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釜揚高校ドタバタ日記  作者: ドゥギー
第4章「高校3年2学期」
27/32

第27話「クリスマス味勝負」

 12月7日。三日月モモはかわいらしいワンピースを着て、とあるコンサートホールの入り口にいた。

 数分後、長身で眼鏡をかけた男性と小柄な女性が現れた。


「こんにちは、ルギーさん、ナンシーさん」

「こんにちは、モモちゃん」

「今日はこんなコンサートに誘ってくれて、ありがとうございます」

「ブシドー先生がぜひ連れてきてほしいって言ってたから」

「ブシドー先生ってあたしの留学話を持ちかけた……」

「かなり有名な指揮者らしいよ。その先生のお眼鏡にかなったんだから、モモちゃんすごいわよ。

 ルギーなんて取り入ってもらうのに2年くらいかかったらしいから」

「余計なこと言うなよ、ナンシー姉さん。入ろうよ」


 3人はコンサートホールの中に入った。席についた瞬間、モモがナンシーに声をかける。


「あのー、トイレ行ってもいいですか?緊張しちゃって」

「ふふふ、いいわよ。はやくいってらっしゃい」


 数分後、モモがトイレから出ると、とあるカップルを発見した。


「あ、ルギーさんに……あすか先生?!どうしよう、あの二人が鉢合わせしたら……」


 モモは急いで席に戻った。モモは席に戻ると、ルギーの周りをきょろきょろ見回した。


「どうしたの、モモちゃん?」

「ルギーさん、あ……別に」

「あぁたたち、そろそろ始まるわよ」

「はい、ナンシーさん」


 席のあたりが暗くなり、ブシドー先生が指揮をするコンサートが始まった。

 しかし、モモはいつあすか先生がこちらに来るか気になってしまい、コンサートに集中できなかった。

 一方、ナンシーは……途中で居眠りしていた。


 コンサートが終わり、ルギーたち3人はブシドー先生の控室に向かった。控室に到着すると、ルギーはドアをノックした。


「先生、失礼します」

「ドウゾ、オ入リクダサイ」


 部屋の中から流暢な日本語が聞こえてきた。

 3人はドアを開け部屋に入ると、バタ臭い顔をした初老の男性が座っていた。


「オオ、モモチャンハジメマシテ。ブシドーデス」

「はじめまして、ブシドー先生。今日は呼んでくださって、ありがとうございます」

「ソレデドウデシタ、今回ノコンサートハ?」

「はい、とてもすばらしかったです」


 モモはコンサート中あすか先生の行方が気になり、演奏をほとんど覚えていなかったため、月並みな感想しか言えなかった。

 しかし、ブシドー先生は感想を聞いて満面の笑みを浮かべて喜んでいた。

 モモは心の奥で申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 控室でしばらく話したあと、3人はコンサートホールから出た。


「ルギーさん、ナンシーさん、今日はありがとうございました」

「いえいえ、で留学はどうするの?」

「あ……もうちょっと考えさせてくれませんか?」

「ほら、ルギー急かせちゃだめだぁよ。モモちゃんの進路、人生がかかっているんだからもう少し慎重に考えさせなきゃ」

「ま、そうだな……。一応、今月中に答えもらいたいみたいだから。手続きとかあるみたいだから」

「はい、わかりました」「それじゃね、モモちゃん」

「それでは、また」


 ルギーとナンシーが帰った後、緊張がとけたせいか一人ため息をつくモモ。

 モモはふとあたりを見回すと、見慣れたカップルを発見した。その光景に驚くモモ。


「え?ルギーさんとあすか先生……。ルギーさんさっきあっち行ったよね……。はにゃ?もうわけがわからない!」


 あまりに不可思議な現象にモモは首をかしげた。


 12月8日。3―Dの教室で安永拳が大きなあくびをしている。安永のあくびを城ヶ崎しげるが発見した。


「おはよう、ヤスケン。寝不足か?」

「ああ、リーダーおはよう。最近毎朝4時起きで港行ってるから」

「朝4時ってあぁた何やってんの?」

「ひなた寿司のネタの仕入れ手伝わされちゃって」

「寿司ネタの仕入れって、ヤスケン寿司屋にでもなるの?」

「いや、親方が入院しちゃって、人手が足りないから半ば強引に手伝うことになって」

「そりゃ、大変だな。その様子じゃ先週の期末テストは……」

「もうそれは言わないで。赤点は覚悟しているから」


 安永がまた大きなあくびをする。すると、二人のもとへモモがやってきた。


「おはよう、ヤスケン、リーダー。ヤスケンくんは眠そうですね」

「うん、洋ちゃんにいいようにコキ使われちゃって」

「はは、そりゃ大変ね」

「大変ねって、モモッチも今日から納会のメニュー作り一緒に手伝うんだろう?」

「そうだった。がんばろう!」


 拳を突き上げ、わざとらしく気合いを入れるモモ。


「もう、洋ちゃんの物まねはいいよ」

「だって、面白いんだもん、洋ちゃんの気合い」

「お二人さん、『納会』とか『洋ちゃん』って何だね?」

「ああ、リーダーごめん。今度24日にさ、漁業組合の納会があって、

 ひなた寿司の洋ちゃんが料理を出すことになってるんだけど、俺とモモッチが手伝うことになって」

「あれ?それってロビンソンがやるんじゃないの?俺ロビンソンに手伝い頼まれたんだけど」

「あ、そういえばロビンソンと料理勝負するとか言ってたな。でも、大丈夫なの、リーダー?骨折してるのに」

「ああ、来週にはギブスがとれるから、24日は大丈夫でしょう」

「そっか、じゃあ当日はお互い頑張ろうぜ、リーダー」

「そうだな、ヤスケン」


 男たちは熱い握手を交わした。その様子を見たモモは何かを思い出し、急にしげるに声をかける。


「ねえねえねえ、リーダー。昨日ね、ルギーさん、ナンシーさんとコンサートに行ったら、

 別の場所からルギーさんとあすか先生が現れて。ルギーさんって分身の術とか使えるの?

 あぁたのおじさんでしょ、何か知ってる?」

「ちょっと、モモッチ何いってるの?ルギーさんがあっちにいたりこっちにいたりって。超能力者じゃないんだから」

「そうよ、ヤスケン!ルギーさんは超能力者なんだわ!そうでしょ、リーダー!」


 モモはえらく興奮している。


「ちょっと待てって、モモッチ。つまりだ、ルギー……おじさんが2か所に現れたと。そういうことだね」

「そうそう、しかも近い場所で」

「うーん、まさかな……でもあの人ならありうるな……」

「で、何かわかったの?」

「うん、わかったかもしれないけど……。今度確認してみるよ。今説明しても頭がこんがらがりそうだから」

「ん?早く教えてね。とても気になるから」

「わかった……」


 始業のチャイムが鳴り、みんなが席に着いた。何かに気づいたしげるは大きくため息をついた。


「何やってんだ、あの人たちは……」


 放課後、松葉杖をついて校舎を出るしげる。玄関には藤すみれが待っていた。


「一緒に帰りましょ、先輩」

「あ、藤さん。大丈夫だって、毎日送り迎えしてもらわなくても。松葉杖も大分慣れたし」

「先輩、油断は禁物ですよ。慣れてきた頃が一番危ないんですから。はい、つかまって」


 藤さんが強引にしげるの腕に絡んできた。


「ちょっと……みんなに見られてるよ」


 恥ずかしがるしげる。


「カップルみたいに見えるとか?」

「いや……そうじゃないけど」

「違いますから。あくまで看病ですから。ね」


 藤さんはしげるの腕をさらに強く抱える。しげるは顔を赤らめた。

 その様子を桜小路舞が遠くからこっそりと見つめていた。


 12月12日15:00。準備中のひなた寿司の厨房で、安永、モモ、そして若頭の洋ちゃんは漁協組合の納会のメニューの準備をしていた。

 厨房の中は食材で散乱している。


「あー、だめだ。もっともっと、工夫しないと。拳ちゃん、次はあの魚とって」

「はい、洋ちゃん」


 安永は洋ちゃんの指示で冷蔵庫から魚を取って、まな板の上に乗せた。


「よーし、これを切りつけて。煮るのがいいか?それとも焼きか?

 味はもう少し濃いほうがいいかな?」


 洋ちゃんが魚をあれやこれやと調理していく。


「どう、モモちゃん?」

「うーん、正直言うとあまりおいしくありませんね。なんか味が凝りすぎてる感じが……」

「そうか、もう少し工夫しないと。拳ちゃん、次はあの魚とって」

「ちょっと待って、洋ちゃん。百人分作るんでしょ。

 あまり手間のかかるもの作ったら、時間が間に合わなくない?

 だったら、シンプルで手っ取り早いもののほうがいいじゃないかな?」

「そうだね、モモッチ。俺ら素人だから、凝ったもの作ると失敗しそうだし。簡単なもののほうが……」

「シンプルで簡単なものか……。でも、味は凝ったものにしたいしたいな。うーん」


 腕を組み、一人悩む洋ちゃん。すると、モモがいきなり手をたたいた。


「そうだ、鍋なんかどう?作るのは結構簡単だし、量もたくさん作れるし」

「お、いいね。これなら俺も手伝える」

「鍋か……前準備すれば凝ったものもできるし。よし、鍋にしよう!」

「おお!」


 3人は意気揚々と鍋の準備を始めた。


「ヤスケン、あぶなっかしいよ。もっとゆっくり切って」

「洋ちゃん、塩入れすぎじゃない?」


 いつの間にか厨房はモモが指揮を執っていた。


 12月24日。港の近くにある公民館には百人もの漁師が集まっていた。

 男たちの前には厨房が2つ用意されている。片方の厨房にはロビンソン、しげる、そしてバイトのミルクがいる。

 そして、もう片方の厨房には安永、モモ、そして若頭の洋ちゃんがいる。

 双方とも真剣なまなざしで見つめあってる。二つの厨房の間に漁師をしている安永の父、鉄也がマイクを持って現れた。


「えー、これから漁協の納会を始めます。

 本日は趣向を凝らしまして、なんとロビンソン亭とひなた寿司で料理勝負をしていただきます。

 そこでですね、わたくし、審査員としてこんな方を呼んじゃいました。どうぞ!」


 鉄也が奥のほうに手をあげると、扉が開き、黒ずくめの男たちが数人、

 そしてその後ろに白髪で立派な髭を蓄えた羽織袴の老人が現れた。


「まさか、味大路あじおおじ様……」

「久しぶりだな、ロビンソン」


 どうやら、老人とロビンソンは知り合いのようだ。ロビンソンの言葉を聞いた洋ちゃんが金魚のように口を開いている。


「味大路様って、もしや味大路料理会かい?もしやあの日本料理界最高峰の……」

「洋ちゃん、その通り!」


 鉄也が急に叫んだ。


「今日の料理勝負の審査員として、日本料理界最高峰の味大路料理会総帥、

 味大路 欣也きんやさんに来ていただきました」


 全員が感嘆の声を上げた。


「で、ロビンソンとはどういう関係で」

「ほっほっほっほ、ロビンソンは昔我が味大路料理会の魚料理部門主任だったんじゃよ」

「えー!」


 全員がさらに驚きの声を上げる。


「久しぶりにお前の魚料理が食べたくなってな、来てしまったよ」

「ありがとうございます、味大路様。それでは、心をこめて作らせていただきます」

「ええい、こっちもま、負けないからな!」


 洋ちゃんが焦った様子でこぶしを突き上げた。


「それでは、漁協納会クリスマス味勝負、はじめ!」


 鉄也の掛け声と同時に両者が料理を開始した。


 まず、ロビンソン側の厨房に現れたのは巨大な本マグロだった。

 そしてロビンソンが大きな包丁を持って、マグロを切っていく。解体の途中でしげるに声をかける。


「じゃ、リーダー。この前教えた通り、ここを持って」

「はい、ロビンソン」


 ロビンソンとしげるが二人がかりでマグロを四分の一の大きさに切断していく。

 そのあと、ロビンソンが適当な大きさに切り刻んでいく。


「ミルクちゃん、お湯の用意は?」

「はい?」


 ミルクがやる気なさそうに答える。


「お湯沸かしておいてって言ったじゃん!」

「だって、ミルクセーキないんだもん。やる気が出ない」


 不機嫌そうにミルクが答える。


「もう仕方ないな、リーダー。急いでお湯沸かしてきて!」

「はい、ロビンソン!」


 しげるが急いで鍋いっぱいに水を入れて、お湯を沸かしに行った。


 一方のひなた寿司側の厨房では、鍋用の魚や野菜などの具材を切っていた。


「あーん、もうヤスケンあぶなっかしいな」


 安永の不器用な手つきにいらだつモモ。


「具材はわたしと洋ちゃんで切っておくから、ヤスケンはご飯をお願いね」

「うん、わかったモモッチ」


 安永は大量の米を丁寧に研ぎ始めた。


「じゃ、洋ちゃん。スピードあげるわよ」

「はい、モモッチさん!」


 すっかり、モモがチームリーダーになっていた。


 ロビンソンと洋ちゃんたちが料理をしている間、漁師たちは酒を飲みすっかり出来上がっていた。


「おおい、拳。米は『拝み洗い』だぞぉ」


 鉄也が一升瓶を持ちながら、真っ赤な顔で安永の応援をしていた。


 そして2時間後、双方の料理が出来上がった。


「それでは、あじおおじぇさまによるし、ししゃも、じゃなくて、試食でしゅ~」


 鉄也はすっかり酔ってしまい、ろれつが回っていなかった。


 味大路様による試食が始まる。

 まずはロビンソン亭の料理。マグロの刺身の盛り合わせ、味噌汁、そしてなぜかステーキが。

 味大路様は懐から黄金の箸を取り出した。


「いただきます」


 まずはマグロの刺身の盛り合わせを食べる。


「うん、腕は衰えていないようだな、ロビンソン」

「ありがとうございます」


 次に味噌汁を飲む。


「お、これはマグロの目玉を細かく刻んだものを入れてあるぞ。なかなか珍味じゃな」

「普段は目玉をそのまま入れるのですが、本日は百人分ありますので、適当な大きさに切って入れました」

「その心遣いや、よし!」


 そして、最後のステーキを口にする。


「ん、これは!うーまーいーぞぉー!」


 味大路様の口の中から光が発せられた!


「おお、これはマグロのステーキ!しかも大トロのステーキじゃ!

 大トロを焼いたことによって脂が活性化しうまみが増しておる。

 しかも、これは片面しか焼いていない!

 ステーキの味わいと刺身の味が両方堪能できるまさに大トロのハーモニー、至高のマグロ料理じゃ!」


 味大路様の口の光が消えた後、味大路様は静かに箸を置いた。


 次はひなた寿司の料理。鮭、野菜をふんだんに入れ、白味噌で味を調えた石狩鍋だ。


「ひなた寿司、味泉 洋。誠心誠意作らせていただきました」


 洋ちゃんが格好よさげに言った。


「うむ。いただきます」


 味大路様が鍋の具を次々と食べていく。


「これは温まるな。うん、なかなか……」


 先ほどのロビンソンの料理に比べて反応が薄い。そして、具が少なくなってきた頃、いきなり安永が現れた。


「あ、最後におじやどうぞ」


 安永は鍋にそっと自分で炊いたご飯を入れた。


「ありがとう、少年」


 おじやを食べる味大路様。


「うん、うまいぞ。少年」


 優しい笑顔を浮かべる味大路様。


「ありがとうございます!」


 安永は深々とお辞儀をした。


「それでは、結果発表だ、ブラボー!」


 鉄也は乗りに乗っている。


「どちらの料理がうまかったのでしょうか?ロビンソン亭か、それともひなた寿司か?では、味大路様、どうぞ!」

「うむ、勝者は……ロビンソン!」


 漁師たちから歓声が沸く。


「ちょっ、ちょっと。僕の石狩鍋のどこがいけなかったのかい?

 僕のほうがおいしいように見えたのにな。おかしいな」


 なぜか洋ちゃんが不満を言った。


「おいおい、ロビンソンのほうが明らかにうまいに決まってんだろう!反応が全然違ったじゃねぇか!」


 漁師たちが反論する。


「ええい、待てい!」


 味大路様が一喝して場を沈めた。


「君の料理の欠点はズバリ『レモン汁』!レモン汁が味を壊したのだよ」

「洋ちゃん……」


 安永とモモが洋ちゃんに対し、冷やかな視線を浴びせる。


「いやね……味に深みを出そうと思ってさ、レモン汁をちょっと足そうかと思ったら、ついつい足し過ぎちゃって……」


 焦りながら弁明する洋ちゃん。


「口に未だと書いて味と読む。ロビンソン、味泉君、精進せいよ」


 味大路様が締めくくりの言葉を言った。


「どうやら、勝負は決まったようです!それでは、みんなで食べましょう!」


 ロビンソン亭、ひなた寿司双方の料理が漁師たちに配られる。

 漁師たちはものすごい勢いでそれらを食べていった。そんな中、安永とモモが後かたずけをしていると、


「少年よ、名は」


 急に安永が味大路様に声をかけられた。


「安永です、安永拳です」

「君の心遣い、とてもよかったぞ。あのおじやはおいしかった」

「ありがとうございます。でも、俺ごはん炊いただけですから」


 自信なさそうに答える安永。


「安永くん、料理に一番必要なのは『心』じゃよ。作り手の楽しみ、食べる人の喜び、そして思いやり。

 それらがなくては、いくら技術や工夫を凝らしてもおいしくはならないのじゃよ。

 君は料理人としての『心』の素質がある、うちで修業してみないか?」

「おいおい、拳ちゃんすごいじゃない」


 洋ちゃんが祝福する。


「え、え、急に言われても……。はぁ、考えておきます」


 急な展開にうろたえるばかりの安永であった。


「いい返事を待ってるぞ。精進せいよ!」


 味大路様はその場を去った。


「いちいち『精進せいよ!』って言わなくたってねぇ」


 洋ちゃんが悪態をついた。


 22:00。静かになった公民館でモモは一人疲れた様子で座っていた。すると、安永が大きな袋を抱えて帰って来た。


「ただいま。買ってきたよ、クンタッキーのパーティバレルとクリスマスケーキ」

「おかえりヤスケン、ありがとう」

「じゃ、食べようか」


 安永とモモは二人っきりでパーティバレルとクリスマスケーキを食べ始めた。ものすごい勢いで食べるモモ。


「モモッチ、すごい勢いだね」

「だって、お腹すいたんだもん。あれだけ料理作ってみんな食べられちゃうんだもん。悔しいったらありゃしない」

「荒々しい男たちだからね。食欲はすごいからね」

「食欲じゃあたしも負けないよ。去年のクリスマスはパーティバレルとクリスマスケーキ一人で食べたもん」

「この量を一人で……」


 安永の顔が少し引きつった。


「ところでさ、ヤスケンすごいよね。あの味大路様に声をかけられるなんて」

「うん、びっくりしたよ。いきなり『うちで修業してみないか?』って」

「本当、野菜切るの下手なのにね」

「それを言うなよ。練習積めばうまくなるって」


 安永が少し口を尖らせる。


「で、どうするの?」

「どうするって、いきなりの話だからさ。もう少し考えさせてくれよ。あ、ところでそっちはどうすんだよ、留学」

「ああ、行くことにしたよ、ウィーン」

「そう」

「うん、この2週間洋ちゃんの手伝いしてて、指揮者も性に合うかなって思っちゃったりして」

「確かにモモッチの指揮は素晴らしかったよ」

「ありがと。でも、ウィーンに行っちゃうんだよ。さみしくない?」

「会えなくなるのはさみしいけどさ。でも一生懸命に音楽してるモモッチがす……」

「何?」

「なんでもないよ。あ、口元に生クリームがついてるよ」


 安永はごまかすようにモモの口もとの生クリームを取ろうと手を伸ばす。


「え?手なの?」

「はい?」

「この前は……手じゃなかったじゃない」


 モモは安永の手をつかむ。


「この前って?」

「ごまかさないで。もうわかってるくせに。ね、この前みたいに取って」


 モモが目を閉じる。一瞬の沈黙のあと、安永がモモに顔を近づける。

 二人の唇が重なった瞬間、公民館の扉が開く音がした。


「安永先輩、こんばんはー!って……」


 現れたのは菊地萌子だった。


「いやー、不潔―!」


 あまりにも衝撃的な場面を菊ちゃんは走り去ってしまった。


「菊ちゃん!」


 安永の叫びが静かな公民館の中に響き渡った。

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