3 わたしと引きこもり
ピンポーン
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「出ない」
まあ、居留守だろう。
わたしは今、クラスの引きこもり本条珪の自宅の前にいる。実は珪とは小学校からの幼馴染で中学まではよく話してた仲だ。だが高校に入ってクラスが離れてから話す機会がどんどん減っていって、いつの間にか珪が引きこもりになっていた。彼はもともと気弱で根暗だったから、わたしはそのことにあまり驚かなかった。
「珪くーーーーーーーーん」
わたしは思い切って大声で彼の名前を呼んでみる。まあこんなことで出ないだろ・・・う・・
・・・・・あっ
ドアの開く音がした。
「菜穂子ちゃん・・・?」
少しだけ開いたドアのすきまから今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。
――珪くんの声、久しぶりだ。
「はい、菜穂子です。珪くん、こんばんは」
「な・・菜穂子ちゃん、急にどうしたの・・・?」
「此処では何なので、中に入れてくれませんか?」
「・・・・・・・・」
珪くんは伸びきった前髪と伊達メガネでコンプレックスの顔を隠しているらしい。わたしはそんなに変な顔じゃないと思うのだけども。
彼はドアのすきまからじっとわたしを見つめて考えている。
「・・・うん。どうぞ」
ドアが開く。
「ありがとうございます。お邪魔します」
わたしは遠慮なく家の中へ入っていく。わたしは珪の父親と仲が良いので、この家には中学まではよく行っていたのだ。
「珪くんの家にお邪魔するの久しぶりだな」
「・・・・・うん」
わたしはズカズカと居間へ入った。ここも変わらない。
わたしはソファーにどっと座って、何故か珪くんはその前で地べたに正座をしている。誰がどう見ても、わたしが彼に説教をしているようにしか見えない。
「・・・珪くん、となりに座ってください」
「い、いやいいよ。この方が落ち着く。それにとなりは・・・・・」
彼は何故か頬を赤らめて下に俯いている。
まあいい。さっさと話を終わらせよう。
「早速本題に入りますが、珪くん、明日わたしと一緒に学校に行きましょう」
「!!?」
わたしがそう言うと、彼はぱっと目を見開く。
「な・・・なんで?」
「わたしが珪くんに学校に来て欲しいからです」
決して嘘ではない。嘘ではない。
「・・・・・でも何でそんな突然・・・」
「ま、まあ、いいじゃないですか。明日わたしも一緒に登校しますから行きましょう。明日は体育ありませんし!珪くんの好きな美術もありますし!」
わたしは必死になって説得をする。
そんなわたしの必死な姿を見て、珪くんは驚いている。
まあ、2年くらい話してない奴がいきなり必死になって学校に来るように説得してくるなんて有り得ないもんな・・・。
キヨさんの「菜穂子は何でも出来るんでしょ」っていう言葉が頭によぎる。ここで踏ん張らなくては・・・。
そう思って、次の言葉を探そうとした。その時、
「・・・うん」
「・・・・・・・・え」
わたしは、こんな簡単に了承してくれるとは思わなくて驚いた。
彼はパッと顔を上げて、まっすぐわたしの目を見て、
「いいよ。菜穂子ちゃんがついてくれるなら、俺行ける・・・と思う」
「ほ・・・本当ですか!」
「うん」
珪くんは少し恥ずかしげには笑っている。
彼の笑っている姿を見るのはいつぶりだろうか。本当に彼は昔と変わらない。
「ありがとうございます、珪くん」
わたしはそう言って、彼につられて笑ってしまう。
「・・・・菜穂子ちゃんは本当に昔と変わらないなあ」
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翌朝。わたしは約束通りに、珪くんを迎えにいった。
「珪くん、おはようございます。大丈夫ですか?」
「う・・・・うん・・・・」
と言いながらも、珪くんはわたしのとなりで震え上がっている。
こんな調子で学校まで無事にたどり着けるのだろうか。
その時、1番会いたくない人が現れた。
前方から腕をブンブンと振りながら馬鹿全快の笑顔でこっちに向かってくる。
「いいんちょーーーーーーー!!!おはよーーーー!!!!!」
チャラ男だ。
チャラ男がこっちに迫ってきてる。
たまらず怯える珪くん。
――この人はなんでこんなタイミングで来るかなあ・・・・
「いいんちょー!こいつが引きこもり根暗オタクくん?」
「!!!!!」
珪くんが石化する。
「ちょっ・・・!こら!!やめなさい!!!」
「だってほんとのことでしょ?」
本当だけど!本当のことだけど!
わたしは彼が帰ってしまわないように、必死にフォローする。
「珪くん、しっかり!これから学校にきちんと行けば引きこもりじゃないから!」
「う、うん・・・・」
「でね!委員長!俺面白いこと考えたんだけど!」
「黙りなさい」
わたしがビシッと言い放つ。
これ以上、彼を喋らせてはいけない。
「さあ、珪くん。行きましょう」
「うん・・・・」
「ちぇっ。まっいいや!もうちょっと計画練っておこ!」
――この人は一体何を企んでいるんだ・・・・。
となりには青ざめた顔で震える引きこもり、
後ろには悪いことを企んでいる顔のチャラ男、
前途多難だ。