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ふぅ、と先生は息を吐いた。嘆息のような、力を抜いたようなそれに顔を上げると、何とも言えない先生の顔が見えた。そして縁側に腰掛けた深緑の着物が僅かに動く。その手にはいつもの温かい緑茶が握られている。先生は葉が少し出てきた桜を見上げて、その後ちらりと私を一瞥した。


「しかし、最近はこの辺も物騒になってきたね」

「仕方ないですよ。攘夷派と佐幕派の衝突が激しいんですから」


そう。こんな縁側に座ってお茶を啜って葉が芽吹きはじめた桜を愛でるようなのんびりした平和な時代はもう過ぎたのだ。私が愛する活気溢れた裏表のない気持ちの良い町の人々が失われつつある。これは私にとってよんどころない問題だった。西洋の軍服を切るお偉い方。度々耳にする黒船の噂。吐き気がする。西洋に取り入ろうとする日本人なんて海に沈んでしまえばいいのに。私には物騒になってきたと言った先生の瞳に、何か穏やかではない感情が灯るのを感じた。感じたところで私が何を訊いてもきっと先生は答えてくれないだろうけど。


「先生、どうして時代は変わっていくんでしょうね」

「そりゃあ、それが自然の摂理ってもんじゃないの。誰かが行動しないと先には進まないだろう。じゃなきゃ人間は猿から進化なんかしなかった。そういう事なんだよ」


考えることは人間に与えられた最高の贅沢なんだ。先生はそう言って持っていた湯飲みを傍らにそっと置いた。また難しいことを言う。この人は私がその意味を理解できないと知っていて、わざとああいう言い方をするのだ。まったくやってられない。きっと先生が飲んでる緑茶には意地の悪くなるような毒が入っているに違いない。それか嘘を吐きたくなる薬。


私が先生から視線を逸らすと、先生はふふっと笑って私の頭に手を置いた。こういうところが嫌だっていうのに。何も教えない分からないようなフリをしてきっと先生がいちばん理解しているんだろう。遣る瀬ないこの世もそれに取り巻かれた私の心情も。


「…せんせー」

「ん?何?」

「考えるのって難しいですね」


頭に乗せた手をゆっくりと動かす先生の手つきは、まるで小さい子をあやすようだった。そのリズムに身を任せて、ゆっくりと先生の肩に寄りかかるとふわりと先生の香りがした。主張しない、爽やかでも甘くもない優しい匂いが。

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