1
先生は嘘つきな人だった。あの頃、まだ幼かった私に極上の笑みで人は死ぬと桃色の桜の花びらになると教えたのはあの人だった。だから私は、ずいぶん成長するまで人は春にしか死なないものだと思っていた。そして真っ白な桜は人が生まれた数なのだと。今ではもうそんな話は信じていないけれど、それでも先生はまだへらりと嘘をつくのだ。
「やあ、君も暇人だね」
「それが私の役目ですから」
私がそう言うと先生はゆるりと微笑んだ。そうして裾から一枚の花びらを出す。薄い桃色の、桜の花びらを。そういえば今は春だったか。その花びらを見て、はじめて先生の庭の桜の木が満開なのを知った。いつも先生が座ってる縁側からよく見える、二本の桜の木が。桃色と白色のそれは、あの日先生が死者と赤ん坊に例えたそれである。どっしりと根を構えた桜の木は、それは立派だった。先生が生まれるだいぶ前からあったというそれは、威厳というか貫禄に満ちあふれている。堂々とした二本の大木に、ああこれなら例えこの桜の下に死体が埋まっていたとしても綺麗に咲くんだろう、と思った。それでも死者の数なんて馬鹿げているけれど。
「ねえ、この桜の花びらの数はね、死んだ人間の数なんだよ」
この間でそんなことを言う先生を心底殴りたくなった。鮮やかに笑う先生が嫌いなりそう。
「そうですか」
ふわりと風に舞った桃色と白色に、先生がまた鮮やかに微笑んだ。