序章 【余響】
ひどく退屈だ、と思った。
冴原華音は軽く溜め息を吐くと、ノートパソコンの電源を落とした。耳に突っ込んでいたイヤホンを乱暴に外すと、外からの蝉の声が一際大きく聞こえて来る。
9月下旬とはいえまだ汗ばむ首筋をぬぐい、28℃に設定したエアコンをつける。立ち上がり今度はテレビの電源を入れた彼女は、長椅子に身を投げ出した。
『……で女性の遺体が発見されました。警察は現在行方不明の白辻朱美さん(23)と見て捜査を続けており……』
相変わらず物騒な事件を淡々と読み上げるニュースキャスターの声をぼんやりと聞きながら、華音は静かに目を閉じる。
ああ、本当に退屈だ。
ありふれたつまらないこの日常が。
綺麗事ばかりを張り付けた、欲望や憎悪や嫉妬、醜い感情の渦巻く残酷なこの世界が。
彼女が求めたのは美しさ――――そしてこの退屈な毎日を埋めてくれる、程好い刺激。
華音は再び溜め息を吐くと、迫り来る睡魔に身を委ねた。
* * *
「白辻朱美、23歳。この殺られ方は絶対にあいつ等だな」
ニュースが流れる数時間前。少年は、無残な女の死体を見下ろして顔をしかめた。
「あーあーあ。全く派手にやっちゃってよ……駆琉、とりあえずソレ放置な。どーせ警察が何とかすんだろ」
「あれ木戸さん。来てたんですね」
駆琉と呼ばれた少年の背後から、長身の男が姿を現した。この湿った暑さにも関わらずしっかりとスーツを着込んでいる。金に染め上げられた髪の隙間から覗く耳には、銀のイヤーカフスが光る。
「で。どうだ駆琉、何かわかったか?」
彼、木戸隆史は少年、飛良駆琉の頭をくしゃくしゃと撫でながら続けた。
「ちょッ、止めて下さいよ。…調べた限りだと、死因は脳挫傷かと。頭に殴られたような痕がありましたし。更に刺し傷が両手足に1ヶ所ずつ、といった所かな」
木戸の手を振り払い駆琉は淡々と死体の分析結果を告げる。まるでこんなモノを見るのは初めてではないかのように。
いや、実際彼は、幾度と無くこのような場面を見てきた。
飛良駆琉――――彼は普通の15歳の少年ではない。
「……おい、気付いてるな」
唐突に、木戸がそんな事を口走る。
「ええ」
駆琉はひどく冷静な声でそれに応じた。2人の背中が緊張で強張る。彼らの研ぎ澄まされた意識は背後に潜む影へと向けられていた。
「駆琉――――掃除してやれ」
頭上からの木戸の声を受けると、駆琉は黙したまま口を歪め、不敵な笑みを作った。
彼はおもむろに右手を上げる。そして。
パチン、と。異様な静寂の中に、乾いた音が鳴り響く。刹那、背後から耳に届いて来たのはくぐもった呻き声。
駆琉は更に口の端をつり上げると、数回その指を打ち鳴らした。呻き声が断続する。
そして数分後、すっかり静寂を取り戻した空間で、駆琉達は悶絶している数個の人影を見下ろしていた。
「いやぁ、随分と手応えの無い奴等だったな?時間の無駄だったか。あー疲れた疲れた」
「木戸さんは何もしてないでしょう。それにこいつら、さっきの人を殺した奴等ですよ。あの人の体から確かにこんな気配がした。放っておいたらまた一般人を襲う」
真剣な表情になった駆琉の前で、突如にして地を揺るがす様な耳障りな音が発せられる。人の形をした影の1つが、ふいにむくりと体を持ち上げていた。
その口は紅く紅く耳の辺りまで真っ赤に裂け。その目は眼球というものを持たず、ただ漆黒の孔が空いていて。
それは――――人の形をした、異形。
駆琉の反応は速かった。こんなものを目前にしたにも関わらず、その表情には一切の変化もない。
左手の五指を綺麗に揃え手刀を作ると、顔の前で構える。
「人間に手を出した報い、その体に刻みつけてやる。存分に受け取れ…異形共」
無表情に、そして感情の抜け落ちた無機質な声で。
彼は低く言い放ちその影を見据えると、躊躇いもなく手刀を振り上げた。
鈍い音と共に赤く発光したそれは漆黒の影を貫く。最後の足掻きなのか、ぴくぴくと痙攣する細い腕が駆琉の喉元へと伸ばされ、しかし直前でだらりと下がる。
異形は、音もなくその体を霧散させた。
「お疲れさん。やっぱお前強くなったなぁ。お父さんは嬉しいぞ」
「木戸さんに育てられた覚えはありません。って止めてくださいってば」
肩に置かれた手を鬱陶しそうに払いのける駆琉。
そう、普通の少年ではない――――彼はきっと、能力者と呼ばれる者達のたぐい。
常人には持ち得ない、異質な能力を駆使する。彼は人でありながら、異様な存在。
「……なぁ、こいつらが動き出した、つー事はよ」
一切の笑みを消した木戸が小さな呟きを漏らす。その表情は険しい。駆琉も同様の表情でコクリと頷いた。
暑い筈の空気に、いささか冷気が混ざった様に感じる。
「始まる。悪夢が、また……」
駆琉の表情が僅かに翳った。木戸はそれに気付き、彼の頭の上に軽く手を置くと困った様に微笑んだ。駆琉はいつもの様に振り払う事はしなかった。
「心配しなくてもなんとかなるさ。きっとな、いや……」
木戸は言葉を途切れさせると、依然として微笑みを浮かべたまま目を伏せる。
「絶対に」
駆琉は強い意志のこめられた瞳を前に向けた。黙って首を縦に振る。
静かな風が、2人の間を通り過ぎる。
それぞれの決意を胸に抱いた彼らの頭上で、太陽は絶え間なく光を降り注いでいた。
こんにちは、榊香莉です。
初投稿です。
初心者なので解らないこともありますが、温かい目で見守ってやってください。
『融合騎士』という小説を連載しようと思います。
更新遅くなってしまうかもしれません;
まだプロローグ的なのしか書いていませんが、読んでくれた方感謝致しますm(__)m
宜しくお願いしますm(__)m