起床
基本的に作者がやりたい放題するのが目的ですのでグロもちらほら書きます。苦手な方はブラウザバック推奨でよろしくお願いします。
赤い朝日が室内に差し込む。
室内はとても快適とは程遠い気温と湿潤。
それはそうだともこの室内は人間のために設えられていはいないのだ。鉄色の壁が長方形に広がる空間。広さはおおよそ50㎡。高さも5mほどありかなりのものだ。
そこは格納庫。自律防衛武装機兵達の修理ドックも兼ねている冷たい鉄の箱。油と金属の臭いの強いとても人が生きるのにはオススメしない空間。
そこで男が睡眠を取っている。
喪服同然のブラックスーツと黒皮のブーツを着込んだ男が座り込み壁にもたれかかりながら浅い睡眠を貪っている。傍には黒いロングコートが畳まれ、その上に深緑に黒の混ざった色合いの石が置かれている。
降ろされたシャッターの隙間から赤色の光が滲む。が、それは音と共に滲みではなく閃光へと変わっていく。鎧戸が響かせるガラガラという音が室内に篭った乾いた空気に反響する。滲みが閃光へ、そして室内を照らす照明へとその光量を変貌させる。
時刻は朝の7時半。上がった鎧戸の真下にひとつの影。華奢な容姿に白衣を纏った存在がある。
「おーおー、上出来上出来。三号機も四号機も無傷。メンテナンス程度で済むのは生みの親として嬉しい限りだね」
ゆったりと歩きながら暢気な台詞を吐くそれ。
銀色の長髪を後ろで束ねた髪型、女性にしては高めの身長にラフな服装を着込み、上から白衣を纏った風体をしながら素足の上にサンダルという知的なのか適当なのか分かりかねる井出達。そんな女性が目的地へと到達する。
三号機と四号機の間で寝こけている男の目の前。浅い眠りとはいえだいぶ疲労が溜まっているのだろう意識が覚醒する兆しは外見上はない。男と同じ頭の位置までしゃがみ、視線を合わせる。
「起きないとイタズラしちゃうぞー」
あくまで暢気な口調は崩さない。整った顔立ちは妖精を思わせる無邪気さで満ちている。半眼と艶やかな唇が歪んだ表情は見る人が見れば小悪魔そのものに見えなくもない。
「本当に起きないな。ならば本当にしてしまおう」
唇を更に歪み、完全に悪巧みをするそれへと変貌している。美人でこそあるもののこういった破天荒な性格の持ち主はそれこそ付き合う人間を悉く振り回していくのだろう。おそらく目の前の黒い男も例外ではない。
だからなのだろうか、呆れた口調の声音が格納庫内に響いた。
「おい、その油性マジックをしまえ」
「ち、やっぱり起きてたか」
白衣の女はどこから取り出したのか右手に握られた油性マジックを懐へとしまう。同時にすくっと立ち上がり、黒い男を見下ろす形へと移行する。別に他意はない。
「さぁさ、早く本日定例報告をしてもらおうか。いつもは紙媒体で済ませる君がこんな時間までなんの報告もあげないから心配、いえ期待して待っていたのだ」
身体こそ大人の女性ではあるが中身は完全に子供である。立派なスタイルの持ち主がこうも年甲斐もない挑発を行えると何か得でもあるのだろうか。一部の方には人気かもしれないが、大方の人間はどん引きであろう。
黒い男がその挑発に続く。
「久しぶりに偽賢に出会った。そしてそいつがとびきり妙だった」
簡潔に昨晩行われた異常を説明する。とは言ってもこれ以上の説明は殲滅方法くらいしかほかにない。
昨晩の不死者。人間の形をしただけの、その異形の名は偽賢。
偽りの賢者という言葉を略して偽賢。この言葉の由来は単純である。人の身に強大な力を宿しながら、もうその身は人間のそれではないという単調な理由。だから偽りの賢者。なんて捻りも何もない言葉なのだろうか。けれどそんなネーミングが定着しているのはこの言葉が彼らを指す上で一番適している言葉なのだろう。
最も単に普通の人間からの羨望と嫉妬の末に偽という文字が当てはめられただけかもしれないが。
「ふーん、何にもしてこない偽賢ねえ。君をずっと見てたの?」
「あぁ、涙を浮かべながらな」
「最愛の人に似てたのかな。偽賢っていつからいるかわかんないから寿命も謎だしねえ。それともガチで一目惚れとかいうやつかな。流石人外にモテる男は辛いね!」
嬉しそうに囃し立てる白衣の女。
「恐らく前者だろう。一目惚れくらいじゃ涙は流さないだろ。どんだけ感情に流されやすいんだ。そんな人間なら「彼ら」に憑かれた時点で即暴走だろ」
「せめて煽りにくらい反応してくれないと困るなぁ。まぁ一目惚れもあながち冗談じゃないんだけどな」
男が少し驚いた様子で白衣の女に詰問する。
「それはどういう意味だ? 同じ偽賢としての経験からくる結論か、それは?」
「イエス。どうも私達は剥き出しの魂みたいな感じなんだよ。ありていに言えば肉体は器。それこそ薄く壊れやすい器。普通の人間ならその器で満足できる魂しか持ち合わせないけど、器をとっかえひっかえできる身としてはその器に魂の大きさを合わせる必要がないからね。偽賢になった段階では目的意識の強い人間だったとしても、偽賢としての年月が積み重なれば情緒が不安になるのも分からなくはない状態なのさ」
ご立派な胸を強調して文字通り胸を張る白衣の女。
「とは言っても私は魂なんてもの信じないけどね。あくまでものの例え。肉体の損失を考える必要のなくなった思考はある意味恐怖から開放される。そうすれば恐れるもの何もない状態になるわけだ。まぁなんていうのかな俗っぽく言えば自信がつく? みたいな? ほら童貞を捨てた直後ってそんな感じにならない?」
「最期の一言。女のお前が言ってもさっぱり説得力がないぞ」
ふーん、と腕を組みながら背中を仰け反らせる女。そしてそのままの姿勢で話しを続行する。
「まぁ、死の恐怖という抑圧から解放されたんだ。多少は開放的にあっても問題ないと思うけどね。私もこの身体の仕組みを理解したときは永遠に知識を得続けることが出来たと叶って歓喜したものだよ」
格好も妙だが、口調も何もかもがその表面と合致しない。それはそうなのだろう。黒い男の目の前で仰け反りを決めながら高説たれてる存在は昨晩蒸発させた偽賢と同類なのだから。
「それで一目惚れだとしてどうする。もう一欠けらも残ってないぞこの世には」
「媒介も含めて滅ぼしたんだよね?」
男がコクリと頷く。その眼には揺ぎ無い確信の光が差している。
「半径500は間違いなく消し炭にした。いや炭すら残っていないか。あの極光の一撃を受けて無事で済んだ偽賢はゼロだろ? 何名か致命傷で済んだ奴らもいたみたいだが」
白衣の女が奇怪な仰け反りを止めて、再び正常な位置へと上半身を戻していく。
「まぁ片手で数える程度だけどね。それでも全くの無傷はいないよ。少なくともこっちにまわっている情報だけで判断すれば、ってオチがつくけど」
ふむ、と考えるように男は腕を組む。
「あの兵器の所有権はどこが握っているんだったか」
「第二区画都市。軍事の中枢都市だね。軍需産業が盛んな軍事・傭兵の都市でそれにあわせて土地の規模も他の区画都市に比べるとべらぼうに広い。けれどその代償として食料の自給自足ができていない面もあるアンバランスな場所。これには他の都市から輸入という形でなんとか誤魔化してはいるけどね。まぁ一種の手綱なんだろうね。行政を一応のところ取り仕切っている第一区画都市のメンツのための」
黒い男は後半の講釈など気にも留めず本題へと話題を修正する。
「昨日久しぶりに仕様許可を取ったが相変わらず凄まじいな。以前のは試射ってことで最低まで絞った威力だったが」
「光子を加速させてぶっ放す最新の光学兵器だしねえ。私も詳しいことは知らない。ただ第九区各都市の防衛に当たる上で必要なコードとスペックを伝えられただけ。よかったよ、君が死ななくて」
笑う。
朝日が照りつける薄闇の格納庫内で後光をさしたかのような姿から見せるアルカイックスマイルは改めてこの女が麗人であることを男に印象付けさせた。
「あぁ、ただいま」
「うん、おかえり」
黒い服の男は立ち上がる。傍に畳んでおいたロングコートと奇怪な光沢を放つ結晶も忘れずに手にして。
白衣の女も歩き出す。サンダルをカランコロンと鳴らしながら。
時刻は朝の八時前。
第九区画都市・自衛軍所属・人口調整課の仕事が始まった。
前回は異様に長かったので今回は異様に短くなりました。何かご指摘・感想ございましたらお気軽に。