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今日は一番上のお兄様が帰って来て、お土産に名古屋コーチンのロールケーキと紅茶の葉を貰った。ので、先生への手土産はロールケーキとアッサムになった。ポットは言わずもがな持参である。なかなかどうして先生への手土産は、いつも先生の趣向とは真逆のものになってしまう。けっしてわざとではない。先生は貧乏神に好かれているか、日本の神様に見放されているんじゃないだろうか。もしくは西洋の神に好かれているのか。
「先生、ごきげんよう」
「ああ、君か。こんにちは」
「せっかく淑女らしい挨拶をしたんですから、紳士らしく返してくださいよ」
「おや、いつも僕は紳士だけれど」
「どの口が言うんですか」
「何度言っても僕の嫌いなものを持ってくる人に紳士らしく振る舞う必要はないかなとね」
「不可抗力ですよ」
先生が苦笑しながら風呂敷を受け取る。しかし例の如く紅茶の缶は突き返されてしまった。まあ予想はしていたけれど。何も今ここで突き返さなくてもいいんじゃないだろうか。紳士が聞いて呆れる。仕方がないので道中買った福田屋の饅頭と、太田屋の緑茶を差し出すと、先生は途端に喜色満面になった。にこにこしながら私を縁側へと促す。…紳士が聞いて呆れる。
「そういえば、兄が帰って来たんです」
「へえ?」
「はい、連休がとれたらしくて。そのお土産ですよ、これ」
「それは悪いことをしたかな」
そう言って先生はちっとも悪く思っているような表情をしないで縁側に座った。先生に預けた風呂敷はいつの間にかお手伝いさんが持っていってくれている。忍のような人だなあ、と思っていたところ、なんと彼女は伊賀の出身らしい。本当に忍なんじゃないたろうか。何事もそつなく迅速にこなしているし。
「…兄は他にもお土産を。先生と私にです」
「へえ。どんな?」
「それが、その…まあ、これです」
丁度良いタイミングでお手伝いさんがお茶とお茶菓子を持って来た。その盆には緑茶と饅頭、それとロールケーキが乗っている。それを見て先生の顔が一気に色を失くす。微笑んだまま全身で不機嫌を体現している。まあそうだよな、と苦笑すると、先生は皿ごとロールケーキを私に押しやった。
「…あれかな、ひょっとして僕は君の兄上に嫌われているのかな」
「…兄も好意でやっているとは思うんですけど」
異国情緒溢れるものが好きなんですよ、と言うと先生は更にげんなりした顔をした。彼とは仲良くできなさそうだ、と一言。たしかに合わないに違いない。一度兄の下宿に遊びに行ったときは、部屋の中が西洋かぶれすぎて目を回したものだ。その上兄は猪突猛進というか、単細胞なので嗜好的にも性格的にも先生とは合わないだろうな、と思う。兄がくれた外国製のイヤリングも、先生のところに来るときは外すようにしている。こんな風に何気なく気を使っている私は、先生より淑やかなんじゃないだろうか。そう先生に言ったところ本当に気のつく人はまず手土産にこんなものを持って来ない、と鼻で笑われた。それもそうである。お互い聞いているのかいないのか分からないような冗談を適当に切り上げて、お茶を啜る。美味しい。やっぱり太田屋のお茶は美味しいですね、と言うとそうだね、と先生も笑った。
「先生先生」
「何だい?」
「思ったんですけど、緑茶も紅茶も同じ葉ですよね」
「そうだね」
「緑茶も焙じ茶も紅茶も元は同じ葉という訳ですよ」
「うん」
「そう思ったら紅茶も好きになれません?」
「なれないね」
食い気味にばっさりと切り捨てられた。筋金入りだな、と湯呑を弄びながら苦笑する。すると先生がくいと片眉を上げた。
「君は、たしか豆腐が苦手だったよね?」
「え、はい」
「醤油は好き?」
「ええ?まあ嫌いではありません」
「味噌は?」
「…まあ好きです」
「納豆は?」
「食べられます」
「おからは?」
「同じく」
「きな粉は?油揚げは?枝豆は?」
「…油揚げ以外は好きですけど」
「いま挙げたのは全部大豆でできています。元は一緒はわけだ。はい、君は豆腐を好きになった?」
「…………。」
「そういうわけだよ」
分かる気はする。だけど何か違うような。胡乱な目で先生を見ると、何だかすっきりしたような顔で饅頭を食べていた。納得できるような、煙に巻かれたような。微妙な心境でロールケーキを頬張る。まあいい。何と言われようと先生は日本文化が好きなわけだ。もうそれでいいじゃないか。
「先生先生」
「ん?」
「今度一緒に能でも見に行きましょうか」
「おや、たまには良い事を言うじゃないか」
「席を取っておきますね」
「楽しみにしているよ」
満足そうに笑う先生を見て、やっぱり先生は日本が好きなんだな、と思った。