第15話「合宿第1夜」
7月14日。釜揚高校3-Dの教室には一つの張り紙が貼ってあった。
『マーチングバンド カラーバトン隊募集 カッコ良く旗を振ろう!』
「これなんだ?カラーバトン?マーチングバンド?」
「この前、海神祭やってたやつじゃね?」
「あー、あれか。なんか音楽に合わせて、旗振ってたな」
生徒たちが張り紙に興味を示している。安永拳が3-Dの教室に入ってきた。
「おはよう、ヤスケン」
「おはよう、リーダー」
「ヤスケン、あれ見た?」
リーダーこと城ヶ崎しげるが張り紙を指差した。
「カラーバトン?なんだ?」
「ヤスケン、『なんだ?』じゃないよ。この前、海神祭でやってただろう、旗だよ旗」
「ああ、アレか。カラーバトンっていうんだ」
「知らないでやってたのか、ヤスケン?」
「うん、あのときは成り行きであんな事させられて……。もとはモモッチが」
「モモッチがなに?」
三日月モモが二人の会話に口を挟んだ。
「ああ、おはよう、モモッチ。それにしてもあの張り紙は?」
「あたしが貼ったの。今度の合宿から練習開始だから、どんどん来て頂戴。ちなみにヤスケンは強制参加だから」
「ええ?!」
「この前ヒマって言ってたじゃない?」
「『決定』ってこの事だったのか……」
モモの強引な誘いに安永はやむなく折れた。
「頑張れよ、ヤスケン」
しげるが励ます。
「ああ。っていうか、お前もインターハイ頑張れよ!」
「そうだな、他人のことより自分のことだな」
「ははは」
7月18日。今日は釜揚高校1学期の終業式だ。明日からいよいよ夏休み。モモたちにとっては高校生活最後の夏休みだ。3-Dの教室では通信簿のことで盛り上がっていた。
「おい、どうだった?」
「まあまあだったかな」
「見せろよ」
「やだよ」
盛り上がっている中、一人意気消沈している安永。
「どうした、ヤスケン」
しげるが安永に声をかける。
「うん。数学赤点になっちゃって。来週から補修なんだ」
「そうか……」
しげるは安永をなぐさめる言葉が見つからなかった。
8月4日月曜日。釜揚高校の校舎には多くの生徒が集まっていた。どの生徒も大きな荷物を持っている。どうやら今日から合宿のようだ。
「みんな、集まったか?」
吹奏楽部の指揮者、玉木浩が点呼をかける。
「すみません、モモ先輩がまだ来てません」
田勢が答えた。
「おいおい、木琴さん遅刻かよ」
玉木が悪態をつく。
5分後、モモがようやく校舎にあらわれた。大きな荷物に加え、丸っこい生き物を持っている。
「ごめんごめん、準備がおくれちゃって」
謝るモモ。
「モモ、なにこれ?かわいい!」
女子部員たちがモモのもってきた生き物に興味を示した。
「ちょっと、木琴。その生き物はなんだ?」
玉木が不満な顔をして聞く。
「これ、あたしんちのペット。親が旅行に出かけちゃって、学校で預かれないかと思って。おとなしいから大丈夫だと思うけど」
「おとなしいおとなしくないの問題じゃないだろう?学校にペット持ってくるなんて先生が認めないだろう。一応、あすか先生に聞いてみな」
「うん、わかった」
「失礼します」
モモが保健室に入ると、校医のあすか先生がいた。
「あすか先生、実は相談したいことがあって」
「なに?」
あすか先生はモモがもっているペットを見た瞬間、一目散に駆け寄った。
「マロン!また会えた!うれしい!」
「先生……。この子『ミッフィー』っていうんですけど」
モモは少しひいた。
「はっ!」
あすか先生は冷静さを取り戻す。
「で、相談っていうのは合宿中そのミッフィーちゃんをここで預かってほしいってこと?」
「はい、その通りです。よろしいでしょうか?」
「いいわよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
喜ぶモモ。
「じゃ、あたし世話しておくから、早く練習にいきなさい」
「はい、わかりました。ミッフィー、あすか先生のいうことよく聞くのよ」
モモはミッフィーを置いて、保健室を出た。
「よろしくね、ミッフィーちゃん」
ほほえむあすか先生、少しおびえるミッフィー。
午前中は荷物の整理で終わり、練習は午後からになった。吹奏楽部の面々は音楽室で各パートで楽曲の練習をしている。一方、体育館の横では、男たちが集まっていた。その中には安永もいた。すると、男たちの前に麦わら帽子をかぶった男があらわれた。
「校長、なんで来たんですか?」
男たちは不思議に校長をみた。
「今日から君たちカラーバトン隊の特別コーチをします、鈴井です。ビシバシ鍛えるから覚悟しとけよ!」
「校長、カラーバトンしたことあるんですか?」
「旗持ちだろ?これでも、高校のころは応援団で旗持ってたんだぞ!任しとけ!」
『いや、それ違うし……』
一気に不安になる男たち。
「よし、今から腹筋1000回!始め!」
「ええ?!」
男たちの熱い合宿が始まった。
15:00。男たちはいまだに腹筋を続けていた。そこへ一台のバンがやってきた。バンから初老の男が降りてきた。
「おーい、拳ちゃん!がんばってるな!」
「ロビンソン!なんで来たの?」
初老の男は港の定食屋「ロビンソン亭」の店主ロビンソンだった。
「いやー、新商品を開発してさ。みんなに試してもらおうと」
すると、ロビンソンがクーラーボックスからなにか茶色いものをとりだした。たい焼きのようであるが、一つはサイズが大きすぎて、一つはサイズが小さすぎる。
「釜揚新名物『マグロ焼き』に『シラス焼き』だ。食べてみて」
「じゃあ、おひとつ」
安永がマグロ焼きを手に取り口にした。
「お、結構うまい。みんな食べようぜ」
男たちはマグロ焼きとシラス焼きをほおばる。
「お、甘くてうまい」
「このマグロ焼き、あんの中にイチゴが入っている。意外とイケる」
「シラス焼き、ちっちゃいけどあんが結構入っていてうまい」
マグロ焼きとシラス焼きは男たちに好評だった。そこへ鈴井校長がやってきた。
「おい、お前らなにやってんだ!」
「校長、これ結構うまいですよ、どうです?」
「校長たしか『甘いもの』が好きでしたよね」
生徒のひとりが不敵な笑みを浮かべる。
「え……まあ……」
鈴井校長の顔が一瞬曇った。
「校長、マグロ焼きなんかどうです?」
安永が校長にマグロ焼きを差し出した。
「うん……、甘いね」
マグロ焼きを食べる鈴井校長の表情がおかしい。その様子を見た安永以外の男たちがほほ笑んでいる。
「うわっ、なにこれ?!」
マグロ焼きを半分くらい食べた時点で、校長が叫んだ。中に緑色のものが見える。
「ああ、それは『ずんだ』だよ。小豆が足りなくなったから、枝豆でずんだあんを作って混ぜてみたんだよ」
ロビンソンが得意気に答える。
「うん……うん……甘い……」
校長が苦しそうに食べている。そして、なんとかマグロ焼きを食べきった。
「校長先生どうでした、マグロ焼きは?」
ロビンソンが校長に感想を求めた。
「うん……おいしかったですよ」
生徒たちの手前、校長はこう答えるしかなかった。
「本当ですか?ありがとうございます!」
ロビンソンは喜んだ顔をして帰って行った。
「じゃあ、今日の練習はここまで」
校長が突如練習の終了を宣言した。
「お疲れ様でした!」
男たちは喜んだ。一人安永だけなぜ練習が終わったのかわからず不思議な顔をしている。
18:00。夕食を食べるため、生徒達が食堂に集まっていた。それにしても人数が多い。どうやら吹奏楽部だけでなくサッカー部も合宿を行っているようだ。安永とモモが隣に座って楽しそうに話して夕食を食べている。
「あたしも食べてみたかったな、『マグロ焼き』」
「モモッチなら10個くらい食べられるよ」
「ちょっと、いくら食いしん坊だからってそんなに食べないわよ」
「ははは、ごめん。それでさ、校長がそれ食べたあと、いきなり練習が終わったんだ」
「校長食べたんだ」
「うん、食べてた。『甘いもの』好きらしくて」
「ふふふ。ヤスケン、実はね校長『甘いもの』苦手なんだよ」
「ええ、そうなの?それじゃ、校長生き地獄を味わっていたんだ」
二人の楽しそうな様子をサッカー部のマネージャー菊地萌子は嫉妬深く見つめていた。
夕食後、吹奏学部の女子部員とサッカー部のマネージャーが台所で皿洗いをしている。
「こんばんは、菊ちゃん」
モモが菊池萌子に声をかける。
「こんばんは」
そっけなく挨拶する菊ちゃん。
「気軽に『菊ちゃん』って呼ばないでくれます?」
「あ、ごめん。ヤスケンがいつもそう呼んでるから」
「そうですか」
黙々と皿を洗う菊ちゃん。すると目の前になにかが通り過ぎて行った。
「きゃっ、ゴキブリ!」
腰を抜かす菊ちゃん。ゴキブリの登場に周りが騒ぎだす。ゴキブリが通るたびに逃げていく女子たち。
「ここはまかせて」
モモが殺虫剤をもった。一人ゴキブリに立ち向かうモモ。黒い影を見つけたモモは殺虫剤を吹き付けた。動かなくなるゴキブリ。その黒い影に丸めた新聞紙をたたきつけるモモ。完全に動かなくなったゴキブリを新聞紙で包み、モモはゴキブリをゴミ箱に捨てた。
「すごーい、モモ!」
「かっこいい、モモ先輩!」
周りから拍手喝采を受けるモモ。
「あ、ありがとうございます……モモ先輩」
照れた顔をして感謝する菊ちゃん。
「どうもいたしまして」
ニコリと微笑むモモ。
「じゃ、早く後片付け終わらせよ」
後片付けを再開しようとした瞬間、勝手口のドアが開いた。
「拳ちゃん、いる?」
あらわれたのはロビンソンだった。
(つづく)




