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もし先生を動物に例えるなら猫でしょう。私がそう言うと、いつもの如く先生はゆるりと笑って何故かと訊いた。だって普段なにもしていない癖に何でも知っていて、唯一の趣味が昼寝と庭の桜の木の観賞だなんてどう考えても働き盛りの若者のする生活ではない。先生は自由と時間と暖かい緑茶さえあれば生きていけるでしょう。
「君はまたそんなことを。いいかい、僕は決して何もしていないわけではないんだよ。強いて言うならばこの生活の中でするべき何かを見つけようと必死に探している。人生とはかくにもそういうものだと思うよ」
「それはただの言い訳でしょう」
そうかもしれない、と笑って先生はお茶を啜った。その口が不味そうに歪む。数秒してこくりと上下した喉からは、失望のような溜め息が吐かれた。先生が視界の隅にティーカップとポットを追いやる。
「しかしこの紅茶というやつはあれだね。香りが独特だ。日本人にはキツすぎるよ」
苦々しく紡がれた言葉は、まるで今私が飲んでいるダージリンを否定していた。失礼な。ダージリンよりアールグレイの方が飲みやすいのですよ。先生。
私がソーサーにカップを置くと、先生はここぞとばかりにお手伝いさんに紅茶を下げさせてしまった。そして私が土産に持ってきたはずのアールグレイとダージリンの缶を私の胸に突き返す。どこまでも自由な人だ。
「今度からは町のお茶屋の緑茶にしてくれ」
「太田屋ですか」
「うん。やっぱり桜には緑茶だよ。それ以外だと桜もお茶も不味くなる」
お手伝いさんが入れ直した緑茶を啜る先生が苦々しく言った。まったくどこまで我が儘なんだ。だから先生は猫だって言うんですよ。次来るときは近所の三毛猫とほうじ茶を土産にしよう。そうしてまた先生の困った笑顔をからかおうか。