女の涙
いつの時代でも 女の涙は武器になるようで…
私が幼稚園に通うようになった時、ママが私を呼んで言った。
「これから話すことをよーく覚えておきなさい。いい?」
ママの話は小一時間続いた。それは女の涙 についてだった。
女の涙は武器になる、というのがママの教えだった。
「ええと、普段からすぐに泣いてはダメ。いざと言う時にポロリと
泣く、よね?」
「そうそう」
「それから、同じ相手に連続しては使えない、だっけ?」
「そうよ。効果が薄れちゃうからね」
「それに…あ、そうだ、相手が女なら泣き顔はブサイクに、相手が
男なら泣き顔はあくまでも美しく、よね」
「そう。女は相手が下の方が気分がいいものなの。だから許せる事
もあるわ。反対に男は女に美を求めるものなのよ。だから許せる事
もある。そう、泣き顔までにもね」
「ふ~ん、そういうものなの?」
「そうよ、とにかく涙は女の武器。いい? あんたも外に出たら大
変なこともある。だから武器を持っていた方がいいでしょ?」
「うん」
まだ幼かった私にはよく分らなかったが、ママの本気の顔を見て、
これは大切なコトなんだと、心に思い込まされたのだ。
初めて私がその武器を使ったのは、小学2年生の時だ。クラスの
花瓶を私達の班で掃除をしていて割ってしまい、班長だった私が代
表で先生に謝りにいくことになった。
当時の担任は厳しいことで有名で、班員達は皆ブルってしまい、
私がひとりで、という成り行きだ。この時の私にはアレを試してみ
よう、という思惑もあったのだ。
結果は…一言で言えば大成功だった。普段から泣いたりしない私
が、先生のお説教の途中で ぽろり、と涙を流したら、先生は急に
態度を変え、私達を許してくれたのだ。
ああ、これが女の涙の威力か! 私はママの言葉が嘘じゃなかっ
た事に感激していた。
それから今に至るまで、私はこの武器を使って何度も難局を切り
抜けてきた。
詳しく話すと自慢になりかねないのでそれは割愛するが、とにか
く涙は女の武器に違いないのだ。
そして今日、私は人生で最大の勝負に出る。大好きな彼にプロポ
ーズをさせるのだ。
「ええと、普段からすぐに泣いてはダメ、これは布石を打ってある。
私はこれまで彼の前で泣いたことはないもの。今日はポロリ、と泣
いてみせるわ。それと、同じ相手には連続しては使えない。だから
今回の一発勝負! キモは、男性相手には泣き顔はあくまでも美し
く。う~ん、よし!」
本番に臨み、私はこの条件を守るつもりだった。だけど、彼の事
が本気で好きだから、感情が高まってつい号泣してしまった。化粧
はハゲ、とんでもない顔になっていたのは、容易に想像出来る。
「お、おい、お前今日はおかしいぞ? 送って行くからもう帰った
方がいいよな」
彼の言葉に私はまた号泣した。終わった! 武器が通用しなかっ
た。ああ…
ところが、事態は急転。次の日、彼が真っ赤な薔薇の花束を持っ
てプロポーズに来てくれた!
それから半年後、私達は無事ゴールインした。ハネムーンの途中
で彼に聞いてみた。
「ほら、あの時、私ひどい顔で号泣しちゃったでしょ? ひかなか
った?」
彼は笑顔で
「ああ、正直、ちょっとな。でも…」
私はこうして女の武器をうまく使えたようだ。娘が出来たら私も
彼女にこれを授けようと思う。
ただ、ママの教えとは一部改変して。それは、
【ただし、本命男性相手には、心の底からの涙を見せるべし。美し
さなど気にするな!】ってね。
ホントは 男もある程度は 分っているんですよね…