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作者がやりたい放題するだけの作品です。今回もグロなし。ようやくメインヒロインが喋りました。

 春柳飛燕は今第九区画都市の比較的大きな交差点に立っている。

 スクランブル交差点ほど人の渋滞が起こる場所ではないが、さりとて渡る人が皆無な時間帯はほとんど無い程度には利用量の大きな場所。

 午前中の人口調整課における飛燕の業務は終了した。もっぱら外側の調整側である飛燕が午前中に処理すべきことなど報告書の作成以外存在しない。報告書と言っても日報程度のものである。あとは一応の上司であるヘルメスの与太話に付き合うぐらいか。

 白衣を着た銀髪の麗人が「さーて、とっととお仕事しますか」と欠伸交じりにやる気を出すまでが飛燕の本日の業務だったわけだ。


 そして飛燕は今自らの寝床へと戻る帰路を進んでいる。彼が居を構えているのは寝床というよりはセーフハウスに近い。最低限の就寝スペースと非常用にと備蓄された食料、そして各種弾薬や武装。一般的な意味の「家」ではないのは間違いない。

 とはいえこのご時勢に加え、ここは区画都市。いつ何時何が起こるのかも分からないのだ。用心に越したことは無いのだろう。春柳飛燕という男は恨みを買うには十分過ぎる所業をそれこそ星の数ほど行ってきているのだから。


 進行方向上の信号機は赤を灯らせている。

 群集が今や今やと押し出さんばかりの数へと膨らむ。時刻は午前10時中ごろなのだから当然といえば当然なのだろう。普通の人間ならば今からがエンジンの温まって、その性能を十二分に活かす場面なのだから。

 これから寝床に向かう飛燕などはそれこそ門外漢なのだろう。軽い欠伸で背を伸ばす黒服の男。目尻に溜まった水滴を軽く払いながら飛燕は改めて前方の信号を確認する。

 信号は変わらず赤。否、止まれから進めへと切り替わるその瞬間だった。

 飛燕は視線を落とすと同時に足を踏み始めようとした。けれどその視界に飛び込んできた映像に驚愕し、瞬く間に思考が漂白された。


 ぼさぼさの金髪と死んだ魚のような灰燼色の眼。


 忘れるはずが無い。忘れていいはずがない。

 それは数時間前に飛燕自身が傷つけ、死を与えた存在。極光を受けてもなお存在できる不死の異形。可能性としては頭の片隅にあった。媒介の把握も完全な消滅確認すら行わなかった己の不手際としかいいようがないのだから。

 信号機は当の昔に「進め」を促すメロディを流している。作詞も出自も不明な童謡が無機質に彼と彼女の間に響く。


『とおりゃんせ。とおりゃんせ』


 群集は前へと進む。立ち止まることなど許さないといわんばかりに。男の視線は依然ソレに釘付けである。ただ数秒前と違うのは男の思考が既にソレを如何にして処理するかに切り替わっている点である。多少の騒ぎになることを犠牲にしてこの場で処断するか。それともこちらに気づかれる前に昏倒させた上で今度こそ確実に消滅させるか。

 飛燕はポケットに手を突っ込み、自らの得物をいつでも使えるように構えておく。拳銃ではこの怪物に大して有効打になりえない。ならば選択肢はぐっと絞られる。


『ここはどこの細道じゃ。天神様の細道じゃ』


 視線が交差した。

 気づかれた。いや、最初から飛燕の存在など知っていたであろう気配を感じる。眼に驚きが見えなかったからだ。ただまっすぐ灰色に濁った瞳が飛燕の黒眼を射抜く。彼女の瞳に根差す感情は読み取れない。

 妥当に考えれば、怨恨の筋が濃厚だろう。間違いなく視線の先に居る男は彼女を傷つけ、死に至らしめているのだから。けれど彼女が彼に最初に出会ったときに見せた涙を考慮に入れれば、一層この存在が何を考えているか分からなくなる。どちらにせよ間違いなく金髪の少女は春柳飛燕に対して興味を持っているであろうことは確かである。


『ちっと通して下しゃんせ。御用のないもの通しゃせぬ』


 彼我の距離は数メートルにまで縮まっている。

 この距離にもなると飛燕からも彼女の全体像を捉えることができる。昨晩纏っていたボロ布よりは格段にまともな服装をしている。それでもセンスのほうは絶望的ではあるが。ゴツゴツとした皮の上着を黒いTシャツの上に羽織り、ボトムにはジーンズ生地の短パンを穿いている。勿論サイズなど合っているはずもない。ぶかぶかでよれよれであからさまに着慣れていない事が分かる。

 彼女の出自からすればまともな方法で入手したものではないのだろう。

 盗品か、闇市で身体でも売って元手を作ったかのどちらかなのは定かではないが。

 放置された区画都市外の旧居住施設から拝借したもの、というのが飛燕が導き出した推論。そこに辿り着いた理由はごく一般的な考えからである。衣服を全て焼き尽くしたのだから、身近な場所から拝借するのが合理的。わざわざ素っ裸で区画都市内に進入を試みる馬鹿も居ないだろうという考えである。

 さりとて服の入手経路が推測できたからと言ってこの状況がどう変わるわけでもないのが痛いところである。


『この子の七つのお祝いに。お札を納めに参ります』


 互いの表情すら細かく見て取れる距離まで接近する。

 女の瞳は相も変わらず男だけをじっと見つめている。光さえ届かせないであろう灰色に濁った眼に見つめられる事など誰もが経験できるものではない。近い表現で言えば病んだ眼差しとでも呼べばいいのだろうか。病的な真っ直ぐさ、静かな狂気、そういったものをその女の視線から感じ取ることが出来る。

 女の視線を一身に受けている飛燕もたまったものではない。

 常日頃、怨嗟憎悪の視線にこそ慣れているもののこういった捻じ曲がった好奇心に近い感覚はそれらとは違うベクトルの恐怖を掻き立てる。

 しかして行動の時は刻一刻とせまっている。人口調整課の課長補佐として、そして何よりも彼女の願いのために春柳飛燕は決断しなければならない。この異形を、少女の形をしただけの異質な存在を如何にして処断するかを。


『行きはよいよい。帰りはこわい』


 飛燕はポケットに突っ込んだ右手に希石を握る。

 完全な不意打ちこそ叶わなくなったものの、無挙動からの先制攻撃ならば偽賢の動きを一時的に奪うことは可能だろう。この人ごみの中となると細心の注意を払わねばならなくなるが、もしそうなった場合は成り行き任せといったところだろう。その他の面倒ごとは単にヘルメスの業務が増えるだけの事として、飛燕は周囲への被害を二の次にする。

 方針は決定。バックアップも予備プランも存在しない。一発勝負の大博打。とはいえ、これが成功したとして金髪の偽賢を退ける明確な手段はない。あくまでこの攻撃は一時的に戦闘不能にする程度の効果しか期待できない。最悪第九区画都市全体を戦場にしかねない状況下なのだ。飛燕がこれから行う一挙手一投足にその命運がかかっていると言っても言い過ぎではない。

 ごくり、と飛燕の喉が大きく鳴った。


『こわいながらも。通りゃんせ。通りゃんせ』


 すれ違う。

 位置としては互いの右肘が接触するかどうか。互いの視線が外れる。

 同時に飛燕は行動を実行に移す。可能な限り脳内でのイメージトレーニングは行った。希石による醒造物の運用は流石に時間がなさすぎるが故に通常駆動の式術で行うしかない。効果範囲、効力精度共に使い慣れた醒造物よりは格段に劣るが、対象の動きを止める程度の神経麻痺を引き起こすにはこの即席の式術で十分とも言える。無論、それは普通の人間にとってはの話だが。

 タイミングは今しかない。好機は一瞬。

 右手に想いを込める。込める想いは停止。本来はより正確なイメージ構築での運用が推奨されるが、この場合相手の性能の看破すらできていないのだから曖昧なほうが多少の効果が見込めるというもの。この攻撃であってはならないことは全く効果がないという状況。故に確実な結果を出すためには多少の出力低下は否めないものと飛燕は判断した。


 深緑の宝石が輝きを解き放つ、その刹那。


 飛燕の右腕を何者かが掴んだ。掴んだ腕は右腕。可能性とした背後からというものもあるが、この状況において彼の腕を掴む理由が存在する人物などただ独りしかいない。

 式術の作動は停止。否、作動された場合どう転がるか分かったものではないが故停止せざるを得なかった。そもそも不意打ち前提の攻撃をここまで絶妙なタイミングで抑止させられたのだ。もはや飛燕に打つ手など残されてはいない。

 強いて言うのなら相手の出方を伺う程度であろう。勿論それがどういった結果をもたらすかなど彼に知るよしもない。主導権を持っているのはもう春柳飛燕ではなく、彼の右側面にて彼の右腕をがっしりと掴む金色の偽賢なのだから。


 ぐい、と飛燕は後方に引っ張られた。


 無理な体勢故転びそうになるが、そこは辛うじて踏みとどまる。

 人ごみは彼と彼女を避ける形で間を作っているが、その歩みを止めるものなど誰もいない。人の渋滞の中で僅かに出来上がった空間の中で男と女が改めて向かい合う。

 緊張感。張り詰めた空気。そういった息の詰まる気配が彼らの空間を満たしていたのは間違いない。向かい合い、視線が交差していた時間など数秒にも満たなかったというのに。

 けれどその強張った大気を振るわせたのは鋭利で粗暴な暴力ではなく、少女の口から搾り出されたか細い一声だった。


「あ、あのっ! お、お茶とかどどどうでしゅか!!」


 驚愕である。ついでに噛んだ。

 周りの大衆はこの場で女が男を化石みたいな文句で逆ナンパする様に驚き、肝心の男はこの女が何をどうしてこういった暴挙に出たのか意味が分からなかった。

 飛燕は相手を気絶させるために緊張していたのに対しこの女は飛燕に話しかけるのに緊張していたというのだから世の中分からないものである。周りの好奇の視線もあってか、飛燕の頭は一層困惑する。けれどこの事態を打開すると同時に、相手のことを知るために取れる選択肢はそう多くない。

 問答無用でここで処断するか、相手の話に乗るかの二択。


 再び男は女を見る。

 色こそみごとな金髪だが、手入れがされていないのは昨晩と同様なのだろう。そして濁った灰色の瞳を改めて観察する。どこか怯えを含んでいるように見受けられる。それほど男に声をかけるのに勇気が必要だったのだろう。見ればその細い腕も、脚も小刻みに震えている。

 そこまで飛燕に伝えたい何かがこの少女にはあるのだろうか。

 思考の海に没入しようとし始める飛燕だったがそれを信号機の警告音が妨げた。こうなってしまってはもう一か八か、伸るか反るかである。

 男は女の右腕を乱暴に振りほどき、そして即座に反転、左手で女の手持ち無沙汰な気味な右腕を強引に掴む。そして顔は見せずに一言だけ吐き出す。


「こっちこい」

「は、はいっ!」


 緊張ゆえか上ずった声が飛燕の背後から聞こえた。彼から彼女の表情を窺い知ることは出来ないが、彼女の顔はどこか安堵しているかのように見受けられた。

 それはそうなのだろう。彼は彼女が何故この出会いを望んだのかを知らないのだから。どれほどの間彼女が彼のような存在を夢見ていたのかを彼は知る由もない。彼女にとってこの行動はそれこそ自分を大きく変える出会いだと確信していたのだから。

 そう、この出会いで互いの認識が大きく変わる。

 良きにしろ悪しきにしろこれで歯車が噛み合う。彼らは互い影響を与え合う存在。それが後にどのような結末に至ろうともそれは彼らが再び出会ってしまったこの瞬間に定められたことなのだ。


 何も知らぬ二人は進む。

 片や状況に困惑しながら、片や状況に酔いしれながら。

 男が女の手を引き、女が男の背中を追いかける。字面だけ見れば安物のラブロマンスである。けれどいずれ二人はこの時の出会いに想いを馳せる事になるだろう。それが後悔か、哀愁かはこの時点ではこの世界の誰も知ることは出来ない。


 それこそかみさまにだって



殺した相手とデートとかどっかの吸血鬼と殺人者を思い出しますね。えぇ、影響受けてますとも。何かご感想ご指摘ございましたら一報下さい。ではまた次章で。

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