡と一緒に声を上げたが、すぐに疑問に思った。
「でも、大砲も鉄砲と同じで、素早い連射はできないのですよね」
光姫が尋ねると、恒誠は対岸を眺めながら答えた。
「確かに、装填には鉄砲よりずっと時間がかかる。ねらいも甘く、誰かをねらい撃ちするようなことは不可能だ。だが、盾を並べて動かない者達のどこかに落ちるように撃つことはそれほど難しくない。全弾とはいかないだろうが、半分近くは当たるだろう。しかも、敵は大砲を四門も用意している。次々に撃てば、弾が飛んでくる間隔は四分の一になる」
「どうやって防ぐんですか」
「盾では無理そうね」
対策を尋ねた実鏡と光姫に、恒誠は首を振った。
「防ぐ方法はない。射程内なら建物の中にいても安全ではないな。生身の人間がまともに食らったらひとたまりもない。弾はとても速く、よけるのも無理だ。落ちた場所の周囲の武者が数人巻き込まれて死ぬ。どこに落ちるか誰にも分からないから、前回の着弾地点から離れていても安心はできない」
恒誠の口ぶりは不愉快そうだった。恐らく、そういう不安定で不確実な兵器が嫌いなのだろう。
「つまり、前回のようにあそこに並んで敵を防ごうとすれば武者達は確実に死んでいく。誰が死ぬかは運次第だ。敵の渡河を邪魔するには多少の死傷者は仕方がないと諦めた上で、一人でも多くの敵の殺害を目指すことになる」
「そんなの納得できません!」
実鏡が珍しく強い口調で言った。
「誰かが確実に死ぬと分かっていて、その場に立っていろと命令するなんて、僕は嫌です。敵の方が多く減ればいいという問題ではないと思います!」
「そうよ。そんなの武者の死に方ではないわ」
光姫も声がつい大きくなった。
「矢戦で敵の矢に当たるのは仕方がないわ。盾で防ぎ切れないこともあるもの。隊列を組んだぶつかり合いや乱戦で死ぬのも覚悟の上のことでしょう。敵も味方も同じように命を懸けて全力で戦って、負けた方が死ぬのよ。でも、本人には何もできないで、ただ立っているだけで運が悪いと死んでしまうなんて、納得できないわ。自分の力で生き延びることが不可能な戦いなんておかしいわよ」
恒誠は頷いた。
「二人ともそう言うだろうと思っていた。俺も同感だ。戦に死傷者はつきものだ。だが、それをできるだけ少なく、できれば出さないように戦うのが将だ。始めからこの戦に出る者の何割は死ぬと決まっているなどという作戦は、俺は立てたくない」
若い軍師の口調は淡々としていたが、光姫は彼が軍配をぎゅっと握っていることに気が付いた。
「この城にいる武者達は皆、誇りを持った人間だ。彼等が彼等なりに必死で戦って、強い者は自分の生を勝ち取れるような戦をしたい。多くの回数を戦って勝利の確立を高めようとすると、一定の犠牲を前提にした手堅い作戦が無難なのかも知れないが、俺は失われる味方の命を少しでも減らすため、その時その時に最善と思われる作戦を考えてきたし、これからもそうするつもりだ」
そばで聞いていた輝隆や従寿が頷いた。従寿は大きな怪我がなかったので、既に光姫の護衛に復帰している。
「それに、俺達の戦いはまだまだ続く。巍山軍と協力して恵国軍を完全に打ち破るまで終わらない。貴重な戦力を失うことはできるだけ避けたい」
ここまで言って恒誠が口を閉じたので、光姫は確認した。
「ということは、迎撃には出ないのですね?」
「そうだ」
恒誠は肯定した。
「どうせ稼げる時間は大したことがないからな。敵軍師はきっと三日前の教訓を活かした作戦を立ててくる。前回のような成功は期待できないだろう。だから、我々は城内から攻撃するだけで、敵の前には出ていかない。渡河や布陣を多少は邪魔するがな」
多少の妨害というのは、広場に何列にも渡って並べてある高い逆茂木だった。
「敵に橋を渡らせる。今回の戦いの本番はその後だ」
恒誠は雲居国の平野を眺めてそう言った。
「もちろん、その戦いにも勝ちます。この城は決して落とさせないわ」
光姫が言うと、実鏡や家老達や従寿やお牧がそろって「はい!」と答え、振り返った恒誠はかすかに微笑んで頷いた。
大砲の設置を終えると、恵国軍は渡河を開始した。兵数は三日前と同じで、銅鑼の大きな音を合図に四千が橋を渡り始め、一万六千が河原に下りて水に入ってこちらの岸へ向かってくる。敵軍師のいる本陣はまた向こう岸で五千に守られている。
前回と違うのは、渡河する恵国兵が六人で脚の多い机のような大きな盾を傘のように持ち、その中に同じ組の者達を隠していることだった。盾を持つ者達の武器は他の兵士が運んでいるらしい。
川を渡り切ると、兵士達はその盾を立たせて並べて屋根のある空間を作り、その陰で逆茂木を壊し始めた。まるで机の下で遊んでいる子供が大人の座っている重い椅子を動かそうとしているような光景だが、そばで他の兵士達が小さな盾を構えて作業する兵士を守っているので、矢や投石の攻撃は効果を上げられないだろうと思われた。
敵の新たな武器はこれだけではなかった。
「あれは何というものですか?」
物見櫓の上で実鏡が指差したのは、橋の上を移動する大きな物体だった。欄干のない狭い橋の幅いっぱいの大きな板を前面に斜めに立てて側面と上部にも板を張り、下に木の車輪を十個付けたものがこちらへ渡ってくる。前面と側面の板には狭間を設けてあるが、ひさしが長く飛び出ているのでまず矢や火の付いた硫黄が中に飛び込むことはないだろう。中で二十人ほどの兵士が手で押して進めているようで、それが少なくとも三十台は見える。
「初めて見る武器だな。恐らく涼霊という軍師が考案したのだろう。似たような動く壁は書物にあるが、橋を渡れるように、矢と焙烙玉を避けられる程度に軽くしたもののようだ」
「火矢や焙烙玉であの壁を止められたでしょうか」
実鏡が尋ねると、恒誠が首を振った。
「いや、矢を防げるほど厚い木の板だ。表面が焦げるだけで中までは焼けないだろう。何発か命中させたとしても、手で持てないほどに燃え上がる前に接近されて切り込まれる。その上、敵はあの陰で安全に鉄砲の弾込めができ、それを狭間から撃ってくる。恐らく、こちらは多大な損害を出したはずだ」
輝隆が嘆息して言った。
「広場に出なくて正解でしたね。敵はまた東西へ兵を回して一斉に押し寄せてきましたし」
前回同様、東と西の森からも盾を構えた恵国兵が現れ、広場を移動して橋の方へ向かっていく。もし、城内から壁を攻撃しに出てきたら挟み撃ちにするつもりなのだろう。
「騎馬武者隊もあの壁を並べて密集されたら突破できないわ。敵の軍師は前回の失敗を繰り返さなかったのね」
光姫の言葉に全員が頷いた。
動く壁は橋を渡り切ると左右に広がり、背後に渡河を終えた黒い兵士達を守りながら少しずつ進んでくる。東と西の別働隊は槍や盾を並べて動く壁の左右を守る。
こうして恵国軍はほとんど抵抗を受けずに川を超えたが、広場に入ると急に前進が止まった。恒誠の命令で逆茂木が新たに七列も設けてあったのだ。すぐに動く壁の陰から兵士が出てきて壊していく。そこへ影岡軍は城内から投石機で大焙烙玉や硫黄の桶を放り込んで妨害した。
逆茂木といっても広場のそれは、材木で作った背よりも高い柵に、葉が付いたままの木の枝をたくさん釘で打ち付けたものだった。枝は近くの山から取ってきたものらしく、きのこや蔦がくっ付いている。
いかにも急ごしらえで防御効果はあまり期待できないが、それで問題はなかった。というのも、この大量の逆茂木は、恵国軍が陣地を作るのを邪魔するのが目的だったからだ。恒誠の時間稼ぎ作戦の一環だ。そのために杭を深く打ち込んで固定してあったが、偶然にも動く壁を足止めすることになった。
恵国兵は掘り起こして引き抜いたりのこぎりで切ったりしなくてはならず、かなり手間取っている。しかも、時々大焙烙玉が飛んでくるので、そのたびに動く壁の陰に退避しなくてはならない。いくつかの壁が燃え上がったが、すぐに川から水が運ばれて消火され、作業は少しずつ進んでいった。
結局、逆茂木を三列片付けるのに二刻ほどを費やして、恵国軍はようやく広場の北端を占領した。残りの四列は周囲を守る壁として残し、中央に門へ向かう通路を作っている。すぐに、燃やされた投石機の残骸を挟んで左右に一つずつ木の足場が組まれ、新しい機械が作られていく。
「今回は二台のようですね」
輝隆が恒誠に言った。恵国軍のいる広場の北端は城内からでは遠過ぎて、矢や投石は届かない。多くの武者は敵の動きを見ているだけなので、光姫達は皆、物見櫓に集まっていた。
「二台あれば、もし攻撃されても片方は守り切れるということだろう。二台の方が早く門を破れるしな」
恒誠は落ち着いていた。
「これは想定内だ。あの場所には最大で三台作れる。それ以上多くすると陣地が広くなり過ぎて守りにくくなるが、敵軍師も分かっているようだ。こちらの作戦には織り込み済みだから問題はない」
「こちらの投石機で敵の機械を壊すことはできないのですか」
輝隆が尋ねた。
「無理だな」
恒誠は首を振った。
「あの投石機は頑丈な造りだし、材木の骨組みに直撃させるのはかなり難しい。敵の投石機は重りで飛距離を調節する型で精度が高いが、それでも命中率は大砲よりましな程度だ。だから、俺は現実的な選択として、巻いた発条の力であまり重くないものをたくさん飛ばす型の投石機を作らせた。遠くのものにねらって当てるのはまず無理だが、発射間隔が短く運用も楽だ。雲居国は発条にする牛の足の筋を手に入れやすいし、投げる大焙烙玉や桶は工房に発注すればいいからな」
「なるほど」
輝隆は納得したらしかった。
恒誠は後ろを振り返って言った。
「敵の投石機が完成するまで二刻といったところだな。そろそろこちらも準備しよう」
義勇民の頭の伍助が「へい!」と返事をした。光姫が騎馬隊を率いることになったため昇格したのだ。細かい作業が得意な職人肌で、投石機の扱いが上手くて恒誠の信頼が厚い。影岡城の将の一人として毎朝の評定にも参加している。
「武者達に、午後は敵が近付いてくる可能性があるから気を抜かないように伝えてくれ」
「分かりました。もうすぐ敵の驚く顔を見られますね」
実鏡が言い、全員が笑みを浮かべた。
その日、太陽が真上に来た頃に、二台の投石機は完成した。
投石機の建造と運用担当の匡輔将軍は早速それを涼霊に報告しにいった。今回は涼霊も橋を渡り、投石機のそばにやってきている。時折城内から大焙烙玉が飛んでくるが、投石機のそばに本陣として動く壁を二台並べ、危なくなったら身を隠すことになっている。
「あの茶色いのは何だ? 門が見えんぞ」
涼霊の隣で敵城を眺めていた頑烈が匡輔に尋ねた。
「どうやら布の幕のようです」
「幕だと?」
頑烈は首を傾げた。
「確かにそう見えるが、そんなものでどうするつもりだ。門を隠しているのか?」
影岡城の大手門の前に、焦げ茶色の大きな幕が張ってある。左右二つのこぶの向かい合った壁の上に高い柱を立てて間に太い綱を渡し、そこから垂らしているのだ。高さと幅は投石機の塔を三つ並べたほどもあり、こぶの間の谷間をすっかり覆っている。下にも綱が付けてあって、それぞれ左右のこぶの狭間の中へ消えていた。神雲山から吹き降ろす風で幕がふわりと揺れているのがこの距離でも分かった。
「恐らく、的を見えなくして、ねらいを付けにくくしているのでしょう」
匡輔は小馬鹿にした口調で推測を述べた。
「ですが、あの坂は真っ直ぐです。空堀の間の細い道の上の辺りをねらえばよいのです。それに、あんな幕はすぐに破れます。この大型の投石機の玉は大人一人分の重さがあります。それが高速で飛んでくるのですから、一発目で穴が開くか柱ごと倒れますよ」
「では、すぐにやってもらおう」
涼霊が言った。幕を見て何やら考え込んでいたが、まずは撃ってみようということらしい。
「はっ。では、試射もかねて、両機から数発ずつを発射致します」
匡輔がそばにいた兵士に頷くと、すぐに命令が伝わって、まず東の一台が攻撃を開始した。
丸太の先を後方の地面に固定している仕掛けが外されると、飛ばす方向の先に取り付けられた重りの箱が投石機の塔全体をきしませながら落下する。すると、丸太の長い方が風を切るぶうんという音を立てながら跳ね上がり、先端の金属の網が開いて、一抱えもある大きな石が唸りを上げて飛んでいった。
第一射は門のはるか手前、坂の終わる辺りの地面に落下した。続いて西の機械からも発射されたが、これは右のこぶの先端の崖に当たった。すぐに角度と重りの量の調整が行われ、天を向いている丸太の先端を大勢の兵士が綱を引いて地面に戻すと、再び大きな石が網に入れられて、勢いよく飛んでいく。だが、それらも外れ、飛距離が足りなかったり方向が違っていたりを繰り返して、結局幕へ石が当たったのは東側の第五射、合わせて九発目のことだった。既に二刻ほどが経過していた。
「破れぬな」
頑烈が驚いたような、呆れたような声で言った。大きな石が真ん中に近い部分に命中したというのに、黒い幕は今も風に揺れている。石の玉は確かに幕をへこませたが、包み込まれるように滑り落ちて坂を転がり、空堀へ消えていったのだ。
「次を撃て」
涼霊は表情を変えずに命じた。
「ははっ!」
匡輔はすぐに部下に指示し、更に四発が放たれたが幕は破れなかった。
「一体どういうことでしょうか?」
ねらいの調整が済んだので、石は四つの内二つが幕の端に当たった。だが、幕はたわむだけで破れず、綱も切れなかった。
「どうにも不思議です。目標が遠いため石弾をやや小さく軽くしていますが、木製の門扉を壊すのに十分な威力があるはずです。布くらいで防げるはずがないのですが」
先程まで自信たっぷりだった匡輔の声には、今は驚きと焦りと理解不能な事態への苛立ちが感じられた。
「風だな」
涼霊がつぶやいた。
「どういうことだ?」
頑烈が尋ねると、軍師はいつもの無感情な声で答えた。
「あの幕は背後からの南風で前へ大きく膨らんでいる。神雲山から吹き下りてきた風が城のある丘にぶつかって分かれ、こぶの間の谷間で再び合流して勢いを増すらしい。その風をはらんだ幕へ飛んできた石がすぽりとはまると、布を突き破ろうとする力と、風が幕を押し戻そうとする力が打ち消し合ってしまう。竿に干したふかふかの布団に石を思い切り投げ付けても突き抜けないのと同じだ。あの幕も炬燵布団のような作りらしい。よく見ると田の字に多数の部分に区切られているから、恐らく中に綿がたっぷり挟んであり、ずれぬように補強もかねて太い帯を縦横に走らせてあるのだ。全体の重量は石弾の数倍あるだろう。しかも、あの柱は竹のようだ。重みで木がしなっている。中綿の柔らかさと束ねた竹の弾力で、勢いは更に殺される。その上、飛んでいく石は向かい風を受けるため、到達する頃には速度がやや落ち、真っ直ぐではなく斜め上から幕にぶつかることになる。毎回石が当たる場所が大きく違うのも向かい風のせいだろう。あの幕は下の方を少し奥に下げてあるから、石は幕の表面を滑りながら落ちていき、突き破ることはない」
「なるほど」
頑烈は唸って、不愉快そうに顔をしかめた。
「では、どうすればよい」
この軍師には考えがあることを頑烈は疑っていなかった。
「方法はいくつかある。同じ場所に石を繰り返し当てて破る方法。綱をねらって切断する方法。あの柱にぶつけて倒す方法。長い間撃ち続けていれば、どれも可能だろう。だが、そんな時間はない」
「そうだな」
先程、禎傑が今朝独岩城を出発したという知らせが届いたのだ。三日の距離なので明後日の夕方にはここへ到着する。その前に落とさなければ、頑烈と涼霊の面目は丸つぶれだった。
「よって、幕を爆破する」
「なるほど。爆鉄弾ですな」
匡輔がぽんと手を打った。
「どんなに丈夫な布でも、あれを数発受ければ破れるでしょうな」
「よし、急げ」
頑烈が命じ、匡輔は早速準備にかかった。狐ヶ原で使用した大型の爆鉄弾を投石機の網に二つ入れ、火を付けて投擲する。通常のものより一回り大きく数倍重いそれは、焙烙玉と同じような仕組みになっていて、衝撃で中の火薬に引火し、爆発して破片を飛び散らせる。
三万五千人の期待の視線の中、爆鉄弾は東西の二機から交互に三度ずつ放たれた。重量が違うため投石機の重りの量を調節する必要があって、また一刻半ほどの時間がかかったが、六発目が見事に命中して爆発した。だが、それ見ても恵国軍から歓声は上がらなかった。
「なぜ破れない?」
頑烈が叫んだ。
「二個の大爆鉄弾が当たったのだぞ! おかしいではないか!」
「次を放て」
涼霊は冷静に命じたが、更に三発五個が当たっても幕は無事だった。爆鉄弾の数を倍の四個に増やしても、小さな穴すら開かない。爆発の轟音はものすごく、焦げ茶色の幕は門の方へ大きく押されるのに、すぐにまた風をはらんで膨らみ、もとの形に戻るのだ。
「どういうことだ!」
頑烈に怒鳴られて、匡輔は真っ青な顔で首を振った。理由が分からないのだ。涼霊もさすがに驚いたようだったが、分析は冷静だった。
「あれはただの布ではないな。茶色っぽいから恐らく動物の皮だ」
「あの大きな幕が皮革だというのか!」
頑烈は思わず問い返した。二階建ての大手門をすっかり覆うような大きさの皮布など見たことがない。
「この雲居国は牛が多い。肉を仰雲大社の供え物にするのだそうだ。だから、大量の皮が手に入ったのだろう。厚いなめし皮を何枚か重ねて中に綿を入れているのに違いない。それでも、あれだけ大きければ風をはらむと膨れるのだ」
「どうすればよい。教えてくれ」
頑烈は悔しげに顔を歪めて尋ねた。涼霊に頼り切りで同じ言葉を繰り返している自分に腹が立ったのだ。軍勢を率いて敵と激突することなら誰にも負けない自信があったが、こういう事態への対処は手に余った。
「破れぬのなら焼けばよい」
少し考えて、軍師は答えた。
「皮は燃える。中の綿もだ。火を付ければあっという間にぼろぼろになって落下するだろう」
涼霊は少なくとも外見上は平静だった。が、その素っ気ないほどの口調には、わざと感情を隠したような響きがかすかに感じられた。
「そうか。その手がありましたな」
匡輔は軍師の様子に気が付かず、元気を取り戻して感心した顔で大きく頷いた。
「火矢を使うのですな。全体を焼くには十本くらい当てる必要がありそうですが、的は大きいのでさほど難しくないでしょう」
「五千ほどを向かわせて一斉に放ってはどうだ。射たらすぐに戻ってくるのだ。わしが指揮をとってもよい」
そういうことなら得意だと勢い込んで頑烈が提案したが、涼霊は首を振った。
「接近すれば城内から攻撃を受ける」
大手門は左右のこぶの間の一番奥にある。幕はそれより手前だが、矢を当てようとすれば相当こぶに近付くことになる。
「だから、油と爆鉄弾を使う。油を浴びせてから着火するのだ」
「それなら死傷者は出ませんが、油の壺は用意がありません」
匡輔が言うと、涼霊はうっすらと赤くなった空を見上げた。
「もう夕刻だ。じきに暗くなり、遠くのものが見えなくなる。今夜の内に準備をし、明日攻撃しよう。幕と門が破れ次第、城内へ突入する。その用意もせねばならない」
「そうだな。それがよかろう」
頑烈は気勢を削がれた顔をしたが、頷いた。
「今日は早めに引き上げて兵士達を休ませよう。明日は城内へ切り込むと、皆に伝えておく」
頑烈は伝令の兵士を呼び、撤収と今夜の投石機の守備について指示をするから、将軍達をここへ集めるように命じた。匡輔は投石機隊に今日の攻撃は終わりだと伝えて片付けを始めさせている。
「もう七日目だというのに、また落とせなかったな」
頑烈は影岡城を眺めてつぶやき、軍師を振り向いて目を見張った。同じように城を見つめている涼霊が珍しく歯を食いしばり、拳を強く握っていたのだ。
頑烈の視線に気付くと涼霊はすぐに無表情に戻り、顔を背けて投石機の方へ歩いていった。
「雨に備えて爆鉄弾などを動く壁の下に運ばせておけ。中に水を入れぬために周囲に溝を掘るのを忘れるな」
そう匡輔に指示する横顔を眺めて、頑烈は軍師に声をかけようかと考えたが、すぐに首を振った。将軍職にある者に慰めや励ましの言葉は必要ない。傷付いた誇りは戦いで回復するしかないのだ。
どれほど苦戦しようと、最終的に敵を倒して生き残った方が勝者だ。そして、これまでそれは必ず自分達だった。今回も司令官殿下によい報告ができるように全力で努めるのが自分と涼霊の仕事だし、兵士達への義務でもあるのだった。
「影岡城の者達よ。お前達は確かに手強い。だが、必ず打ち破って城を占領してやる。明日には城内へ突入してみせるから、覚悟しておけ」
そう誓うと、頑烈は打ち合わせのために集まってきた将軍達のところへ向かった。
翌十七日、影岡軍は朝早く豪農の屋敷の本陣を出て、橋を渡って影岡城の前の広場へやってきた。
昨晩この場に残ったのは一万五千で、敦朴隊一万は投石機の四方をぐるりと囲む形で守りに付き、馬策隊五千は対岸で大砲を守備していた。夜の間、影岡軍の襲撃はなかったらしい。だが、それを頑烈達は誰も意外に思わなかった。
前面には動く壁が並んでいる。更に、その向こうには四重の逆茂木がある。城兵の設けたこの障害物が、彼等自身の攻撃を難しくしているのだ。門へ向かう突入部隊のために真ん中に通路が設けてある以外は、東の森や西の河原の近くまで逆茂木があるので、恵国軍にとっては投石機を守りやすかった。
涼霊は敦朴の報告を聞くと、本陣に戻って休むように言い、連れてきた三万の兵士に周囲の守りを固めさせて、早速投石機の準備を命じた。
「二台をそれぞれ油壺用と爆鉄弾用に調整します」
匡輔は昨日自分の機械が成果を上げられなかったことが相当悔しかったらしく、夜を徹して準備を進め、今朝も涼霊達より先にここへやってきて仕事を始めていた。既に動く壁の下に、油をいっぱいに入れた大きな壺と、発火しやすいように火薬の量を調節した爆鉄弾がずらりと並べられている。匡輔はそれらを二つずつ投石機の網に入れさせると、涼霊の許可を得て発射命令を下した。
まず、東の投石機から油壺が、続いて西の投石機から爆鉄弾が次々に飛んでいく。飛距離の調整が必要なことと向かい風の影響を考慮して、半分は失敗する前提で数を用意してあるので、匡輔はけちけちせずにどんどん撃たせた。兵士達も昨日一日の経験で動きが機敏になり、発射間隔は大幅に短くなっていた。
その結果、一刻半で油壺二個が命中し、五発目の爆鉄弾で着火に成功した。下の端に付いた火はたちまち大きくなり、もうもうと黒い煙を上げて燃え盛った。広場には皮革の焦げる胸のむかつく匂いが広がり、多くの恵国兵が鼻をつまんだが、彼等の顔は興奮と歓喜にあふれていた。
これで癪に障る敵の大きな幕は燃え落ちた。多少残っても、数発石弾を打ち込めば、ぼろぼろの布など簡単に叩き落とせる。恵国軍の誰もがそう確信した。だが、油が燃え尽きて火が小さくなり、煙が風で流されると、そこには全く同じ大きさの焦げ茶色の幕がそのまま下がっていた。
「どういうことだ?」
頑烈は自分の目を疑った。今度こそ敵の防御を打ち破ったと思ったのに、意外な結果に驚きを隠せなかった。匡輔は唖然とし、兵士達も皆信じられないという顔をしている。
「なぜ燃えない!」
頑烈は叫んだ。
「まさか、燃えない布だとでもいうのか!」
この言葉に、さすがに青ざめていた涼霊がはっとし、目を見張って幕を眺めた。
「もしや、あれは……」
「そんな馬鹿な! それで説明は付きます。ですが、私には信じられません!」
軍師の推測を察して匡輔は激しく首を振ったが、涼霊は命じた。
「あの幕に油と火を再度かけよ。正体を確かめる。それから遠眼鏡を持ってこい」
「ははっ!」
軍師の厳しい口調に匡輔は跳び上がるようにして投石機へ走っていき、指示を伝えた。すぐに投擲が再開され、今度は念入りに五つの油壺を当ててから爆鉄弾三つで着火した。
三万人が固唾を呑んで見守る中、まるで城が燃えているかのような大きな炎が幕全体を包み、しばらく燃え続けから次第に衰え、やがて消えた。だが、やはり幕は一ヵ所もほころびずに残っていた。匡輔は顎が外れそうな顔で、周囲の兵士達はまるで幽霊を見たような表情だった。
「あの幕は一体何なのだ!」
頑烈が指差しながら涼霊を振り返って怒鳴るような口調で尋ねると、軍師は遠眼鏡を手に、今度こそ隠しようのない強い衝撃を青白い顔に表していた。
「……間違いない。あれは石綿だ」
軍師のつぶやきに匡輔が反応した。
「あり得ません! 確かに、石綿なら燃えません。ですが、あれほどの大きさの石綿布など、聞いたことがありません。吼狼国で石綿を産するという話も初耳です。それに、もし産出し、手に入れられたとしても、あれだけの量の石綿が一体いくらすると思うんです! 到底、こんな小さな封主家に買えるような金額ではないはずですよ!」
「だが、他に考えようがない」
涼霊はすぐに驚きから回復して、いつもの無感情な声で指摘した。
「燃えた皮革の下に白いものが見える。石綿に間違いないだろう」
「石綿とは何だ! 我々はどうすればよい!」
頑烈はもう何度目とも知れぬ教えを請う言葉を口にしながら、戦意が失われていくのを感じていた。敵城の軍師は用意周到で、自分達の想像や常識を超えた手を平然と打ってくることをまざまざと見せ付けられたのだ。その上、城は崖の上にあって攻めにくく、門にすら一度もたどり着けておらず、これまでの敵軍の作戦は巧妙で味方は負け続けている。それを思うと、この城を落とすことは今日中どころか永遠に不可能なのではないかという嫌な予感が膨らみ、弱気になるなと自分に言い聞かせても、自然と肩が下がっていく。こんな事態は軍歴の長い頑烈も経験したことがなかった。
兵士達は不安そうな様子で、燃えない幕を気味悪げに眺めている。だが、魔術のような敵の策略に恐れおののく恵国軍の中で、涼霊一人が必死に次の動きを考えていた。
「石綿とは燃えない布だ。非常に丈夫で、衝撃にも強い。石弾で破れないわけだ」
頑烈に答えるというより自分で確認するような口調で涼霊は言った。
「まさか、あんなものまで用意しているとは。簡単に手に入るものではないから、敵軍師はこちらが投石機を使うことを予想して籠城前に買い集めていたに違いない。つるしている縄は恐らく丈夫な鉄の鎖だ。燃やされることも想定の内か」
涼霊は眉を寄せて独り言ちた。
「幕を使った防御は、門の横に二つのこぶがせり出しているこの城の構造だからこそできる。普通の城では門のそばまで容易に接近されてしまい、幕など大した効果はない。相手が遠距離からしか攻撃できないことが条件なのだ。更に、幕の背後に山風を受けること、こちらがあの門にこだわらざるを得ないことを前提にしている。これを思い付いた敵の軍師は大したものだ。それに比べて、私の頭脳はいつの間にこれほど錆び付いたのだ。ただの幕のわけがないというのに、この可能性を今まで考えなかったとは。あれのために私の攻略計画は全て狂った。石弾が効かず、爆鉄弾で破れず、燃やしても駄目だ。さて、どうしたものか」
最後の言葉は溜め息を吐き出すようだったので、聞き耳を立てていた頑烈や匡輔はますます表情を暗くした。周囲の兵士達も「涼霊様でさえあの幕には打つ手がないのか」とがっかりしたようにささやき合っている。涼霊はもう一度幕を眺めようと視線を上げてその声に気が付き、周囲を見回して得心した顔になった。
「そうか、それがねらいか。我々の戦意を失わせて攻撃を一旦中止させ、対策を検討させることで時間を稼ぐつもりなのだな。……だが、そうはいかん。確かにあの幕を破るのは手間がかかりそうだが、不可能ではない」
軍師は少し考えて一つ頷くと、決意に満ちた表情で大将に言った。
「頑烈殿、昨日の提案を採用させて頂こう。兵を率いて幕を攻撃して頂きたい。匡輔殿、投石機の攻撃も続行だ。油壺と爆鉄弾をどんどん撃ち続けてくれ。丸い石弾はとがったでっぱりの多い形に加工させよう。弾道は不安定になるが、引っかかったり突き破ったりしやすくなって効果が増すはずだ。……私は軍師としての名声に慣れ、これまでの成功で思い上がっていたようだ。だが、気持ちを引き締め直し、思い付くことは全てやって、全力で敵の軍師を打ち破ろうと思う。この戦いには絶対に負けられない。いや、負けたくないのだ!」
いつなく強い口調で言い切った涼霊に頑烈と匡輔驚いたが、すぐに表情を引き締めて背筋を伸ばした。
まだ戦いは続いている。負けたわけではなかった。司令官殿下率いる本隊が到着する明日の夕刻までに必ずこの城を落とさねばならない。それが自分達の役目だし、こちらにも涼霊という名軍師がいるのだ。
「分かった。何でも指示してくれ。貴殿の言う通りに働く」
「わ、私も同じ気持ちであります!」
涼霊は頷き、攻撃方法を伝えた。早速二人が配下の兵士達のところに向かうと、四十代の軍師は敵城へ目を向けて、顔を知らぬ敵の軍師に、お前を必ず打ち破ってやるぞと、心の中で果たし状を叩き付けた。
「石綿って、一体何なのですか」
実鏡が目を真ん丸にしたまま恒誠に尋ねた。光姫も激しく燃え上がる防御幕を物見櫓で一緒に見下ろしながら、目の前の現実がまだ信じられずにいた。
「燃えないとは聞いていましたけれど、油をかけられてあんなに炎が上がっているのに燃え落ちないなんて、本当に布なんですか?」
主君達の問いに、周囲にいた貞備や具総や追堀親子が、軍配で肩をとんとん叩いている若い軍師を一斉に見た。
「もちろん布だ。服を作ることもできる。実際、あそこにある石綿布のほとんどは鎧を着る時に身に着ける厚い着物をほどいたものだ。中に挟んだ綿は石綿で作った布団から取り出した。縫い合わせる糸には石綿糸を使った。白くて柔らかく、絹のような光沢がある糸だ。布にすると綿糸のものの数倍の重量になるのが欠点だがな」
「なぜ重いのですか?」
実鏡が尋ねると、恒誠は「石だからだ」と答えた。
「石綿はその名の通り石だ。細い細い石の繊維が岩の中に無数に筋のように走っている。それを掘って岩を砕いて取り出し、撚り合わせて糸にする」
「土の中に綿が埋まっているのですか?」
織物に詳しいお牧が質問したくてうずうずしながら遠慮している様子なので、光姫は侍女のかわりに聞きたいだろうことを尋ねた。
「そうだ。鉱物の一種だな。我々の目には羽毛のような手触りの極めて細い繊維に見えるが、それも虫眼鏡でも見えないようなごく細く長い石が寄り集まってできているらしい。だから、石なのに柔らかく、曲げることができるのだな」
光姫はその様子を想像してみようとしたが、上手くいかなかった。とにかく、石でできた糸ということらしい。
「石綿は燃えない。石に油を注いで火を付けても燃えるのは油だけで石自体は燃えないだろう。それに、丈夫で摩耗しにくい。昔話に切れない着物をまとった武将の逸話があるが、恐らく厚い石綿布だったに違いない」
その伝説は光姫も記憶にあった。大昔、不思議な羽織を手に入れて、鎧を付けずに戦場を走り回って活躍した武人がいたと下の姉に聞いたことがある。なんでも、飛んできた矢が跳ね返り、汚れたら火にくべるとこびりついた血が全て燃え落ちて、水で洗うと元の白さに戻ったという話だったが、石綿だとしたら、あり得ない話ではないかも知れない。
「ですが、相当珍しい品なのではありませんか。石綿という名前は聞いたことがありますが、実物を見るのは初めてです」
とうとう我慢し切れなくなって、お牧が口を挟んだ。裁縫上手のお牧は幕を縫う作業に加わっていて、ずっと気になっていたらしい。
「そうだ。非常に貴重で高価だな。産出量が多くないし、何より加工に大変な手間がかかる。着物を一枚作れる量をほぐすのに五年は必要だそうだ。都に人をやって調べさせたが、扱っている呉服屋は一軒だけで、品物は皆古着の仕立て直しか密輸品だった。隆国では恵国領時代の着物がたまに裏市場に出るらしい。国内でも産出するが、滅多に入荷しないと言っていた。買うのは財産を時間が経っても劣化せず、もし焼けても価値が失われることのない品物に変えて保管したい金持ちだそうだ。普段着るには重過ぎるから、実用品ではないのだろうな」
「そんなものをどうやってあんなに集めたんですか。あれはどう見ても着物にすると三十枚はありますよね。布団も二十枚くらいあったと聞いています」
幕はこの灯台のような木製の高い物見櫓をすっぽり包めそうなほど大きい。話を聞けば聞くほど、よく手に入ったものだと光姫は不思議だった。
「実鏡殿のおかげだ」
恒誠は少年封主へ目を向けた。
「俺が自分で都へ行って呉服店にかけ合ったのだが、所有している全てを言い値で買うと言ったら吹っかけてきてな。さすがに無理かと思ったが、実鏡殿が払ってくれたのだ」
「いくらだったんですか」
相当したのだろうと思って尋ねると、恒誠はこともなげに言った。
「全部で十万両だ」
「じゅっ……!」
光姫は絶句した。お牧はもちろん、追堀親子や具総まで口をあんぐりと開けている。
「私が見合いで着た豪華な晴れ着が一枚三百両ですよ!」
光姫が叫ぶと、今度は家老達の目が光姫に注がれた。
「三百両の着物ですか!」
実鏡もびっくりしている。
「俺の俸禄が年五十両なのに!」
従寿が嘆くと、お牧が言った。
「私の給金は年三十両です。それでも、城下の民の収入の倍以上です」
「お父様が買って下さったのよ。梅枝家の娘に恥ずかしい着物は着せられないって。実鏡さんにまでそんな顔をされたくないわ」
光姫は慌てて言い訳した。
「まったく、あのぼんくらの若様達ときたら、見合いが始まるとすぐに、『そのご立派なお着物のお値段はいかほどでございますか。さぞやお高いのでしょうな』なんて聞いてくるの。しかも、答えるとみんな目を見張って、急に私の機嫌を取り始めるのよ。失礼しちゃうわ」
それはそうだろうと全員の顔が言っていた。貧乏封主家の若様達にしてみれば、光姫が金のなる木に見えたに違いない。手に入れようと必死になるのは理解できる。
若い侍女は深い溜め息を吐いた。
「それなのに、姫様はその晴れ着を花火に火を付ける体験で煤だらけにしてしまったんですよ」
実鏡や家老達の目が「さすがは光姫様だ!」と呆れていた。
「それはとにかく、十万両ですか」
光姫が自分に向きかけた話題を石綿に戻すと、奥鹿貞備が苦笑いを浮かべて言った。
「当家の年収の半分です。それでも、実鏡様は武者達の命にはかえられないとおっしゃって決断されました」
「そうだったの。でも、その通りね。私も同意見だわ」
光姫は従弟を見て微笑んだ。恒誠もわずかに表情をゆるめて言った。
「呉服屋にその返事を伝えて使用方法を話したら、実鏡殿の心意気に感動したらしく、石綿の着物や布団を持っている知り合いに声をかけて数を集めてくれて、更にありったけの石綿糸をおまけに付けてくれた。おかげであの幕の強度が随分上がった。布が燃えなくても縫い合わせている糸が燃えてしまえばそれまでだからな」
雲居国にきてから山賊退治までの間、恒誠は時々どこかへ出かけていたが、これもその一つだったようだ。
「では、あの幕は絶対に破れないんですね」
実鏡がうれしそうに言った。
「それなら門は壊せません。あの幕がある限りこの城が落ちることも、武者達が傷付くこともないんですね。よかった!」
少年封主はほっとしたらしい。現在まで敵の攻撃は門に届いていない。今後もそれが続くのなら安心だった。
「いや、そう上手くはいかないだろう」
恒誠は首を振った。
「石綿にも弱点がある」
えっ、と従弟の少年が顔を上げてがっかりした表情をすると、恒誠は一瞬ためらって、軍配で御涙川を指した。
「河原で焚火をしたことはあるか」
「ええ」
「はい」
二人は意外な問いに不思議そうな顔をしたものの頷いた。
「火を消した後、焚火の底から熱くなった石を取り出して放り投げ、他の石にぶつけるとどうなる」
実鏡は経験がないらしく首を傾げたが、野山を走り回ることに慣れている光姫は答えた。
「すぐに割れますね。……あっ!」
「そうだ。石は熱せられると割れやすくなる。石綿も同じで火にさらされると糸が切れやすくなるのだ。しかも、石綿は繊維が綿より短いので絡まり方がやや弱く、引っ張りにはあまり強くない。一本一本の繊維は硬いが、撚り合わせた糸はほぐれやすいのだな。そのため、石綿糸には繊維同士を絡みやすくするために、木綿や麻を混ぜることがある。あの幕に使った布にもそういうものが含まれている。また、幕の中に挟んだ中綿は量が足りなかったので針金や普通の木綿もたくさん加えてある。木綿は当然燃えるから、火にさらされると布にほころびができ、弾力が失われて弱くなる」
恒誠は息を呑んで聞き入っている二人のはとこや家老達から、火が沈静化した焦げ茶色の幕に目を移した。
「それを補強して石綿を保護するために、表面に三重、裏面にも一枚牛のなめし皮を貼らせたが、皮も火には弱い。よって、繰り返し焼かれ、熱せられたところへ何度も石の弾をぶつけられれば、いずれ破れて穴が開く」
「なるほど、分かりました。しかし、簡単には破れないのですね」
師隆が確認した。
「敵が先程のような攻撃をしているだけなら、しばらくは持つだろう。だが、涼霊という軍師はやはり甘くない。幕が燃えなかったことに衝撃を受けて戦意を喪失してくれることを願っていたのだが、積極的に破りにくるようだ」
恒誠の言う通り、恵国軍の投石機の攻撃が再開され、敵部隊に慌ただしい動きが見られた。
「俺が敵の軍師なら、投石機だけに任せず、兵士を送って火矢や鉄砲で幕を壊しにかかる。一撃の効果は小さくても、それを大量に長時間繰り返せば結果につながる。つまり、敵は城の近くまできて幕を攻撃するはずだ。俺達はそれをできるだけ妨害し追い払わなければならない。それに、敵にはあれがある」
「あれ? ……ああ、あれですね!」
恒誠が軍配を敵陣に向けたので、光姫はそちらをよくよく眺めて意味を悟った。
「そうだ。あれを使われては困る。だから、夜の作戦は必要だ」
「分かりました。今夜が決戦ですね」
実鏡が表情を引き締めた。
「恐らく、今夜はこれまでで最大の戦いになる。その分危険は大きいが、何としても勝って、城を守り切ろう」
「準備はできてますぜ。この天気なら大丈夫でしょうよ」
皆馴憲之がにやりと笑って快晴の空を指差した。白林宗明もやる気にあふれた口調で言った。
「我々の用意も整っていますよ。敵に一泡吹かせてやりましょう。必ずや大きな手柄を立てて御覧に入れますよ」
「みんな、頑張りましょうね!」
光姫が拳を振り上げると、全員が、おう、と応じた。
その日の午後、頑烈は兵士達に早目の昼食をとらせると、素早く準備を整えて、四重の逆茂木の中央に開いた道を城に向かって進み始めた。
先頭を行くのは二十台の動く壁だ。その後ろに八本脚の大きな机のような盾と手盾で身を守る兵士達が続き、空堀に接近して鉄砲を撃ち始めた。前進した一万人の内、六千人が左右の壁へ牽制の攻撃、三千人が周囲の警戒や消火で、残りの一千人が動く壁の狭間から幕をねらう。といっても実際に銃を撃つのは三百人で、残りの七百人は弾込めや弾薬の補給に働く。
彼等の頭上を、時々後方から投石機の爆鉄弾や油壺が飛んでいく。もし味方の上に落ちたら大変なことになるが、頑烈自身が動く壁の一つに入って幕攻撃隊を督戦しているので、兵士達も恐怖に耐えて頑張っている。涼霊は後方で戦況を眺め、死傷者の数や兵士の疲労を見て新手を送って交代させつつ、攻撃を継続させた。
一方、城兵は防御幕を破らせまいと、城壁の上や狭間から焙烙玉や火矢を大量に浴びせた。近過ぎて投石機は使えないため直接投げるか射るのだが、恵国軍の攻撃は熾烈で壁から顔を出せず、なかなか思うように当てられなかった。また、幕より後ろの部分からは攻撃できないため、冒進軍を迎え撃った時のように三方からねらうことはできず、左右のこぶの先端に集まった武者達は、恵国兵を坂に上らせないだけで精一杯だった。城内の投石機は恵国軍の機械やその周辺の兵士達を攻撃したが、効果はさほど上がらず、幕へ飛んでくる敵の弾は減らなかった。
飛び交う爆鉄弾や大焙烙玉の下、激戦は休みなく続いた。幕を守り切りたい影岡軍と、早く叩き落として城を攻略したい恵国軍はどちらも引くことができず、戦場が城壁に近い場所だったこともあって双方に少なからぬ死傷者が出た。
結局、涼霊が引き鐘を打たせたのは空が赤くなり始めた頃だった。暗くなると遠くが見えないため投石機が使えず、鉄砲での攻撃も難しくなる。兵士達は皆へとへとで、八本脚の盾や動く壁に隠れながら、足を引きずるように投石機の方へ戻っていった。影岡軍も敵が引いていくと分かると、攻撃をやめた。やはり疲労の極に達していたらしい。
頑烈と涼霊は本陣から到着していた敦朴隊と馬策隊計一万五千に投石機の守備を任せると、三万を率いて帰途に就いた。
少しずつ御涙川から遠ざかる隊列の中程で、馬上の頑烈は厳しい表情だった。今日も城を落とせなかった上、落とせる目途も立たないからだ。
幕への攻撃は夕方まで間断なく続けたが、あまり効果が上がっているとは言えなかった。繰り返し焼いて爆鉄弾や鉄砲の玉をたくさんぶつけたから幕が弱ってきていることは間違いないが、破れるまでまだ少し時間がかかるだろう。
唯一の希望は、こちらには大砲があることだった。上手くいけば幕を破る切り札になる。大砲担当の簡練将軍は、涼霊にお任せ下さいと請け合った。
「石綿の丈夫な幕も、さすがに鉛の砲弾の直撃は受け止め切れないでしょう。一発では破れなくても数発当てれば穴が開くはずです。幕をぼろぼろにしたら、その奥の門扉の破壊もやってみせましょう」
四十七歳の熟練者の言葉に涼霊は頷き、対岸の四門全てを広場に移せと命じた。突入時の援護用にも使おうというのだ。すぐに移築場所を作るため、燃やされた投石機の残骸の片付けと動く壁の移動が始められ、夕方までに場所の確保と二門の解体は終わった。夜の間に残り二つを解体し、橋を越えて運び込んで組み立てを進めておくことになっている。
だが、本格的な作業は明るくなってからだ。日が上ると同時にここへ来る予定だが、試射と砲架の角度の調整が必要なので、幕を破るのに昼までかかかるだろう。それから門を壊すとなると、司令官殿下が到着する夕刻までに城を陥落させるのは、かなり難しいと言わざるを得ない。
しかも、影岡軍が幕を守るために明日何らかの対策をとってくることは十分に考えられ、それを排除するだけでまた半日以上かかってしまうかも知れない。もし、あの幕を元通りに修繕されたり、もう一枚石綿の幕があったりしたらそれまでだ。幕を破るだけで疲れ果てて城へ突入できなかったなどという結末は、笑い話にもならない。
「だが、あの城は我が手で落とさねばならぬのだ。殿下のためにも、我等のためにもだ」
華姫を信用していない頑烈は、彼女の知識や考えに基づいた吼狼国侵攻計画を当初疑問視していたので、手の国の攻略が想定以上に順調だったことに驚いていた。だが、雲居国へ進出して以降、前進が止まっている。華姫や梅枝家の協力で物資の補給と生産や占領地の施政は上手くいっているし、統国府や巍山の動きは予想通りなのだから、これは勝てない将軍達の責任だった。華姫は妹と影岡軍を高く評価していたが、このままではそれが正しかったことを頑烈自身が証明することになってしまう。それでは、ただでさえ華姫に甘過ぎる禎傑をますますあの売女に傾倒させることになり、危険過ぎる。
禎傑軍の副大将として、頑烈は負けるわけにはいかなかった。どうにかして明日の夕刻までにあの城を攻略し、恵国軍の力を証明せねばならない。陸梁の言葉ではないが、禎傑軍の快進撃を全てあの女の手柄にされるのは不愉快だった。
「何か上手い攻略法はないものか。城から引きずり出せればいろいろとやりようはあるのだが」
思案を巡らしつつ、頑烈が涼霊に馬を寄せて明日の攻撃について相談しようとした時、前方から騎馬の伝令が駆け付けてきた。
「頑烈閣下はおいでですか」
「何事だ」
馬を止めて呼び寄せると、飛び下りるように慌ただしく下馬した伝令兵は、片膝を突いて報告した。
「本陣が敵の攻撃を受けております」
「なにっ! 敵は何者だ。兵数は?」
頑烈は涼霊と素早く視線を交わして尋ねた。
「敵は騎馬武者と徒武者それぞれ二千、合わせて四千ほどです。大将は若い女です。赤と白の鎧を着ております」
「光姫だな。それだけの武者がどうやって城を抜け出したのか」
涼霊はつぶやくと、先を促した。
「それで状況はどうなっている」
「敵は本陣を包囲して四方から火矢を射こみ、焙烙玉を投げ込んでおります。敵の大将は門の前に騎馬隊を並べ、隙あらば突入しようという構えです。離れの建物や急造の兵舎にいくつか火が付いておりますが、私が出てきた時点では母屋や倉は無事でした。ですが、現在四千人で門や周囲の柵を守っているため、千人ではすべての火種を消し切れず、火災が大きくなる可能性があります。将軍閣下からは、すぐに援軍に来て頂きたいと言付かっております」
頑烈は涼霊を振り向いた。
「敵はなぜ本陣を襲ったか分かるか」
「ねらいは兵糧だろう。火薬や爆鉄弾かも知れん」
涼霊は考えながら答えた。
「いずれにしろ、我々の物資を焼いて、城攻めの継続を困難にするつもりに違いない。敵の軍師の作戦方針は、時間を稼いで都から巍山軍が来るまで持ちこたえることのようだからな」
頑烈は驚いた。
「敵は我等に勝つ気はないのか。負けなければよいと思って戦っているということか」
「そうだ。影岡軍は一万三千程度、我等の四分の一だ。勝つことは難しい。戦いを引き伸ばしてこちらを消耗させながら、援軍を待つつもりなのだ。そして、現在のところ、それに成功している」
「うむむ……」
頑烈は悔し気に唸ったが、同時に納得もした。影岡軍は勝つ気がないから、危ない勝負はしかけないし、あまり城から離れない。だから頑烈も涼霊も得意の野戦に持ち込めず、苦戦している。
「ならば、これは好機ではないか」
頑烈は言った。
「なかなか城を出てこない敵の三分の一が、今、すぐそこにいる。これを叩けば明日の城攻めがぐっとやりやすくなるぞ」
「だが、罠かも知れない」
涼霊は答えた。
「我等は焦っている。それを敵が見抜いて誘いをかけている可能性がある。本陣を襲うのにこちらが撤退を始める時間を選ぶ必要はない。昼間に襲撃すれば、我が軍の一部を城から遠ざけられたのだからな」
「そうだな。それは否定できぬ」
頑烈は認めた。自分達は何としてもこの城を明日までに落としたい。そして、この襲撃は明らかに罠の匂いがする。
「だが、この機会を逃せば、あの城を殿下に献上するのは無理かも知れぬ」
頑烈は涼霊に戦意に満ちた顔を向けた。
「これを活かして敵に打撃を与えられるか。こちらがしてやられるか。それは我等の指揮次第だ」
「大きな賭けになるな」
「大丈夫だ。我が軍には名軍師がいるではないか。援軍はわしが自分で率いよう。負けたらまた次の手を考えればよい。敵を恐れて縮こまっていては、決して戦には勝てぬ」
涼霊は黙り込んだが、やがて頷いた。
「分かった。貴殿にお任せする。ここにいる三万の内、二万を預けよう。ただちに急行し、五千を本陣の守備と消火に分け、敵が逃げたら残り一万五千で追いかけてくれ。私は一万を連れて影岡城へ戻る。敵が動く可能性があるし、光姫が戻ってくるかも知れないからな」
「分かった。では、二手に分かれよう」
「ご武運を祈る」
「貴殿もな」
頑烈は頷くと、将軍達に伝令を走らせ、二万を引き連れて去っていった。
「これは恐らく罠だ。だが、我等とて毎回そちらの策に引っかかりはせぬことを、敵軍師に教えてやろう」
涼霊はつぶやくと、自隊の将軍を呼び集め、指示を伝えた。
頑烈が二万の兵士と共に本陣へ駆け付けた時、光姫隊は既に撤収を始めていた。火災は大分大きくなっていたし、物見を出していたので頑烈隊の接近を知っていたのだ。頑烈は五千を分けて消火と本陣の守備を任せると、光姫隊に東から急迫し、五千ずつを北と南へ回して逃げ道を絶って殲滅しようとした。
だが、光姫はこれを読んでいたらしく、素早く武者達を呼び集め、閉じようとする包囲の輪をぎりぎりですり抜けて合流を果たすと、西へ向かって逃げ始めた。頑烈はすぐに全軍に追撃を命じた。
光姫達は影岡の方へ向かったが、町が近付くと避けるように北へ進路を変えた。それを三倍の頑烈隊が必死で追っていく。光姫隊は二千の槍武者が前を進み、同数の騎馬武者が後ろに付いていた。後者の中心に赤と白の鎧の光姫がいて、連れている狼の吼える声が時々聞こえている。
頑烈は追い付こうと兵を急がせたが、なかなか距離を詰められなかった。光姫隊は接近されるのを恐れているらしく、速度を落とさずに一定の距離を保って逃げていく。
頑烈は始め、敵部隊の尻尾に食い付いて乱戦に引きずり込み、足を止めている間に包囲してしまおうと考えていた。が、光姫隊の騎馬武者が後ろにいる理由に気が付いて不可能だと悟った。あれは恐らく、頑烈隊が走って接近したら騎馬武者達が引き返してそれを邪魔し、徒武者達を逃がした後で駆け去ろうという考えだと察したのだ。こちらにも騎馬兵がいればと悔しく思ったが、城攻めに連れてきても意味がないので、彼等は禎傑の護衛をしている。
それに、包囲できない状態で中途半端な攻撃をして、この闇の中、敵にばらばらになって逃げられては困る。普通、部隊を散開させて逃がすのは多くの兵士を失う危険があるが、ここは彼等の地元だ。武者達はこの辺りの地理に詳しいし、隠れたり飢えをしのいだりするのに民の協力が期待できる。城から出てきた方法を使えば、恵国軍に知られずに中に戻ることもできるだろう。それどころか、城に帰ったと思わせておいてどこかで再集結して、明日城を攻撃に出た留守を再び襲ってくる可能性さえある。それでは城攻めに集中できない。どこかで軍勢対軍勢の戦いに持ち込んで打ち破り、確実に損害を与える必要があった。
頑烈隊の兵士達は一日戦って疲れている。その上、夕食前で空腹だった。何度も戦わせることはできないし、長時間の追跡も無理だ。川べりなどに追い込んで逃げ場を奪い、勝負の一戦を挑むしかなかった。
雲居国は影岡を中心に西国街道に沿った東西方向に田畑が多く、南は神雲山で、北はすぐに暴払山脈に連なる丘と森になる。光姫隊は北に向かっているので、じきに小川か森にぶつかって行き止まりになるはずだった。
そういうわけで、頑烈は仕方なく追いかけっこを続けた。相手は半数が徒武者なので、いきなり逃げ去られることはない。頑烈は兵士達に無駄な体力を使わせぬよう、息が上がらぬ程度の速度を保ちながら、ひたすら歩かせた。
既に日は暮れて、空には星々が瞬き、黄金の円い月が輝いている。光姫隊の姿はもうぼんやりとしか見えない。どうやら、暗くなってから速度を上げたらしい。恐らく闇にまぎれて逃げ去る気だろう。だが、光姫の白と赤の鎧が見えなくても、狼の声が時々聞こえるので位置は分かった。
「狼のせいで居場所を知られていることに気付かぬとは間抜けなことだ」
頑烈は笑ったが、敵がどこまで逃げるつもりなのかといらいらした。もしかしたらこのまま一晩中歩かされて、明日兵士達がくたくたで城を攻められなくなることをねらっているのではないかという疑いさえ浮かんだが、逸る心を抑えて追跡を続けていった。
どんどん北へ進んだ光姫隊は、やがて牧場の多い場所にやってきた。この周辺は、森を壺のような形に切り拓いて作った牛の放牧場が連なっている。間に挟まれた森が互いの境になっているのだ。
そうした牧場の一つに、光姫隊は入っていった。そこは他とやや離れていて、中はかなり広く、城の郭一つ分くらいありそうだった。牛の声は聞こえないので、今は使われていないのかも知れない。
「しめた。ここなら逃げ道はないぞ。袋の鼠だ」
頑烈は喜んだ。こういう牧場は三方が森で、入口の部分も森を残して狭くしてあるので、外へつながる開けた側を塞いでしまえば逃げられない。敵を殲滅するのにもってこいの場所だ。
しかし、頑烈はすぐに気を引き締めた。
「いや、恐らくどこかに出口があるのだろう。ここで何か策を仕掛けて、我等を引き離すつもりに違いない。だが、ここなら、こちらにとってもしかけるのに都合がよい。互いに軍勢を展開できるぎりぎりの広さがある。数は我等が三倍以上だ。少々の小細工など問題にならぬ」
光姫隊は自らここへ入ったのだし、敵にはあの軍師がいる。何か準備があってもおかしくないが、部隊を解散はしないだろうと思われた。それでは軍勢として動けなくなるし、ばらばらになって逃げるつもりなら、本陣から少し離れた時点でそうすればよく、こんな場所へ来る必要はなかった。
頑烈は配下の将軍三人へ伝令を出した。
「一人は三千を率いてここに残り、入口を押さえて万一の時の出口を確保せよ。わしと他の二人は四千ずつを率いて、三方から敵を押し包む」
指示はすぐに伝わり、四分割された軍勢はそれぞれ動き出した。頑烈も三千が出口の守りに付いたことを確かめると、中央の四千を率いて牧場へ入っていった。
牧場の入口には簡単な柵があったが開かれていて、辺りには鼻の曲がりそうな猛烈な匂いが漂っていた。堆肥だ。牛がたくさんいるのだから作っていて当然だが、かなり臭い。どうやら入口付近に積み上げてあるらしかった。足元が刈った草や小枝でふかふかしているので、もしかしたらこの牧場は干し草を採るのに使っているのかも知れない。
頑烈は鼻をつまみたいのをこらえつつ前進した。中に入ると更に匂いがきつくなった。どうやら牧場の中にも大量にあるらしい。
「狼を飼っているせいで鼻が鈍くなっているのではないか」
こんな臭い場所に逃げ込んだ光姫を恨みながら進んでいくと、牧場の奥に整列している多数の人影がうっすらと見えた。やはり敵はここで迎撃するつもりらしい。頑烈は好都合だと喜び、素早く兵士達を配置に付かせると、他の八千の準備が整うのを待った。
すぐに合図の銃声が左右から聞こえてきた。頑烈は返事の銅鑼を打たせると、槍兵に槍衾を作らせておいて、鉄砲兵に敵陣へ一斉射させた。敵の策が分からないので、まず鉄砲を撃ち込んで反応を見たのだ。
ところが、手ごたえがなかった。悲鳴も聞こえず反撃の矢も来ない。
「おかしいな」
頑烈は首を傾げると、更にもう一回斉射させた。だが、それでも相手に動く気配がない。まさかと思って百人ほどを偵察に行かせると、兵士達はすぐに戻ってきて、「敵がいません」と報告した。頑烈が慌てて自分で行ってみると、人影だと思ったのは多数の案山子で、武者は一人もいなかった。
「どういうことだ」
頑烈は驚いたが、敵を逃がしたことを悟り、次の瞬間、はっとした。
「我等をここへ誘い込んだのは恐らく何かの罠だ。すぐに脱出するぞ!」
同じく様子を見にやってきていた将軍二人に命じた時、いきなり周囲が明るくなった。
「閣下! 火、火です! 周囲の木に火が付いています! 我々は火に囲まれてしまいました!」
兵士の一人が怯えた声で叫んだ。なんと、牧場を囲む森の木々が一斉に燃え出したのだ。しかも、牧場の縁に沿って枝付きの枯れ木が円形に積んであり、燃え上がって炎の壁を作っていた。牧場は広いので熱くはないが、それでも実に肝の冷える光景だった。
「あ、あそこに敵の大将がいます!」
兵士の声に前方を見ると、唯一燃えていなかった奥の森の前で、銀色の狼を連れた光姫が、銅色の馬にまたがってこちらを見つめていた。頑烈は驚いたが、すぐに光姫を指差して命じた。
「鉄砲隊、ねらえ!」
兵士達が慌てて並んで鉄砲を構えた。光姫はそれを見て首を傾げると、にこりと微笑んで、馬首を返した。そのまま、狼を連れて森の中へ走っていく。
「追え! 逃がすな! あちらが出口だ! 一千は戻って、先程通ってきた入口の様子を見てこい!」
頑烈は命じると、馬を走らせた。慌てて三千人が付いてくる。
だが、森の中に踏み込んだた頑烈は、すぐに「止まれ、戻れ!」と叫ぶことになった。森の中には油や硫黄の黄色い粉がたくさんまいてあったのだ。周囲の木々も油に光っている。そして、目の前には深く広い空堀があった。この牧場をぐるりと取り巻いているらしい。火災の延焼を防ぐためだろう。しかも、底には木や草が大量に積み上げてあり、既に火が付けられていた。
その空堀に唯一渡してあった簡単な木の橋を光姫は軽々と越えて、対岸で馬を止めた。すると、橋を支えていた十人ほどの男達が一斉に橋を押した。橋はめりめりと音を立てて燃え盛る火の上に倒れ、たちまち炎に包まれた。それを見届けると、光姫は正規の武者ではないらしい軽装の者達に頷いて、狼と共に森の中を駆け去っていった。どうやら、馬でも通れるように道が付けてあるらしい。
「うぬぬ、まんまと逃げられるとは!」
頑烈は馬上で歯噛みしたが、兵士達に声をかけて引き返した。火は次第に広がって、燃えていなかった部分の森も覆いつつあったからだ。火は足元の枯草に燃え移って次第に牧場の中心へ迫ってきていた。どうやら牧場中に油をまいてあるらしい。
頑烈は麾下の兵士を呼び集め、左右に回した二隊の八千と合流すると、出口へ向かった。こんな場所に長居はしたくなかった。
だが、出口へ近付いた頑烈は唖然とした。開口部がずっと先まで火に覆われているのだ。
「これはどういうことだ」
驚いていると、出口確保の三千を任せた将軍が叱られるのを恐れる様子でやってきた。状況を尋ねると、将軍は申し訳なさそうに報告した。
「敵は我等の後ろに回っていたのです。閣下達が入っていかれた後、いきなり矢を射かけられ、地面に火を付けられて、牧場の中へ追い込まれました。何せ、兵士達が硫黄に怯えておりましたし、火で閣下達と引き離されては困ると思い、下がらざるを得なかったのです。敵は前もって地面に干し草と小枝を敷き詰め、硫黄と油をまいていたようです。普通なら匂いで分かるのですが、堆肥のせいで気が付きませんでした。足元も、柔らかいとは思っていたのですが、暗くてよく見えませんでした」
そういえば、牧場に入る時、頑烈も枯れ草や木の枝を随分踏むなとは思った。だが、ここは森の中だし、牧場に干し草があるのはおかしくないので、気に留めなかったのだ。それよりも、敵が背後にいたことの方が不思議だった。
「我等は敵をいつ追い抜いたのだ。光姫は前にいたではないか!」
頑烈が怒りに震えながら怒鳴るように尋ねると、将軍は悔しげに言った。
「閣下。我等はどうやって敵の位置を知って追いかけてきましたか」
「どうやってだと? 敵のすぐ後を付いてきただけではないか」
「そうでしょうか。日没後、敵の姿は見えなくなりました。我々は狼の声を追ってきたのです」
「当然だ。狼の声のするところに光姫がいる。敵の大将は騎馬武者隊の真ん中にいたのだからな。……あっ!」
「そうです。我等の前にいたのは光姫と狼とわずかな騎馬武者だけだったのです。恐らく、敵四千の内の三千ほどが闇にまぎれて道を逸れ、ひそかに我等の後ろに回って付けてきていたのでしょう。我等は光姫と狼のいるところに軍勢がいると思い込んでしまったのです!」
「この牧場に入ってきたのは敵のごく一部だったということか」
「はい。そして、敵は我等が通過すると森に火を放ちました」
「では、我等はここにまんまと誘い込まれ、閉じ込められてしまったのか」
頑烈は愕然としたが、すぐにはっと気が付いて将軍達に言った。
「涼霊殿や投石機を守る者達が危ない。敵のねらいは恐らくそちらだ。可能な限り早くここを脱出して、援護に向かうぞ」
が、部下達は首を振った。
「閣下、脱出は必要ですが、応援に向かうのは無理です」
「なぜだ。どうせここにいては焼け死ぬのだ。兵士達には熱い思いをさせるが、火の中を走らせるしかあるまい。堀に下りてまた登るのは大変だが、ここは平地、全力で走り抜ければさほどの怪我は負わぬだろう。その後、影岡城へ向かって敵の背後を襲うのだ」
出口確保役の将軍が苦い顔で答えた。
「敵は着火すると同時に、草の上にとがった三角形の鉄の塊を大量にばらまきました。踏めば足を貫き、転倒するかも知れません。とげに毒を塗ってある可能性もあります」
他の二人の将軍も厳しい表情だった。
「炎を抜けるまで、御涙川の岸辺から水辺までと同じくらいの距離があります。無傷で通り抜けるのは困難です。かといって、堀の中にもとげはあるでしょうし、硫黄の悪い空気が充満していますので、兵士を下ろすのは危険です」
「いずれ火は牧場全体を覆いますので皆必死で走るでしょうが、多数の者が火傷を負い、とげで足に負傷するのは確実です。その上、兵士達は空腹のまま長い追跡をしてきて疲れ切っています。ご覧下さい。皆、地面にしゃがみ込んでいます。とても味方の応援には行けますまい」
「うぬぬ……、全て敵の軍師の思惑通りということか。上手く我等をはめおったな!」
頑烈は天を仰いで屈辱に身を震わせた。
「この仕返しはきっとする。それに、わしは諦めぬ! 必ず涼霊殿のところに駆け付けてみせようぞ!」
頑烈は太い声で絶叫すると、将軍達に「可能な限り早くここを脱け出すぞ」と命令を下した。
「まず、足元の枯れ草を取り除き、油の染み込んだ表面の土を手で掘らせて火が広がるのを防げ。また、全員の盾を集め、出口に向かって四列に並べて通れる道を作れ。身に着けている火薬を捨てさせたら、順番にその上を走って外へ脱出させろ」
「ははっ!」
将軍達が自隊へ駆け戻っていくと、頑烈は周囲の兵士達に指示を出しながら、星々を黒く切り取っている南の大きな山を見上げて、今頃敵に襲われているだろう涼霊達を思った。
一方、影岡城の前の広場の恵国軍は、頑烈と涼霊が本陣へ帰っていった後、敵に襲われていた。日が暮れてしばらくたった頃に、いつの間にか城を出ていた影岡軍に攻撃されたのだ。
影岡軍は逆茂木の高い壁のない部分から攻めてきていた。中央の通路と、東の森と、西側の河原の三ヶ所だ。暗闇で詳しい数は不明だが、恐らくそれぞれに一千五百ほどだろう。本陣を奇襲した部隊が四千だったことを考えると、他に二、三千が周辺にいてもおかしくない。
襲撃された時、恵国軍は正面の部隊の接近には気付いたが、同時に東西からも現れたことには驚いた。だが、実はこの四千五百は全て大手門から出撃していた。門を静かに出て、防御幕の裏ではしごを使って空堀に下り、底を歩いて森と河原に回ったのだ。その後、正面の部隊が幕の下から現れて、堂々と迫っていったのだった。
敦朴は一万を五つに分けて守りを固めさせた。三方面に二千ずつと、二台の投石機の守備、飛んでくる大焙烙玉や硫黄の桶が起こす火事を消す役目だ。
数では敦朴隊が上回っていたが、戦いは互角だった。暗いため恵国軍は弾込めがしづらかったのだ。火を焚いて明るくすると兵士の配置が丸見えになるし、火薬への引火が怖い。一方、影岡軍は暗い森や河原にいるので恵国軍から見えにくく、発砲の火をねらって攻撃してくる。石や矢が飛んでくるのが見えないのも非常に恐ろしかった。それでも、三つの守備場所は全て逆茂木と川で両側面が守られているため前の敵に集中すればよかったので、敵を近付けず通さない戦いに徹することで、何とか防いでいた。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その一
敦朴は投石機のそばで全体の指揮をとりながら、奇襲には驚いたものの、三ヶ所全てで敵を食い止めていることにほっとしていた。そこへ、対岸の馬策が援軍を送ろうかと言ってきた。麾下の五千の半分を連れてそちらへ行くから、攻めに転じて一緒に敵を追い払おうというのだ。
敦朴は迷った。兵力が増えれば心強いし、敵を押し返せるならもちろんそうしたい。だが、戦況が安定している今、こちらからあまり積極的に動かない方がよかった。本陣には伝令を走らせたので、その内援軍が来るからだ。馬策は戦いたがっていたので、兵だけ貸せと言ったら断られるだろうし、どう答えようかと迷っていると、涼霊から伝令が来た。
「敵のねらいはまた投石機だろう。決して敵を逆茂木の壁の内側に入れてはならない。敵が負けたふりをして下がっても、追いかけて突出しないように。また、頑烈殿が振り切られたら光姫隊が戻ってくる可能性がある。それに備えるため、馬策隊は二千に壊しかけの大砲を守らせて敢えて橋を空にし、残り三千は北の森に隠れよ。また、敦朴隊も二千を橋の周囲に伏せておけ。もし、光姫隊がやって来たら橋に入らせ、その二千と伏兵三千で橋周辺に閉じ込めて殲滅せよ。光姫隊が戻ってこなければ、そのまま敦朴隊と馬策隊で投石機を守ってくれ。我々もすぐにそちらへ戻る」
敦朴は涼霊が引き返してくると知って安堵し、投石機防衛隊と消火隊の半数を集めて橋の出口を囲ませ、地面に座らせて対岸から見えなくさせた。馬策も森に兵を伏せ、橋の西側の大砲二門を囲んで守らせた。東側にあった二門は既に解体済みなのだ。
やがて、涼霊からも準備が整ったと連絡が来た。あとは光姫隊の襲来を待つだけだが、それは頑烈隊が振り切られたことを意味するので、敦朴は来て欲しいような欲しくないような気持ちだった。
そうして半刻ほど影岡軍の攻撃に耐えていると、対岸を西方から多数のたいまつが近付いてきた。敵か味方かと敦朴は緊張したが、甲冑を見て影岡軍だと分かった。彼等は西国街道を堂々と進んできて追撃を警戒する様子はなかったので、頑烈はしばらく戻ってこられないことがはっきりした。
光姫隊は四千だったはずだが、やってきたのは半数の二千だけで、全て徒武者だった。彼等は橋を渡って敦朴隊の背後を襲うつもりらしく、足並みをそろえて進んできたが、大砲の守備隊を見付けて立ち止まった。彼等は二千、徒武者隊と同数だ。橋に入ったところで後ろから攻撃されてはまずいと判断したらしく、徒武者隊は少し迷った後、大砲守備隊に襲いかかった。
たちまち激しい戦いが始まったが、大砲守備隊が一方的に押されていた。守備隊は敵を大砲に近付けないように、周りをぐるりと囲んで円陣を布いている。一方、槍武者隊は二千が西の方に固まって攻撃している。つまり、実際に戦っている兵数に大きな差があるのだ。その上、槍武者隊は散開して数人で組になって手盾を構え、闇の中から矢や石を浴びせてくる。一方、守備陣の中にはいくつも焚火があるので、そこへ目がけて多数の焙烙玉を投げ付けられて、大砲の周囲は火に包まれた。
大砲守備隊の苦戦を見て、森の中にいた馬策が動いた。影岡軍が橋に向かうのをじりじりしながら待っていたが、部下の窮地に我慢し切れなくなったのだ。
「作戦と違うが敵の背後を襲い、大砲守備隊を救援する。これ以上、味方がやられるのを見ちゃおれん!」
馬策が叫ぶと、兵士達は「おう!」と叫んで立ち上がった。将軍と同じ気持ちだったのだ。馬策は三千全てに森の外へ出るように命じ、素早く隊列を組ませると、徒武者隊の側面へ突撃させた。
突然新手が現れ、鬨の声を上げて殺到してくるのを見て、徒武者隊は驚愕した。しかも、相手はこちらより多いらしいのだ。指揮官らしい老人が何かを叫ぶと、彼等は一斉に大砲守備隊へ背を向け、やってきた西の方へ逃げ出した。
「逃がすか! 一人も生かして帰すな!」
敵の意気地の無さを見て馬策は大笑いし、三千の先頭に立って追撃した。兵士達は勝ちの勢いに乗って手柄を立てるのは今だと張り切っている。一方、徒武者の群れは暗闇の中に入ってしまえば逃げ切れると思うのか必死で走っていくが、たいまつを持つ者達がそれを捨てていないので、居場所は丸分かりだった。
いよいよ馬策隊の先頭が敵の背中に追い付いた。兵士達は槍を構えて、これまでの戦いで殺された仲間の敵だと武者達を突こうとした。ところが、そこに思いもかけぬ声が聞こえてきた。
「銀炎丸、吼って! 突撃!」
恵国兵全員の耳に付いて離れぬ恐ろしい遠吠えが響き、吼狼国語を知らぬ者達も覚えてしまった言葉を若い女の声が叫んだ。しかも、彼等の背後でだった。近くに隠れていた光姫の騎馬武者隊二千が後ろから襲いかかったのだ。
同時に、餅分具総率いる徒武者二千も一斉に向きを変え、馬策隊に向かっていった。彼等が逃げたのは馬策隊を大砲から引き離し、守備隊に邪魔されぬ場所で打ち破るためだったのだ。
奇襲を受け、前後から挟み撃ちにされて、馬策隊は大混乱に陥った。勝ち誇っていた兵士達は驚愕し、狼狽し、恐怖した。感情が高ぶっていた分、それが負の感情に反転した時に落差が大きく、心をひどく揺さぶったのだ。
一転狩られる立場に陥った馬策隊の兵士達は悲鳴を上げて逃げ出し、戦場から遠ざかる方向へ、つまり西の方へ散り散りになって走っていった。馬策は歯噛みしたが、慌てて彼等の後を追った。何とか呼び戻して体勢を立て直さなければならない。
馬策隊三千をあっさりと追い払った光姫達は合流して四千となり、大砲守備隊を攻撃するために橋の方へ引き返した。大砲の破壊もこの戦いのねらいの一つなのだ。
その頃、川の対岸、つまり城の前の広場でも、戦いに変化が起きていた。
最初にそれに気が付いたのは、敦朴隊の消火担当の一人の兵士だった。彼は西側の河原と投石機の間が担当で、仲間達と空を見上げて焙烙玉を警戒していたが、不思議な物音を耳にした。恵国軍の陣地の南側を覆う四重の逆茂木の奥で、甲冑が触れ合う音が聞こえたのだ。それも吼狼国武者の鎧の音だった。
彼は始め耳を疑ったが、どうにも気になって、逆茂木へ近付いてみた。といっても、何かが見えることを期待したわけではない。背よりも高い木の枠に、葉っぱが付いたままの太い枝が柵のように打ち付けてあり、それが若干の距離を置いて四重になっているのだ。昼間ならともかく、夜では向こう側は見えない。ところが、中で何かが光った。
彼は嫌な予感がして逃げ出したくなったが、仲間や将軍に知らせるにしても曖昧な説明はできないので、勇気を振り絞って奥をのぞき込んだ。すると、いきなり目の前の逆茂木が倒れ、野性的な顔をした無頼漢風の男が多数飛び出してきた。
慌てて急を知らせようと駆け出した兵士の背中に、ずぶりと槍が突き立った。地面に倒れ伏した彼に、軽装鎧の若い男は、「悪いな」と言ってにやりと笑うと、後ろの仲間達へ叫んだ。
「野郎ども、行くぞ! 五百は西側の敵の背後を衝け! 残り一千は俺に付いて来い。投石機を攻めるぞ!」
鎧も武器もばらばらの男達は正規の武者とは思えない銅鑼声で「おう!」と答え、隊列を組むとそれぞれの目標へ殺到していった。
「なにっ、逆茂木に穴を開けて敵が侵入してきただと?」
知らせを受けて敦朴は愕然とした。なんと一千五百もの敵に陣内に入り込まれたというのだ。しかも、それが西側だけではない。東側にもやはり一千五百が侵入し、投石機と東の森の敵と戦っている味方を攻撃したのだ。
東西の守備隊各二千は、どちらも背後から石や焙烙玉を投げ付けられて驚愕したところへ正面の敵の突撃を受けて、後退を余儀なくされた。二つの投石機の防衛隊各五百も、それぞれ倍の一千に襲われて苦戦している。
敦朴はすぐさま消火隊と橋の出口に伏せていた二千の半数を投石機の守備に向かわせた。これで防衛隊は一千五百ずつになり、対等以上に戦えるはずだ。まだ一千が橋の出口を塞いでいるから、背後を襲われる心配はない。
「影岡軍め、逆茂木を壊して突入してくるとは。まさか、始めからこれをねらって広場に逆茂木を作っていたのか。だが、広場を占領し、七列の内の三列を片付けた時には、かなりの時間と手間がかかったのだぞ。細い道を通すだけとはいえ、夜の暗闇の中でどうやったのだ?」
敦朴の疑問は当然だが、実はこの道はもともと用意されていたものだった。逆茂木は杭を地面に深く打ち込んで作ってあるが、杭を短くして簡単に抜けるようにした部分があったのだ。そして、その逆茂木には、「ともしびだけ」という小さなきのこが生えている椎の丸太を打ち付けてあった。このきのこは夜は緑色に光るので、その光を目印に壊す柵を見分けたのだ。
きのこが付いているのは城の方を向いた部分だけで、しかも根元の辺りなので、恵国軍からは見えない。「ともしびだけ」は昼間はただの白いきのこだし、恒誠の読みでは三列か四列壊して後は残すだろうということだったので、始めの三列には付いていなかった。影岡軍は一千五百の部隊を五つ作り、三つで攻撃を仕掛けて敵を分散させておいて、手薄な中間部分へ残り二つを突入させたのだった。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その二
東の森と西の河原で追堀師隆隊と楢間惟延隊がそれぞれ二千の敵を圧倒し、恵国軍は橋の方へ後退を余儀なくされた。白林宗明と皆馴憲之の突入部隊は投石機防衛隊を猛攻していた。光姫の騎馬武者隊と餅分具総の徒武者隊は大砲の守備隊二千を追い払って大砲の破壊を終え、川向こうから矢や石を浴びせて師隆と惟延を援護する。
逆茂木の中央通路の二千は実鏡・奥鹿貞備隊をまだ防いで頑張っているが、このままでは投石機は破壊され、恵国軍は橋の前で包囲されて、渡って対岸へ逃げるしかなくなる。だが、その場合、向こう岸で待ち構えている光姫・具総隊四千に左右から攻撃されることは確実だ。完全に橋を塞いでしまうと兵士達が必死になって抵抗するので、光姫達はわざと出口を空けておいて、そこを走って逃げる恵国兵に怪我を負わせようと考えているのだ。
だが、橋を避け、川に入って逃げるのも大きな危険が伴う。水中には逆茂木がまだたくさん残っているので、暗闇の中でそれを抜けるのは相当大変だし、水は首元まである。足を滑らせたりして溺れる兵士が多数出るだろう。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その三
このように、広場北部の戦いは恒誠の計画通りに進んでいた。このまま行けば、投石機を守っていた恵国軍一万の多くを殺すか負傷させることができ、影岡軍の大勝利でこの戦いは終わるだろう。武者達は皆そう思った。だが、恵国軍にも軍師はいたのだ。
物見櫓にいた恒誠は、戦場の兵士や武者達の持つ灯りで作戦が順調に進んでいることを確認すると、あまりに上手く行き過ぎていると思いつつも、全軍投擲準備の太鼓を鳴らさせた。戦場の武者全員に焙烙玉を持たせ、一斉に投げさせて敵に一瞬の混乱を作り出し、そこに突撃させる。恐慌に陥った敵の兵士達は橋になだれ込み、光姫隊と具総隊の矢の餌食になるだろう。投石機はその後で壊せばよい。
太鼓が鳴り出した。これが発動したら、敵兵は完全に戦意を失い、撤退するしかなくなるはずだ。恒誠はそう思い、投擲の合図である太鼓の爆発的連打を始めさせようと右手の軍配を持ち上げた。
が、振り下ろそうとしたその時、城の前の広場全体に巨大な爆発音が轟き渡った。それは、聞く者の度肝を抜き、全身に震えを走らせ、思わず後ろを振り返らせるような恐ろしい音だった。物見櫓からでは確認できないが、戦場の武者達が皆戦う手を止めて周囲を見回しているのが想像できる。城内でも多くの悲鳴が上がり、動揺が広がっている。
「大砲だと?」
恒誠は思わず大声でつぶやいた。
「どこからだ。……東の森か!」
周囲に問うまでもなく、再び同じ爆音が轟き、東の森の中から巨大な黄金の火の玉が飛び出して、長い尾を引いて橋の近くの水中に落下していくのが見えた。先程の一発目は広場の真ん中へ落ちたようだった。
恐らくどちらも死傷者は出ていないだろう。人がいない場所だったからだ。だが、問題はそこではなかった。
今の二発は雲居国で初めて発射された砲弾だった。高稲半島西部の年苗国の海城攻めでは大砲が使われたが、その戦いに光姫達は関わっていない。つまり、大砲の音を聞いたことのある武者は影岡軍にはいなかった。武者達はあの恐ろしい音や大砲という武器に慣れていないのだ。今の轟音は多くの者の肝を冷やしたはずだ。暗い夜空を横切る巨大な火の玉を見た者達は、あれが当たったらと想像してぞっとしただろう。今回は外れたが、次はこちらへ飛んでくるかも知れない。そう思うだけで、武者達は戦いに集中できなくなり、戦闘力を著しく低下させる。
これは間違いなく、敵軍師の作戦だった。涼霊は恐らく、森浜村や狐ヶ原の合戦で、銃声や爆鉄弾の破裂音が吼狼国武者をひどく怯えさせることに気が付いたのだろうと恒誠は思った。だから、解体してあった大砲二門をわざわざ森の中に運ばせて、簡易の砲架を設置させたのだ。
しかも、涼霊の打った手はそれだけではなかった。なんと、東の森の中でたくさんの灯りが一斉にともり、広場の方へ動き出したのだ。大砲の音は新手の存在を戦場中に誇示するものでもあったのだ。それを知って影岡軍は恐怖を感じ、恵国兵は勢い付くだろう。
「ざっと見て、一万前後か」
広場にいる影岡軍合計七千五百を上回る新手が、川のこちら側に隠れていたのだ。涼霊は兵士達にたいまつを使わせず、円い月の光で森の中を行軍させ、密かに接近して戦闘隊形を取らせていた。さすがに大砲は灯りが無いと設置できないので、木から木へ陣幕用の布を渡して上から見えなくしておき、発射する時にそれを外させたのだ。そのためもあって砲架は低くせざるを得ず、川などをねらうしかなかった。
涼霊の指示を受けて三千ほどの一団が逆茂木の北側へ向かい、追堀師隆隊と白林宗明隊の背後に迫っていく。また、六千ほどの大部隊が、逆茂木の手前に出て、中央通路を攻めている実鏡隊を後ろから襲うべく進んでいく。恐らく、西側の河原の楢間惟延隊と皆馴憲之隊も、城への退路を塞がれるだろう。逆茂木の東西と中央の三ヶ所から攻め込み、橋の周辺に恵国軍を包囲したはずの影岡軍が、その背後から涼霊軍に更に包囲され、逆茂木の内側に閉じ込められて殲滅されようとしていた。
「さすがだな」
恒誠は敵軍師を称讃した。涼霊は投石機を守る部隊が窮地に陥っていることを知っていながら、この瞬間をじっと待っていたのだ。
涼霊は影岡軍に用意しているだろう策を先に使わせ、それがどういうものかを見極めた。そして、敵軍が逆茂木の奥深くへ侵入したところで自分の策を発動させたのだ。これがもう少し早ければ影岡軍は素早く撤収できたし、遅ければ敦朴隊は壊滅していた。まさに絶好の瞬間を上手くとらえたのだ。影岡軍は勢いに乗って背後へ迫ってくる新手と、味方の来援を知って息を吹き返した目の前の敵に挟まれて、動きに窮することになった。
その上、悪いことは重なるもので、対岸の西方、西国街道上に、多数のたいまつの光が現れた。頑烈隊と馬策隊だった。
頑烈は盾の道を作らせて兵士達を牧場から脱出させたが、予想通り多くの負傷者が出た。そこで、兵士を全て本陣に戻して治療と休養と食事をさせることにし、それを将軍達に任せると、自分は彼等の恨みを晴らすと言って先に馬で駆け戻り、消火と守備のために本陣に残していた五千を引き連れて、戦場へ駆け付けたのだ。馬策もやっとのことで散らばった兵士達をまとめ、逃げてきた西側の大砲守備隊を加えて五千で戻ってきた。この両隊は、橋の両脇で対岸の恵国軍を攻撃している光姫隊と具総隊を見付けると、前者に馬策隊が、後者に頑烈隊が向かってきた。
つまり、戦場に恵国軍がいきなり二万も増えたのだ。涼霊軍一万の内一千ほどは大砲と軍師を守っているらしく森の中から動かないが、必要となれば戦場に投入されるだろう。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その四
影岡軍は勝利目前から一転苦境に追い込まれた。だが、恒誠は判断を迷わなかった。敦朴隊の殲滅を即座に諦めたのだ。
「光姫殿に緊急用の合図の太鼓を打て。続けて、全投擲、破壊と、退却の太鼓を鳴らせ」
若い軍師が軍配を向けて鋭く命じると、すぐそばにある巨木の幹をくりぬいて作った大太鼓三面を、訓練を積んだ熟練の打ち手六人が激しく鳴らし始めた。だんだんだん・だだだ・だだだ・だんという打法を五回繰り返した。
すると、川の向こう岸の光姫・具総両部隊の灯火が大きく左右に揺れ、多数のたいまつが橋にゆっくりと入っていった。光姫隊の騎馬武者達だ。
橋の出口を塞いでいた恵国兵一千は警戒を強めた。突然の太鼓の音とそれに応えるような対岸の敵の接近だ。将軍の指示で槍先をそろえて騎馬武者の突撃に備え、緊張しながら敵の動きを見守った。
ところが、敵は来なかった。光姫隊は橋の途中で向きを変えて戻っていったのだ。そもそも橋に入ったのはニ十騎ほどに過ぎない。偵察に来たのかと思い、次は本隊が来るかと気を引き締めていると、橋の上で土器の割れる音が十回ほど響いた。焙烙玉だ。まさか、と思った瞬間、橋の中程、丁度川の真上の部分が激しく燃え上がった。橋は見る間に炎に覆われ、やがて中央部分が崩れて川に落下した。
「先程の騎馬武者達は油や硫黄をまいたのか」
将軍はつぶやき、青くなった。敵に囲まれた状態で退路を失ったのだ。兵士達は皆恐怖を顔に浮かべている。
しかもそこへ、周囲の影岡軍から大きな雄叫びが起こった。逆茂木の奥へ入って東西から敦朴隊を攻めていた四隊の合計六千人全員が、大砲の音が轟く前に既に手に握って火を付けていた焙烙玉を、近くの投石機へ投げ付けたのだ。撤退の太鼓を聞いて作戦はここまでと悟り、敵の潰滅はできなかったが、せめてこれだけは当てたいと願いながらの思い切りの投擲だ。
たちまち投石機は燃え上がった。一台に三千個が飛んでいったのだから、当たったのが百分の一でも数十に上ったのだ。
更に、六千人は投石機の炎上に慌てる敵兵の足元に、もしもの時の脱出用にと一個ずつ持たされていた三角菱を投げ付けた。そして、恵国軍に盾や槍を向けたまま、少しずつ下がっていった。
恵国兵達は鎧や兜にかんかん音を立ててぶつかる礫に驚いて警戒したが、その正体を知って動けなくなった。何せ、暗い地面に三角菱が六千個もばらまかれたのだ。危なくて歩けない。しかも、退路を断たれ、それまで必死で守ってきた投石機が燃えてしまったのを見たばかりなのだ。彼等が動揺し、次の行動に迷ったのは当然だった。
戦場全体の形勢では恵国軍側が優勢なのだが、将軍達はともかく、一般の兵士は作戦を知らされていない。もちろん、大砲の音は耳にしているので味方の来援は知っているが、それ以上のことは分かるはずがなかった。特に投石機を守っていた兵士達はこれからどうしたらよいか判断ができず、自然と将軍のそばに集まってきた。
将軍達はすぐさま追撃したかったが、兵士達の様子を見て、体勢を立て直すのが先だと考えた。そこで、足元の三角菱を拾わせ、それぞれ投石機の守備隊を自隊に合流させ、三千五百人で隊列を組み直した。敦朴は橋を封鎖していた一千を中央通路の二千と合わせ、自分が直接指揮をとって実鏡隊へ向かっていった。
この間に、影岡軍は素早く撤退していた。西の河原の二つの部隊は、敵が追撃してこないのを見て足を速めた。出口に近かった皆馴憲之隊が先に走って逆茂木の外に出て、楢間惟延隊はその後ろを守って後退した。中央通路を攻めていた実鏡隊も背後を衝かれる前に西へ下がった。光姫隊は橋の炎上を確認すると馬策隊に接近される前に河原を西へ向かい、具総隊は東へ進んだ。
このように、影岡軍は急いで城に逃げ込むべくそれぞれ動き出したが、一つだけ反対の行動をとった部隊があった。白林宗明隊だった。撤退せず、目の前の敵に突撃を敢行したのだ。
森方面を守備していた二千は、投石機を焼かれた守備隊一千五百が秩序なく雪崩込んできたため陣形が乱れていた。
「今だ。敵は混乱している。手柄を立てる好機だ! 全員、かかれ!」
宗明が大声で叫ぶと、義勇の浪人衆一千五百は鬨の声を上げて突っ込んでいった。彼等は手柄を立てて名を高め、仕官を目指している者が多い。弱っている敵がすぐ前にいるのに逃げるなどもったいない。武功を上げる好機だと目を血走らせ、組織的な抵抗のできない恵国兵を次々に襲って屠っていった。
この突撃は大きな効果を上げ、三千五百の恵国兵は半分以下の宗明隊に圧倒された。これが一対一の部隊同士の戦いなら大勝利だったかも知れない。
だが、現実には、影岡軍の背後には涼霊の新手三千が迫っていたのだ。
「愚かな敵だ。我等に背を向けて狩りに熱中するとは」
経験豊富な四十代の高卓将軍はそう批評すると、鉄砲隊五百に命じて、空に向かって一斉射させた。乱戦中なので、味方に当たるのを避けるためだ。そして、槍隊二千五百に足並みをそろえて前進させた。
「慌てるな。隊列を維持しつつ確実に槍で倒せ。相手はもはや陣形も何もなくなっている。まともな抵抗はできまい」
背後で起こった巨大な発砲音にぎょっとして振り返った義勇の浪人衆は、自分達が逃げ場を失ったことを知った。東の森はもちろん、先程出てきた逆茂木の隙間すら、敵部隊の向こうにある。
宗明は自らの失策を悟ったが、諦めはしなかった。
「狩りは中止だ! 全員戻れ! 近くの者同士で助け合って敵を突破し、森へ走り込め!」
急いでそう叫んだが、それが不可能なことは誰の目にも明らかだった。敵の新手は倍の三千。背後にも三千五百がいるのだ。
多くの浪人達は逃げられぬと悟って表情を硬くしたが、嘆いたり絶望したりする者はいなかった。彼等は仕官のため、または吼狼国を守るため、自ら志願して激戦が予想される影岡城へ来た者達だ。死の覚悟はしているし、誇りと意地もあった。こうなったら少しでも多くの敵兵を道連れにしてやろうと、出せる限りの声で叫びながら高卓隊に突っ込んだ。
たちまち激しい戦いが始まったが、やはり宗明隊が劣勢だった。多くの浪人達が槍に貫かれ、どんどん仲間の数が減っていく。高卓隊の背後へ抜けられた者はほとんどいなかった。
「ははは。俺もここまでか」
必死で戦いながら、宗明は自嘲の笑みを浮かべた。
「もう少しで名門の姫君をものにして封主家の当主になれそうだったのにな。……畜生!」
宗明が整った顔を歪めて悪態を吐いた時、敵の様子が変わった。
「宗明殿、お助け致す!」
高卓隊を前方横手から攻撃して間に割り込んできたのは、追堀師隆隊だった。彼等は東の森で戦い敵を橋の方へ押し込んでいたが、撤退の太鼓を聞いて森へ逃げ込もうとした。だが、宗明隊が攻撃を続けたため、置いて逃げるわけにもいかず、河原で守りを固めて周囲の様子をうかがっていたのだ。すると、宗明隊が危機に陥ったので、救援に動いたのだった。
何せ、師隆の主君は光姫なのだ。彼女の気性からしても、宗明への感情からしても、見殺しにしたら許してもらえない。それに、師隆は主君のそういうところが結構好きだったのだ。
そして、光姫を大切に思い、そのやり方を支持していることでは師隆以上だったのが、お付きの家老である餅分具総だった。彼の徒武者隊二千も、師隆隊に息を合わせるように、高卓隊の側面後方寄りを攻撃したのだ。
少し前、具総隊は頑烈隊の接近を知ると橋から離れ、東へ進んで、対岸が広場から森に変わった辺りで川を渡っていた。橋を壊した場合はそこで渡河せよと、あらかじめ指示されていたのだ。
実は、こういう時のために、一部だけ川底の乱杭の列が切れている場所を設けてあった。そういう場所は、広場の正面に作ると、橋の両脇を渡河してくる恵国軍にばれてしまう。だから、対岸が森だが、広場のすぐそばという場所にした。恵国軍が別働隊を作る場合は密かに川を越えさせようとするはずだから、城から丸見えの場所では水に入らないだろうと恒誠が言ったのだ。
というわけで、渡れる場所はあったのだが、水中のことは岸からは分からない。夜なのでなおさらだ。そこで、少数の義勇民が水に入って通れる場所に縄を二本張り、たいまつを掲げて待っていて、武者達に縄の間を進むように伝えた。
こうして、川を素早く渡った具総隊は宗明隊の救援に間に合い、縄と灯りを始末させて、頑烈隊を対岸に置き去りにすることに成功したのだった。
「ちいっ、新手か。合わせると我等より数が多いな。このままではまずい。やむを得ぬ。一旦後退する」
高卓はもう少し宗明隊を叩きたかったが、歴戦の将軍だけに引き際をわきまえていた。すぐに攻撃をやめさせると、素早く部隊をまとめて森の中へ引き返した。それを追いかけるように両家老の部隊も森に入っていく。高卓は彼等が涼霊の方へ向かうのを恐れ、いつでも攻勢に出られるように準備しつつ、部隊を少しずつ南下させた。
「お二方か。ありがたい」
宗明は高卓隊が下がるのを見て驚いたが、状況を理解すると、ただちに撤退命令を出した。
「無事な者は負傷者を助けて逆茂木の隙間から脱出せよ」
浪人達は救われた顔になり、すぐさま引き揚げにかかった。師隆隊と具総隊は高卓隊を警戒しながら、森を通って広場へ向かった。こうして、橋の東側の戦闘は終息しつつあった。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その五
一方、広場の中央部では恵国軍が優勢だった。
こちらの六千の大将である鍾霆は部隊を半分に分け、西の河原を後退してくる皆馴憲之隊と、中央通路の実鏡・奥鹿貞備隊の背後をねらった。一方、敦朴は三千を自ら率いて中央通路を前進し、包囲を恐れて西に逃げる実鏡隊を追った。
その結果、影岡城の左のこぶの前方で、実鏡・憲之隊計三千が、鍾霆・敦朴隊九千とにらみ合う形になった。逆茂木には突入した通路が開いているので、橋端の恵国軍の一部が出てくると、兵力差が更に大きくなるだろう。
だが、実鏡達はその心配はしていなかった。逆茂木の通路を通さない秘策があったのだ。
それは、まず城内から実行された。恒誠の命令で、影岡城の五つの投石機が中央通路へ多数の硫黄の桶と大焙烙玉を投げ込んだ。更に、楢間惟延隊や皆馴憲之隊、脱出を終えた白林宗明隊までもが、近くの逆茂木に向けて焙烙玉を放った。
逆茂木には葉の付いた枯れ枝がたくさん打ち付けてある。たちまち燃え上がって長い火の帯ができあがった。これで、橋のそばの恵国軍は、西の河原を封鎖する楢間惟延隊を打ち破るか、東の森へ大回りしなければ、鍾霆隊の援護に駆け付けることはできなくなった。
鍾霆は驚いたが、余裕を失いはしなかった。目の前の実鏡・憲之隊は合計三千、鍾霆・敦朴隊は九千。負けるはずがない。しかも、敵の大将の少年がすぐそこにいるのだ。彼を討ち取れば大手柄、この戦いは恵国軍の勝ちだ。
鍾霆は実鏡隊は敦朴に任せ、憲之隊一千五百に攻撃を開始した。無頼漢達の部隊は比較的軽装だし、鍾霆隊は四倍の六千だ。憲之隊はすぐに苦しくなり、後退を始めた。鍾霆は上手く行きそうだとほくそ笑み、こんな小勢はさっさと押し潰して、その勢いで実鏡隊を包囲しようと、突撃命令を出そうとした。
が、その瞬間、聞こえるはずのない声を聞いて、慌てて辺りを見回した。
「銀炎丸、吼って! 全員、突撃!」
対岸で馬策隊に追いかけられているはずの光姫の騎馬武者隊二千だった。
実は、具総隊と同様、光姫隊にも渡河地点が設けてあった。橋を壊した場合、城の西側の以前光姫が硫黄を使った辺りへ向かうことになっていたのだ。そこにも乱杭の切れ目があり、目印の灯火と通路を示す縄も用意してあった。
こちらの渡河場所が城の目の前だったのは、もう恵国軍はこの辺りからは攻めてこないだろうと予想されたことと、乱杭の切れ目を見付けられても城内から攻撃して渡河を防げるからだった。実際、光姫を追いかけてきた馬策隊は、城から矢を浴びてやや後退せざるを得なかった。渡河地点の案内役の義勇民達は、騎馬武者達が渡り終えると素早く縄を外して目印の灯火を消したため、渡河地点が分からくなり、馬策隊は川を越えられなかった。
こうして馬策隊を引き離した光姫達は、空堀に沿って北上して城の前の広場に出て、鍾霆隊に襲いかかったのだ。
鍾霆麾下の兵士達にとって、光姫の騎馬武者隊は恐ろしい相手だった。最初の渡河作戦の時の記憶が脳裏に焼き付いているからだ。特に、狼の声は畏怖の対象で、それだけで震え上がる兵士もいた。その上、夜にいきなり横から奇襲されたのだ。
鍾霆は混乱した兵士達を叱咤して必死で立て直そうとしたが、光姫達は部隊の中を走り回ってかき乱したし、憲之隊が勢いを得て逆襲してきたので混乱を収めるのに苦労し、やむなく敵から少し距離を取らざるを得なかった。
しばらくしてようやく兵士達は落ち着きを取り戻した。鍾霆はやはり光姫隊の突入で隊列を乱してやや下がっていた敦朴隊と連絡を取り合い、攻撃を再開することにした。敵は二千増えたし、相手はあの光姫だが、それでも合計五千、こちらは九千だ。十分勝てる。
だが、前進命令を出そうとして、鍾霆は固まった。森の中から銅鑼が聞こえてきたのだが、その内容が信じられなかった。全軍撤収の合図だった。
必ず勝てる状況でそんな指示に従えるかと思ったが、命令違反はできないので抗議の伝令を送ろうとした。しかし、その前に涼霊から使者が来た。
東から影岡軍が逆茂木の間や森を通り抜けて鍾霆殿と敦朴殿の背後に迫っている。その数合わせて五千。このままでは両将軍の部隊は包囲されて逃げ場を失う。すぐに撤退せよ。
鍾霆は絶句した。が、悔し気に唸ると、後退命令を出した。
「全軍、東の森へ向かえ。撤退する。敦朴殿にも知らせろ。畜生、もう少しだってのに!」
悔しかったが、仕方がなかった。前と後ろに五千、右は炎の壁、左は城だ。確かにこのままでは囲まれて殲滅されるのはこちらの方だった。炎の壁の向こうに七千、涼霊の元に一千、東の森に高卓隊三千がいるが、彼等の到着まで鍾霆隊が持ちこたえられる保証はなかった。
なぜなら、鍾霆隊は朝から戦っているので疲れている上、夕食前だったのだ。恵国兵達は涼霊の指示で腰兵糧として乾かした握り飯を持たされている。それを戦いの前に全員に食べさせたが、食事のかわりにはならない。鍾霆自身もそろそろ腹が空いてきているのだから間違いない。空腹は気持ちを弱らせるので、勝っている時はよいが、包囲されたら兵士達は頑張れないかも知れない。
それに、逆茂木の向こうの七千が戦力としてどれほど当てになるか怪しかった。彼等は先程からずっと戦い通しだったので疲れているだろうし、橋と投石機を目の前で焼かれて衝撃を受けた後だ。気力が重要な戦場では、一度戦意をへし折られた者達は、戦況が好転したとしても開戦時の力を発揮することはできない。肉体同様、精神も疲労する。兵士達に十分な食事と睡眠が必要なのは、そのためでもあるのだ。
「敵の追撃を許さぬよう、隊列を乱さず堂々と歩け。いつでも攻撃できるように備えておけ」
命令が下ると、鍾霆隊と敦朴隊は撤退を開始した。鍾霆は影岡軍が追いかけてくれば反転して痛撃を与えてやろうと待ち構えたが、それはなかった。恒誠が撤退の太鼓を打たせたのだ。
影岡軍も疲れていた。光姫達は敵の本陣を襲い、頑烈隊と追いかけっこをして置き去りにして戻ってきて、馬策隊と戦い、大砲守備隊を追い払い、更に鍾霆隊や高卓隊を横撃した。明らかに働き過ぎだ。他の部隊も三ヶ所で攻撃を始めてからずっと戦い続けていた。夜戦は周囲の状況がよく見えないのでただでさえ疲れるのだ。もうこれ以上の戦闘は難しかった。しかも、戦いが始まって以来初めて、多くの死傷者を出した。宗明隊の損害は半数近くに上っていたのだ。とても追撃どころではなかった。
影岡軍の基本方針は時間を稼ぎ、城を守り切ることだ。無理をする必要はない。投石機二台と大砲二門を破壊しただけでも十分な戦果だった。だから、恒誠は撤退を命じたのだった。
『花の戦記』 影岡城外合戦図 その六
こうして、蓮月十七日の夜の戦いは終わった。互いに包囲されかかったり背後を取られたりと展開が目まぐるしく、双方とも多数の死傷者を出したこの戦いでどちらが優勢だったのかは、当事者達にも分からなかった。それでも、ただ一つだけ、はっきりしていたことがあった。
「これで司令官殿下にあの城を献上することはかなわなくなったな」
渡河した涼霊隊と合流して本陣へ戻る途中、頑烈はつぶやくように軍師に言った。
「投石機は焼かれ、大砲を二門も失ってしまった。橋がなくては材料を対岸へ運ぶことができぬ。再び作るのは難しいだろう」
涼霊は黙って頷いた。
「我等は勝てなかった。手も足も出なかったわけではない。もっと時間があり、じっくりと攻めることができたらいずれは勝てたはずだ。だが、目的を達成できなかったという意味では負けだ」
頑烈は歯を食いしばっていた。
「これほど悔しい思いをしたのは初めてだ。敵の軍師はまだ二十四だと聞く。光姫も十八だという。なのに、なぜわしらが勝てんのだ」
涼霊は何も答えず、初めての完全な敗北という屈辱に黙って耐えていた。
翌十八日、涼霊は兵士達に休息を与えた。怪我や火傷を負った者達を治療させ、希望者を影岡の温泉場へ行かせて疲れをとらせた。
その一方で、元気な者達には投石機の材料を再び集めさせ、失われた盾を作らせて再配布し、鎧や槍や鉄砲を修理させた。禎傑がどのような作戦を命じようと、実行できる準備を整えたのだ。
夕刻、禎傑は華姫や三万以上の兵士を連れて、影岡へ到着した。
一方、影岡軍は戦いの後すぐに城内へ撤収したが、そこで小さな騒ぎが起こった。憲之と従寿が宗明に詰め寄ったのだ。
「なぜあの時すぐに撤退しなかった。お前が判断を誤ったせいで多くの犠牲者が出たんだぜ」
憲之が珍しく怖い顔で宗明を糾弾した。従寿もこれに同調した。
「義勇の浪人達は個人で参加している。彼等が減った穴は埋められない。今後、この城の兵力は五百は減るだろう。恒誠様は撤退を命じたのだ。勝手に攻撃を始めるなど、戦の基本が分かっていないのではないか」
宗明は周囲の視線を浴びて表情を硬くしたが、こう言った。
「我々は浪人だ。手柄が欲しいのだ。そのためにここにいる」
「だから無茶をしたって言うのかよ!」
憲之は怒りを露わにした。彼は仲間思いだし、浪人衆とは行動を共にすることが多く、非正規の武者同士上手くやってきた。だから、はっきりと非難する口調の従寿とは違い、宗明の謝罪を聞いて納得しようとした。しかし、相手の態度は彼の予想に反していたのだ。
「敵は混乱していた。叩きのめす好機ではないか。撤収する前に少々武功を稼いで何が悪い。大砲は聞こえたが、背後への接近は知らなかった。追堀殿も気付いていなかったし、危なくなったら助けてくれると思っていた。油断したわけではない」
宗明はやや離れたところに立っている恒誠に聞かせるように声を大きくした。
「だが、織藤公には見えていたはずだ。知らせてくれれば対応のしようもあった。そもそも、多数の敵がこちらの岸に渡り、大砲まで組み立てていたというのに、物見櫓にいてなぜ気付かなかったのか。織藤公ほどの知恵者なら、何らかの対策を打つこともできただろうに。あそこで敵の足を止めてくれていれば死傷者も少なくて済み、敵を壊滅させられたのだ」
「緊急事態だからすぐに撤退しろという太鼓だったはずだ!」
憲之は腹に据えかねる様子で反論したが、宗明は首を振った。
「確かに大勢が死傷した。それは申し訳ないと思う。だが、判断を誤ったという指摘には納得できない」
そう言い放つと、恒誠ににらむような一瞥を向けて、仲間と共に自分の部屋へ去っていった。周囲には重苦しい雰囲気が残った。
そばではらはらしながら見守っていた光姫はかける言葉がなく、そのまま見送った。実鏡と貞備も困った顔だったが何も言わなかった。お牧に問うような視線を向けると、黙って首を振ったので、光姫は小さく溜め息を吐いた。
「どうしてあれほど手柄にこだわるのかしら」
光姫から見ても、今回のことは宗明の失策だった。特に命令を無視したのがよくない。それが全ての原因なのだ。
輝隆が答えた。
「仕官するために必死なのですよ。浪人ですからね。そのために戦っているのですし」
「もしかして、宗明さんは恒誠さんを信用していないの?」
お牧が首を振った。
「そんなことはないと思います。でも、あの方もすぐれたところが多いだけに、相手の力を素直に認めたくないのでしょう。きっと、これまで何をやっても人に負けたことがなかったのでしょうね。ですが、恒誠様に軍略ではかないません。ですから、手柄を立てて負けていないことを示したかったのだと思います。殿方の意地ですね」
「あなた達もそうなの?」
尋ねると、輝隆は困った顔で笑い、従寿はきっぱりと「いいえ」と答えた。
「俺は武略を他人と競うつもりはありません。どうせ勝てませんしね。でも、そのかわり、必ず姫様を守り切ってみせます。この役目を誰かに譲るつもりはありません」
と、胸を張り、憤懣やる方ない様子で続けた。
「宗明殿は嫉妬しているのでしょう。でも、どう見ても恒誠様の方が上ですよ。比較になりません。城内の者は皆そう思っています。今後も命令違反をするようなら、この城から追放すべきです」
光姫は反論できなかった。だが、自分はあの人が好きなのだ。従寿は鼻を鳴らした。
「あのお二人はある人物を間に挟んで敵対関係にありますから、宗明殿も負けたくないのでしょう」
「ある人物って誰?」
「それは俺の口からは言えません。姫様がご自分でお気付きにならないと」
「恒誠様がお可哀想ですね」
お牧が言い、輝隆は苦笑している。福子も呆れた顔だった。
「私も、これだけは光姫様がよくないと思います」
「ええっ、私? どういうこと? ……まあ、いいわ。それより、あの二人の関係をどうしたものかしら」
光姫は仲直りの方法を思案したが、こういうややこしい問題は苦手なので、すぐにやめた。
「考えても仕方がないわ。どちらも頭がいい人だもの、何とかなるわよ。それより、お風呂に入りましょう。今夜のご飯は何かしら。合戦のあった日は食事が豪華になるものね」
そう元気よく言って、わざとらしかったかなと思いつつみんなの顔を見回すと、実鏡がほっとした様子になり、お牧や輝隆は呆れ半分の笑みを浮かべた。
「そうですね。私も馬で走り回りましたから、体を洗い、熱いお湯につかりたいです」
「夏でも温泉で温まるのは気持ちいいですね。この国に来て初めて知りました。殻相国にも温泉を掘ったら、町の人々や通過する商人達が喜びそうです」
「私も気に入ったわ。銀炎丸も好きなのよ」
と頭を撫でると、狼は鼻先を脇腹にこすりつけてきた。
「では、参りましょう。着替えを取って参ります」
一礼して、侍女はまだぶつぶつ文句を言っている従寿の腕をつかんだ。
「あなたもいらっしゃい。汗まみれではありませんか。そんな汚い人は姫様のおそばに置けません。殿方の着替えはあなたが運ぶのですよ」
「何で俺が」
「私は男湯に入れないでしょう」
お牧は嫌がる従寿の腕を引っ張って中郭の方へ歩いていった。
「実鏡さんも行きましょう。後でそっちの合戦の様子も聞かせてね」
光姫の言葉に少年封主は頷いた。並んだ二人が貞備や輝隆を連れてお牧達の後を追おうとすると、聞き耳を立てていたのか憲之が近寄ってきた。
「お殿様。よろしければ、あっしがお背中をお流し致しやしょう」
「我々もお供します」
振り返ると、惟延・師隆・具総が笑っていた。
「恒誠さんも行きましょう」
一人離れていた軍師に声をかけると、恒誠は少しためらったが、鼻の頭を掻いて、「分かった。行こう。俺は走り回っていないが、汗はかいたからな」と言った。
そこで、みんなでそろって湯に行き、その夜は一緒に食事をとって、互いの活躍を讃え合ったのだった。




