ポーシャ・1
1週間ごとに話を進めると言ったな。
あれは嘘だ。
すいません、いろいろと忙しくなり、遅刻しました。次回はもう少し早めにあげていこうと思います。
古賀幸助がその噂話を聞いたのは、なんということはない、いつもと同じ日だった。
彼は、いつものように朝の7時に目を覚ました。そして高校へバスで通学し、自分のホームルームへ行き、鞄を自分の机に置く。そして次々と入ってくる友人たちと、しょうもない話を駄弁った。
そしてチャイムが鳴ったら、席に着き、担任教師の点呼に応え、そのまま授業を受け、見つからないようにノートを枕に居眠りをする。お昼には仲のいい友人たちと屋上へ弁当を持って行き、再びしょうもない話を駄弁り始める。
彼が「その話」を聞いたのは、この時だった。
本当に、日常の中にあったごく普通の会話から、彼は非現実的な話を聞いたのだった。
「なあ。知ってるか?グレープ・マッコイの屋敷の話」
「ああ、聞いたぜ。『何でも願いが叶うんだ』ってな」
友人たちのいかにも胡散臭そうな語り口から、幸助はその話を聞いた。
「なんだよ、それ?俺は知らねえぞ。その屋敷の話って?グレープ・マッコイってあの古い洋館のことか?」
『グレープ・マッコイ』というのは、この街にある古い巨大な洋館の名前だ。
その洋館は明治時代から立っている古い建造物で、日本に移住してきたアメリカ人が、グレープ栽培を発展させるため居を構えた場所だった。日本では珍しい海外の異文化がふんだんに盛り込まれた建造物らしく、歴史も長いことから、文化遺産にも指定されていた。
そうした古いものには噂がたつものだった。古ぼけ、歴史の長いものなら尚更のことだったろう。
幸助の質問に二人の友人は、購買で買ったミルクティーをストローですすってから答えた。
「知らねえの?最近噂になってんだよ。なんでも暖炉の前で死んだ屋敷の主人の霊が、まだ屋敷に商品の注文をしにくるお客を待っているんだとさ・・・」
幸助はその話を聞いて、面白がりながらウンザリした顔をした。
それは彼らのような年頃の子供が夢中になる「都市伝説」や「怪談」というやつだった。
幸助は鼻で短く笑い、信じる気もないのに、気になって話を続けさせた。
「おばけの話か?そんなの今時、流行んねえよ」
「いやいや、最後まで聞けよ。大事なのは、幽霊が出るって話じゃねえよ」
目の前にいる友人もまた、幸助と同じく、この話を信じてはいないのだろう。冗談めいた顔をして、友人は語りだした。
「そこの幽霊はな、ただ出るだけじゃないんだ。『願い事』を叶えてくれるんだよ・・・」
「へえ!それは初めて聞いた。幽霊が?願い事を?」
幸助ははじめ聞いたとき、ゴシックな透けた体を持つ幽霊を想像していたが、それを聞き、古臭いイメージが払拭される。まるでランプの魔人だ。
「それで?願いはなんでも叶うわけ?」
「ああ、どんな願いでもな。噂じゃ、E組の担任の芳崎いるだろ?あの人、そこで願い事したら大金が手に入ったんだってよ!」
そういえば職員駐車場に、いやに派手なスポーツカーが芳崎先生のスペースに止まっていたことを幸助は思い出した。
「あれって宝くじに当たったって聞いたけど・・・」
「宝くじに当たったのは、願い事をしたおかげかもしれねえだろ?」
「だったら、すげえな。で?その願い事っていうのは、どうすればいいんだ?屋敷の前で手でも叩くのか」
「ば~か!神社じゃねえんだぞ。そんなので願い事が叶ったら、誰だって金持ちだよ」
二人は笑いながら、パンを頬張りながら喋り続けた。
「なんでも屋敷の奥に、暖炉があるんだけどさ、そこに火を焚いて、夜の12時まで火を消さずに待つんだ。そうすると、壊れているはずの古時計が12時で鐘を鳴らすんだと。それから願い事をすると、必ず願いが叶うんだってさ」
それを聞いて、幸助は「それ見ろ」と心の中で呟いた。
やはりこういう話には、必ず「夜のなんたら時には~」とか、「精神を集中すれば~」とかのような「絶対にできない・試せない」オチがくっ付いてくる。
この話だってそうだ。文化遺産に指定されている場所にどうやって侵入し、夜の12時まで待っていられるというんだろう。おまけに暖炉に火を焚けば、煙突から煙が出て、すぐに誰かが入り込んでいることなど分かってしまう。見つかって通報され、不法侵入で捕まっておしまいだ。
できるわけがない。
「実際にある現象なんだけど、やるのは非常に難しんだ!だから、やめとけ!」という魂胆が見えるような作り話だ。まあ、予想はしていた。と幸助は鼻で笑った。
「ほお~・・・じゃあ、俺もその屋敷に行ってみようかな・・・」
幸助は食べ終えたパンの袋を折りたたみながら、欠伸をして言った。
「どんな願い事をするんだよ」
「どんなって・・・そりゃ、その時考えるさ・・」
「やっぱ、『大金持ちになりたい』が基本だよな」
「そうだな。でも、金で手に入らないものもあるからな・・・」
「おっと!さすが、恋をしている男は言うことが違うね」
友人が突然、声色を変えて幸助をからかう。
幸助はそれを聞かれて、折りたたんでいたパンの袋を握りつぶした。
「お、おまえら!なんでそれを知ってる!誰から聞いた!!」
「熱海から聞いたぞ。幸助が恋煩いになってるって」
「あ、あいつ・・・、誰かは聞いたか!?」
「さあ、どうだか。今日の帰り缶ジュースおごってくれるなら口が閉じそうだけどな」
「おい!俺は聞いたかどうかって言ってんだ!!」
「『たかり』の基本は情報を隠すことにあるのだよ、幸助君」
「くっそ・・・・。律子め、覚えてろよ、あいつ・・・」
「ぷっ。熱海のやつ、気の毒にな・・・」
「おめえらもだぞ!!!」
三人の高校生たちは、屋上にはしゃぎ声を響かせていた。
屋敷の噂話・・・。そのことについて、誰も口にこそしなかったが、三人は同じことを思っていた。
「そんなのあるわけない」
本気にしようとはしない。誰だってそうだろう。だが、この街には不思議なことが多く起こる。誰も信じないだろうことも、あるわけないと思っていたことも起こることがある。